31 / 36
役立たずの王子の先生
しおりを挟む俺は執務室から見える彼女を見る度に、自分に嫌気がさして吐き気がした。
優秀な兄と聡明な双子の姉。
俺はそこそこな王子。
リンカには良いように使われ、気付けば全てが終わっていた。
何にも手伝えなかった。
経緯も結果も報告は受けた。
処罰を出す際も、ローラ殿の謁見の場にもいた。
だが、謝罪する事も出来なかった。
代表で父、母、兄、フェデリカが謝罪した。
俺も謝罪したかったが、俺は何もしていなくて、それが情けなくて、何も言えなかった。
だからローラ殿が歩けるようになった時、真っ先に祝福し、謝りたいと思った。
だから一瞬でも見逃せないと毎回見ているが、彼女の姿は、俺の適当に過ごしてきた自分の甘さを自覚させるものだった。
俺はあんなに必死に頑張ってきたものが何もない。
どうせやっても兄には敵わない。
俺がやっと兄に並んだと思ったら、とっくに兄は先に行っている。
だからいつしか努力する事を辞めた。
そんな俺だからリンカの魅了にあっという間に落ちたのだろう。
兄の婚約者を自分のものにした、という優越感があったんだと思う。
今考えると情けないし、恥ずかしい。
そんな自分だから彼女の姿は俺の劣等感を刺激する。
そして俺の罪悪感を膨らます。
「ハア~何やってんだろ、俺…」
俺の側近は軒並みいなくなった。
俺と同じでリンカに心酔し、フェデリカとファビオの噂を流して側近を外された。
新しく側近を付けねばならないが、なかなか見つけられない。
なのでこの執務室には俺しかしない。
兄の補佐として執務をしているが、一人でやるにはキツイ。
彼女はまだ頑張っている。
何度も諦めず自分が納得出来るまで繰り返している。
「なら、俺もやるしかないよな。」
俺も頑張るしかないと机に向かった。
毎月彼女の頑張りを見ると、やる気が出た。
彼女も頑張っているのだと、俺だけが辛いのではないと教えてくれる彼女は、いつの間にか俺の先生のような存在になった。
彼女は立つ事、足を動かす事、数歩歩く事ができるようになり、杖を使ってだが、歩けるようになった。
そこまでいくのに一年半かかった。
その間に俺も仕事の要領も覚え、最初の頃よりかなりの量をこなせるようになった。
自分で改良点も見つけ、兄上に進言する事も増えた。
特に魅了対策に力を入れた。
魅了の被害者の救済措置についての法の改正にも尽力した。
俺の側近達は魅了に惑わされ、婚約者を傷つけてきた。
そのような婚約者などが泣き寝入りする事がないよう法を改正し、魅了の告知義務と国からの慰労金の配布、魅了を使った者に対する量刑を反逆罪と同等とものとした。
魅了にかかった者に対しても解除後の精神的ケアなどにも力を入れた。
今回の被害者には俺達王族の私財から払う事となった。
そして今日、ローラ殿の休憩に俺が同席する許可を得た。
杖は使うが、人の手を借りず歩けるようになったローラ殿は、あの謁見の時に言っていた、“褒めてもらう”という約束を果たしてもらう為に、順番に休憩時、お茶に同席してもらう事にしたと連絡がきた。
一番最初が俺だった。
緊張して喉がカラカラだ。
「ジーノ様、唇がカサカサです。
お茶でも飲んで、少し私とお話しして下さいますか?」
「あ、はい。ありがとうございます!」
と何故だかお礼を言ってしまった俺は、お茶を一気に飲んで喉を潤した。
二杯目のお茶を注がれた後、ローラ殿が話し始めた。
「やっと杖を使ってですが、一人で歩けるようになりました。
ジーノ様は見ていて下さいましたか、これまでの私を。」
「はい、ずっと見ていました。
ローラ殿が立つ練習の時から、ずっと見ていました。
俺は…今まで諦めていました…。
優秀な兄と姉には敵わないと、努力しても追いつけないと勝手に僻んで逃げていました。
そんな俺は誰よりも早くリンカの魅了に落ちました。
解除された後も、何も手伝う事が出来ませんでした…。
何かしたいのに、何をしたらいいのか分からなかったんです…。
貴方の姿を見て、最初は苦しかった…。
自分の未熟さと幼稚さに気付かされて見るのが辛かった。
貴方に謝る事も出来なかった俺は、貴方が歩けるようになった時、真っ先に謝罪しようと決めてからは、見逃さないよう毎回窓に張り付いて見ていました。
頑張る貴方の姿を見て、俺の中でいつしか貴方は“先生”になっていました。
俺にはたくさんの教師がいましたが、生き方を教えてくれる教師はいなかった。
貴方は俺の生き方を教えてくれた先生です。
今更ですが、リンカを増長させ、貴方を傷付けてしまったこと、申し訳ありませんでした。
そして、俺の進む道を教えてくれてありがとうございました。
貴方の頑張る姿は、王宮中に良い影響を与えてくれました。
これからも努力は続くと思いますが、貴方はこの一年半、誰よりも頑張っていました。
私達を導いて下さり、ありがとうございました。」
「謝罪より、やっぱり“ありがとう”や“頑張りました”の方が嬉しいですね。
ジーノ様に褒められたと自慢します。
そして、この一年半のジーノ様のご活躍は主人からも聞いております。
とても素晴らしいと思います。
ジーノ様もよく頑張りました!」
そう言ってローラ殿は笑ってくれた。
俺は泣いた。
嬉しくて泣いた。
誰よりも頑張っていた人に、“頑張った”と褒めてもらえた事が何より嬉しかった。
ローラ殿はそんな俺の背中をずっとトントンしてくれていた。
「まだここには来ますけど、またお茶、飲んでくれますか?」
俺は喋れなくて、頷いた。
また“先生”に褒めてもらう為に頑張ろうと思った。
497
お気に入りに追加
2,385
あなたにおすすめの小説

うーん、別に……
柑橘 橙
恋愛
「婚約者はお忙しいのですね、今日もお一人ですか?」
と、言われても。
「忙しい」「後にしてくれ」って言うのは、むこうなんだけど……
あれ?婚約者、要る?
とりあえず、長編にしてみました。
結末にもやっとされたら、申し訳ありません。
お読みくださっている皆様、ありがとうございます。
誤字を訂正しました。
現在、番外編を掲載しています。
仲良くとのメッセージが多かったので、まずはこのようにしてみました。
後々第二王子が苦労する話も書いてみたいと思います。
☆☆辺境合宿編をはじめました。
ゆっくりゆっくり更新になると思いますが、お読みくださると、嬉しいです。
辺境合宿編は、王子視点が増える予定です。イラっとされたら、申し訳ありません。
☆☆☆誤字脱字をおしえてくださる方、ありがとうございます!
☆☆☆☆感想をくださってありがとうございます。公開したくない感想は、承認不要とお書きください。
よろしくお願いいたします。

2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))


その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!

完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる