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愛人を愛する男
しおりを挟む仕事が終わっていつものように可菜のマンションに向かうと、マンションの前に妻の里奈が立っていた。
「おかえりなさい、拓也。」
無表情でそう言った後里奈が言った一言に俺は愕然とした。
「私、妊娠したの。」
とさっきの無表情とは変わり、幸せそうに笑った。
「妊・・・娠・・?なんで⁉︎」
嘘だ。
俺は里奈を抱いた記憶がない。
妊娠するなんて有り得ない。
「ここでする話しではないんじゃない?
それとも可菜さんの家で三人で話そうか?」
勝ち誇った顔で言う里奈を睨み、
「お前、可菜に会ったのか?」
「さっきまで一緒だったわよ。とっても綺麗な人なのね。
私なんかより数倍も綺麗だし、なんと言ってもお医者様だなんて羨ましいわ。」
ちっとも羨ましいとも思っていない顔で俺を真っ直ぐ見つめた。
「家に帰るぞ。」
可菜が心配だったがここにいては、里奈が何をするか分からないのでこの場を離れることにした。
来た道を戻る為振り返り里奈を置いて歩き出した。
「妊娠した妻を労わる事もしないのね。」
里奈の言葉を無視して歩き続けた。
大通りに出て、タクシーを停める前に後ろを歩く里奈を待った。
「本当に貴方は私が嫌いなのね…離婚も出来ないくせに。」
それも無視し、タクシーを停めた。
タクシーの中で俺も里奈も何も話さず家に着くまでお互い逆方向を向き、顔すらも合わせなかった。
俺と里奈は里奈の一目惚れで結婚した。
俺の父親の会社が里奈の父親の会社に吸収合併された。
何度か挨拶した事があった里奈が俺を気に入り、婚約の話しがあったが俺には可菜がいたから断っていた。
だが父の会社の売上が急に下降し始め、このままでは倒産もあり得ると日々会議を重ねていた頃、里奈の会社から里奈と結婚するならば会社が存続出来るよう手助けをすると言われた。
最初は父も俺の事を思い、突っぱねていたが、気付けば吸収合併するしか道がなくなっていた。
里奈の父親が娘可愛さに裏で手を回していたのは分かっていたが、父の会社と里奈の父親の会社では規模が違う。
太刀打ちなど出来なかった。
可菜には、必ずなんとかするから待っていて欲しいと言っていた。
父も母も会社はなんとかするから、俺の好きなようにして良いと言ってくれていた。
だが、どうにも出来なかった。
両親は気にするな、なんとかするから好きな子と結婚しなさいと言ってくれていたが、なんとか出来るわけがなかった。
会社の従業員の事を考えると自分の事だけ考えるなんて出来なかった。
そして俺は里奈と婚約した。
里奈と婚約すると可菜に打ち明けた時、可菜は静かに泣きながら、
「それが正解だと思うよ…」と言った。
そして、
「ここにはもう来ちゃダメよ、どんなに会いたくても・・・どんなに愛していても・・・私と拓也は今日でおしまい…。」
必死に泣くのを堪えていたが、俺が声を出して泣き始めると、可菜も俺を抱きしめながら泣いた。
そのまま最後だからと可菜を朝まで抱いた。
言葉を交わせば離れられないと思い、可菜が眠ったのを確認してからベッドを出て、可菜のマンションを後にした。
俺と可菜が別れたと聞いた母は泣きながら俺に謝った。
済まないと、可菜と結婚させてあげられなくて済まないと何度も謝りながら泣き続けた。
父も、不甲斐ない父親で済まないと頭を下げた。
“良いんだ、気にするな”と言いたかったが、どうしても言葉が出なかった。
俺も泣いていたから。
それからは何の感情も湧いてはこなかった。
里奈に会っても張り付けた笑顔でただ返事をしていた。
