私は貴方から逃げたかっただけ

jun

文字の大きさ
上 下
10 / 41

出発

しおりを挟む


瑞希に明日行く事をメールし、お母さん、お父さん、陸に手紙を書いた。

ここにいてはみんなを危険に晒してしまう事。
落ち着いたら必ず連絡する事。
携帯電話は買い替える事。
私から連絡するまで探さないでほしい事。
そして、心配かけてごめんなさいと…。

この手紙が着く頃には、私はきっと遠くにいるだろう。
まだ何処へとは決めていない。

本当はこの温かい家でゆっくり心を休めたかった。
お母さんの面白いご近所情報に笑い、陸とくだらない事で喧嘩し、お父さんに甘え、少しずつ心を癒そうと思っていた。

それすらもさせてくれないあの人を許せない。
逃げ出す事は、あの人の思う壺のようで悔しい。
でも、私が妊娠していると分かれば、きっと、さらに追い詰めて来るだろう。

家族とお腹の赤ちゃんを守らなければ。

母としての自覚はまだない…。
でも守らなければとは思う。
この赤ちゃんの事を思うと、自然と雅彦を思い出してしまうから、それが嫌で、考えないようにしていた。
顔が浮かんで泣きそうになる。
そして、吐き気がくる。

悪阻なのかストレスなのか、止まらない吐き気に、やっぱり涙が出る。

フラフラしながら、パソコンでお詫び状を完成させ、宛名用のシールにお詫び状を送る人達の住所をプリントし、お詫び状を枚数分プリントして机の上に置いた。
後は封筒に入れれば、すぐ送れる。

やっとやるべき事を終え、ベッドに入ると、すぐに睡魔が襲ってきた。



夢を見た。

雅彦と赤ちゃんを抱いたあの人が、睦まじくしている様を、ただ後ろから見ていた。

それだけの夢なのに、長い夢のように起きた時、ぐったりした。
夢を見て泣いたのは初めてだった。


時計を見たら、まだ朝の5時だ。


この家を出るには早過ぎる。


とりあえず喉が渇いたので一階に降りた。

台所にはすでに母が父のお弁当作りをしていた。

「あら早い。おはよう!」

「おはよう、お母さんも早いね。」

「もう習慣だね、寝ていられないんだよね。」


冷蔵庫を開け、麦茶を出した。


「麻美、ちゃんと寝てる?昨日遅くまで起きてたでしょ?」

「あ~お詫び状書いたりしてたから。でもちゃんと寝てるよ。」

「そっか、ならいいけど。朝ごはん食べる?」

「まだ良いかな。麦茶飲んだらもう一回眠るから。」

「うん、ゆっくりしなさい。」


なんだかお母さんの顔を見れなくて、自分の部屋に逃げ込んだ。


ソファにドサっと座ったら急に眠くなってきた。

そのまま眠ってしまった。

ハッとして起きると、8時過ぎていた。


スマホを恐る恐る見てみると、あの人からの着信はなかった。
瑞希からメールが来ていた。

“了解”

それだけのメールに笑ってしまった。

“12時には行くね”と送った。

きっとまた、了解と返ってくるだろう。


10時には家を出る。

父がもうすぐ家を出るので、急いで下に降りるとちょうど仕事に行くところだった。

「お、麻美おはよう。いってくるな。」

「お父さん、おはよう。いってらっしゃい。気をつけて、仕事、頑張ってね。」

「うん、いってきます!」


お父さんの背中をドアが閉まるまで見ていた。

ごめん、お父さん…。
私のためにあんなに怒ってくれてありがとう…
お父さんとバージンロードを歩きたかったな…。


台所に行くと、陸が今起きたのか、寝癖をつけたままパンを齧っていた。

「陸、おはよう。」

「あーー姉ちゃん・・・おはよう…」

「陸はもう大学行くの?」

「うん…今日、一限からだから…」

「そっか、頑張れ。」

「おお…」


眠そうだ。

陸…口悪いし、憎たらしい事ばっか言うけど、家族思いの優しい弟。

お母さんとお父さんの事、頼んだね。
ごめんね、逃げてごめん…。


しばらく陸を眺めていたら、

「麻美、何か食べなさい。雑炊作ったから。」

「ありがとう、食べようかな」


私が何も食べないから食べやすい雑炊にしてくれたのだろう。
雑炊はお出汁と卵とネギのみであっさりしていて美味しかった。

お母さん…いつも明るくて、落ち込んでると笑かしてくれる優しいお母さん…
心配かけてごめんなさい。


しばらくすると、陸が出かけた。


私も支度するため母に、

「お母さん、今日瑞希の所に泊まってくる。またあの人が来たら怖いし、瑞希に今回の事、報告してくるから。」

「そうなの?まあ、今回の事は本人の口から聞いた方がいいだろうしね、でも、あの人は大丈夫かしら…」

「ちゃんと警戒しながら行くから。たまにしか会えないから、ゆっくりしてくるね」

「そう、心配だけど逆に家にいるよりは安心かもね。」


9時半だ。そろそろ私も支度しないと。




カバンの中身をもう一度確認してから、下に降りた。


「じゃあ、お母さん、いってくるね!」



午前10時、私は家を出た。


















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

四年目の裏切り~夫が選んだのは見知らぬ女性~

杉本凪咲
恋愛
結婚四年。 仲睦まじい夫婦だと思っていたのは私だけだった。 夫は私を裏切り、他の女性を選んだ。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

もうすぐ、お別れの時間です

夕立悠理
恋愛
──期限つきの恋だった。そんなの、わかってた、はずだったのに。  親友の代わりに、王太子の婚約者となった、レオーネ。けれど、親友の病は治り、婚約は解消される。その翌日、なぜか目覚めると、王太子が親友を見初めるパーティーの日まで、時間が巻き戻っていた。けれど、そのパーティーで、親友ではなくレオーネが見初められ──。王太子のことを信じたいけれど、信じられない。そんな想いにゆれるレオーネにずっと幼なじみだと思っていたアルロが告白し──!?

今までありがとうございました、離縁してください。

杉本凪咲
恋愛
扉の隙間から見たのは、乱れる男女。 どうやら男の方は私の夫で、女の方はこの家の使用人らしい……

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

処理中です...