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婚礼
747日目 不本意な願い事
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アスタールさんの作業がお昼休みなんていうわずかな時間内で終る訳も無く、私は空腹を抱えたまま午後の実技指導を行った。
気になるからって、お昼に行ったのが間違いだったんだなと飴玉で空腹を誤魔化しながら考える。
「先生!」
出来上がった薬の出来を確認して貰おうと手を上げる子の元に向かい、ビーカーの中身を確認して、その結果を伝えると、彼は肩を落とす。
「じゃあ、作るところをもう一度見ているから、また作ってみて。」
「はい。」
私の言葉に従って作り始める彼の手元を見ながら、過程ごとに改善点を伝える。
どうも、彼は魔力操作が苦手らしくて魔法薬に込めようとしている魔力の大半を空中に撒き散らしてしまっていた。これじゃ、本来必要な魔力では足りないし、不足分を補おうとすると一体何倍の魔力を消費する事になるのやら。
「魔力操作の精度を上げないと、ロスがひどすぎるから、暫くは魔力操作の鍛錬に時間を割く事。」
「えぇぇ……。そんなぁ……。」
「『にゃんこ踏むより避けて通れ』でしょ。」
「うう……がんばります。」
そう答えて肩を落とす彼は、今年入ったばっかりの新人さん。
これからの成長にまだまだ期待が出来るお年頃だから、頑張って励んで欲しいと思う。
今日の予定は実技指導が終わり。
お夕飯の前に、みんなでお風呂を済ませないといけないから、大急ぎで着替えを取りに走っていく。
弟子達を見送った事によって、やっと一息吐く事が出来る。
「今年から、単属性の子も入って来ていますから指導も難しくなってきましたね。」
「確かに。でも、複数属性の人の方が少ないんだから、単属性の人達で協力しあう訓練をした方が効率がいいでしょ?」
一緒に実技指導にあたっていたエリザの言葉にそう返す。
彼女はその言葉におっとりした笑みで応えると、手近な椅子を勧めてくる。
「ご飯の前ではありますけど、少しお茶でも如何ですか?」
「助かるぅ……。」
正直、腹ペコで仕方が無かった私は、彼女のお誘いに有難く応える事にした。
お風呂?
今日位は、部屋のシャワーで済ませればいいよ。
お昼の件でささくれだったリエラの心は、エリザとのゆったりとしたお茶会によって大分癒された。
もう、口でも言わないとやってらんないよね……。
夕飯後にはアスタールさんに呼ばれて、重い足取りで彼の部屋へと向かう。
まぁ、呼ばれなくても行くつもりではあったんだけど。
扉を叩くと、珍しく扉が自動的に開く。
「お待たせしました。」
部屋に入ると、アスタールさんが後ろ手に扉を閉める。
「……そんなにすぐに、成果が出る訳がないじゃないですか。」
しょんぼりと垂れ下がった耳は、そのまんま、彼の心境なんだろう。
「……正直に話して謝ろうと思うのだが……。」
ボソボソと小さな声でそう口にしながら、私の方を上目遣いに見詰めてくる。
要は、一人で謝る勇気が無いから付き合って欲しいと、そう言う事だ。
私は深々としたため息を吐いてから、ちょっぴり意地悪をしてみた。
「一緒に謝って下さい、お義姉ちゃんって言ってくれたら考えます。」
「謝る席に同席して貰えないだろうか。義姉上。」
即答か。
嫌がらせの欠片にもならなかった事に脱力感を感じながら、思わず呟いてしまう。
「全く、いい年して子供みたいな事言わないでくださいよ……。」
「……駄目なのかね?」
「どの道今日は同行させて頂くつもりでしたし、同席させて頂きます。」
「助かる……。」
ああもう。
あんまりウジウジしないで欲しい……。
アスラーダさんと婚約してから、何故かすっかり『頭は良いのに出来の悪い弟』に変貌してしまったアスタールさんの背中を押しながら賢者の石の部屋へと向かう。
「まだ、言葉はカタコトなので、フォローは難しいですので本当にそばに居るだけになりますけど、それでいいんですね?」
「うむ。居てくれるだけで構わない。」
「では、参りましょうか。」
疑似世界に意識を飛ばすと、私の目の前には白い砂浜と青い海が広がっていた。
