リエラの素材回収所

霧ちゃん→霧聖羅

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1巻

1-3

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 野盗の襲撃は、思ったよりもあっさりと片がついた……らしい。
 らしいっていうのは、リエラには初めての経験だったから。本当にあっさり終わったのかどうか判断がつかないんだよ。

「長耳族は魔法が得意ってのは、本当だったんだねぇ!」

 サリーヌお姉様も獅子奮迅ししふんじんの活躍をしてたけど、そんな彼女が自分以上の働きをしたと評価するのは、長耳族のお兄さんだ。

「リエラは分かってないみたいだけど、アイツが魔法を使って馬車から矢を逸らしてくれてたから、あたし達は思う存分に腕を振るえたんさね」

 お姉様は上機嫌で、ジョッキになみなみと注がれたお酒をあおる。
 今リエラがいるのは、隊商で貸し切りにした宿の一階にある食堂。護衛との親睦しんぼくを深めるためっていう名目のもと、うたげが開かれている。
 リエラと同席しているのはグレッグおじさんとサリーヌお姉様とフーリーさんの三人だ。
 大活躍だったというお兄さんは、少し離れたテーブルにいる。いつにもまして積極的なお姉さん達に囲まれて、どことなく引きつった顔で黙々と食事中。

「戦闘では頼りになるけど、女は苦手なのかねぇ……。ちょっと、恩売ってくるわ」

 サリーヌさんはそう言いながらジョッキを片手に立ち上がり、他のテーブルの探索者さん達を誘って彼を救出しに行く。
 流石さすがお姉様、男前! リエラには真似ができそうにないなぁ……


 その後の二日間も、盗賊さんだったり野獣だったりの襲撃があった。
 なんでも領都を離れれば離れるほど、身の危険は増えていくものなんだって。だから襲撃が毎日あっても、この旅程は『何事もなく順調』だと言えるらしい。

「襲撃の回数自体は多いけど、今回は被害が全くないからね。いつもこうだといいんだけど」

 グレッグおじさんが御者ぎょしゃ台の上で、隣に座ったリエラに話してくれる。

「いつもは怪我する人とかたくさん出るんですか?」

 護衛の人達が優秀なのか、今回は怪我をした人が一人もいないみたい。

「怪我どころか、荷物だけ置いて近くの村に逃げ込むなんてこともよくある話だよ」
「えええええええ! それって大損なんじゃ……」
「そうだねぇ。でも、命あっての物種ものだねとも言うしね。そういう場合は、もう一度商品を準備して出直さないといけないんだけど、それでもギリギリ採算が取れる金額で買い取ってもらえるからなんとかなるんだよ」
「赤字にはならないんですか……。ってそうじゃなくって、うーんと……」

 なんて言ったらいいのかな?
 うーんと首をひねるリエラを見て、グレッグおじさんは機嫌よく笑う。それを見たら、上手く伝えられなくって頭を抱えているのがなんだか馬鹿らしくなった。
 言いたいことは、なんとなく伝わっているみたいだし、もういいことにしよう。

「リエラちゃん、もうすぐ岩山地帯に入るよ」

 グレッグおじさんの言葉に前方を見る。
 エルドランの町から見渡す限り黄土色おうどいろの岩・岩・岩! が続いていたけれど、その岩山のふもとの一角に、馬車が何台も通れるくらいの山道がぽっかりとひらけていた。
 山の雰囲気も今までと変わって見える。それは岩の形がぶっとい針を空に向けてたくさん生やしたような形に変化しているせいだと思う。
 針の根元にも多少のでこぼこはあるものの、そっちは針っぽくはない……って意味が分かるかな?
 四角いごつごつした岩が台座のようになっていて、その上にちょっといびつ円錐えんすい状の岩が林立している感じと言った方がいいかもしれない。
 それも、高いのやら低いのやらが入り交じってデコボコしている。
 その岩の間にある山道は、馬車が五台くらいは横に並んで進むことができそうで、そこをゴトゴトと重い音を立てながら隊商は進んでいく。
 日が傾きかけるまで進んだ頃、左右にある洞窟が見えてきた。
 あと一日程度の移動でグラムナードの町に着くらしい。

「今夜はこの洞窟で野宿だからね」

 荷馬車のままその洞窟に入ると、この隊商の倍以上の規模でもまだ余裕があるんじゃないかってくらいに広い空間になっていた。
 どういうわけか中がほんのりと明るいことに、真っ暗だと思っていたリエラはビックリした。
 どうして明るいんだろう?

