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逃走植物と虫の森
419日目 おかえりなさい
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『逃走植物と虫の森』の迷宮は、ある朝ジェルボア湖畔を散歩していた王太后とその護衛達によって発見された。『騎獣の平原』とは比べ物にならない危険度から、1カ月の間は一般の立ち入りを禁止されていたものの、2ヶ月経った今は解放されて、徐々にではあるものの探索者が入り始めている。
危惧していた人口の流入は、概ねラヴィーナさんの言った通りで劇的に増える事も減る事もなくて私はホッと胸を撫で下ろしていた。
『逃走植物と虫の森』は、初めて入ったラヴィーナさんから、涙ながらに苦情の申し立てを受けた。
大体想定の範囲内の苦情だったから、対処法を教えてあげて事なきを得たんだけど……。
翌日になって、棍キュウリを喜色満面で抱えて遊びに来た時には、どんな表情をすればいいのかとめちゃくちゃ困ってしまった。
まぁ、想定内の苦情っていうのは、棍キュウリの収穫方法についてだったんだよね。
味については、物凄く美味しかったらしくて、大変満足そうにしてたから良かったよ。
さて、その間もアルンの修業は続いていた訳なんだけど……。
彼女の魔力操作指導は結局2か月前から進展していなかった。
結局、原因が分からない事にはどうしうしようもないという結論に達するしかなかった私は、何度か探索者協会に手紙の配達を依頼しつつ、ラエルさんへの相談を繰り返していた。
魔力操作に関わらない事柄に関しては完璧なのに、どうしてもソレだけが上手くいかなくて、もういい加減途方に暮れているところだ。
アルンが工房に弟子入りしてから考えると既に3カ月が経っている。
もう、夏の最初の月も終わり、最初の週の紅月になっている。
正直なところこれだけの期間成果が出ないというのはおかしいと言わざるを得なかった。
私は自室で、今日届いたばかりにラエルさんからの手紙を読みながら、ため息を吐いた。
今回書かれていたのは、これまでの働きかけが全て実を結ばなかった場合の結論。
「完全に素質が無いか、何らかの事情によって、無意識もしくは意識的に魔力操作を行う事を拒否している。……か。」
アルンは、現状でも規定値に不足しているとはいえ、薬草に魔力を含ませる事に成功している。
そこから考えるなら、素質が無いというのはおかしい。
私は途中からつけ始めた、彼女の作業成果表を取り出して何度眺めたか分からないそれを睨みつける。
アルンが薬草に魔力を含ませる努力を始めて一月目からつけ始めたソレは、最初の内こそ上下の変動が激しい物の最近は安定して同じ程度を保っていて……とてもじゃないが、魔力の扱いが拙い様には全く見えなかった。
「事情……ねぇ……。」
正直なところ、彼女は大分工房には馴染んできたとはいえ、まだ本音で話し合う事が出来る程の間柄になれている訳ではない。
そもそも、彼女の方が壁を作っている雰囲気で、とてもじゃないけど自然に探りを入れるのは難しい。
「どうしたもんかなぁ……。」
ぼやきながら開けっぱなしの窓から夜空を見上げたものの、そんなところに望む答えなんかある訳がなく、浮かんでいるのは半月状になった紅月のみだ。
私の口からまた、ため息がこぼれた。
「ため息なんか吐いてどうした、リエラ?」
窓の下から、暫く会っていない彼の声がして目を瞬く。
慌てて身を乗り出して階下を覗き込むと、そこには大きく欠伸をしている見慣れない赤毛の男の子を連れたアスラーダさんが立っていた。
「……アスラーダさん?!」
「久しぶり。」
会いたいと思っていた人がそこに居る事が信じられずに。一瞬呆然としてものの、ハッと我に返ると大慌てで部屋を飛び出して階段を駆け降りる。
玄関に向かって駆けて行くと、彼はそこで私の事を待ってくれていた。
