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お披露目
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この世界での結婚式……と言うか婚姻の儀は、地球とはやっぱり少し違っているらしい。
花嫁のウェディングドレスも花婿のタキシード的な服も、銀色。
光沢のある白じゃなくて、銀ね。
銀は創造主様を表す色なんだそうで、この衣装をまとう事により、彼からの祝福を乞うらしい。
ちなみにバージンロードに近いモノはあって、これは『時の道』と呼ばれている。
その『時の道』と言う紫の敷布の上を、真っ暗な中を一直線に互いを照らす光の元、新郎と新婦が歩いていくと、丁度真ん中にある猫神様の像の前に辿り着く。
そうして、猫神様の前でお互いに、相手と生涯を共にする誓いを交わす。
と言うのが一連の流れなんだと言う話なんだっていうんだけど……。
ここまで話したところで、アルがとても、言い辛そうにこう口にした。
「と言う訳で、婚姻の儀は行わないと言うのは駄目だろうか?」
……と。
私は、その言葉に深く頷くと、宣言する。
「いや、やるのは止めておこう。」
私は、あっさりとその言葉に頷いた。
だってね?
この、真っ暗な中を一直線に照らす光と言うのは、明らかに輝影の支配者の神力を示しているように感じるんだよ。
そうなると、『時の道』が示してるのって……運命の紡ぎ手の神力だ!
これは、こっぱずかしい。
アルとわたしの神力に導かれた男女が、猫神様の前で愛を誓い合うのはいいけれど、本人達がって言うのは……こう、何と言うんだろうか?
出来レース的な??
わたし達、八百長しました!
今、凄く幸せです!
……ないわぁ……。
うん。
もう一度言おう。
ないわぁ……。
ちなみに、リエラちゃんはアルの「やりたくない」と言う言葉に、一瞬だけ首を傾げた後に何かを理解した表情になったんだけど、約一名程、その宣誓に立ち合いたかったらしい人が、こっそりと肩を落としていたのが印象的だった。
ドンマイ、パパン……。
宴会でがんばれ。
まぁ、お披露目の宴ってので何をするのかは知らないんだけど。
この日、この世界に来て5日目にして初めて外に出た。
こっちにやってきてから、何故か出して貰えなかったんだよね。
宴は夜だと言う事で、外に出たのは少し日が傾く位の時間帯だったんだけど、それでも結構日差しがきつい。
今出てきたばかりの建物を振り仰いでみると、なんだか『建物』と言う単語が相応しくない物が目に入る。
……岩山だ。
内装が、滅茶苦茶洋風だったから、何にも考えずに洋風のお屋敷みたいなモノを想像していたんだけど、とんだ思いこみだ。
出てきたばかりの扉を眺めて、もう一度振り仰ぐ。
……窓らしい穴がちょこちょこ開いているのに気がつかなければ、やっぱり岩山だ。
「……ここの住居って、みんなこんな感じなの??」
アルの袖をツンツンしながら訊ねると、彼はそうだと頷いた。
「へぇぇ……。」
でっかいアリ塚とか、そんなイメージか?
そういや、こんな感じのをどっかで見た様な気がしないでも……。
「君と遊んだ船のゲームに、ここと似た様な住宅群が出てきただろう?」
「船のゲーム……。」
そう言われて、記憶をほじくり返してみる。
しばらくして、ポンと手を打ち……打つ手が無かったので代わりにアルの背中を叩いた。
「アレだ、カッパドキア!!!」
「うむ。」
トルコの方だっけ?
確かに、そういう遺跡……と言うか、今も住んでる人がいるんだよね?
思い出して見ると、スッキリした。
アルの住んでいるグラムナードって町は、カッパドキアってところにとてもよく似ている。
わたし達は、準備を終えると用意された会場へと向かった。
会場はお祭りの時に使われていると言う大きな広場で、婚姻の宣誓を行った建物……建……物……?
