貴方だったと分かっても

jun

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元婚約者の女と元婚約者の男

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サンドラ視点


北の修道院へ行かせてほしいとの希望は通らず、今はベッケン侯爵家の領地にある教会で孤児院の子供達共に生活している。

結局、ダニエレ様とナースカスのロルフ王太子の計らいにより、孤児院での奉仕というのが私の処罰となった。
その甘い処罰が逆に私には堪えた。
ダニエレ様の優しさに、
ロルフ王太子の優しさに。

レイチェル様が私の為に身を退こうとし、ダニエレ様の為に私からの嫌がらせに耐え、毎日明るく振る舞っていた事。

レイチェル様に対して嫌悪と敵意しかなかった私はヘルマンが何度も言ってくれていた時は脳が拒否していたのに、ヘルマンの涙を見たあの時、頭にあった靄が晴れたような感覚になった。
あの後からすんなり言葉が入ってきた。
ダニエレ様の状況、レイチェル様の苦悩、ヘルマンが必死に私を助けようとしてくれてる事、そして私がどうするべきだったのか、
ヘルマンの涙ですべて理解した。
自分がした事の非道さに打ちのめされそうだった。
だから北の修道院へ入れて欲しかった。
そこで罰を受けたかった。
少しでも私がした事の罰を受けたかった…。


レイチェル様…
夜も眠れず、食も細くなっていた状態で明るく振る舞うのは辛かっただろうに…。
そしてあの夜は拷問に等しかっただろう…
本当にごめんなさい…

ダニエレ様…
私に触れられるのも嫌だったのに、振り払うこともせず、優しく諭してくれた。
レイチェル様が悲しまれているのに、必死に耐えていただろうに…

自分はなんて事をしたんだろうと毎日思い、夜もあまり眠れない。


ロルフ王太子は、
「君が不幸になってしまってはレイチェルもダニエレ殿も幸せにはなれないよ。
レイチェルの婚約者は見た目も中身も男前なやつなんだよ、レイチェルが目覚めたらおそらく婚約は解消される。
たくさん泣くと思うから、その時は紹介するから二人でやけ酒でもすれば良いよ。」
と言って下さったが、幸せになんてなれる気がしないし、気もない。

外で子供達を遊ばせている時間、そんな事をボォーと考えていると、
「久しぶり」
と声がした。

「意外と元気そうだな。でも眠れてないのか、目の下の隈が酷いぞ」

「ヘルマン…」

「そんな顔するな、すぐ帰る。報告しに来ただけだ。
レイチェル様が目覚めた。もう安心だそうだ。
ダニエレはナースカスでレイチェル様の元婚約者のテレス殿に懐いてしまったそうだ。
毎日後を追いかけ回して、楽しくやってるらしい。
今度そのテレス殿がこちらに来る事が決まった。
テレス殿はお前を気にかけていた。
俺は…俺はテレス殿のお人柄に救われた。
おそらくダニエレもだ。
だからテレス殿にサンドラも会って話しを聞いてもらってはどうだろうか?」

「レイチェル様の元婚約者にダニエレ様が懐いているの?
その方は嫌じゃないの?ダニエレ様は最愛の方を奪った人なのよ!」

そしてヘルマンはテレス様の事を教えてくれた。
そんな人がいるんだろうか…
10何年も相思相愛で、後少しで結婚式だったのだ。
そんな状態から婚約者を奪ったダニエレ様と仲良く出来るなんて信じられない。

「仲良く…というのは少し違うらしい。
テレス殿は鬱陶しそうにしてるようだが、ダニエレと喧嘩しながら仕事をさせてるらしい。まるで兄弟喧嘩のようだそうだ。」

「兄弟喧嘩・・・」

「ロルフ様も混じって3人で楽しくやってるようだ。
騎士団の訓練やら庭師の仕事やらなんでもやらせてるんだとか。
庭師の爺やとは大の仲良しなんだと。」

「フフフ、ダニエレ様らしい。」

「目に浮かぶだろ?」

「ええ。・・・そんなに明るくなられたのね…。」

「テレス殿はお前を怒る気になれないと言ったそうだ。

皆んなと一緒に怒れなくてすまないと頭を下げたそうだ…。
お前の気持ちが分かるからと。
だから、お前がちゃんと心から謝罪したと聞いて、嬉しそうにしていたそうだ。」

ああ、そうだ…私の暗くて黒くてドロドロした気持ちが分かるのはその人だけなんだ…

「ウッ…ウッ・・ヘルマン・・・私…その人に・・・会いたい…」

「うん。伝えておくから。きっとお前の話しをちゃんと聞いて下さるよ。」

誰にも分からないと、誰にも言えないと、誰も聞いてくれないと思っていた。

ましてや、レイチェル様の婚約していた方と話しなんか出来るなんて考えた事も、したいとも思った事はなかった。
でも、その方にはお会いしてみたい。
ダニエレ様を受け入れたその方と話してみたい。