「ここはね、グラムナードの領主様が私達のような行商人のために作ってくれた休憩所なんだ」

 不思議に思ってキョロキョロしているリエラを見て、グレッグおじさんが教えてくれる。
 グラムナード側で用意してくれている施設(?)ってことは、何か魔法的なモノが使われているのかもしれない。
 奥の方には、馬を繋いで水や飼葉かいばをあげる桶が置かれたうまやのような場所もあるし、そこから少し離れた壁際には食事を作るための設備まである。
 水場がある上に、雨風も問題なくしのげるから意外と居心地は悪くなさそうだ。

「その気になったらここで暮らせちゃいそうですね」
「うんうん。でもね、この洞窟には領主様の許可がないと入れないんだよ」

 許可を得ているかどうかなんて、どうやって判別するんだろう?

「さて、野営の準備を始めようか」

 馬車を停めたら、この旅で初めてグレッグおじさんと別行動。リエラは他の人達と一緒に食事を作り、おじさんは野営の準備を担当する。
 手を振っておじさんと別れると、かまどに集まっているお姉さん達に交ざりに向かう。

「お食事の準備を手伝うように言われてきました。よろしくお願いします」

 お辞儀じぎをしながらそう言うと、即座にたくさんのジャガイモを渡される。

「よろしくね、早速だけど始めちゃいましょ」
「頑張って皮むきします!」
「よろしく~!」

 みずからもジャガイモを手に取って、リエラに片目をつぶってみせるのは、隊商の中では最年少だと思われる十五歳くらいのお姉さん。
 今はほんわかした雰囲気だけど、油断してはいけない。長耳族のお兄さん相手には、このお姉さんも肉食獣なのだから……
 まぁ、リエラは捕食対象じゃないから関係ないか。
 お料理担当のみんなでおしゃべりをしたり、歌を歌いながら準備をするのはとっても楽しかった。
 お姉さん達は、もっとこういう風に自然にしていた方がいいんじゃないのかな?
 せっかくみんな、可愛いのだから……

「グラムナード行きの旅路たびじだと、野営はここだけだからね。みんな、結構盛り上がるんだよ」

 道中の宿では捕食対象のお兄さんに群がっていたお姉さん達だったけど、お食事は自然と男女に分かれて取る形になった。
 おじさん達の集団は、焚火たきびを囲みながらお酒を呑んでいるみたいで随分と盛り上がっている。男同士の気安さからか、宿での盛り上がり方とはまた違うみたい。
 多分、約一名は特にそれを身にみて感じているんじゃないかな。
 リエラ達女性陣も、おじさん達とは違う方向で盛り上がっている。何せここまでの道中、護衛の女性と話す機会のなかった人もいるしね。
 実は女性の探索者というのは、そんなに珍しいものでもないらしい。
 でも、この隊商で護衛についてくれているのは二人だけ。
 だからみんないい機会だと、彼女達の冒険譚ぼうけんたんを色々と聞かせてもらっている。
 焚火たきびの周りで食事をしながら聞く冒険譚ぼうけんたんは、なんだか自分も冒険しているかのような臨場感があってなかなか面白い。
 でも、女性ばっかり集まっているから、いつの間にか話はコイバナ系に……
 いわゆるお約束ってヤツだよね。