ひな壇ぽい舞台に新郎新婦を中央に、親族一同全員一緒に席に着く。
この時、新郎の側には新婦の家族が、新婦の側には新郎の家族が侍るのが普通らしい。
今回の場合、わたしの方には親族が居ないから、アルの親族が適当にバラけて座っている。
んでもってそこに、町の人達がせっせと料理やお酒を持って、それこそ馴初めやらおノロケやらを聞きにやってくるのだ。
わたしのところにも食事や飲み物を持ってきてはくれるものの、やっぱり今回の主賓はアルだ。
なにせ、輝影の支配者様だもんね。
だから、町の人達はこぞって笑顔と共に彼に祝福の言葉を贈っている。
彼も、最初はその事に戸惑っていたけれど、少しその祝福に慣れてくると、嬉しそうに彼等と言葉を交わす様になっていた。
最初の内は、なんだか身構えた感じだったんだけど、今となっては完全に自然体だ。
彼と話し終えると、一目で年配の人なんだと分かる人達の一部は、わたしの方に向き直る。
そして、口々に「くれぐれも輝影様をよろしくお願いします。」と言って頭を下げていくのだ。
そんな彼等から、アルに向かって伸びている糸の色は随分と複雑な色に染まっていた。
灰色・青・緑・黄色。
なんとなくその色に感じたイメージは、彼に対しての後ろめたさと、微かな安堵。
彼等なりに、アルを心身ともに拠り所にしすぎている事の自覚があるらしいと、ソレを見て察する。
ただ、安堵に関してはどっちだろう?
アルに伴侶が見つかった事を純粋に喜んでいるのか、それとも、これで今後も彼の庇護の元、安穏と暮らしていけると思っているのか。
後者だったら、嫌だな。
そう思いつつ、彼等が去り、新しくやってきた人と言葉を交わす。
若い人達の祝福には、他意を感じる事が無くて安心する。
年配の人達と、若い人達の何が違うのかと首を傾げて、ふと若い人達が口にしていたのが、彼の名前であった事に気が付く。
そのせいで、アルの事を個人として見ていない人が想像していたよりも多い事に気が付いて愕然とする。
彼は、輝影の支配者なんかである前に、『アスタール』って言う1人の人なのに。
その事に気付こうともしない人達に、怒りを感じるとともに悲しくなって涙が零れそうだ。
これじゃあ、アルが帰って来たいと思わないのは当然じゃないか。
不意に、名を呼ばれてそちらを向くと、瞼に彼の唇が落とされた。
心配げに覗き込んでくる金の瞳を見ていたら、少し気持ちが落ち着いた。
「へーき。」
「……本当に?」
「ん。」
短く、そう告げると彼の頬に軽く音を立ててキスをする。
驚いた様に耳を跳ねあがらせてから、嬉しげに少し目を伏せる姿に気持ちが穏やかになって行くのを感じた。
そんな彼からまだまだ長い、挨拶待ちの列に視線を移すと、気合いを入れ直す。
今は、余計な事は考えない!
そう心に決めると、戸惑い顔になっていた人に微笑みかける。
その人――たまたま男性だった――は、頬を赤らめつつもさっき話しかけていた話を続けてくれて、何とかその場を乗り切った。
お年寄り系は、最初の方だけだったのもあって、その後は割と気分良く祝福の言葉を受け入れられるようになり、暗くなってきた頃にはもう、結構いい気分だ。
特に、リエラちゃんの後輩ちゃん達の番になると、彼等は純粋にアルの結婚を喜んでくれているのが分かって、本心からの笑顔を返す事が出来た。
「師匠に、もっと沢山授業をするように言って下さい!」
「え、授業してくれないの?」
「週に1度位かなぁ……。」
「うーん……言っとくね?」
学園長先生みたいな立場だと思うから、授業の回数はそんなもんじゃないかなぁと思いつつ、適当に返事を返すと、犬の獣人っぽいその子は納得して、満足げに尻尾を振りながら帰って行く。
獣耳系だけじゃなく、獣人系も居るとは……!
あの尻尾、握りたい……!
むしろ、モフりたい…………!
ちょっぴり、はぁはぁしてしまった。
ふと、視線を感じて横を見ると、アルがじっとりとした目でこっちを見てた。
「……ナニカゴザイマシタデショウカ?」
「いや、別に……。」
すぐに視線を逸らしたけど、なんか耳の動きが怒ってる?
えええ?
私なんかやったかな……???
「ヤンデレ系ってなんですか?」
「へ?」
「お師匠様が、『りりん成分が足りない……』と呟いてた事があって、魔法薬の素材の事かと思って質問した事があったんですの。そうしたら、『私はヤンデレ系だから』って返事が返ってきたんですわ。」
額の両端に小さな角を生やした、おっとり系の女の子がそんな質問をしてきた。
りりんって、こっちの世界で白百合の事だから、まぁ、薬の素材になる可能性もあるのか??
