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自白剤 イヴァン視点
しおりを挟む俺とリンカの付き合いは長い。
六歳の時に初めて会い、十歳で婚約した。
リンカはよく言えば無邪気、悪く言えば無知。地頭は良いから知識はあるのに、それを活用しない。
愛想だけは良いが、品がない。
なのに王太子妃教育は十七歳で終わらせた。
いっそ出来なければ良かったのに終わらせてしまった。
どちらかと言えば苦手な相手だった。
それが高等部に入学してからリンカにしか目に入らなくなった。
だからといってリンカの悪口を言っているからと訳もなく怒鳴るような事もなかった。
冷静に嗜めることも出来た。
拒絶したいのに出来ないもどかしさ。
そんな感じが続いていた。
リンカにお願いされるとなんでも叶えてあげたくなるが、自分が嫌だと強く思った事はきちんと断れた。
この感覚が何なのか、この時にきちんと原因を突き止めていればリンカもここまで堕ちる事もなかったんだろうな…。
今目の前に髪を振り乱しながら俺に叫んでいる女は、ついこの間まで女王のような生活を送っていたとは思えないほど、変わってしまっていた。
ファビオに押さえつけられ、パウロに自白剤を飲まされた。
元妻は、飲んだ後も悪態をついている。
「リンカ、お前は何をしたかったんだ?」
「ハア⁉︎何ってみんなに愛されて暮らす生活に決まってるでしょ⁉︎王妃になるのだもの!」
「あんな事しなくてもやる事やってたらみんなお前を愛したと思うけど。」
「でも全員じゃないでしょ⁉︎私はね、友達なんて一人もいなかったもの!一人もよ!
陰でコソコソ悪口ばっかり!
だからそんな人がいない場所を作りたかったのよ!悪い?」
「全員が自分を好きになるなんて事ない。
反発する相手がいるから成長していくんだよ、人間は。誰もがお前を褒め称え、諌める人間のいない世界など、滅びるしか未来はないだろうな。
お前は初等部の子よりも幼い、幼児と同じ考えしかない事も分からないんだな…王太子妃教育までやった人間が。」
「あんたなんて、すぐ私に堕ちたくせに!
嫌いだったらファビオやパウロみたいに私になんか興味もないのよ!
だけどあんたはあっさり堕ちた!
王太子も大した事ないわねって思ったわよ!」
「そうだな、俺は大した事ない男だ。
それでリンカ、どうしてファビオの奥方を狙ったんだ?」
「そんなのファビオを堕とす為には邪魔だったのよ!それ以外にある?
この男、何やってもダメ!一体何なの、この男⁉︎」
「ファビオは聖女様の加護があるからな。」
「はあ⁉︎何それ⁉︎聖女⁉︎隣りの国のおばあちゃんでしょ⁉︎私の方が聖女だと思わない?
ねえファビオ?」
「全く思わない。俺は昔から鳥肌が立つほど嫌いだった。」
うん、ファビオはそうだった。
リンカが来るととにかく距離を取っていた。
触られた後はハンカチで拭いていたくらいだ。
「あんたなんか本当は嫌いなのよ!私に興味がない男なんて嫌い!だからパウロも嫌い!
私を見る目は最初から汚いものを見る目だった!近衛の隊長も副隊長も最悪ね!」
「それでどうやってファビオの奥方を狙ったの?」
「ジョージに頼んだのよ!ファビオの奥さんが邪魔なのよって。
ジョージはご褒美をあげると何でもやってくれるのよ。
でもどうやってるのかは知らないわ。
あの子が嫌いなのって言えば、気付けばいなくなったりしてるの。」
「ご褒美って何?」
「ご褒美は一緒に寝る事に決まってるでしょ⁉︎ジョージは身体中舐めるのよ、私は美味しいのですって。」
「よく子供が出来なかったな?」
「そんなの避妊薬飲んでるもの。陛下の時も、他の人の時も必ず飲んでるわよ。
でもイヴァンの時は飲んでいないからいつでも子供は出来るわよ。」
「何人くらいとやったんだ?」
「分かんない。たくさん。みんな私を愛してるから近衛はあんまりいないけど、警備は結構いるわね。私の所に来てた人とは大体やったわ。」
「そうか・・・。
ジョージはオルドニ公爵家にいるのか?」
「そうよ、執事見習いだもの。ずっと一緒だったのよ。」
「そうか、分かった。また来るよ。」
「ええ、待ってるわイヴァン、私お風呂に入りたいの。
これじゃ、誰も抱いてくれないわ、お願いね、イヴァン。」
「ああ、分かった、また今度な。」
俺は吐き気を飲み込みながら、なんとか聞きたかった事を最後まで聞けた。
妻だった人間が吐き出す言葉が、こんなにも悍ましいものだとは思わなかった。
あの違和感を感じた時にどうして誰かに言わなかったのだろう。
“何かおかしい”と。
リンカは研究所に送られて、魅了の研究をされる事が決まった。
沢山血を抜かれ、皮膚片を取られ、最後は眼球を取られ、唾液、舌、涙、ありとあらゆるものを採取され、たくさんの薬を打たれて最後は死ぬだろう。
苦手だったが、嫌いではなかった。
幼馴染みとも言えるリンカをここまで増長させたのは俺達だ。
まだ何か叫んでいる元妻とはもう会う事もないだろう。
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