久しぶりに気持ちが明るくなった。

ヘルマンがハンカチを出して涙を拭いてくれた。
「サンドラの笑顔を久しぶりに見た。
お前は笑っていた方が可愛い。」

「何それ、ヘルマン。」

「口説いてるんだ!これくらい俺にだって言える!」

「フフ、口説いていたの?まだまだね。」

「うるさい!でもお前の笑顔を見れて良かった。テレス殿が来たらまた来る。」


それからは、孤児院での生活が苦ではなくなった。
掃除も料理もだんだん失敗は減り、子供達に笑われなくなったし、子供達に勉強を教えるのも楽しい。
外での追いかけっこも最後まで出来るようになった。
最初は息がきれて、すぐに外されてしまっていた。

そしてヘルマンから手紙が来た。
テレス様がダニエレ様とレイチェル様と一緒にアティリアに来ると。


そして今日、この孤児院にヘルマンと一緒に来てくれる事になった。

ソワソワしながら門の所で待っていると、
馬に乗って二人が孤児院に来た。

「サンドラ!テレス殿を連れてきた!」

「ヘルマン!」

馬を降りて近くに馬を留め置くと、ヘルマンとテレス様が私の所に来た。

「サンドラ、こちらがロルフ様の側近のテレス・クラフト殿だ。」

「テレス・クラフトです。お会い出来て嬉しいです。」

「サンドラ・ベッケンです。私もお会い出来てとても嬉しいです。」

馬が珍しいのと、男前二人の登場に子供達が群がってきた。

「うわあ~お兄ちゃんデカいね~騎士?騎士なの?」

「剣は使えるが騎士じゃないぞ!でも物凄く強い。」

「じゃあなんなの?王子様?」

「王子様を助ける人だよ。」

「じゃあやっぱり騎士じゃん!」

「王子の難しい仕事を助けたり、悪い奴から守ったり出来ないと王子の近くにはいれないんだぞ!だからお前らも勉強ちゃんとやれよ!」

「うへぇ~お兄ちゃんすごいね、でも追いかけっこは出来ないでしょ?」

「出来ないわけないだろう、ほら行くぞ!」

と言ってキャーキャー騒ぐ子供達と一緒にあっという間に行ってしまった。

「行っちゃった・・・」

「そのうち戻ってくるよ。今日は一日空けてもらったから。
ダニエレとクルトに纏わりつかれてウンザリしてたから。」とヘルマンが笑った。

そういえばヘルマンの笑顔を見るのも久しぶりだ。

「ヘルマンが笑った・・・」

「お前ね~俺だって笑うぞ!」


木陰でヘルマンと一緒に子供達と遊ぶテレス様を見ていた。
体力のある若い男性なんて滅多にこないから子供達に大人気だ。
あっという間に孤児院に馴染んでいく様は、尊敬してしまう。

そして徐にこっちを見てハッとしていた。
子供達を宥め、ようやくこっちに来てくれた。

「済まない、つい遊んでしまった…。」

「いえ、楽しんでくれたのなら良かったです。」

「最近、大きな子供二人の相手をしていたので、小さな子供が可愛くて…つい。」

「大きな子供・・・フフ、ダニエレ様とクルト様ですね。」

「そうなんだ、アイツら何処に隠れても見つけやがる、まあ、アイツらの家なので仕方ないが…」

「テレス様は人気者ですね。」

「最近、人気急上昇でして。男限定ですが。」

「テレス様はどうしてダニエレ様を許せたのですか?」

「いやいや、許してなんかいませんよ、今でもレイチェルを愛していますよ。
出来るなら奪い返したい。
でもそれは俺の気持ちであって、レイチェルはダニエレを愛している。
それだけです。」

