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レオンの夜泣き

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最近、国賓の相手をしたり、会議が立て込みレオンとの時間が取れていなかった日が続いていた深夜、俺は溜まった執務をこなす為執務室にいた。
そこへギルバートが来た。
とっくに帰ったギルバートが何用かと、訝しく思う俺に、

「忙しいとこ、ごめん。レオン様が父様に会いたいって夜泣きが酷いんだ…少し時間が取れるか?」

ギルバートの後ろを見れば、メイドに抱かれたレオンがヒックヒックと泣いていた。

俺は立ち上がり、レオンをメイドから受け取り、レオンを抱っこした。

「どうした、レオン、眠れないのか?」
背中をポンポンしながら顔を覗くと泣き腫らした目が痛々しい。

「とう、ヒック…たまが、ヒック…いないから、ヒック…」

「ごめんな、父様忙しくてレオンに会えなかった。今夜は父様といっしょに寝よう。
それで良いか、レオン。」

「ヒック、うん…ヒック…」

ギルバートとメイドがホッとしていたので、
「済まない、そう言う事だから伝えておいてくれ。レオンは俺の部屋で寝る。
明日は少し遅くに起こしに来てくれ。」

俺は執務は明日にし、レオンと自室へ向かう。
ようやく落ち着いたレオンは俺にしがみついている。

「レオン、眠くはないか?」

「うん…とうたまと、おはなちする」と言ってる側から眠りそうだ。
「そうか…ではレオンが眠るまで父様がお話しをしてあげよう。」

自室のベッドにレオンを寝かせると、
「とうたま…おはなち…」
既に眠りそうなレオンに静かに話しかけた。

「昔むかし、美しいお姫様と愚かな王子様がいました。」

「とうたま、おろかはなに?」

「大好きな人を泣かせてしまう人の事だ。」

「おひめたま、えんえん?」

「そうだ、お姫様は毎日泣いてたんだ。」

「おーちたま、おろか?」

「そうだ、愚かな王子なんだ。」

「だめね、おーちたま」

「レオンはそんな王子にはなるなよ。」

「レオ…えんえん、したの…とうたま…いない…」

「レオンは愚かではない。父様が会いに行かなかったからだ。父様はレオンに会えて嬉しい。」

「とうたま、うれち?」

「ああ、とても嬉しい。」

「あちたも、あえゆ?」

「時間を作る。待てるか?」

「うん、やくちょくよ!」

「約束だ。」

そう言うとコトンと眠ってしまった。

レオンを抱きしめた。
誰一人、俺に会いたいなどと言ってくれる人などいないのに、唯一人レオンだけが会えないと泣いてくれた。
その事が嬉しくて鼻の奥がツンとなる。

人の温もりを感じたのはレオンが宿ったあの夜だけだ。
久しぶりの温もりに俺も気付けば眠っていた。

次に目覚めた時は、夜が明けたばかりの頃だった。
睡眠時間はいつもと変わらないが、熟睡したのはレオンの温もりがあったからだろう。

眠っているレオンの頭を撫でる。
まだ小さな小さな身体なのにベッドで大の字で寝ている。
布団から出ている腕を布団に入れ、肩まで布団をかけてやると、俺にすり寄ってくる。
愛しい息子を一度抱きしめ、軽くシャワーを浴びて出ると、ベッドに座り、レオンが泣いていた。
急いでレオンの側に行くと、
「とーたまーー」と抱きついてきた。

「どうした?」と聞けば、俺がいないと泣いていたらしい。
とにかくレオンを抱っこし、小用を済まさせてから、水を飲ませてようやくレオンは落ち着いた。
「シャワーを浴びていた。ごめんな、レオン。」

