私は貴方から逃げたかっただけ

jun

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電話の向こう

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今日は残業だから会えないと、退勤間際に雅彦から連絡が来た。
もうすぐ結婚する私達は毎日会っては、結婚式や新居への引越しの準備や新婚旅行のお土産リストなど、やる事は山積みだが、楽しくて幸せな毎日だった。

だから、例え今日会えなくても明日は会えるのだ。だから返事も、

「分かった~。無理しないでね。」

とすぐ返信した。


その日の夜、スマホに公衆電話からの着信が入った。

こんな時間に公衆電話から誰?

出るのを躊躇したが、ひょっとしてスマホの充電がない雅彦からかもと思い、恐る恐る電話に出てみた。


「はい…」

「あ、麻美?俺、ごめん、充電なくなってたの気付かなかった。でも、声聞きたくて電話した。」

「やっぱり~そうだと思ったよ。」

その時、


「あ、やっぱり電話してる!」
と女性の声がした。


コンビニの公衆電話かなと思い、

「今、どこ?どこの公衆電話?」

「あー、会社の近くのコンビニ、また後でかけるから!」

と言って電話は切れた。


しばらくスマホを見つめた。


あの言葉は雅彦に向けて言った言葉なのか…
それともたまたま通りかかった人の声?

でも、聞き覚えのある声だった…。


あの人の声に似ていた。


一年程前から行きつけにしている、カウンターとテーブル席が二つだけの小さなバー。

とても落ち着いた雰囲気と、お店のママさんの作るメニューにない手料理を気に入り、よく二人で通った。

最近は忙しくて行けていなかった。


そのママさんの声に似ていた。
とても35歳には思えない可愛らしいママさんは、声も可愛かった。


そうだと決まった訳ではない。
たまたま似た声の人が通っただけだ。


そう思おうとした。
でも、なんとなく間違ってないんだろうなと思った。


予感はあった。


以前、二人で店に行った時、私はお手洗いへ行こうと席を外した。

あ、ポーチ忘れたと思い、ドアの取っ手に手をかける寸前で、後ろを振り返った。

その時、二人は内緒話しをするように顔を寄せ、何か話していた。

立ち尽くしていた私にママさんが、

「ふふ、麻美ちゃんがトイレに行くのも寂しいのって、聞いてたの。ごめんね、内緒話しみたいだったね」

「いえ、ちょっとビックリしました…」


この時の雅彦の顔は、平静を装っていたけど、動揺していたのが分かった。

あの時は、ママさんに揶揄われたのと、内緒話してる姿を見られたから動揺してるんだと思って、気にもしなかったが、無意識に自分の中で、ママさんは危険だと感じたんだろう。

多分この時から私はそこに行くのが憂鬱になったんだと思う。
雅彦に誘われても、今日は体調が悪いとか、残業とか言って断っていた。

雅彦は一人で行っていたのかもしれない。


ダメだ、悪い方に考えてしまう。



そうと決まった訳じゃないのに、何故か雅彦が電話している後ろにあの人がいる姿を想像してしまう。
想像出来てしまう。


もう、寝よう!

気になるなら明日、聞いてみよう。

そうだ、そうしよう!


寝支度を整え、さあ寝ようという時、インターフォンが鳴った。

画像を見ると、雅彦だった。


慌てて、チェーンを外してドアを開けた。


「どうしたの?今日は来ないと思ったから寝ようとしてた。」

と言い終わらないうちに、抱きしめられた。

ギューっと力を込めて抱きしめる雅彦が、震えてるような気がした。

「どうしたの?」

「ごめん、会いたくなった。」

「とにかく上がろうよ。」

と二人でリビングへ行くと、フワリと香水の香りがした。

ビクッとした。

いつもあの人ご付けている香水と同じ香り。


「雅彦…女の人と一緒だったの?」

「え⁉︎」

「香水臭い…」

「ああ、タクシー乗った時、前の人が香水キツかったみたいで、めちゃめちゃ匂い残ってたんだよ。」

「…そっか。」

「ん?どうした?」

「いや、シャワー浴びた方がいいかも。」

「あ、ごめん、シャワー浴びてくる。」


そう言って、雅彦は浴室に行った。

私に移ってしまった香水が不快で、パジャマを急いで着替えた。


今日はもう雅彦と話したくなくて、ベッドに入って寝たふりをした。


シャワーを浴びた雅彦がベッドに来たのが分かった。

「麻美、寝ちゃったの?」

「麻美、麻美、寝たふり?」

あまりにしつこくて、

「ごめん、雅彦、ちょっと体調悪いかも…」

「え?大丈夫?熱?喉?薬飲んだ?」

「寝たら治ると思う…」

「そっか、寒くない?」

「うん、おやすみ。」

「うん、隣りにいるから辛かったら寝てても起こして。」

「ありがとう。」


いつもの雅彦だ。
私を気遣い、優しいいつもの彼だ。

浮気なんかするわけがない。

香水も雅彦が言った通りなんだろう。
あの声も偶然だ。

そう思ったら安心したのか、雅彦に抱きしめられながらいつの間にか眠っていた。











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