この世界での、アスタールさんの『愛の巣』のテラスにある寝椅子で前回はログアウトしていたらしい。
目を閉じて耳を澄ますと、潮騒と一緒に『ミシン』の軽快なタタタタタと何かを縫う音が聞こえてくる。
どうやら、リリンさんは作業部屋に居るらしい。
寝椅子から降りると、私はアスタールさんを探す為に家の中へと足を踏み入れた。
まぁ、リリンさんが居る部屋に向かえば、きっとそこにいるのだろう。
そして予想通り、作業部屋の入り口から中を覗き込んでいる彼の後ろ姿を、あっさりと発見する事が出来た。
「そんなところで、何してるんです?」
後ろから声を掛けると、ビクリと肩を震わせて、顔だけをこちらに向ける。
まだ、覚悟を決めて無かったのか、とため息混じりに考えつつその腕を取り作業部屋へと入っていく。
「こんばんは、リリン、さん」
この半年で、挨拶と多少の日常会話は何とか覚えたので、難しい話でなければこなせるようになっているので、さっさと彼女に声を掛けてしまう。
でも、あくまでカタコトなんだけどね……。単語は覚えられても、会話には足りない。
私に腕を掴まれたアスタールさんは、まだ怖気づいている雰囲気はあるけれど……まぁ、自分で撒いた種だから自分で何とかして貰おう。
「おおー! リエラちゃん、久しぶり!」
「私、アスタールさん、謝罪、必要。」
「へ?」
きょとんと、目を瞬かせる彼女に頭を下げると、アスタールさんを肘で突いて謝罪と説明を行わせた。
聞いていたリリンさんは、驚いた顔をした後、何とも微妙な顔になって苦笑を浮かべた。
「了解。」
短くそう答えて、肩を竦めると彼女はアスタールさんと鼻をツンと突き合わせてから「後で行くから、先に遊んで来て」と言って外に追い出した。
そうして、私を差し招くとテラスにお茶の用意を始める。
対面に腰掛けると、彼女は珍しく暗い表情を浮かべて私を見据える。
「頼み。」
「頼み?」
普段は明るい表情を浮かべている彼女の、いつもと違う表情に、少し嫌な予感がした。
彼女がしたいと言う頼み事は、私の予感を裏切らないもの。
「覗き見、了承、代償、地球、諦める。」
覗き見を承諾する代わりに、アスタールさんが異世界に行く事を諦めさせてほしい。
おそらくそれを口にした本人にとっても、それは本心ではないらしく、少し伏せたその瞳から、ポロリと涙が一粒零れて行った。
気になるからって、お昼に行ったのが間違いだったんだなと飴玉で空腹を誤魔化しながら考える。
「先生!」
出来上がった薬の出来を確認して貰おうと手を上げる子の元に向かい、ビーカーの中身を確認して、その結果を伝えると、彼は肩を落とす。
「じゃあ、作るところをもう一度見ているから、また作ってみて。」
「はい。」
私の言葉に従って作り始める彼の手元を見ながら、過程ごとに改善点を伝える。
どうも、彼は魔力操作が苦手らしくて魔法薬に込めようとしている魔力の大半を空中に撒き散らしてしまっていた。これじゃ、本来必要な魔力では足りないし、不足分を補おうとすると一体何倍の魔力を消費する事になるのやら。
「魔力操作の精度を上げないと、ロスがひどすぎるから、暫くは魔力操作の鍛錬に時間を割く事。」
「えぇぇ……。そんなぁ……。」
「『にゃんこ踏むより避けて通れ』でしょ。」
「うう……がんばります。」
そう答えて肩を落とす彼は、今年入ったばっかりの新人さん。
これからの成長にまだまだ期待が出来るお年頃だから、頑張って励んで欲しいと思う。
今日の予定は実技指導が終わり。
お夕飯の前に、みんなでお風呂を済ませないといけないから、大急ぎで着替えを取りに走っていく。
弟子達を見送った事によって、やっと一息吐く事が出来る。
「今年から、単属性の子も入って来ていますから指導も難しくなってきましたね。」
「確かに。でも、複数属性の人の方が少ないんだから、単属性の人達で協力しあう訓練をした方が効率がいいでしょ?」
一緒に実技指導にあたっていたエリザの言葉にそう返す。
彼女はその言葉におっとりした笑みで応えると、手近な椅子を勧めてくる。
「ご飯の前ではありますけど、少しお茶でも如何ですか?」
「助かるぅ……。」
正直、腹ペコで仕方が無かった私は、彼女のお誘いに有難く応える事にした。
お風呂?
