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呪いのような

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退院してから一度新居に行った。
使用人達は泣いて“良かった”と迎えてくれた。
今のシリルの状態を説明し、シリルはこの屋敷に当分帰ってこない事。
私も実家での療養の為この屋敷にはしばらく帰って来ないが、執務は実家でこなす事を説明した。
家令と執事が、執務は自分達がやるのでゆっくり静養して欲しいと言われたが、領民に迷惑はかけられない。
なんとか説得し、実家でやる事になった。


実家に戻って2週間が経った頃、陛下からの呼び出しがあった。
そろそろ来るだろうなとは思っていたが、いざ来ると憂鬱になる。
言われる事は想像出来る。
今後の事だろう…シリルがいつ戻るかも分からないし、今なら顔さえ見せなければ“番”と気付かないだろう。
だから絶対シリルに会わないようにして欲しいとしつこいほどお願いしてから、王宮へ向かった。
結婚してから私の護衛についてくれている、以前シリルを押さえ込んでくれた騎士達の1人でロジェ・ルーロワ。ルーロワ伯爵家の次男の銀髪、ルビーのような瞳、長身の見た目は怖いが真面目で優しい人だ。
そのロジェに護衛され、ローブを深く被りいつもの部屋に向かっている。

今歩いている所はよくシリルとケネスが散歩だか何だかしていた中庭が見えるから一刻も早くこの場を離れたくて早足で歩いていると、
「ロジェ!ロジェじゃないか!」

と今一番聞きたくない声がした。
私は無視して先を急いだ。
ロジェは私が先に行くので、どうしようか迷ったようだが、
「シリル様、お久しぶりです。」と挨拶している声が聞こえた。

「ロジェ、お前近衛は辞めたのか?制服が違うぞ?」とか言ってる。
貴方が引き抜いて私の護衛にしたんですけどね!
「シリル様、はい、今は近衛ではありません。ある方に私の力を見込まれてその方の奥様の専属護衛をしております。
とても良くして頂いており、シリル様にご心配して頂く必要はありません。
では護衛中ですので失礼致します。」
そう言うと、私の方に行こうとしたロジェを引き留めた。
「あの者か?挨拶したい、夫人、お待ち頂きたい!」とシリルが私を呼び止めている。

「シリル様、夫人は陛下に呼ばれていらっしゃった方です。お急ぎでしょうから挨拶はまた今度で。」
そう言ったのはケネスだ。
ケネスは私だと分かったんだろう…
「ケネス!またそんな話し方を…いつものように話せと言ってるだろう!」

どうやらケネスに意識が向いたようだ。
今のうちにと思い、先を急ぐ。
ロジェも私に追いついたようだ。
「奥様、大丈夫ですか?」と聞いてきた。
私は足がガクガクと震えて上手く歩けなかったからだろう。
「大丈夫…じゃないかも…」
「では私がお連れします、失礼致します。」と言って私を抱えた。
「ごめんなさい…足が震えてしまって…今は早くこの場所から離れたい…」

ロジェは私を抱っこして連れて行ってくれた。
「奥様、まだこちらをシリル様は見ております。少し急ぎますのでしっかり捕まっていて下さい」と言って、走り出した。

微かにシリルの声が聞こえた気がしたが、追っては来ていないようだった。

部屋の扉の前で私を下ろしたロジェが、
「奥様、着きました。大丈夫ですか?」と聞いた後、ハンカチを差し出した。
どうやら泣いていたらしい。
「ありがとう、ロジェ。助かったわ…ハンカチは洗って返すから…」

そして扉を開けると、陛下と王妃様とサーシャ様がいた。


「ブリジット⁉︎どうしたの⁉︎何故泣いているの⁉︎」と王妃様が駆け寄ってきた。

ロジェがさっきの事を説明してくれた。

「ブリジット…とにかく座って落ち着きましょう。身体が冷えているわ、お茶を飲んで温まりましょうね。」と私の背中を摩りながらソファに座らせてくれた。

「お久しぶりでございます、陛下、王妃様、サーシャ様。
みっともない姿を見せてしまい、申し訳ございません。」

「ブリジット、身体はなんともないのかい?
万全ではないだろうに呼び出してしまい申し訳なかった。」と陛下が労って下さった。

「ごめんなさいね、ブリジット…。一度シリルの事で話しておきたいと思ったの、ブリジットの考えも聞いておきたいしね。
何も心配はいらないわ。私達はブリジットの味方ですからね。
何度も何度もブリジットばかり辛い目にあわせてしまって、本当にごめんなさい…。
だから何も私達に気をつかう必要はないから思っている事を話して欲しいの。
大丈夫?ブリジット。」

優しく話す王妃様に堪えていた悲しみ、苦しみ、悔しさが堪えきれず涙が止まらなかった。
泣きながら、もう耐えられない事、もう一度あの辛かった時期をやり直す気力がない事、ケネスがシリルの相手をしなくなってから、一度でもシリルに抱かれた女性達から何度も赤裸々な手紙がきていた事、何度討伐に連れていってと言っても聞いてはくれなかった事、全部ぶちまけた。