「父さんがさ、なんとかグラムナード人に嫁入りしろってうるさくってさぁ……」
「ああ、うちもうちも。仕入れのパイプが欲しいとかなんとか。でも、グラムナードの人って美形が多いし悪くないんじゃない? 今回の護衛の彼も素敵だし!」
「彼もいいけど、早くレイさんに会いたいな。あたし、今度こそレイさんに求婚する……!」
「え!? レイさんは私のよ~!!」
「あの子って、あんたらよりも年下じゃなかったっけ?」
「二つ三つの年の差なんて、よくある話じゃない。うちのおばさんの旦那なんか五歳下よ?」
「……それじゃ、あたしにもチャンスあり?」
「「ライバル増えた!?」」

 みんな、随分とアグレッシブで楽しそう。
 そういえばグレッグおじさんも、リエラを送ってきたことでアスタールさんの工房と縁が結べないかなーなんて言っていたっけ。
 リエラで役に立てるものならなんとかしたいけど、ぺーぺーの新入りが仲介役じゃなぁ……

「そろそろ、その小さいのは寝かせてやったらどうだ」

 突然割り込んできた男の人の声に体がびくっとして、いつの間にか舟を漕ぎ始めていたらしいことに気付く。
 あ、ダメだ。目を開けてられない……

「あらら、リエラちゃん、随分と疲れてたのね……」
「悪い、アスラーダ。こっちに寝かせてやっとくれ」

 そんな言葉を聞くともなしに聞きながら、体が浮き上がるのを感じる。
 アスラーダさんという人が運んでくれてるのかな?
 お礼を言おうと口を開いたものの、きちんとした言葉がそこから出ることはなく、慣れない馬車での旅に疲れていたリエラは、そのまま深い眠りに落ちていった。


 昨日はいつの間にか寝てしまったみたいで、気がついたら毛布にくるまっていてビックリした。
 運んでくれた人にお礼が言いたかったんだけど、どういうわけか誰が運んでくれたのかはなかなか教えてもらえなくて、やっと聞き出せたのは朝食の準備の時。
 でも、その相手が長耳族のお兄さんだったものだから、お礼が言いたくても、お姉さん達に囲まれている彼には近づけなかった。
 何せ夕方には目的地に着いてしまう。
 これが最後の機会だからとダメ元でアタックしているんだろう。
 中には『レイさん』に告白すると言っていたお姉さんもいるんだけど……アスラーダさんと上手くいっちゃった場合、その人はどうするのかな?
 結局、お礼を言えないうちに、出発する時間になってしまった。
 残りの道程も順調そのもので、お昼を食べてしばらくするとグラムナードの入り口が見えてくる。
 こういうのを、天然の要害ようがいとでも言うんだろうか。
 岩壁で塞がれた道の両脇の部分にちょうど馬車が二台くらい通れる程度の隙間が空いていて、そこに門扉もんぴを取り付けてある。
 向かって左が入口として、右は出口として利用されているらしい。
 周りには門兵さんらしい人がいて、出入りのチェックをしているようだけど、何故か出る人の方が厳しいみたい。
 普通は入る人のチェックが厳しいものだから、それが少し不思議な感じ。
 リエラ達の隊商も、馬車の列の後ろに並んで順番を待つ。
 結局、中に入れたのはもうすぐ夕方になりそうな頃で、あんまりにも待ち時間が長かったから居眠りしちゃったよ……

「うわぁ……」

 町の中に入ると、思わず驚きの声が漏れる。
 リエラが今まで住んでいた、レンガ造りの町とは全然違っていたんだもの。
 門から入ってすぐに目に入るのは、大きな湖とそれを囲む瑞々みずみずしい緑の木々の姿。ここまでの道中で、黄土色おうどいろの岩壁と地面に慣れていた目には鮮やかな緑がまぶしい……!
 左右を見渡してみると、不自然なくらいに広い土地がひらけている。
 確か、グラムナードってカルディアナ山脈をひょうたん形にり抜いたような形をしていたはずだけど、見えている範囲だけでもリエラが生まれ育ったエルドランの町より広い気がする。
 グラムナードの人口は一万人くらいという話だったけど、この広さだったらその十倍くらいは住めそうだ。