結婚を急いだ里奈は、俺の事など考えもせず勝手に半年後に結婚式をあげると決め、自分の両親と楽しげに式場やドレス、招待客や引き出物を選んでいた。
俺はそんな姿を笑顔で見続けた。
豪華な式場、豪華なドレス、豪華な料理、豪華な招待客。
俺側の招待客は会社関係のみで、友人は一切呼びたくなかったが、一人だけ呼んだ。
親友の鈴代 晋也。
本当は晋也と結婚した可菜の親友の綾も招待したが、綾が絶対行かないと拒否した為、晋也だけになった。
親友夫婦は俺と可菜の高校からの付き合いだ。
だから可菜を傷付けた俺と、可菜から俺を奪った里奈の姿を見たら何をするか分からないと言って泣いて嫌がったそうだ。
晋也は済まないと謝ってくれたが、
「正直俺も、お前の隣りに可菜ちゃんがいない結婚式になんて出たくはないが、一応会社の付き合いがあるから仕方ない。
でも、お前の事が心配だから出席したのが一番だけどな。」
と言って、俺の肩を叩いた。
正直、俺もこんな姿見せたくなかった。
披露宴の挨拶回りが一旦落ち着いて、里奈が化粧を直すと退席している今だけ息が出来た。
「拓也…お前、大丈夫なのか?」
と晋也が寄ってきて俺を気遣うが、その気遣う言葉に泣きそうになり、下を向いた。
「花婿がそんな顔しか出来ない結婚って何なんだろうな・・・。
花嫁はお前と可菜ちゃんの事知らなかったんだろうけど、相手の家もえげつないよな、娘の為にお前んとこの会社潰すまで追い詰めるって。俺、男前じゃなくて良かった~って生まれて初めて思ったわ、そしてこんなアホみたいに豪華なのにちっとも羨ましいとも思わない結婚式も初めてだわ・・・」
全くだ。
馬鹿みたいに金をかけ、テレビでしか見たことがない有名人もいる結婚式。
他人なら凄えと言えるが、自分がしたかった結婚式はこんなんじゃなかった。
仲間と家族に祝福されて、可菜と二人で照れながら挨拶回りをする、そんな幸せな結婚式がしたかった。
披露宴が終わり、ホテルのスイートに俺と里奈が入ると、綺麗な部屋ねと御機嫌な里奈に吐きそうになる。
これからこの女を抱かなければならないのかと思うと鳥肌が立ちそうだ。
シャワーを浴びた後、強めの酒を何杯か飲んでベッドに入った。
全く勃たない俺のイチモツを里奈が口で勃たせて、なんとか初夜を終わらせた。
勃起したことがショックだった。
身体を洗いたくてシャワーを浴びるというと里奈も一緒にくると言う。
一人で浴びたいとお願いし、ようやく風呂場に逃げ込むと、頭からシャワーを浴び、声を殺して泣いた。
風呂から出ると、里奈もシャワーを浴びると風呂場に行った。
俺はまた酒を飲んでいた。
ちっとも酔えないからいつの間にかワインを2本も空けていた。
風呂からガウンを羽織った里奈が出てきたので、シーツが汚れてるから、別の部屋に行こうと言い、ツインのベッドの部屋で寝た。
最初は愚図っていたが、寝たふりをしていた。
一晩泊まり、新居に帰った。
新婚旅行は行かないと最初に決めていたので、助かった。
二人きりで海外なんて耐えられない。
綺麗なタワーマンションの最上階。
何の感動もなく部屋に入ったが、家政婦の人がいてホッとした。
二人きりじゃない事が安心出来るとは。
それからの生活は、ほぼ寝に帰るだけの生活。
仕事は父がいる元の会社で父と一緒に働いている。
父の側で仕事をしている時だけがホッと出来た。
帰るのは深夜、里奈が寝てから。
出勤は里奈が起きる前に家を出た。
自宅で食事をする事もなく、何度里奈から早く帰ってきてと言われても帰らなかった。
そんな生活を送っていれば身体は悲鳴をあげ、俺は仕事中に倒れた。
運ばれた病院は、可菜がいる病院。
父が敢えてそこにしたのかは知らないが、目覚めると里奈ではなく、可菜がいた。
泣きながら俺の手を握っていた。
俺は可菜を抱きしめて泣いた。