「辛かったわね…よく頑張ったわ、ブリジット。もうあんな男放っておきなさい。
今はブリジットの心を癒す事を優先しましょうね。」
王妃様が優しく抱きしめながら私にそう言ってくれてまた泣いた。

「今すぐ離婚は難しいが、時をみてその時、ブリジットがやっぱり無理だと思っていたら離婚しても構わない。もう充分頑張ってくれた。これ以上ブリジットに負担をかけるような事はしない。
ブリジットがやはりシリルといると望むのならそれでも良い。
自分の気持ちを優先しなさい、ブリジット。」
と陛下も私を優先してくれた。

「ブリジットは魔獣の事を調べていたよね?
何か気になった事はあったかい?
私もシリルとブリジットが余りにも不幸続きなのが気になって先祖返りの事を調べてみた。数人分の記録しか残っていなかったが、その全員“番”と結婚したが、不幸続きだったようだ。
まるで誰かが“番”を見つけた先祖返りは幸せになどしないというように。
“番”と結婚しなかった先祖返りは平穏な結婚だったようだ。
おそらく何か原因があると思う。
それが何か分かったかい?」
サーシャ様もきっと気付いたのだろう、あの絵本のお姫様の事に。

「はい。私は何故魔獣が出現するのかを知りたくて調べたんですが、気になる絵本を見つけました。」

そして私はあの絵本の事を説明するとサーシャ様が、
「一度その湖を調べてみる価値はありそうだ。もしそこに原因があるのなら魔獣の出現する事もなくなるかもしれない。
だが、そこが大元ならかなり苦戦はしそうだが…。もう一度調べてみよう、ブリジットも協力してくれるかい?
公爵家の事は私が人を出すから心配いらないよ。ブリジットは憎っくき魔獣を倒す事で少しでも気が楽になったら、私もマリアも嬉しい。」

執務をしているよりはストレスはかからないと思うし、何より私の今の精神状態を考えてくれたサーシャ様の気持ちが嬉しかった。

「サーシャ様、ありがとうございます…少し気持ちが楽になりました。
陛下も王妃様もありがとうございます、さっきまではいろいろな事に神経をすり減らしておりました。
ここに来るのも辛かったのですが、今は大丈夫です。
ただここを出て馬車に乗るまでが怖いです…。シリルに会うのが怖いです…私の顔を見て“番”だと気付かれるのが怖いです…。」

「分かった。先程の事もある。ロジェだけでは不安だろう。サーシャ、お前が馬車までブリジットに付いてあげなさい。
シリルが来てもお前ならシリルを止められるだろう。」

「はい、分かりました。ブリジット、大丈夫だよ、私がちゃんとブリジットを守るからね。魔獣の件はまた連絡するから。」

そして帰りは馬車までサーシャ様が私に付いてくれる事になった。

案の定、途中シリルは私達を何故か待っていた。
私はロジェ、サーシャ様、サーシャ様の護衛の方々に周りを囲まれ、ローブを深く被り下を向いていた。

「兄上?何故兄上がいらっしゃるのですか?」
貴方こそどうしてここにいるのよ!

「お前こそ何故こんな所で待ち伏せしていた?私は自分の客人を見送りについてるだけだが。」

「そのご婦人に見覚えがあるような気がしたのです。私の事情を兄上は知っているでしょう?ですからその方の顔を見たいと思い、待っていました。」

さっきは私の顔など見えなかったはずだ。
背格好で何か感じたんだろうか?
身体が震えそうになるのを自分を抱きしめ力を入れてなんとか堪える。

「夫人は病み上がりで体調が悪いなか来てくれたのだ。早く帰らせてあげたい。
体調が戻ったら話しを聞こう。今はこのように倒れそうだ。また後でなシリル。
それよりケネスはどうした?側にいないようだが?」

「ケネスは何か体調が悪いと言うので戻らせました。」

「そうか、じゃあな。」

「・・・はい…」

納得していないようだが、サーシャ様のお陰でなんとかなりそうだ。
そう思い、歩き出そうとした時、急に風が強く吹いた。
そのせいでローブのフードが外れた。
咄嗟に顔を隠した。
サーシャ様がすぐにフードを直してくれたが気が気でない。
急いで馬車まで連れて行かれた。

「危なかった…。ブリジット、大丈夫か?」
とサーシャ様が気遣ってくれた。

「はい…咄嗟に顔を隠しました…行きの時は後ろ姿しか見られていません。
何故私が気になったのでしょう…」

「それは記憶が無くなるまでのアイツはブリジット一筋だったからな、何か感じたんだろう…。でもさっきの風…偶然にしてはタイミングが良かったな。」

「はい…いかにも私とシリルを絡ませようとしたかの風でした。
呪い…のようなものなのでしょうか…」

「とにかく、ブリジットはもう帰りなさい、また来てはうるさいから。」


事故後、初めてシリルの声を聞いた。

夜、1人のベッドで泣いた。

隣りには誰もいないベッドで…。
















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