「憎くはないのですか…ダニエレ様が。」

「憎くく・・はないかな。
ダニエレとレイチェルが俺とサンドラ嬢に申し訳ないって泣くんですよ、泣かせるよりは笑っていてほしいから、文句言いながら生活してるだけなんです。
俺もこっそり泣いてるし。ロルフに付き合ってもらってやけ酒も飲んでるしね。
ダニエレはすぐ泣くから。
ちょっと可愛いしね、弟みたいで。

サンドラ嬢はレイチェルが嫌い?」

「好き…ではないですね…」

「だよね?良かった~俺だけ器が小さいのかと思った。」

「私は…憎かったです…許せなかった…」

「そりゃそうだよ、婚約発表してすぐ別の女が好きになったなんて言われたら許せないし、憎むよ、当たり前だよ~。」

「絶対ダニエレ様を渡さないと思いました…」

「俺もダニエレにレイチェル渡したくない!」

「レイチェル様が嫌がる事をたくさんしました…」

「俺も知ってたらやってたなぁ~」

「私は・・薬を使って・・ダニエレ様を…」

「それはダメだよ、サンドラ嬢。
今回の事とは関係なく、しちゃいけない事だよ。でもね、怒りはしないよ、叱るけど俺は怒らない。だって君がそれをしたから俺は踏みとどまれた。
だから俺は君を怒らない。
君は俺を救ってくれたから。」

「私が?」

「だってそうでしょ?あ、面倒だからサンドラって呼ぶね。
サンドラがやらなかったら俺はレイチェルを襲っていたかもしれない、ダニエレを壊す為に。
だから君は俺を救ったんだよ。」

「それでも私は罪を犯しました…」

「そうだね。でもダニエレもロルフもレイチェルも許してくれたんでしょ?
そして俺はサンドラの罪を許すよ、内緒だけど。」

「罪を許す?」

「そう。他の人は罪を犯したサンドラを許したんでしょ?
俺は、した事…サンドラがやらずにはいられなかった事、を許すよ。」

「やらずにいられなかった事…」

「うん。本当は許しちゃいけないから良い事ではないけど、俺は許すよ。
どうしても我慢できなかったんだろ?
誰にも訴えられなくて、苦しくて、逃げたいけど逃げたくなかった。
ダニエレの事は好きだから、ぶつける相手はレイチェルしかいないもんな、辛かったな、サンドラ。」

「ウッ・・はい・・苦し・・くて・・悔しく…て・・誰も…たす…けて・・くれ・・・なくて…わた…しの・・気持ちを…わ…かって・・・くれる…ひと…が・・いなかった・・」

「うんうん、分かる分かる。」

「だ…から…レイ・・チェル・・さま…を…きず・・・つけ…たくて・・・仕方…なか…った・・」

「そうなるよな、辛かったな、サンドラ。」

「ごめん…なさい・・ご…めん…な・・さい・・」

「頑張ったな、サンドラ。」

テレス様に抱きついて私はたくさん泣いた。
泣いてる間、テレス様はずっと私の頭を撫でながら、
「よく頑張った。謝れて偉いぞ」と言ってくれて、また大泣きした。

テレス様のシャツをビシャビシャにして、ようやく離れるとヘルマンも泣いていた。
ヘルマンの頭もテレス様は優しく撫でていた。

「お前らはよく泣くな~ストレスたまってんな!」と言って私とヘルマンの頭をくしゃくしゃにしながら撫でてくれた。

こんな事されたらダニエレ様だって好きになる。
なるほど人たらしってこういう人なんだ。
好きにならずにいられない。

この人と会えて良かった。
話しが出来て良かった。

私達が落ち着くと、
「ちゃんと水分取れよ!」と言って帰って行った。

帰り際、ヘルマンが、
「な、会って良かっただろ?」

「うん。私、テレス様大好き。」

「待て待て、人としてだよな?」

「さあ、どうかな。」

「サンドラ、テレス殿になんか敵わないんだからやめて!」
と叫んで帰っていった。


レイチェル様にようやくちゃんと謝れる。
お会い出来なくても、いつか必ず謝罪しよう。
ダニエレ様がテレス様を好きなように、
私もレイチェル様を好きになりたい。
でも、今はまだ嫌いなままで良い。

そう、私はレイチェル様が嫌いで良い、きっとテレス様は、

「俺もダニエレ嫌い」って言ってくれるから。















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