「とうたま、おちごと、いった、おもた…」

「そうか、後でお仕事に行くが、レオンも行くか?」
その後のレオンは喜んで、少し言った事を後悔しそうになった。
朝、メイドが迎えに来てレオンを預ける際に、朝食の後、レオンを隣国の王太子夫妻に会わせる事を伝えると、一瞬メイドがハッとした。
確かにレオンはまだお披露目は済ませていない。
だが、隣国の王太子夫妻は友人だ。
会わせるのに何の問題もない。
ただ、レオンの見た目に引っかかっているのだろう。
レオンは俺と同じ金髪、碧眼だが、髪の一部だけ銀髪が混ざっている。
銀髪はアーリアの家のトールズ侯爵家の特徴だ。
トールズ侯爵家は何代か前に銀髪の王女が嫁いでいる。
なので混ざっていたとしても何ら問題はない。
だが、俺とアーリアが婚約していた事は王太子夫妻も知っている。
だからなんだという話だが、アネット陣営は心配なようだ。

「何を心配しているのか知らんが、今更レオンの髪に文句を言う訳無かろうが。
連れて行かずレオンを泣かせても良いなら構わんぞ。」
と言うとメイドは会釈してレオンを抱いて言ってしまった。
ハア~と溜息を吐く。

隠しておくわけにもいかんだろうに…。

俺は朝食を食べて支度しようとした時、アネットが怒っているのか、俺の部屋にやってきた。

「何を考えていますの⁉︎」と怒鳴る。

「何をとは?」

「何故レオンを王太子夫妻に会わせるのです⁉︎」

「何故会わせては駄目なんだ?君が何故それほど怒っているのかも俺には理解出来ない。
一生レオンを表に出さず育てるのであればもう一人子供を作るしかないが、どうする?もう一度抱かせてくれるのか?そんな事はしないだろう?
レオンは夜泣きしてまで俺に会いたいと訴えたのだ。
今日も時間を取れない、なら連れて行くしかあるまい。
何の問題がある。膝にのせるか、抱っこしていれば良い。皆が愛でるだろう。
何が気に食わん?一房の髪の色か?
あの髪色が出る事を一欠片も考えた事はないのか?
あの色は何代か前の王女の色だ。
あの色がある事に何の文句がある!言ってみろ!」

また何も言わない…だがよく見る顔ではない。
悔しそうな顔の意味は考えると反吐が出そうだ。



「貴方は・・・何を考えているのか分からない…。私は・・・貴方の妻なのに・・・。」

「お前がこうなるようにしたんだろう?
俺を拒否し、アーリアを優先したのはお前だ。
妊娠中も俺に相談すれば良かったのに、引き篭もった。出産後もだ。挙句に我が子には少しだけの時間しか会わせない。
ギルバートもラインハルトも自由に会えるというのに。それほどお前は俺にレオンと過ごさせたくないか?
レオンが誰に似ているのか心配か?

俺の周りにいる奴らは皆、毎回同じ質問をし、同じ顔をして黙り込む。
今日のお前は違う顔だが、皆んな何を言いたげにし、何を隠しているのだろうな?

お前はたくさんの隠し事があるようだがな、

俺は確かにお前の夫だが、夫として扱われた事は一度もないな。
俺の助手か、補佐か、側近だ。
その立場を望んだのはアネット、お前だ。
俺はお前を妻として大切にしようと思っていた、結婚式の日までは。」

「私は・・・貴方を・・・」

「もう俺の覚悟は消えた。
俺はレオンがいればそれで良い。
アネット、俺と結婚すると決めてくれたのは礼を言う。
正直有り難かった、あの頃の俺に嫁いでくれる令嬢はいなかったからな。
だが、アネットを妻としてなど思えない。
王太子妃としてしか扱えない。」

沈黙が続いた。そして、

「・・・申し訳、ございませんでした…レオンは後で連れて参ります。・・・今日は私も一緒ですから…」
俺の返事を待たずにアネットは出て行った。

こんなにアネットと公務以外で話したのは初めてだ。
つい最近の皆の態度に対して溜め込んだストレスとアネットの顔を見たら怒りが爆発してしまった。

ハアーーーーと溜息を吐き、部屋にあるレオンのおもちゃを手に取る。
レオンのお気に入りの小さなクマのぬいぐるみ。
瞳の色はピンク。
アーリアと同じ色。

アーリア・・・俺は…頑張れるだろうか…

俺の呟きは誰にも届かない。













*************************
本編を書き終わりましたので、今日は、もう1話22時に投稿します!
明日からは6時、12時、18時の一日3話投稿します!


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