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告白
しおりを挟む朝、目覚めると、まだ雅彦は眠っている。
起こさないように、そっとベッドから出て、顔を洗った後、朝食を作り、コーヒーを淹れた。
匂いに釣られて雅彦が目を覚ました。
「麻美ーー、こっち来てーー」
とベッドの中から呼んでいる。
仕方ないなとベッドに近寄ると、ベッドの中に引き込まれた。
「おはよ」と雅彦はチュッと軽いキスをした。
ベッドの中でイチャイチャしていたら、出勤時間近くになってしまい、二人でバタバタと支度をした。
朝食をつまみ、急いで駅へ向かう。
電車に二人で乗って、やっと一息ついた。
「危なかった~遅刻するところだった~」
「もう、雅彦が支度させてくれないから!」
「だって昨日麻美具合悪くてイチャイチャ出来なかったから。今日は大丈夫?」
昨日、という言葉に一瞬ビクッとなってしまったが、雅彦は気付かなかったようだ。
「うん、一晩眠ったら治った。」
「そっか、良かった。」
雅彦の会社の最寄駅に着いたので、ここでお別れだ。
「じゃあ今夜も行くね!」
そう言って雅彦は電車を降りた。
私の会社は雅彦の会社の最寄駅から二つ目の駅で降りてから歩いても5分くらいの距離の場所にある、歯医者が職場だ。
私はそこの受付をしている。
雅彦とはここで出会った。
患者として来院し、週に一度通ううち、話すようになった。
食事に誘われ、その日に付き合ってと言われ、3年が経った。
今年の私の誕生日にプロポーズされ、10月には式を挙げる予定だ。
そして、今は9月。
後少しで、私は谷川から佐々木になる。
職場での出会いなので、先生や歯医者のスタッフ全員にはすぐバレてしまったが、みんな祝福してくれた。
「麻美ちゃん、おはよう。」
「里江さん、おはようございます。」
里江さんは、同じ受付で旦那さんと6歳の息子さんがいるパートさんだ。
診療時間が近付き、先生の挨拶で一日が始まる。
午前中の受付もそろそろ終わる頃、患者が入ってきた。
「すみません、予約はしていないのですが、良いですか?」
その声に顔を上げた。
「麻美ちゃん、久しぶり。ちょっと歯が痛くて来ちゃった。大丈夫かな?」
“あの人”…菜緒さんだ。
「あ、先生に確認してみます、少々お待ちください。」
慌てて先生に確認すると、午前中の一番最後になるけど、大丈夫だと言われ、それを菜緒さんに告げた。
「じゃあ、それでお願いします。」
奈緒さんは待合室のソファに座り、雑誌を読み始めた。
なんとなく嫌な感じがする。
隣にいる里江さんが、
「麻美ちゃん、なんか顔色悪いよ、休憩入る?」
「いえ、大丈夫です。」
本当は休憩に入ってしまいたかったが、何故かそうは言えなかった。
ようやく菜緒さんの順番になり、名前を呼ばれ中に入る直前、
「麻美ちゃん、少し話しがあるの。仕事終わってからお店に来てくれるかな?」
と言われた。
私が菜緒さんが中に入ったら昼休憩に入るのが、なんとなく分かったんだろう。
「…分かりました。6時に伺います。」
そう答えて、菜緒さんはドアを開け、中に入った。
「ねえ、麻美ちゃん、あの人何?大丈夫?」
「えっと、行きつけの店の人です。」
「ふぅ~ん、なんか挑戦的なんだよね、麻美ちゃんを見る目が。気をつけな、感じ悪いよ、あの人。」
「はい。休憩入っていいですか?」
「うん、良いよ、あの人終わる前に休憩入っちゃいな!」
そして、裏の休憩室に入って、息を吐いた。
話し…。
行きたくないと思った。
多分、嫌な話だ。
お弁当を広げても、食欲がなく箸も持ちたくない。
歯科助手の千代ちゃんが休憩室に入ってきて、
「あれ?麻美ちゃん、食欲ないの?あれ?ひょっとして妊娠?」
「違うよ、少し体調悪くて…」
「そういえば顔色悪いよ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。少しでも食べないとね。」
無理矢理口に入れたが、なかなか飲み込めず、一口が限界だった。
「無理して食べない方がいいよ。少し横になったら?」
返事すら億劫になり、休憩室の長椅子に横になった。
退勤まで、なんとか仕事をこなし、5時半になったので、歯医者を出た。
菜緒さんの店は、雅彦の会社の近くにある。
なので、6時までには余裕で着くだろう。
だが、足が重い。
行きたくない。
6時ピッタリに店に入った。
「麻美ちゃん、ごめんね~。座って。いつもので良いかな?」
「はい…」
「急にごめんね、職場にまで行っちゃって。」
「いえ、ご無沙汰してしまって、すみません。」
「どうしても麻美ちゃんに聞いて欲しい事があってね、忙しい時期にごめんね。」
「いえ…話しって?」
「うーん、言いづらいんだよね…でも言わなきゃね。
あのね、私、雅彦くんの子供を妊娠したの。」
「え?」
よく分からなかった。この人何を言ってるんだろう。
「だからね、私、雅彦くんの子供を妊娠したの。」
「妊娠?」
「うん、麻美ちゃんには悪いなって思ってたんだけど、ちょこちょこ雅彦くん一人で来てたの。その時にね、雅彦くんと…。」
「いつから…?」
「うーーん、半年前くらいかな?」
「・・・そう・・ですか…」
「ほら、二人はもうすぐ結婚式があるでしょ?私にも招待状くれたのに、悪阻で行けないかもしれないから。」
「そう・・・ですか…」
「大丈夫?麻美ちゃん、顔色悪いわ、雅彦くん呼ぼうか?」
「やめて!話しは分かりました。もう帰ります。」
私は店から出て、走った。
あの店から少しでも離れたかった。
雅彦が来るかもしれないととにかく走った。
大通りに出てタクシーを拾い、自分のマンションに一刻も早く帰りたかった。
タクシーを降り、部屋までのエレベーターの待ち時間すらも惜しく、階段を駆け上った。
震える手で鍵を開け、すぐに押し入れのトランクを出し、着替えと貴重品を入れ、スマホの電源を切った。
マンションの前で、タクシーを捕まえ、東京駅までと伝えた。
ずっと足が震えている。
手も震えて、握りしめているしかなかった。
駅に着き、実家までの切符を買った。
もう実家に着く頃には、11時を過ぎるだろう。
急いで、早く、あの人達から少しでも遠くに行かないと。
ずっと新幹線の中で、目を閉じていた。
母に連絡しようとスマホの電源を入れると夥しい数の雅彦からの着信が表示された。
吐きそうになりながら、母に電話をした。
「もしもし、麻美?こんな時間にどうしたん?」
「お、母…さ、ん…」
「どうしたん、何があったん、麻美!」
「い、ま…から、かえ…る、から…」
「分かった、迎えに行くから、待っとき!」
電話越しの母は、明らかにおかしい私の様子に、動揺していた。
心配かけちゃったな…
GWに二人で帰った時は、あんなに楽しかったのに…。
でも、GWにはもうあの二人は…。
それが分かったら、また吐き気を覚えた。
新大阪に着いて、改札を出ると、父と母、弟が待っていた。
「麻美!」
と三人が改札を出た私に駆け寄り、泣き腫らした私を見て、顔を曇らせた。
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