「道中とは雰囲気が一変するから、ビックリしただろう?」
「ですねー!」

 グレッグおじさんは、リエラの返事に笑いながら続ける。

「あの湖の南の方に、行商店舗街というのがあるんだよ」
「行商店舗街、ですか?」

 聞いたことがない言葉に首を傾げると、おじさんが説明してくれた。

「行商に来た人達に貸し出している仮設店舗があってね、裏に馬車を停めるスペースとうまやがあって寝泊まりもできるんだよ。もちろん有料だし、炊事すいじができないのは難点だけどね」
「昨日お泊まりした洞窟もそうですけど、随分と親切ですね」

 それだけ、行商に来てほしいってことなのかな?

「リエラちゃんを工房に送り届ける前に、探索者協会で依頼完了の手続きと、行商店舗の賃借ちんしゃく手続きをさせてもらってもいいかな?」

 ちょっぴり申し訳なさそうにたずねるグレッグおじさんに、リエラがいなやを言うわけもない。
 探索者協会でサリーヌさんとフーリーさんの二人と別れた後、『グラムナード外町管理局』という施設で行商店舗を借りる手続きをした。
 ちなみにサリーヌさん達とのお別れは、それはもうあっさりとしたもので拍子抜け。
 むしろ、昨日まではほとんど会話もしていなかった婚活中のお姉さん達との別れの方が、なんだかしんみりとしてしまった。

「『外町』ってことは、『中町』もあるんですかね?」

 リエラがそうたずねたのは、目的の工房が『グラムナード外町管理局』から歩くのには少し遠いからと乗せてもらった馬車の御者ぎょしゃ台の上でのこと。

「ああ、そうだね。ほとんどのグラムナード人はあのとりでの向こうにある町で暮らしているみたいだから、そちらが『中町』なんじゃないかな」

 おじさんが指さす先には、岩山をり抜いて作ったとりでのような建造物がある。

「あのとりでみたいなところの向こうですか?」
「そうだよ。余所者よそものはあのとりでの奥にはそうそう入れてもらえないんだけど、リエラちゃんは工房主さんからもらった紹介状を見せれば大丈夫だろう」

 そう言って、グレッグおじさんは隣に座ったリエラの肩をポンポンと叩く。
 だんだん近づいてきたとりでは、さっき通ってきた門よりも警備の人が多い。遠目に見る限り、ここの警備の人達は黒髪の長耳族だ。
 外町の門にいた人達もそうだったし、グラムナードの住民のほとんどは黒髪の長耳族なのかもしれない。
 そういえば、あのお兄さんの名前ってアスタールさんの名前となんとなく似ている。
 もしかすると、名前もみんな同じような感じなのかも。
 ……どうしよう。もしもそうだったら、これから知り会う人の名前を覚えきれるかちょっと自信がないや。
 とりでの扉には彫刻がほどこされている。それが見て取れる距離まで近づくと、そちらの方から警備の女性が一人歩み寄ってきた。

「この先は許可証か、それに類するものがないと通れません。何かお持ちですか?」
「許可証はないですが、紹介状なら……」

 他に思いつかなかったので、『グラムナード錬金術工房』宛の紹介状を出して女性に渡す。
 女性は紹介状の宛名をあらためてから、とりでへ向かって大きく手を振った。するとそれが合図だったのか、大きな扉が重い音を立てながら開く。

「錬金術師様の工房へ使者を出します。まずは、こちらへどうぞ」

 丁寧に頭を下げてから開いた大扉の中へと入っていく女性。どうやら彼女が案内してくれるらしい。
 グレッグおじさんと顔を見合わせて、一回頷き合うと、彼女の後に続いた。
 女性が案内してくれたのは、小ぢんまりしてはいるものの綺麗に整えられた客間だ。
 真ん中にローテーブルが置いてあって、それを囲むように座り心地のよさそうなソファがある。
 荷馬車の硬い御者ぎょしゃ席で揺られ続けていたものだから、柔らかそうなソファを見ただけで、もう嬉しくなってしまう。
 あ、乗ってきた荷馬車は、大扉の中に入ったところで預かってもらえた。
 馬の世話までしてくれるとか、至れり尽くせりだよね……

