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罪悪感

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苛立った気持ちを落ち着かせる為に、中庭のベンチに座ってボォーとしていた。

「父様!」

レオンが呼ぶ声がして振り返ると、レオンが俺を見つけ手を振っているのが見えた。
どうやら散歩をしているようだ。

その後ろにはもいる。

「父様!母様とお散歩しましょう!」と俺に駆け寄ってくる。

レオンを抱き上げ、

「レオン、今日はお休みだったか。
父様はお祖母様の所に行かねばならんから、散歩は出来ない。と散歩しなさい。」

離れた場所に、メイドが隠すように立つ後ろに、下を向いた乳母殿がいた。

「そう…なのですね…わかりました…。」と俯くレオンの頭を撫で、
「ごめんな、レオン。父様、お母様の事で少し話しがあるんだよ。」
と言うと、小さく頷いた。

俺が乳母殿を見ると、メイドが庇うように乳母殿の前に立つ。

「レオンを頼む、殿。」

久しぶりに見た彼女に泣きそうになった。
髪を切り、鬘なのか染めたのか茶髪の彼女は顔を上げる事はしない。


いつも中庭をメイドとレオンに手を引かれ、散歩していた姿を執務室から見ていた。
執務室から隠すように数人で囲っていても、すぐに分かった。

レオンを俺の所に連れてくるのはいつもメイドだった。
一度も乳母が連れてきた事がなかった。
それで気付いた。
アーリアを乳母にしたのだと。


初夜のあの暗い部屋で、アーリアだと気付いたのは、アーリアの髪のお陰だ。
途中まではアネットだと思っていた。
ほぼ真っ暗な中、紺色のアネットの髪であるなら、闇に同化していた筈だ。
アーリアの銀色の髪は蝋燭の灯りでも綺麗だった。
だから大事に抱いた。
何度も名前を呼びそうになった。
名前を呼べない事が苦しかった。
そして、俺がアーリアをアネットだと思って抱いているのだと思われている事が死ぬほど悲しかった…。
こんなに辛い初夜はなかった…。

妊娠が分かった時は飛び上がりそうなほど嬉しかった。
それと同時にアーリアの身体が心配で心配で堪らなかった。

出産の時も、本当はアーリアの手を掴んでいたかった。
頑張れと声をかけてあげたかった。
レオンを無事産んだ時、ありがとうと言いたかった…。

なのに…。

「父様?泣いてるの?」

会いたかった・・・

近くにいるのに声をかける事も、気付いてる事も言えず、ただ遠くから見ていただけだった彼女がすぐそこにいる。
それでも今ではない…今声をかけたら彼女はここからいなくなるだろう。

「いや、目にゴミが入った。さあ、父様は行くよ、レオンは転ばないように気をつけて行きなさい。」

俺は逃げるようにその場を離れた。


母の執務室へ行くと、珍しく執務室ではなく執務室の手前にある応接間で俺を待っていた。

「すみません、お待たせしました。」と母の向かいの席に座る。

「アネットの事、聞いたわ…。あの子は納得したの?」

「まだギルバートとしか話していません。ですが、もう離縁以外にないでしょう、噂も広まっていますし。
ギルバートもそろそろ身を固めても良い年齢ですし、アネットも早く子供が欲しいでしょう、は若い時の方が良いですから。」

俺の言葉にハッとする母に苦笑が漏れる。

「何故そんな顔をするのです?俺が気付いていた事はとうの昔に分かっていたのでしょう?
俺は気付いている事を隠してはいませんでしたから。
なのに貴方達は何も言わなかった。
だから私も何も言わなかったのです。

本当はレオンが立太子するまでは離縁する気などありませんでした。
ですが流石にこうなってしまえば、アネットを解放してあげるのが、アーリアの為だけに結婚してくれたアネットへの俺からの詫びだと思ってくれたら嬉しいと思います。
それに俺はレオンが立太子したら王位形継承権をお返し致しますから。
廃嫡して頂こうと思っています。
リーツに負担をかける事になりますが、本当はそうしたかったのでしょう?母上は。

貴方達は俺にとって一番辛い罰を与えた。
今もその罰は続いている。
それほどの事をしたと自覚しているから耐えていますが、それほど憎いなら十年後、廃嫡して下さい。」

「違う、違うわジェラルド!怒っていたけど、憎んでなどいる訳がないじゃない、我が子なのよ貴方は!
アネット達がアーリアと初夜に入れ替わると言ってきた時に私もシグーレも宰相も反対したわ!
でもアーリアが了承したと聞いて許可してしまった…。

あの時の私達はただただ貴方に罰を与えたかった…アーリアが不憫で…アーリアをあんな身体にしてしまった息子が許せなくて…。

アーリアをアネットと思い淡々と済ませただろう初夜の後に、日を置いて相手はアーリアだったと言おうと思っていたの…。
でも話せないアーリアからなんとか文字型のおもちゃを使って聞きだした初夜の様子は、私達が想像していたものではなかった…。

ジェラルドが気付いたのではないかと皆が思ったの…。なのに貴方は何も言わなかった…。」

腹が立った。
子供が考えたいたずらのように、ただ俺を傷つけようとした罰は、いい大人達が考えたものとは言い難い所業だ。
俺だけならまだ良い。正しく伝えられないアーリアを巻き込んだ事に腹が立って仕方なかった。
本当にアーリアは了承したのだろうか?
伝える事を諦めて、流されてしまったのではないだろうか?
アーリアを守っている友人達は、アーリアが喜ぶと本当に思ったのだろうか?

そうは思えない。

あんな形で抱くのも、抱かれるのも嫌だ、例え愛する人とでも。

「母上達は、あれがアーリアが本当に望んでした事だと思ってるのですか?
あんな形で抱かれたアーリアがどう思い、何を考え、誰を思い出し、どの俺を頭に思い描いたかも考えつかなかったのですか?
俺は分かりましたよ!
優しく抱けば抱くほど泣いていましたよ、アーリアは!
何を思って泣いていたのか分かった俺は、泣いてるアーリアに、
“違う!こんな風にあの女を抱いたりしていない!”

“アネットだと思って抱いてなどいない!”

“アーリア、ごめん、泣かないで”

“愛してるのはアーリアだけだ”

泣いてるアーリアに言ってあげたかった…。
何度頭を、頬を、背中を撫でてやっても、アーリアはアネットを労ってるとしか思っていない…。

あんなに辛い夜はなかったですよ、母上…。
貴方達は俺だけでなく、アーリアにも痛くて深い傷をつけた。

皆がアーリアを不憫に思ってしたと分かっていますが、悪意がないだけたちが悪い。

ですがレオンを授かる事が出来たのは皆のお陰です。

ありがとうございました。」

母はずっと泣いている。

誰も彼もが、やっと事の重大さに罪悪感を覚え、俺に謝りたいのか、言い訳を言いたいのか、何年も同じ顔をしていてはだんまりを貫いた。

彼らがやった事を誰も責めない。


それが俺を傷付けるとも気付かない。


ここに俺が止まって居られるのはレオンとアーリアがいるから。


アーリアがここを去り、レオンが立太子した時、俺も此処を去る。

その目標を決めた時に考えていた状況ではないが、その時の為に耐えてきたんだ、もう少し、後十年、レオンの為に頑張れる。



俺は、泣いている母には声もかけずに部屋を出た。


部屋を出てすぐ、アネットが立っていた。


今日は、誰も彼も俺を傷付ける日なのだろう…。

「ジェラルド…話しがあるの…」

俺は大きくため息を吐くと、アネットの後ろをついて行った。














*シグーレ=  国王です。

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