まぁ、なんにせよ、後で彼にはきっちりと問いただしたい事がある。
アスタールさんや。
あんた、弟子に一体何教えてるん??
おっとりした笑顔で、頬に手を当てながら首を傾げる彼女の質問には、ちょっぴり訂正を入れておく事にしようか。
なんだか、リエラちゃんの大好きなセリスさんの仕草に似ているなと思いながら、確認をとる。
「で、今回嫁の名前が『りりん』だったと……?」
「はい! なので、お伺いしてみました。」
「うん。アルの場合『ヤンデレ系』と言うより『ヤンデル系』かな?」
「まぁ。どう違いますの??」
彼女には、色々な属性に着いて詳しく説明しておいた。
講釈が終ったところで、彼女は満面の笑顔でこう口にして、ソレを聞きつけたリエラちゃんに後でこっぴどく叱られた。
「じゃあ、リエラちゃんとコンカッセさんは『ツンデレ系』ですわね。」
後の方の子は知らないけど、リエラちゃんはデレデレ系だと思います。
……それにしても、アルのお弟子さんってちょっと変わった子が多いんだろうか……?
『ヤンデレ系』について聞いてきた子みたいなのは、他にはいなかったものの、お弟子さん達はなんというか、みんなちょっぴりずつずれたところがある子ばっかりだ。
もしかして、類友的な何かか?
アルもちょっと変わったところがあるし、わたしも変わりモノだって自覚はあるし。
きっと、アルが変わったモノとか面白いモノが好きなのと関係しているんだろう。
暗くなってくるにつれ、ポワポワと淡い光を放つ何かが空に増えていくのを眺めているうちに、アルにお姫様抱っこで会場から連れ出される。
「勝手に、出ちゃっていいの??」
「うむ。逆に、いつまでもいると宴が終われないのだ。」
そう言うモノなのかと頷きながら、「一緒に歩きたい」と伝えて降ろして貰うと、彼の頭越しに夜空を見上げた。
真っ暗な空には、雲ひとつなくキラキラと東京では見る事が出来ない程の沢山の星が瞬いている。
昼の暑さと裏腹な冷たい風が吹いて、わたしは彼にそっと身を寄せた。
「随分と星が沢山あるんだねぇ。」
「地球ではあまり見えないものなのかね?」
「私が住んでたのは都会だったから、夜も明るいし。空気も汚れてたからあんまり。」
暫くの間、黙って二人で星を見上げて寄り添い合う。
「綺麗だね。」
そう口にすると、「君ほどでは」というふざけた言葉か帰って来た。
なんか、本気っぽいのが微妙だ。
アルの方がよっぽど綺麗なのに。
一緒になって夜空を見上げていた彼の髪をツン、と引っ張ると、すぐにその金の瞳が私を優しく向けられる。
2人きりでいるのもあってか、すっかりリラックスしきっている彼の耳に口を寄せて囁きかけた。
「あのね、アル……?」
「うん……?」
「……わたしね、アスタールの事……」
いざ、改めてその事を言葉にしようとすると頬が熱くなってくる。
ゲーム内では、何度も口にした言葉なのに。
何度か口を開けては閉じてを繰り返して、やっと、その言葉が口から滑り出た。
「わたし、あすたーるのことをあいしてる。」
緊張のあまり、発音がおかしい。
こう言うのは、あんまりというか不得意なんだよ。
自分の気持ちが上手く伝えられない事が情けなくって涙目になりながら少しだけ背伸びをして、アルにそっとキスをする。
ゆっくりと離れると、伏せ気味にされていた彼の目元がほんのりと色付いて見えた。
「私も、りりん。君の事を愛してる。君の、魂の輝きがとても愛おしい。」
そう、歌う様に呟くと、彼もわたしの唇にそっと自らのソレを触れさせる。
部屋までの道のりは、遠くて、近過ぎた。
もう少しだけ、ふわふわした幸福感に浸りながら2人で歩きたいという気持ちと、それから、もっと早く彼と深く触れ合いたいという気持ちがそう感じさせたのだと思う。
そうして、彼との初夜を迎えたわたしは、けれども初夜の間の記憶だけを翌日の朝には綺麗さっぱり忘れ去っていた。
その日にはじめて、わたしの中から、自分で認識できるくらいに大切な記憶が失われたのだ。
***********************************
船のゲーム=大航○時代オンライン的なナニカ
プレイヤー検索したら、多分リリンとアスタール引っかかるかと。
花嫁のウェディングドレスも花婿のタキシード的な服も、銀色。
光沢のある白じゃなくて、銀ね。
銀は創造主様を表す色なんだそうで、この衣装をまとう事により、彼からの祝福を乞うらしい。
ちなみにバージンロードに近いモノはあって、これは『時の道』と呼ばれている。
その『時の道』と言う紫の敷布の上を、真っ暗な中を一直線に互いを照らす光の元、新郎と新婦が歩いていくと、丁度真ん中にある猫神様の像の前に辿り着く。
そうして、猫神様の前でお互いに、相手と生涯を共にする誓いを交わす。
と言うのが一連の流れなんだと言う話なんだっていうんだけど……。
ここまで話したところで、アルがとても、言い辛そうにこう口にした。
「と言う訳で、婚姻の儀は行わないと言うのは駄目だろうか?」
……と。
私は、その言葉に深く頷くと、宣言する。
「いや、やるのは止めておこう。」
私は、あっさりとその言葉に頷いた。
だってね?
