信じないだろうが、愛しているのはお前だけだと貴方は言う

jun

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分かっていたのに

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レグリス子爵 視点


気晴らしに出かけると珍しく1人で外出した娘を、止めていれば良かった。
まだ駄目だと家から出さなければ良かった。

娘が外出した日の午後、騎士隊が我が家に来た。

「ミレーヌ・ラインハルの実家はこちらで間違いないか?」
と突然聞かれ、嫌な予感がした。

「はい。ミレーヌは私の娘ですが、娘が何か?」

「ラインハル侯爵邸で、ラインハル侯爵の客人をナイフで刺し、現行犯で逮捕した。
騎士隊まで来ていただきたい。」

そういう騎士隊員の話しを横で聞いていた妻は、気を失った。
私も頭が真っ白になった。
ジャックの乳母にしばらく帰れないと告げ、騎士隊と隊舎に行った。

取調室に入れられて、最近の娘の様子を聞かれた。
ララリア・ルーロック伯爵令嬢を知っているかと聞かれ、
「お名前は存じ上げておりますが、お会いしたことはございません。」
と答えた。

娘が刺した人はルーロック家のお嬢さんだったのか…。
ルーロック伯爵。
由緒ある名家であり、現在のルーロックを継いだアルフレッド様は分け隔てなく気さくで、年を取っても若く今でも人気がある方だ。
その息子さんも優秀で男前だと聞く。
そしてお嬢さんは街で有名な美人だと聞く。
そのお嬢さんを刺したのかと愕然とした。

色々聞かれたが、自分が何を話したのか覚えていなかった。

調書が終わり、娘と面会した。

手枷をはめられ、連れて来られた娘は下を向いたまま私が何を言っても一言も話さなかった。
良くなってた思っていた。
反省しているのだと思っていた。
急に変わった娘。
何度同じ事を言っても理解しない娘。
ジャニス様のお祖父様と私の父が
親しくしていた縁で付き合いがあった。
ジャニス様10歳、ミレーヌ8歳の時に侯爵邸に挨拶がてら連れて行ったのが、そもそも間違えたのだろう。
歳が近いからと連れて行った。
そこからだ、ミレーヌがジャニス様に執着したのは。
ジャニス様は優しく、ミレーヌが失敗しても馬鹿になどせず、丁寧に教え、出来れば褒めた。
ジャニス様も妹が出来たようで嬉しかったのだろう。可愛がるようになった。
私も上手くいけばと思った事はあった。
しかし、だんだんミレーヌは狡猾になっていった。
ミレーヌは一人娘で、妻は甘やかした。
我儘で、よく癇癪を起こし、欲しい物が手に入るまで泣き喚き、暴れた。
だから友達など出来るわけもなく、いつも1人だったが、ジャニス様がいた。
ミレーヌはジャニス様の前では決してそんな姿は見せないよう細心の注意を払い、告げ口しようとした子を、とことん虐めた。
変な所は賢く、頭が回る。
だから毎日叱っていた。
毎日叱られれば慣れるのか、大人しくしていれば説教は終わると学習した。
数日大人しくし、また同じ事を繰り返す。
そうしてジャニス様の“妹”の立場を守ってきた。
だが、ジャニス様はいつまでも“兄”だった。

年頃になり、ジャニス様にもお付き合いする女性が出来る。
何かするのではとヒヤヒヤしていたが、ミレーヌは何もしなかった。
バレればお終いと知っていたから。
いずれ別れるだろうと思っていたから。
その頃もミレーヌに婚約者を作れば違うのではと釣書を見せ、会わせるが、結局相手側から断られるばかりで、婚約者はなかなか決められなかった。
ミレーヌは執着していても毎日ではなく時折会いに行った。
そして、妹のように振る舞う。
だからジャニス様は気付かない。
私がミレーヌと会わないでくれと言ってジャニス様が距離を取っても、ミレーヌがジャニス様に泣きつく。
兄としてしか見ていないのに、どうして距離を取るのですかと言われればジャニス様は無碍にはしない、そうして常にジャニス様の隣りではなく斜め後ろに立てる位置にいた。

そんな時、ジャニス様が本気の恋をした。
ミレーヌは焦っただろう。
今までとは違う。
ジャニス様はその令嬢に夢中になった。
ミレーヌの事も目には入らない。
さすがにその時は諦めた、ように見えた。

平民の男と付き合い出し、子供まで作った。

付き合い出した時に、私は叱ったし、注意もした。外出禁止にもした。
それでも駄目だった。
でも何故ジャニス様の代わりが平民なのだろうと思ったが、自暴自棄になっているのだろうと深く考えなかった。

今思えば、平民だから妊娠すれば逃げ出すとミレーヌは計算していたんじゃないかと気がつく。
当時はこの醜聞をどうしようとそればかりだった。
ジャニス様の連絡先を真っ先に言ったこと。
病院で態と大声で、それもジャニス様に抱きつき、名前を呼び叫んだこと。
全て計算だったと今なら分かる。

後で気がついた時は遅かった。
まんまとミレーヌの罠にはまった。
なんとかしようとすればするほど、ラインハル家の評判を落とすことになり、私に出来る事はなかった。
籍を入れるしかないとジャニス様が言った時、助かったと思った事が、申し訳なかった。
我が家にそんな余力は残っていなかったから。
でも、子供が生まれたら我が家に引き取り、ラインハル家に迷惑をかけないように、子供が生まれるまでと、甘えてもいた。
ミレーヌには、頼むからこれ以上迷惑はかけるなと何度も何度も言ったが、狂ったように暴れる。
子供を盾に、ジャニス様を離さないミレーヌ。
恐ろしいと思った。
こんなに狂っているのだと怖くなった。
もっと早く専門家に診てもらえば良かったのだ。

ようやく入院させれば、暴れ、早産で生まれた子に手をかけようとしてさすがのジャニス様もミレーヌを叱り、怪物を見るような目でミレーヌを見た。

もうこの子は私の娘ではない。
絶縁しようと心に決めてミレーヌに話すと初めて私の言葉が届いた。
心の底から反省していたのが分かった。
その一時が一番平和で幸せだった。

なのにまたミレーヌは変わった。
今までとは違うミレーヌになった。

私はもうどうして良いのか分からなくなった・・
もうミレーヌが暴れないならそれで良いと考えなかった…
そのツケがこれだ。


ジャニス様に謝罪する機会が出来て、ようやく謝罪出来た。
だから、一つだけお願いをした。
ミレーヌに会って欲しいと。

今までなら言わなかった。
これだけ迷惑かけてしまい、お願いなど出来るわけがないのに、つい言ってしまった。

そこからのアントン殿の切り刻まれるような叱責は堪えた。
言われた事全て正しかったから。
ジャニス様に甘え、ジャニス様に寄りかかり、支えてもらった。

本当にこれ以上迷惑かける事など出来ない。

でも、どうすればいいのか、もう私には分からない・・・。














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