色んな気持ちがごちゃまぜになってしまって、その時の私はきっと変な顔になってたんじゃないかな、とは後で思った事。
彼は少し驚いた顔をしてから、がむしゃらに飛びついた私を抱きとめると、耳元で囁いた。
「ただいま、リエラ。」
「おかえりなさい、アスラーダさん!!!」
危惧していた人口の流入は、概ねラヴィーナさんの言った通りで劇的に増える事も減る事もなくて私はホッと胸を撫で下ろしていた。
『逃走植物と虫の森』は、初めて入ったラヴィーナさんから、涙ながらに苦情の申し立てを受けた。
大体想定の範囲内の苦情だったから、対処法を教えてあげて事なきを得たんだけど……。
翌日になって、棍キュウリを喜色満面で抱えて遊びに来た時には、どんな表情をすればいいのかとめちゃくちゃ困ってしまった。
まぁ、想定内の苦情っていうのは、棍キュウリの収穫方法についてだったんだよね。
味については、物凄く美味しかったらしくて、大変満足そうにしてたから良かったよ。
さて、その間もアルンの修業は続いていた訳なんだけど……。
彼女の魔力操作指導は結局2か月前から進展していなかった。
結局、原因が分からない事にはどうしうしようもないという結論に達するしかなかった私は、何度か探索者協会に手紙の配達を依頼しつつ、ラエルさんへの相談を繰り返していた。
魔力操作に関わらない事柄に関しては完璧なのに、どうしてもソレだけが上手くいかなくて、もういい加減途方に暮れているところだ。
アルンが工房に弟子入りしてから考えると既に3カ月が経っている。
もう、夏の最初の月も終わり、最初の週の紅月になっている。
正直なところこれだけの期間成果が出ないというのはおかしいと言わざるを得なかった。
私は自室で、今日届いたばかりにラエルさんからの手紙を読みながら、ため息を吐いた。
今回書かれていたのは、これまでの働きかけが全て実を結ばなかった場合の結論。
「完全に素質が無いか、何らかの事情によって、無意識もしくは意識的に魔力操作を行う事を拒否している。……か。」
アルンは、現状でも規定値に不足しているとはいえ、薬草に魔力を含ませる事に成功している。
そこから考えるなら、素質が無いというのはおかしい。
私は途中からつけ始めた、彼女の作業成果表を取り出して何度眺めたか分からないそれを睨みつける。
アルンが薬草に魔力を含ませる努力を始めて一月目からつけ始めたソレは、最初の内こそ上下の変動が激しい物の最近は安定して同じ程度を保っていて……とてもじゃないが、魔力の扱いが拙い様には全く見えなかった。
「事情……ねぇ……。」
正直なところ、彼女は大分工房には馴染んできたとはいえ、まだ本音で話し合う事が出来る程の間柄になれている訳ではない。
そもそも、彼女の方が壁を作っている雰囲気で、とてもじゃないけど自然に探りを入れるのは難しい。
「どうしたもんかなぁ……。」
ぼやきながら開けっぱなしの窓から夜空を見上げたものの、そんなところに望む答えなんかある訳がなく、浮かんでいるのは半月状になった紅月のみだ。
私の口からまた、ため息がこぼれた。
「ため息なんか吐いてどうした、リエラ?」
窓の下から、暫く会っていない彼の声がして目を瞬く。
慌てて身を乗り出して階下を覗き込むと、そこには大きく欠伸をしている見慣れない赤毛の男の子を連れたアスラーダさんが立っていた。
「……アスラーダさん?!」
「久しぶり。」
会いたいと思っていた人がそこに居る事が信じられずに。一瞬呆然としてものの、ハッと我に返ると大慌てで部屋を飛び出して階段を駆け降りる。
玄関に向かって駆けて行くと、彼はそこで私の事を待ってくれていた。
色んな気持ちがごちゃまぜになってしまって、その時の私はきっと変な顔になってたんじゃないかな、とは後で思った事。
彼は少し驚いた顔をしてから、がむしゃらに飛びついた私を抱きとめると、耳元で囁いた。
「ただいま、リエラ。」
「おかえりなさい、アスラーダさん!!!」
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