「おじ様が、向こうの方にはまだ連絡してないって教えてくれて・・・それで私・・会わないって・・・言ったのに・・・ごめん…なさい…」
それから俺達はまた会うようになった。
会社の近くにマンションを借り、可菜はそこで俺の帰りを待った。
可菜の仕事の関係で必ず会えるわけではないが、「ただいま」と帰る家に、「おかえり」と答える可菜がいるこの場所が俺の支えとなった。
深夜に自宅に帰るのは面倒だが、泊まることはしなかった。
会話もない俺達夫婦は、半年かからず仮面夫婦となった。
結婚する前から俺は大して態度を変えていない。毎回、微笑んでいただけだ。
里奈は俺を手に入れて喜んでいただけで、全く俺を見ていなかったから気付かなかっただけだ。
たまに起きて俺を待っている時があると、一方的に俺を責めた。
それを黙って聞いていた。
俺を寝室に連れて行き、ベッドに押し倒して、俺のをしゃぶっても、全く勃たないにも関わらず、俺の上で勝手に股間を擦り付け腰を振っている里奈は泣いていたが、可哀想とも思わなかった。
そのうち諦めてベッドに入り泣いていたが、俺はシャワーを浴び、家を出た。
そのまま可菜の所には行きたくなかったので会社に行き、仕事をした。
そんな夫婦でもパーティーには夫婦で出席しなければならない。
二人で笑顔を張り付け、挨拶をする。
そんなパーティーで珍しく俺は酒に酔った。
気付けば里奈とベッドで寝ていた。
上半身は何も着ていなかったが、パンツだけは履いていた。
里奈は裸だったが、また勝手に一人で腰を振っていたのだろうと思い、シャワーを浴びてからホテルを出た。
それからは可菜との貴重な時間を大切にしながら日々暮らしていた。
そんなある日、可菜が、
「拓也、私・・・子供が出来た…みたいなの・・」
と言った。
可菜はピルを飲んでいた。
妊娠には細心の注意を払っていた。
でも、俺は暇さえあれば可菜を抱いて、万に一つの“飲み忘れ”にかけて、中出しを繰り返した。
俺は喜んだ。
絶対産んで欲しいと可菜に縋った。
調子が良い事を言ってるのは分かっているが、どうしても可菜と俺の子が欲しかった。
可菜に負担がかかる事は分かっている。
医者であり、未婚で、子供の父親は不倫相手など、可菜にとっては喜べるはずもない事だ。それでも俺は可菜を離したくなかったから子供が出来たと分かった時、心の底から嬉しかった。
可菜は悩んでいたが、俺が可菜の両親に頭を下げて頼んだ。
必ず将来離婚して可菜と結婚します、認知もしますと何度も頭を下げた。
俺の事情も知っている可菜の両親は渋々だが許してくれた。
俺の両親は何も言わなかった。
怒りもしなかったが、喜びもしなかった。
母が、
「貴方達の事は申し訳ないと思っているし、二人が幸せになって欲しいとも思っているけど、同じ妻として里奈さんの事を考えると、喜ぶ事は出来ないわ…。」
とだけ言った。
何れ離婚する事になると思うし、里奈が俺を捨てるだろうと思っていた。
そんな時に里奈が可菜のマンションの前で俺を待ち、妊娠を告げた。
タクシーを降り、二人で家に入ると、里奈が話し始めた。
あの酔っ払ったパーティーの日、里奈はよく知られた方法で俺の酒に細工をし、俺を酔わせて既成事実を作ろうとしたらしい。
そして俺は可菜の名前を呼びながら里奈を抱いたらしい。
悔しくて、泣きながら抱かれたが、出すだけ出すと寝てしまった俺にパンツだけ履かせたそうだ。
「それで気が済んだのか?」
「気なんか済むわけないじゃない!他の女の名前を呼びながら抱かれる私の気持ちなんか貴方に分からないでしょ!」
「抱かれるのが目的だったのなら良かったじゃないか。それで孕んだんだ。万々歳だ。
そもそもお前らが俺の親父の会社を潰そうとして逃げ道をなくしたんだ!
