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婚礼

747日目 異世界の窓

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 翌日、セリスさん達を背に載せた麗臥さんをお見送りすると、出掛けて行った彼等の穴を埋めるべくお仕事に励む。そうは言っても、前よりも人員が沢山いるからどんな作業をするかの采配をするのがメインになるので、何でもやらなきゃいけなかった時と比べると格段と楽ではある。
 その采配が終わったら、賢者の石のメンテナンスの為に外回り。
いつもはその仕事をしているアスタールさんは、まだ使いものにならない弟子の指導に回る。
全員の仕事の采配を終えた私は、外回りの準備を整えるとさっさと外に繰り出した。



「そういえば、二代目……アスタール様は最近いいことがあったのかね?」

 そう訊ねられて私は首を傾げる。

「昨日の夜中に戻って、朝にチラリと見ただけなので……。」
「ああ、そうだった。錬金術師様はあんまり遠くに行くもんじゃない。アスラーダ様と結婚したらここに戻ってくるんだろう?」

 ニコニコしながらそう口にするのは、見た目も年相応になって来ている最年長のおじいちゃま。
グラムナードの最年長は328歳だそうだ。
大陸から渡ってきた1代目の人間とも交流があった世代だそうだから、余計に錬金術師を外に出したくないと言う意識が強いらしい。私は適当に誤魔化しながら工房へと戻った。
アスタールさんがここに居る限りは、無理に戻らなくても大丈夫なので、暫く王都に居る可能性もあるだなんて正直に言ったら、面倒臭い事になるのは目に見えてるし。

 お昼の少し前に工房に戻ると、真っ先にアスタールさんの部屋へと向かう。
食事時の少し前だから、一旦部屋に戻っている可能性が高い。
彼の書斎の扉を叩くと、すぐに返事があった。

「昨日の夜遅くに帰って来たのだな。」
「朝も慌ただしくて、ご挨拶出来なくて済みません。」

 指示通り、部屋に入るとすぐにアスタールさんの機嫌よさげに揺れる耳が目に入る。
何が進展したのかは分からないものの、異世界の事に関して何かが進展してそれを話したくてしかたないらしいのがその様子からも容易に見て取れた。

「それで、最長老までが気付く程の、一体なにがあったんですか?」
「うむ。」

 アスタールさんの表情筋が珍しく仕事をして、その口の端が微かにもちあがる。

「実際に見て貰った方が早い。」

 そう言うと、彼はいそいそと例の部屋へと向かう。
嬉しげに、まるで踊るような足取りでその部屋へと向かう彼の耳が仄かに色づいてるのを見て、少しだけ嫌な予感がする。

「見てくれたまえ、リエラ。」

 アスタールさんが芝居がかった珍妙なポーズを取りながら指し示したモノに目をやって、私は眩暈を覚えた。
 それは、四角く切り取られたような映像。
そこには、異世界のモノだと思われる町を歩く一人の女性の姿がある。
左に1歩下がった場所から微かに見下ろす視点は、きっと、アスタールさんが疑似空間で彼女を見ている時と同じモノなのだろう。
たまに、こちらの方に微かに不安を滲ませた目を向けてきていると言う事は、きっと視線は感じていると言う事で……。不運な事に私にも、その感覚は覚えがある。

「とうとう、あちらの世界の彼女の居場所を特定する事ができたのだ。」

 一言、何かを言おうと口を開きかけたものの、言葉にならずに口を閉じた。
思い出すのは去年あった、あの悪夢の様な日々の事だ。
みんなが側に居てくれていたから、私は平気な振りを何とか保ちながらもなんとかやり過ごしていたけれど、彼女はどうなんだろう?
誰かに相談してる?
相談していても、アレと違って、これじゃあ犯人の見付けようがない。
下手に相談しようものなら、被害妄想と言って片付けられちゃうんじゃないだろうか?
あの時に『彼』を視線の先に見つけた恐怖を思い出すと、体がブルリと震え、自分の鼓動が耳で聞こえてるような感覚を覚える。
あの時の感覚を思い出してしまった為に、カラカラになった口の中に無理矢理ツバを集めて、舌が何とか動く様にした。
それから、目を閉じてあの時、私を助けてくれたみんなを思い浮かべて気持ちを落ち着けると、呼吸を整える。

「この、バカ師匠!!!」

 精一杯、気持ちを落ち着けたつもりだったけど、褒めて欲しいという期待に満ちたアスタールさんの顔を見た途端に、私の口からはそんな言葉が飛び出し、気が付いたら握りしめた拳で彼の腹部を打ち抜いていた。そうして、体をくの字にしてうずくまるアスタールさんの肩をがっしりと掴むと、その体を前後に揺さぶる。

「ご自分が何をしているか分かっていますか?
私が、去年、これと同じ様な事をされた時、どんなに怖い思いをしたか理解できますか? 
四六時中、誰かから見られているって言うのがどんなに恐ろしいくて、どんなに気持ち悪い事か。
彼女が貴方にこんな事されてるって知ったら、どんな気持ちになるか。
ちゃんと、彼女の身になって想像しましたか?」

 驚いた様に目を見開く彼が、そんな事を考えた事が無いと言うのは一目瞭然だ。
私が揺さぶるのを止めるた後も、彼は少し体を揺らして焦点の会わない目でぼんやりと私の方を見ている。

「私は……ただ……」
「彼女が見たかっただけ?」

 少し、声のトーンを落とした私の問いに、のろのろと、アスタールさんは頷く。

「やり方を、間違えちゃダメです。」
「間違え……」
「この、『窓』を開けたのは一つの進歩と言っていいと思いますが……。
目的はあちらの世界に渡る為の、目標地点を探す事だったはずですよね?」
「……。」

 無言で逸らされた視線は、その事をすっかり忘れてたと言う事か。
ため息を吐きたくなるのを堪えながら、頭を働かせる。
 この件に協力を始めてから愕然としたのは、アスタールさんの私生活と言うのが『リリンさん』を中心に回っていると言う事。仕事中はそうでもないみたいなんだけど、一旦自由時間になると頭の中が『リリン』で埋め尽くされているんじゃないかと言うレベルだ。
 ソレを念頭において考えると、この『異世界の窓』を作る時に彼がやる気の原動力にしたのが、きっと『リリンさんの姿を見る』事なんじゃないかと思う。


うん。
目標は達成してるね!
目的からは微妙に脱線してるけど!!!


 いやいやいや、頭を抱えてる場合じゃないと、頭を振って意識を戻す。
それを、どうやって目的に近付けるかだ。
『個人』でなく、『場所』を固定させる方向で。
彼女が良く行くけど、人気が少ない場所。
それはこの『窓』からじゃ見る事が出来ない。

「この『窓』で別のモノを映す事って出来ますか?」
「明確な『対象』がない事には……。」
「『明確な対象』……ですか。……『対象の視界』を共有する事は?」
「やってみよう。」

 当然のように用意された私用の椅子に腰かけながら、私はぼんやりと考えた。


ああ、お昼御飯食べそこなったなぁ……。
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