帰らなければ良かった

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番外編 辺境伯の小さなお墓

可愛い甥っ子の秘密

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ロドニー視点


可愛い甥っ子のライールが2歳の時、我が辺境伯領にシシリーに連れられ遊びに来た。
俺と親父は滅多に会えない甥っ子を一日中構い倒し、二日間遊びまくって怒られたので三日目は仕事に戻った。

訓練場で新人の訓練相手をしている時、遠くに小さなものが動いているのが目に入った。

かなり距離はあるが、訓練場から屋敷から離れた目立たない場所にある俺達オニキス騎士団の汚れモノを洗濯する為だけに作ったその場所には、ここにいる誰もが許せない女がいる。
騎士なれなかった、ただそれだけの事でシシリーを逆恨みし、シシリーを刺し、身籠ったばかりの子供を殺した女、
キャシー・ファンハイドがいる。

今は籍を抜かれ、ただのキャシーだが元伯爵令嬢で、父親は陛下の専属騎士だ。
キャシー自身も騎士志望だったが不正を働き、試験資格を無くし騎士になる夢は砕かれた。
自業自得なのを棚に上げ、シシリーを恨み続けるほど騎士になりたかった女に、憧れの騎士達の姿を毎日見せ続ける事が出来るのが、
今可愛い甥っ子が走って行った場所だ。

やばいと思い駆け出そうとした時、甥っ子はキャシーに何かを渡している。
会話をした後、キャシーは泣き出したのか手で顔を覆っている。
その後、甥っ子は来た道を走って戻って行った。

とりあえず何事もなかったから良かったが、
たまたまライールはあそこに行ったんだろうか…

キャシーに気付かれないように、近くまで行き、様子を伺った。

クスの木の根元にしゃがみ込み、泣いているようだ。

あの場所は何かを埋めたらしい後があり、その後からは毎日花と朝食の自分の分のパンを半分供えている。
何に対してかは分かったが、だからといって許せるものではないので放っている。

もしライールに害なそうものなら即刻処分したが、これといって問題なさそうだ。

甥っ子が帰るまでずっと見ていたが、あれ一度きりで、ライールがあの場所に行く事はなかった。

次の年もライールはあの場所にほんの一瞬の隙をみてキャシーの所に行った。
またしても俺は訓練場にいた。
去年と同じに、何かを渡して少し話した後手を振って戻っていった。

じっと見ていると、やっぱりあの場所に行き手を合わせているのが分かった。

その後近くまで行き様子を見ていると、穏やかな顔で洗濯をしていた。
ライールはその後あそこに行く事はなかった。
一体ライールは何をしに行っているんだろう?

次の年はシシリーが二人目を身籠ったのでブライアンがライールを連れてきた。
なので、ブライアンにライールの事を話した。ライールは誰にもあの場所に行っている事を話していなかった。
ブライアンはライールに気付かれないように近くで様子を見ると言い、とうとうライールがキャシーに会いにいった現場を確認した。
ライールに何故キャシーに会うのかと聞けば、驚くような答えが返ってきたらしい。

あの花とパンを供えている場所に生まれる事なく逝ってしまった“甥っ子”があの場所を教えてくれたと。
キャシーがした事もその“甥っ子”に教えてもらったらしい。
そしてキャシーが毎日手を合わせてくれるおかげで、“甥っ子”と話しが出来て姿も見えるようになったと。
そして、俺達はまだ怒っているから秘密にしていてほしい、けどライールだけは友達になって欲しいと“甥っ子”に頼まれたと。

そんな事ってあるのか?

だが、ブライアンはライールが2歳の時に、側にいてブライアン達に抱きついていて、顔はブライアンにそっくりな少年だと教えてくれたらしい。
そしてお兄ちゃんに名前をつけろとお願いされたと教えてくれた。
そして付けられた名前が“シアール”。

自分を殺した女を心配する優しい甥っ子。

本当か嘘かは分からない。

けどキャシーはあそこに墓らしきものを作ってから雰囲気が変わった。
ライールが行くようになって、さらに穏やかになった。


ブライアン達が帰ってから、真夜中にその場所に行ってみた。

ライールにならい、俺も小さな花を供えて手を合わせた。
目を開けた一瞬、目の前にブライアンに似た5歳くらいの少年が立っていたような気がした。


ああ…この子がシアールなんだな…


「さみしくないか、シアール。俺にもお話ししてくれよ。」

と問いかけてみたが返事などない。

いい大人が何をと思い、戻ろうとした時、

『おじさま…』

と聞こえた。

バッと振り返っても誰もいなかったが、確かに聞こえた、おじさまと。

なんだか嬉しくて、
「シアール、おやすみ。また来るよ。」

と言って屋敷に戻った。


あれからたまに夜中に行くと、親父と鉢合わせる事がある。
親父も俺から話しを聞いた後、何度かここに来ているようだ。


「親父はシアール、見た事あるか?」

「見た…ような気はする。」

「俺は声聞いたことあるよ」

「フン、俺だってあるわ!」

「じゃあシアールの顔がどんなか分かるか?」

「うーーー、一瞬だったから分からん!」

「ブライアンとそっくりだった。」

「・・・見たかった。俺もシアールに会いたい…」

「ライールには見えて俺達には見えないのはきっと何か意味があるんだろうよ。
いつか会いにきてくれるさ。」

「・・・そうだな…いつか顔を見せておくれ、シアール。」


その後二人で手を合わせ、屋敷に戻る途中、

『待ってて』

と聞こえた。





俺と親父がシアールに会ったのは、それから10年ほど経って、キャシーが我が家の使用人になった頃だ。



親父は寝酒を飲んでたとき、

『お祖父様、ようやく会えました。たくさんのお菓子やお花をありがとうございました。おじいさま、大好きです。』

と微笑んだ後、消えたらしい。
この後親父は号泣した。



俺の時は、いつもの夜中の墓参りの時だ。
花を供え手を合わせた時、ふと隣りに気配を感じた。
見ると、5歳くらいのブライアンが俺の隣りにしゃがんで俺をニコニコと見ていた。

『お待たせしました、おじさま。シアールです。いつもお花をありがとうございます。』

「シアール・・か?」

『はい。ようやく顔を見せられました。でもこれが最後になると思います。
姿は見えなくてもおじさまやおじいさま、父様や母様、ライールとシャーリーの側にいます。おじさまの側は温かくてとっても大好きです』

そう言ってシアールは消えた。

しばらくボォーとその場にいた。


俺と親父はキャシーをなかなか許せる事ができなかった。

シシリーとブライアンは時折シアールの姿を見る事が出来ていたのに、俺達二人は会えていなかった。

その違いはキャシーを許したかそうでないかの違いだったのだろう。


ようやくキャシーを許し、使用人として正式に雇った事で見えるようになったということか。

全く俺の甥っ子はシシリーと同じで優しすぎる。
一人でひたすら謝罪するキャシーを許して欲しかったのだろう。
でもな、シアール、俺と親父はどうしてもお前を死なせたキャシーを許したくなかったんだよ。

でももう分かってるよ、キャシーは早い段階で自分の犯した罪に向き合い、誠心誠意謝罪し反省しているって事。


優しい俺達の甥っ子のシアール。

調子の良い時でもいい、
声だけでもいい、

またいつか“おじさま”と呼んでくれ、待ってるから。














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