この、真っ暗な中を一直線に照らす光と言うのは、明らかに輝影の支配者の神力を示しているように感じるんだよ。
そうなると、『時の道』が示してるのって……運命の紡ぎ手の神力だ!
これは、こっぱずかしい。
アルとわたしの神力に導かれた男女が、猫神様の前で愛を誓い合うのはいいけれど、本人達がって言うのは……こう、何と言うんだろうか?
出来レース的な??
わたし達、八百長しました!
今、凄く幸せです!
……ないわぁ……。
うん。
もう一度言おう。
ないわぁ……。
ちなみに、リエラちゃんはアルの「やりたくない」と言う言葉に、一瞬だけ首を傾げた後に何かを理解した表情になったんだけど、約一名程、その宣誓に立ち合いたかったらしい人が、こっそりと肩を落としていたのが印象的だった。
ドンマイ、パパン……。
宴会でがんばれ。
まぁ、お披露目の宴ってので何をするのかは知らないんだけど。
この日、この世界に来て5日目にして初めて外に出た。
こっちにやってきてから、何故か出して貰えなかったんだよね。
宴は夜だと言う事で、外に出たのは少し日が傾く位の時間帯だったんだけど、それでも結構日差しがきつい。
今出てきたばかりの建物を振り仰いでみると、なんだか『建物』と言う単語が相応しくない物が目に入る。
……岩山だ。
内装が、滅茶苦茶洋風だったから、何にも考えずに洋風のお屋敷みたいなモノを想像していたんだけど、とんだ思いこみだ。
出てきたばかりの扉を眺めて、もう一度振り仰ぐ。
……窓らしい穴がちょこちょこ開いているのに気がつかなければ、やっぱり岩山だ。
「……ここの住居って、みんなこんな感じなの??」
アルの袖をツンツンしながら訊ねると、彼はそうだと頷いた。
「へぇぇ……。」
でっかいアリ塚とか、そんなイメージか?
そういや、こんな感じのをどっかで見た様な気がしないでも……。
「君と遊んだ船のゲームに、ここと似た様な住宅群が出てきただろう?」
「船のゲーム……。」
そう言われて、記憶をほじくり返してみる。
しばらくして、ポンと手を打ち……打つ手が無かったので代わりにアルの背中を叩いた。
「アレだ、カッパドキア!!!」
「うむ。」
トルコの方だっけ?
確かに、そういう遺跡……と言うか、今も住んでる人がいるんだよね?
思い出して見ると、スッキリした。
アルの住んでいるグラムナードって町は、カッパドキアってところにとてもよく似ている。
わたし達は、準備を終えると用意された会場へと向かった。
会場はお祭りの時に使われていると言う大きな広場で、婚姻の宣誓を行った建物……建……物……?