「こちらでしばらくお待ちください。今、お飲み物をお持ちします」
「ありがとうございます」

 リエラとグレッグおじさんが同時に頭を下げると、女性は部屋を出ていった。
 おじさんと二人きりになったので、リエラは早速ソファにぼすん! と勢いよく飛び込む。

「ふっかふか~~~~♪」

 きもちいい~!
 素敵すぎる座り心地に、ひじかけにほっぺをのせてうっとりと目を閉じる。
 ああ、このまま寝てしまいたい。
 リエラがソファに夢中になっている一方で、グレッグおじさんは部屋の検分に大忙し。
 ふんわりとしつつも長すぎない毛足の絨毯じゅうたんを見てはうなり声を上げ、天井から下げられた照明には感嘆の声を上げてと騒々しい。
 おじさん、嬉しそうだなぁ……と思っているうちに、リエラは夢の世界に旅立ってしまっていた。


 ――グレッグおじさんが誰かと話している……?
 話し声にぼんやりと耳を傾けていたら、今、自分がどこにいるのかを思い出して大慌てで起き上がる。
 いつの間にかアスタールさんが来ていて、グレッグおじさんとお話をしていた。
 そんな中で、ぐーすか寝ていたなんて死ぬほど恥ずかしい。いたたまれない気持ちでいると、アスタールさんが立ち上がる。

「さて、彼女も長旅で随分と疲れているようだ。グレッグ殿との話もちょうど終わったことだし、このまま工房に向かうとしよう。リエラ、歩けるかね?」

 そっと差し出された手を素直に取って立ち上がる。

「はい、大丈夫です」
「では、失礼する。グレッグ殿」
「これからよろしくお願いいたします、アスタール殿。リエラちゃんも、頑張るんだよ」

 グレッグおじさんはアスタールさんにお辞儀じぎをすると、リエラに笑いかけた。
 もしかしたら、アスタールさんとの顔繋ぎ的なことができたのかな? そうだとしたら嬉しいんだけど。

「はい、グレッグおじさん。孤児院のみんなによろしく伝えてください」

 こうして、ようやくリエラはグラムナードの(本当の?)町の中に入ることができた。


 グレッグおじさんと別れた後、長い長い通路を巨大なヤギのく車に乗って駆け抜ける。そうしてほとんど日が沈みかかっている中、やっとグラムナードの町中まちなかに辿り着いた。
 夕陽が遠くにも近くにも見えるたくさんの針山をオレンジ色に染める中、針山のあちこちにポツリポツリと灯りが点っていくのが見える。
 なんだか、物語の中にでもまぎれ込んでしまったような光景だ。現実離れして見えるその光景に、これからの生活に対する不安を不意に感じた。
 ほとんど日が沈んでしまっているせいか、辺りに人影は見当たらない。
 アスタールさんの操るヤギ車に揺られながら、色が変わっていく空をぼんやりと眺めていると、いつの間にか目的地に辿り着いていた。
 手を引かれるままにヤギ車を降りて、目の前にある扉を開ける。すると、柔らかな光と共にアスタールさんの影が道に伸びていく。

「セリス、彼女がリエラだ。随分と疲れているようだから早めに休ませてやりたい。軽い食事と部屋を用意してくれたまえ」

 アスタールさんは、扉のそばに控えていた女性にリエラを紹介してくれる。

「はじめまして、リエラさん」

 そう言って柔らかく微笑む彼女は、十代後半くらいに見える長耳族のお姉さん。白い肌に、秋の空みたいな蒼い瞳で、サラサラの黒髪がお尻の辺りまで伸びている。
 清楚で優しそうな雰囲気に、思わずお姉様と呼びたくなってしまう。
 いやいや、ダメだよリエラ、自制を忘れちゃ。

