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婚礼

818日目 婚姻の儀

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 教会の控室で、婚礼用に誂えた衣装に袖を通す。
本来はあまり肌を出さないタイプのシンプルな銀糸のドレスで、装飾は左胸に輝く銀の胸飾りのみだ。
正直、未だ昼間に暑気の残るこの季節には暑苦しい立襟なのだけれど、そこは作ってくれたコンカッセが要所要所に組み込んでくれた『涼気』の魔法によって随分と服の中に籠る熱気が抑えられている。
服に組み込む場合は、冷やしすぎない加減が結構難しいのに上手くやるもんだと彼女の腕の上がり具合を我が事の様に誇らしく思う。もう、立派な職人さんだ。
 髪は、複雑に編み込まれたハーフアップで、髪を編み込んで作られたバラの花が、一見しただけだとまるで本物の花の様に左の耳の後ろ辺りを飾っている。
自分の紅い髪が、なんだかお得だと思ったのはこれが初めてだ。
きっと、口に出してそれを言ったらあちこちから文句が出そうだから黙っておこう。

「こんなものですかねー!」
「ん。お化粧も終った。」

 髪を結い終わったアッシェが、化粧を施して貰ってる私の周りをクルクル回って出来栄えのチェックをしながら、満足そうに頷く。

「ああ、やっぱり少し生地の光沢を抑えて正解だったですねぇ。」
「ん。派手過ぎずいい感じ。」
「お化粧もりえらちゃんの美点を程良く引き立ててて素晴らしいですぅ♪」
「がんばった!」

 2人は、互いを讃え合ってハイタッチを交わした。

「アッシェもコンカッセも、ありがとう。」
「「どういたしまして。」」

 彼女達は、私にサッと手を振ると用意が終るのを待っていた教会のシスターに後を任せて聖堂の方へと移動していく。
結婚式の前に、支度が終った新郎・新婦の姿を目にする事が出来るのは、支度を行った人間とシスターだけなのだ。

「それでは、こちらの扉が開かれましたら『時の道』を中央にある猫神様の像の前までお進み下さい。」

 『時の道』と言うのは、聖堂にTの字型に敷かれた薄い紫色の織物の事だ。
様々な人と交じり合い紡ぎ、織りなしてきた人生をあらわしていると言うその敷物の上を、聖堂の左側から新郎が、右側からは新婦がそれぞれその上を歩いて猫神様の前まで赴き、互いの心を象徴する胸飾りと祝福を交換し合うのが婚姻の儀と言うヤツだ。
新郎と新婦にだけ許されている銀の装束は、創造主様を表しているらしい。

 シスターからの説明を聞き終え、問題ない事を確認が確認されると、程無く目の前の扉がゆっくりとと開いて行く。
猫神様の像意外に照明が施されていない暗い聖堂に、扉の隙間から光の道が伸びていくのが見える。
正面を向いてその道が伸びていく先に視線を向けていた私は、同じタイミングで開いていく正面の扉の奥に、銀の装束に身を包んだアスラーダさんの姿が見えてきて、胸がドキンと大きく鳴った。


私には、勿体ないな。


 そう思いながら目を細めると、彼も同じ様にしてこちらを見詰めているのが分かる。
私は、部屋から漏れだす光の中から、薄暗い聖堂の中へと『時の道』をしっかりと踏み出した。
私達のゆっくりと踏み出す速度に合わせて、鈴の音がチリンチリンと聖堂に響いて行く他に聞こえてくるのは、参列者の息遣いと私達の靴の音だけだ。
丁度同じタイミングで猫神様の像の前に辿り着くと、私はそっと彼を見上げた。