ひな壇ぽい舞台に新郎新婦を中央に、親族一同全員一緒に席に着く。
この時、新郎の側には新婦の家族が、新婦の側には新郎の家族が侍るのが普通らしい。
今回の場合、わたしの方には親族が居ないから、アルの親族が適当にバラけて座っている。
んでもってそこに、町の人達がせっせと料理やお酒を持って、それこそ馴初めやらおノロケやらを聞きにやってくるのだ。
わたしのところにも食事や飲み物を持ってきてはくれるものの、やっぱり今回の主賓はアルだ。
なにせ、輝影の支配者様だもんね。
だから、町の人達はこぞって笑顔と共に彼に祝福の言葉を贈っている。
彼も、最初はその事に戸惑っていたけれど、少しその祝福に慣れてくると、嬉しそうに彼等と言葉を交わす様になっていた。
最初の内は、なんだか身構えた感じだったんだけど、今となっては完全に自然体だ。
彼と話し終えると、一目で年配の人なんだと分かる人達の一部は、わたしの方に向き直る。
そして、口々に「くれぐれも輝影様をよろしくお願いします。」と言って頭を下げていくのだ。
そんな彼等から、アルに向かって伸びている糸の色は随分と複雑な色に染まっていた。
灰色・青・緑・黄色。
なんとなくその色に感じたイメージは、彼に対しての後ろめたさと、微かな安堵。
彼等なりに、アルを心身ともに拠り所にしすぎている事の自覚があるらしいと、ソレを見て察する。
ただ、安堵に関してはどっちだろう?
アルに伴侶が見つかった事を純粋に喜んでいるのか、それとも、これで今後も彼の庇護の元、安穏と暮らしていけると思っているのか。
後者だったら、嫌だな。
そう思いつつ、彼等が去り、新しくやってきた人と言葉を交わす。
若い人達の祝福には、他意を感じる事が無くて安心する。
年配の人達と、若い人達の何が違うのかと首を傾げて、ふと若い人達が口にしていたのが、彼の名前であった事に気が付く。
そのせいで、アルの事を個人として見ていない人が想像していたよりも多い事に気が付いて愕然とする。
彼は、輝影の支配者なんかである前に、『アスタール』って言う1人の人なのに。
その事に気付こうともしない人達に、怒りを感じるとともに悲しくなって涙が零れそうだ。
これじゃあ、アルが帰って来たいと思わないのは当然じゃないか。
不意に、名を呼ばれてそちらを向くと、瞼に彼の唇が落とされた。
心配げに覗き込んでくる金の瞳を見ていたら、少し気持ちが落ち着いた。
「へーき。」
「……本当に?」
「ん。」
短く、そう告げると彼の頬に軽く音を立ててキスをする。
驚いた様に耳を跳ねあがらせてから、嬉しげに少し目を伏せる姿に気持ちが穏やかになって行くのを感じた。
そんな彼からまだまだ長い、挨拶待ちの列に視線を移すと、気合いを入れ直す。
今は、余計な事は考えない!
そう心に決めると、戸惑い顔になっていた人に微笑みかける。
その人――たまたま男性だった――は、頬を赤らめつつもさっき話しかけていた話を続けてくれて、何とかその場を乗り切った。
お年寄り系は、最初の方だけだったのもあって、その後は割と気分良く祝福の言葉を受け入れられるようになり、暗くなってきた頃にはもう、結構いい気分だ。
特に、リエラちゃんの後輩ちゃん達の番になると、彼等は純粋にアルの結婚を喜んでくれているのが分かって、本心からの笑顔を返す事が出来た。
「師匠に、もっと沢山授業をするように言って下さい!」
「え、授業してくれないの?」
「週に1度位かなぁ……。」
「うーん……言っとくね?」
学園長先生みたいな立場だと思うから、授業の回数はそんなもんじゃないかなぁと思いつつ、適当に返事を返すと、犬の獣人っぽいその子は納得して、満足げに尻尾を振りながら帰って行く。
獣耳系だけじゃなく、獣人系も居るとは……!
あの尻尾、握りたい……!
むしろ、モフりたい…………!
ちょっぴり、はぁはぁしてしまった。
ふと、視線を感じて横を見ると、アルがじっとりとした目でこっちを見てた。
「……ナニカゴザイマシタデショウカ?」
「いや、別に……。」
すぐに視線を逸らしたけど、なんか耳の動きが怒ってる?
えええ?
私なんかやったかな……???
「ヤンデレ系ってなんですか?」
「へ?」
「お師匠様が、『りりん成分が足りない……』と呟いてた事があって、魔法薬の素材の事かと思って質問した事があったんですの。そうしたら、『私はヤンデレ系だから』って返事が返ってきたんですわ。」
額の両端に小さな角を生やした、おっとり系の女の子がそんな質問をしてきた。
りりんって、こっちの世界で白百合の事だから、まぁ、薬の素材になる可能性もあるのか??