今日位は、部屋のシャワーで済ませればいいよ。
お昼の件でささくれだったリエラの心は、エリザとのゆったりとしたお茶会によって大分癒された。
もう、口でも言わないとやってらんないよね……。
夕飯後にはアスタールさんに呼ばれて、重い足取りで彼の部屋へと向かう。
まぁ、呼ばれなくても行くつもりではあったんだけど。
扉を叩くと、珍しく扉が自動的に開く。
「お待たせしました。」
部屋に入ると、アスタールさんが後ろ手に扉を閉める。
「……そんなにすぐに、成果が出る訳がないじゃないですか。」
しょんぼりと垂れ下がった耳は、そのまんま、彼の心境なんだろう。
「……正直に話して謝ろうと思うのだが……。」
ボソボソと小さな声でそう口にしながら、私の方を上目遣いに見詰めてくる。
要は、一人で謝る勇気が無いから付き合って欲しいと、そう言う事だ。
私は深々としたため息を吐いてから、ちょっぴり意地悪をしてみた。
「一緒に謝って下さい、お義姉ちゃんって言ってくれたら考えます。」
「謝る席に同席して貰えないだろうか。義姉上。」
即答か。
嫌がらせの欠片にもならなかった事に脱力感を感じながら、思わず呟いてしまう。
「全く、いい年して子供みたいな事言わないでくださいよ……。」
「……駄目なのかね?」
「どの道今日は同行させて頂くつもりでしたし、同席させて頂きます。」
「助かる……。」
ああもう。
あんまりウジウジしないで欲しい……。
アスラーダさんと婚約してから、何故かすっかり『頭は良いのに出来の悪い弟』に変貌してしまったアスタールさんの背中を押しながら賢者の石の部屋へと向かう。
「まだ、言葉はカタコトなので、フォローは難しいですので本当にそばに居るだけになりますけど、それでいいんですね?」
「うむ。居てくれるだけで構わない。」
「では、参りましょうか。」
疑似世界に意識を飛ばすと、私の目の前には白い砂浜と青い海が広がっていた。
この世界での、アスタールさんの『愛の巣』のテラスにある寝椅子で前回はログアウトしていたらしい。
目を閉じて耳を澄ますと、潮騒と一緒に『ミシン』の軽快なタタタタタと何かを縫う音が聞こえてくる。
どうやら、リリンさんは作業部屋に居るらしい。
寝椅子から降りると、私はアスタールさんを探す為に家の中へと足を踏み入れた。
まぁ、リリンさんが居る部屋に向かえば、きっとそこにいるのだろう。
そして予想通り、作業部屋の入り口から中を覗き込んでいる彼の後ろ姿を、あっさりと発見する事が出来た。
「そんなところで、何してるんです?」
後ろから声を掛けると、ビクリと肩を震わせて、顔だけをこちらに向ける。
まだ、覚悟を決めて無かったのか、とため息混じりに考えつつその腕を取り作業部屋へと入っていく。
「こんばんは、リリン、さん」
この半年で、挨拶と多少の日常会話は何とか覚えたので、難しい話でなければこなせるようになっているので、さっさと彼女に声を掛けてしまう。
でも、あくまでカタコトなんだけどね……。単語は覚えられても、会話には足りない。
私に腕を掴まれたアスタールさんは、まだ怖気づいている雰囲気はあるけれど……まぁ、自分で撒いた種だから自分で何とかして貰おう。
「おおー! リエラちゃん、久しぶり!」
「私、アスタールさん、謝罪、必要。」
「へ?」
きょとんと、目を瞬かせる彼女に頭を下げると、アスタールさんを肘で突いて謝罪と説明を行わせた。
聞いていたリリンさんは、驚いた顔をした後、何とも微妙な顔になって苦笑を浮かべた。
「了解。」
短くそう答えて、肩を竦めると彼女はアスタールさんと鼻をツンと突き合わせてから「後で行くから、先に遊んで来て」と言って外に追い出した。
そうして、私を差し招くとテラスにお茶の用意を始める。
対面に腰掛けると、彼女は珍しく暗い表情を浮かべて私を見据える。
「頼み。」
「頼み?」
普段は明るい表情を浮かべている彼女の、いつもと違う表情に、少し嫌な予感がした。
彼女がしたいと言う頼み事は、私の予感を裏切らないもの。
「覗き見、了承、代償、地球、諦める。」
覗き見を承諾する代わりに、アスタールさんが異世界に行く事を諦めさせてほしい。
おそらくそれを口にした本人にとっても、それは本心ではないらしく、少し伏せたその瞳から、ポロリと涙が一粒零れて行った。
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