綺麗な人だな。


 そう、改めて思う。
表情をくつろがせている時なんかは、特にそう思ってしまう。
グラムナード人は総じて美形が多いけれど、その中でも彼は断トツなんじゃないだろうか?
アスタールさんは少し、目が吊り気味だし。
私みたいなのが隣に立つだなんて図々しいかなと、やっぱり思わないでもないんだけど、私に注がれる優しい彼の瞳が良いと言ってくれてるからきっと問題ないに違いない。
 暫く、2人で見詰め合っていると、チリンと鈴が鳴った。
ハッとして音の鳴った方に向くと、薄い笑みを浮かべたシスターがスッと台座が差し出す。
なんとなく、気まずい気持ちになりながら胸飾りを台座にそっと納める。
続いてアスラーダさんの胸飾りが納められると、台座を持ったシスターが一歩後ろに下がり、別のシスターが進みでてきた。

「今、猫神様の御前に一組の男女の時の道が交わらん。」

 一際立派な装束を身に着けたシスターが、厳かに誓いの問答を口にする。

「汝、この者と時の道を共にする事を望まれるか?」
「我、生ある限り、共に在る事を望むものなり。」

 アスラーダさんの声が、静かな決意を持ってその問答に応えた。

「汝、この者と時の道を共にする事を望まれるか?」
「我、生、ある限り、共に在る、事を望むものなり。」

 彼の様に、堂々と、と思ったのに、なんだか胸が詰まってしまって、つっかえつっかえ何とか応じる羽目になって、内心で凄く焦る。
チラッとシスターを見ると、彼女は私を力付けるかのように頬笑みながらそっと頷く。

「なれば、汝の心を共に在る者へと捧げ、祝福の交換を。」

 台座を手にしたシスターが進み出てきて、胸飾りを手に取る様に促す。
この胸飾りがこの国での既婚者の証。
互いの瞳の色と同じ宝石で飾られたそれを、左胸に飾る事が既婚者の証とされている。
それぞれの手に、自分の瞳と同じ色の石の填まった胸飾りをとり、互いの左胸を飾りあうと、そっと顎を持ち上げて私の額に彼からの祝福が贈られる。
そのまま、片膝をついて見上げる彼の額に、私からも祝福を贈る。
なんとなくフワフワした幸せな気持ちで、彼の手を取って立たせると猫神様へ目を閉じると頭を下げて、黙祷を捧げた。

 背後で、参列者が静かに聖堂を出て行くのを感じながら、扉が閉じる音と同時に顔を上げる。

「さあ、これからは2人で同じ時を織りなして行くのです。猫神様と創造主様の祝福が有らん事を。」

 慈愛に満ちた頬笑みを浮かべたシスターから最後のお言葉を頂いて、背後に伸びる時の道を彼の腕にそっと手を載せて歩く。
聖堂の大きな扉が開いていくなか、最初に目に映った広がる雲ひとつない青空に、理由も無く祝福された気分になる。
私達の手に渡された『幸せのおすそ分け』の為の花を空に向かって思いきり撒き散らすと、アスラーダさんがそれを風で更に空高く巻きあげた。

「幸せ増量。」

 そう呟いて、彼が花の形の魔力灯を作っていくから、私も一緒になって同じモノを作る。

「初めての共同作業的な?」
「招待状の準備で終ってないか?」
「ソレがあった!」

 参列してくれた人達に、お祝いの言葉と一緒に揉みくちゃにされながら軽口を叩き合う。
結婚祝いの花馬車に乗って、街中を見世物にされながら、バカみたいにニコニコ笑って私はアスラーダさんに言った。

「私ってば、やっぱりこの世で一番幸せな花嫁だと思います!」

 その言葉に、彼は疑わしげに笑いながら片眉を上げる。

「俺に敵うと思ってるのか? お前以上にこの世で一番の幸せ者は俺に決まってるだろう?」

 彼は、そう言って大きく笑うと馬車に積まれた花を盛大に街中へと降らせていく。
ひらひらと舞って行く花を目で追っていると、少し乱暴に抱き寄せられた。

「もう、一生離してやれないな……。」
「離れて上げる気もありませんけど。」

 それは、幸せな幸せな、私にとっての一番の記念日。
馬車に花と共に飾られた鈴の音が私達の笑い声と混じり合い、晴れ渡った空に吸い込まれて行った。
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