まぁ、なんにせよ、後で彼にはきっちりと問いただしたい事がある。
アスタールさんや。
あんた、弟子に一体何教えてるん??
おっとりした笑顔で、頬に手を当てながら首を傾げる彼女の質問には、ちょっぴり訂正を入れておく事にしようか。
なんだか、リエラちゃんの大好きなセリスさんの仕草に似ているなと思いながら、確認をとる。
「で、今回嫁の名前が『りりん』だったと……?」
「はい! なので、お伺いしてみました。」
「うん。アルの場合『ヤンデレ系』と言うより『ヤンデル系』かな?」
「まぁ。どう違いますの??」
彼女には、色々な属性に着いて詳しく説明しておいた。
講釈が終ったところで、彼女は満面の笑顔でこう口にして、ソレを聞きつけたリエラちゃんに後でこっぴどく叱られた。
「じゃあ、リエラちゃんとコンカッセさんは『ツンデレ系』ですわね。」
後の方の子は知らないけど、リエラちゃんはデレデレ系だと思います。
……それにしても、アルのお弟子さんってちょっと変わった子が多いんだろうか……?
『ヤンデレ系』について聞いてきた子みたいなのは、他にはいなかったものの、お弟子さん達はなんというか、みんなちょっぴりずつずれたところがある子ばっかりだ。
もしかして、類友的な何かか?
アルもちょっと変わったところがあるし、わたしも変わりモノだって自覚はあるし。
きっと、アルが変わったモノとか面白いモノが好きなのと関係しているんだろう。
暗くなってくるにつれ、ポワポワと淡い光を放つ何かが空に増えていくのを眺めているうちに、アルにお姫様抱っこで会場から連れ出される。
「勝手に、出ちゃっていいの??」
「うむ。逆に、いつまでもいると宴が終われないのだ。」
そう言うモノなのかと頷きながら、「一緒に歩きたい」と伝えて降ろして貰うと、彼の頭越しに夜空を見上げた。
真っ暗な空には、雲ひとつなくキラキラと東京では見る事が出来ない程の沢山の星が瞬いている。
昼の暑さと裏腹な冷たい風が吹いて、わたしは彼にそっと身を寄せた。
「随分と星が沢山あるんだねぇ。」
「地球ではあまり見えないものなのかね?」
「私が住んでたのは都会だったから、夜も明るいし。空気も汚れてたからあんまり。」
暫くの間、黙って二人で星を見上げて寄り添い合う。
「綺麗だね。」
そう口にすると、「君ほどでは」というふざけた言葉か帰って来た。
なんか、本気っぽいのが微妙だ。
アルの方がよっぽど綺麗なのに。
一緒になって夜空を見上げていた彼の髪をツン、と引っ張ると、すぐにその金の瞳が私を優しく向けられる。
2人きりでいるのもあってか、すっかりリラックスしきっている彼の耳に口を寄せて囁きかけた。
「あのね、アル……?」
「うん……?」
「……わたしね、アスタールの事……」
いざ、改めてその事を言葉にしようとすると頬が熱くなってくる。
ゲーム内では、何度も口にした言葉なのに。
何度か口を開けては閉じてを繰り返して、やっと、その言葉が口から滑り出た。
「わたし、あすたーるのことをあいしてる。」
緊張のあまり、発音がおかしい。
こう言うのは、あんまりというか不得意なんだよ。
自分の気持ちが上手く伝えられない事が情けなくって涙目になりながら少しだけ背伸びをして、アルにそっとキスをする。
ゆっくりと離れると、伏せ気味にされていた彼の目元がほんのりと色付いて見えた。
「私も、りりん。君の事を愛してる。君の、魂の輝きがとても愛おしい。」
そう、歌う様に呟くと、彼もわたしの唇にそっと自らのソレを触れさせる。
部屋までの道のりは、遠くて、近過ぎた。
もう少しだけ、ふわふわした幸福感に浸りながら2人で歩きたいという気持ちと、それから、もっと早く彼と深く触れ合いたいという気持ちがそう感じさせたのだと思う。
そうして、彼との初夜を迎えたわたしは、けれども初夜の間の記憶だけを翌日の朝には綺麗さっぱり忘れ去っていた。
その日にはじめて、わたしの中から、自分で認識できるくらいに大切な記憶が失われたのだ。
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