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出発
しおりを挟む瑞希に明日行く事をメールし、お母さん、お父さん、陸に手紙を書いた。
ここにいてはみんなを危険に晒してしまう事。
落ち着いたら必ず連絡する事。
携帯電話は買い替える事。
私から連絡するまで探さないでほしい事。
そして、心配かけてごめんなさいと…。
この手紙が着く頃には、私はきっと遠くにいるだろう。
まだ何処へとは決めていない。
本当はこの温かい家でゆっくり心を休めたかった。
お母さんの面白いご近所情報に笑い、陸とくだらない事で喧嘩し、お父さんに甘え、少しずつ心を癒そうと思っていた。
それすらもさせてくれないあの人を許せない。
逃げ出す事は、あの人の思う壺のようで悔しい。
でも、私が妊娠していると分かれば、きっと、さらに追い詰めて来るだろう。
家族とお腹の赤ちゃんを守らなければ。
母としての自覚はまだない…。
でも守らなければとは思う。
この赤ちゃんの事を思うと、自然と雅彦を思い出してしまうから、それが嫌で、考えないようにしていた。
顔が浮かんで泣きそうになる。
そして、吐き気がくる。
悪阻なのかストレスなのか、止まらない吐き気に、やっぱり涙が出る。
フラフラしながら、パソコンでお詫び状を完成させ、宛名用のシールにお詫び状を送る人達の住所をプリントし、お詫び状を枚数分プリントして机の上に置いた。
後は封筒に入れれば、すぐ送れる。
やっとやるべき事を終え、ベッドに入ると、すぐに睡魔が襲ってきた。
夢を見た。
雅彦と赤ちゃんを抱いたあの人が、睦まじくしている様を、ただ後ろから見ていた。
それだけの夢なのに、長い夢のように起きた時、ぐったりした。
夢を見て泣いたのは初めてだった。
時計を見たら、まだ朝の5時だ。
この家を出るには早過ぎる。
とりあえず喉が渇いたので一階に降りた。
台所にはすでに母が父のお弁当作りをしていた。
「あら早い。おはよう!」
「おはよう、お母さんも早いね。」
「もう習慣だね、寝ていられないんだよね。」
冷蔵庫を開け、麦茶を出した。
「麻美、ちゃんと寝てる?昨日遅くまで起きてたでしょ?」
「あ~お詫び状書いたりしてたから。でもちゃんと寝てるよ。」
「そっか、ならいいけど。朝ごはん食べる?」
「まだ良いかな。麦茶飲んだらもう一回眠るから。」
「うん、ゆっくりしなさい。」
なんだかお母さんの顔を見れなくて、自分の部屋に逃げ込んだ。
ソファにドサっと座ったら急に眠くなってきた。
そのまま眠ってしまった。
ハッとして起きると、8時過ぎていた。
スマホを恐る恐る見てみると、あの人からの着信はなかった。
瑞希からメールが来ていた。
“了解”
それだけのメールに笑ってしまった。
“12時には行くね”と送った。
きっとまた、了解と返ってくるだろう。
10時には家を出る。
父がもうすぐ家を出るので、急いで下に降りるとちょうど仕事に行くところだった。
「お、麻美おはよう。いってくるな。」
「お父さん、おはよう。いってらっしゃい。気をつけて、仕事、頑張ってね。」
「うん、いってきます!」
お父さんの背中をドアが閉まるまで見ていた。
ごめん、お父さん…。
私のためにあんなに怒ってくれてありがとう…
お父さんとバージンロードを歩きたかったな…。
台所に行くと、陸が今起きたのか、寝癖をつけたままパンを齧っていた。
「陸、おはよう。」
「あーー姉ちゃん・・・おはよう…」
「陸はもう大学行くの?」
「うん…今日、一限からだから…」
「そっか、頑張れ。」
「おお…」
眠そうだ。
陸…口悪いし、憎たらしい事ばっか言うけど、家族思いの優しい弟。
お母さんとお父さんの事、頼んだね。
ごめんね、逃げてごめん…。
しばらく陸を眺めていたら、
「麻美、何か食べなさい。雑炊作ったから。」
「ありがとう、食べようかな」
私が何も食べないから食べやすい雑炊にしてくれたのだろう。
雑炊はお出汁と卵とネギのみであっさりしていて美味しかった。
お母さん…いつも明るくて、落ち込んでると笑かしてくれる優しいお母さん…
心配かけてごめんなさい。
しばらくすると、陸が出かけた。
私も支度するため母に、
「お母さん、今日瑞希の所に泊まってくる。またあの人が来たら怖いし、瑞希に今回の事、報告してくるから。」
「そうなの?まあ、今回の事は本人の口から聞いた方がいいだろうしね、でも、あの人は大丈夫かしら…」
「ちゃんと警戒しながら行くから。たまにしか会えないから、ゆっくりしてくるね」
「そう、心配だけど逆に家にいるよりは安心かもね。」
9時半だ。そろそろ私も支度しないと。
カバンの中身をもう一度確認してから、下に降りた。
「じゃあ、お母さん、いってくるね!」
午前10時、私は家を出た。
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