「はじめまして、リエラです。よろしくお願いします」
「セリスと呼んでちょうだいね。まずはお部屋へ案内するわ」

 彼女に向かってぺこりと頭を下げると、微笑と共にそんなお言葉をいただいた。
 アスタールさんに視線を向けたら頷いてくれたので、安心してセリスさんについていく。
 グラムナードの家は岩をり抜いて作られているんだと本で読んだけれど、床はつるつるぴかぴか。その上、壁は淡い青の染料で塗られているし、なんだかイメージしていたものとは随分違う。
 もっと洞窟的な、土っぽい感じだと思っていたのに。

「さ、リエラさんのお部屋はここよ」

 セリスさんについて二階へ行くと、彼女は歩いて三つ目の部屋の扉を開く。促されるままに入ってみたら、思いのほか広いお部屋だった。
 二、三歩入った辺りでキョロキョロしていると、セリスさんが設備の説明をしてくれる。
 入ってすぐの扉の中には、シャワー室という水浴びのできる小部屋。
 水浴び用の部屋とか、初めて見たよ。
 孤児院では暖かい時期は井戸の水で水浴びしたりしてたけど、冬場は眠るための部屋で体を拭くのがせいぜいだ。
 個室に、水浴び用の小部屋がついているって何!? って感じ。
 トイレも、なんだか知っているのと違う。
 リエラの知っているトイレは、真ん中に穴が空いた椅子の下に大きな汚物入れをはめ込んだもの。ここのは、座って用を足した後に付属のボタンに触れると、水が流れて綺麗になるんだとか。
 そんなトイレ聞いたこともないよ……
 それから、引き出しやら棚やらが付属している大きめの作業台が一つと、奥の方に明かり取り兼、換気のための窓が一つ。
 作業台があるのは、お仕事以外で何か研究したい場合はここを使うようにということなのかな?
 右手の方にある衝立ついたての向こう側には、手元を照らすランプ付きの書き物机とベッド。そのそばの壁には作り付けのクローゼットまであった。
 書き物机の上にあるのは魔法具のランプで、根元にあるボタンを触ると光量の調節ができるらしい。ただ、ここの灯りを消すと部屋全体が暗くなるから注意が必要みたい。
 荷物は、奥のクローゼットの中に入れることになる。右手の壁全体がクローゼットになっているから、随分とたくさんのものが入りそうだ。
 ここまで大雑把おおざっぱに説明を受けただけで、リエラは呆然自失ぼうぜんじしつ状態だよ。
 だって弟子って普通、こんな贅沢ぜいたくなお部屋を使える立場じゃないんじゃないだろうか?
 至れり尽くせりすぎる……!
 リエラが呆然としている間に、セリスさんがお盆にのせた食事を持ってきてくれた。それを食べる間、色々な疑問に答えてくれたんだけど……
 この家の個室はみんなトイレとシャワー付きで、しかもここより狭いお部屋はないらしい。
 カルチャーショックがすさまじいです。
 そして最後に、こんなありがたいお言葉までいただいてしまった。

「家の中のことは、私が全て任されているの。不満や困り事があったら気軽に言ってちょうだいね。今日からここが、リエラさんの家ですから」

 そっか、これからはここがリエラのお家なのか……
 言われてみればそうだよね。
 アスタールさんの弟子として、ここで頑張らなきゃいけないんだ。この立派な部屋がもったいないなんて思わないで済むように、これから努力すればいいよね。
 リエラは決意を新たにしつつ、ベッドに潜り込む。
 ふわふわで柔らかいかけ布団、硬すぎず柔らかすぎないマットレス。
 お部屋のすごさに一時は覚めてしまっていた眠気も、この素敵ベッドには敵わない。
 目を閉じると、リエラはあっという間に夢の世界に旅立った。

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