お前が俺と結婚したいなんて言いやがったから!
俺は16から可菜だけを見て生きてきたんだ!もう少しで結婚だってする予定だったんだ!
それをぶち壊し、親父の会社までぶち壊し、何で俺がお前を愛せると思う⁉︎
お前を抱くなんてどれだけ吐くのを我慢したかお前に分かるか⁉︎
自分は被害者だみたいな顔してるが、俺側から見たら、お前らが先に俺達を力で脅し、奴隷のように俺を買った、こっちが被害者だ!
人の物を欲しがるガキのようなお前を何度怒鳴ってやろうかと思ったよ!
放っておいてくれるなら、甘んじてこの生活を続けた。
実際親父の会社の従業員を解雇せずに済んだからな!
お前が結婚式で俺達の話しを聞いていたのも知ってる。
晋也が俺の後ろを見てハッとしてたからな。
あの話しを聞いても自分が被害者だと思えるんだから、お前はやっぱりあの親父と同じだな。
俺は可菜とは別れないし、お前を抱こうとも思わない。子供は産めばいい。
俺とお前の子供だ。
面倒も見るし、可愛がる。
でもお前の事は一生愛さない。
俺と可菜の将来を力尽くで奪ったお前を俺は死ぬまで許さない。」
「だって知らなかったんだもの!
今まで私が好きになった人に私以外を好きになる人なんていなかったから、貴方にそんな相手がいるなんて思わなかったのよ!
誰かを不幸にしているなんて知らなかったのよ!
あの日、貴方の元に戻った時に初めて知ったのよ。
謝ろうと思った!
あの時、知らなかったと言おうと思った!
でも貴方はいつもの笑顔で私を受け入れた!
だから言えなくなった、怒っているのが分かったから!
その時初めて気付いたのよ、貴方は私が嫌いなんだって!
結婚式よ!幸せだと思っていたのに、旦那さんとこれから幸せな家庭を作ろうと思っていたのに、化粧を直して戻れば旦那に憎まれてると分かった私の気持ちなんて知らないでしょ⁉︎
だったら言えば良かったじゃない!
結婚なんかしたくないって!」
「言ったよ、何度も何度も!
親子で頭を下げたよ!
俺の為に親父は何度も頭を下げてくれたよ!
なのにお前の親父は許さなかった!
それで親父の会社はダメになったんだ!
だから俺はお前と結婚するしかなかったんだよ!
ドレスだなんだと喜んでたお前には分からないだろうがな!」
「だって・・・知らなかったんだもの・・」
「知ってる。だから今まで何も言わなかったんだ。
ただのお嬢様は悪気はなかったんだろうが、それでも俺は一言でもお前と話せば、こうやって罵声を浴びせそうだったから顔も合わせなかったし、喋りもしなかった。
これからもそれは変わらない。
今は親父の会社にいた従業員を知り合いの会社に振り分けている。
俺も親父もいつ切られても良いように準備している。
金もいらない。
会社もいらない。
仕事もするし、遅くなっても外泊はしない、その代わり一切俺に関わらないで欲しい。」
「そんなの夫婦でもなんでもないじゃない⁉︎」
「元から夫婦だなんて思ってない。
結婚式の招待客に俺の友人が一人しかいない時点で気付けば良かったんだ。
何かおかしいってな。」
「だって・・・・」
「妊娠中なら早く寝れば?身体に悪いでしょ、妊婦は。」
泣き崩れる里奈。
可菜に何を言ったのか気になるが聞いたら手が出そうなので何も聞かなかった。
俺は家を出て、可菜のマンションに行った。
*新連載です。全3話程で終わる予定です。
お気軽にお読み下さいませ。
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