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#3
ムシっと一軒家
しおりを挟む敷地内は除虫線香を柵のように立てて囲んで、おまけに除虫電磁波まで効いているとはいえ、そこはスカラボウル、しかも圏外とくれば、しぶとい虫は、除虫成分などもろともせずに、それこそ破裂上等といわぬばかりに構わず入って来る。
組の若い衆が除虫スプレーを吹いて、近づく虫を追い払いながら歩く後ろから、<桃二郎>組の組長ガスロは、鷹揚とした足取りで資材運搬用のバグモタトラックに乗り込んだ。すでに同じようにして、副組長のキンキーは運転席に座り、ガスロが座席に落ち着くと、すぐにアクセルを踏んで、トラックを発車させた。
バグモタトラックが<小梅>の目の前を走りぬけたとき、コクピットの中でウメコはシートから思わず腰を浮かせて身を乗り出した。荷台の屋根の天面に、例の『御指導無用』とデカデカと書かれているやつだ。――ヤバ!――間近で改めて見ると、その文句に慄然となった。アンチネッツでさえ、ここまで挑発的なことはしない。こんな代物は、治安労も巡回に来ないこんな最前線でなきゃ、とても危なくて乗り回せないだろう。そして側面を見れば、『網下御免』の文句に、大きく武者絵が描かれ、そのタッチは捕虫要員も御用達の大漁旗や幟などと同じウキヨ柄だけれど、それが機体全面に及ぶほどなのには、さすがに閉口した。さらにチカチカ明滅する電飾で機体を縁どり、全体を過剰なまでにデコレートしている。それがトラビ上だけならいざしらず、機体自体に直に施してあるのだから驚きだ。普段オシャレセンスの欠落を自認するウメコの目から見てさえ、それはかなり悪趣味なものに映る。自分の機体を可愛いく飾りつけている捕虫要員女子のバグモタの中にさえ、ここまで派手なデコレートは見たことがない。したところで、どうせすぐに虫の破裂で壊され、汚れてしまうからだ。
しかしこれが土建労たちの意気というやつかと、ウメコは半ば呆れながらも関心した。それも虫ざらしの美学を貫きながら、あのデコレートを汚さないよう維持しているのだから、たいしたものだ。センスの違いはともかく、ウチら捕虫要員も「バグモタ乗り」の見得を切る以上、見栄えも負けてはいられない。ウメコは久しく<小梅>をキレイに磨いてないことを反省した。――でもどうせさっきの義務労の若い衆にせっせと磨かせているんだろうけどさ。
少々の虫霧濃度でも目視できそうな、前を行くトラックのそんな外観も、さすがに圏外だけあって、虫霧濃度の薄かった敷地内を過ぎたら、やはり目視はできなくなった。
ただこんな僻地に来てさえ路面はクリーピング走行に耐えられるほど充分整地されてあったのは、ベリー級を繰るウメコとしては助かった。圏内でもまだまだ整地路は不十分だというのにだ。
「カスリちゃん、トラビマップいるだろ?最新版だぜ。以前のよりマッピング範囲もかなり拡げたからな」キンキーはいつも以上に陽気にマイク越しに言った。ムシシが苦手なのは、ガスロ同様、キンキーも同じだった。天麩羅参りで、いざ交渉となると、気難しい二人の間に立って話をまとめるのは、きまって副組長であるキンキーの役目なのだ。そんな調停役も、カスリがいる今日は楽に進められそうだと思うと、さっきまでの重苦しい気分はとうに吹き飛んでいた。
「もらっとこか、ウメコはん。土建用のや、便利やで」
「ください」
受け取りの許可をすると、データ追加の知らせがポップアップ表示された。
『うめこサン、コノ地図広ゲマスカ?』<小梅>が訊いた。
「よろしく」
小梅のディスプレイの合成景色が、解像度の粗い、ぎこちなく変化する映像から一変し、圏内と大差ない安定したトラビ風景が映し出された。
「こりゃいいわ」
だけど、見慣れた圏内のトラビ景色とは違う。虫の秒刻みの変化が出なかった。このマップは移動には充分だけど、さすがに捕虫にまでは対応してないようだ。おそらく簡易のトランスネットアンテナからの情報だ。無理もない。ウメコは虫の気配が視覚に残るよう、メインモニターは無補整の、虫と虫霧の景色を薄く残して、そこに二重写しになるよう、もらった地図を重ねた状態にした。
――それにしても――圏外の移動にも慣れてくると、余裕ができたウメコの頭に浮かんだ疑問だ。――虫を呼ぶ先生とは――長く捕虫に携わってきたウメコには眉唾にしか聞こえない話だった。学役で習った古式捕虫法なら、確かにそんな要素もなくはないけれど、礼儀作法に網振りの型、網を使った護身術、あとはもっぱら精神の鍛練ばかりで、あれは実際に適用できるものではない。虫呼びと言っても、せいぜいおまじないみたいなもの。
また同じ捕虫法でも、在野の道場流というのにウメコは多少の知識があった。学役時代からの友労であり、レモネッツのメンバーであったパセリナ・ガンモドッキの家がそうだったから。――あれも自分の知るかぎりじゃ、網の素振りと、ほとんどが行儀作法を通じた精神修養のようだったし、大体いまどき捕虫術で虫が呼べるものなら、ウチらはノルマで苦労なんてしないのだ。バグモタに乗って前線くんだりをあっちこっち走り回って、それでもクラック値60v以上の虫が持参した網の一つをいっぱいにしたら、それで上々、それで得られる運動量っていったら、せいぜい1㎡地ならしできるくらいじゃないのか。
――条件さえ整えれば、私だって呼ぶことだけならできないことはない。けれど、バグモタを運用できるほどの大量の虫でないと意味はないんだ。昔のことはいざ知らず、きょうびの虫がバグモタに乗らずに、生身の捕虫法だけで集まるとは思えない――
おおかた開拓観測上の儀礼の、捕虫労にはお馴染みの「虫祓い」みたいなものだろう。組合でも班でも折にふれて行う、悪い虫を祓っていい虫を呼び込む儀礼だ。祭礼にこだわる、土建労らしいといえば、そんな気もするけれど、虫取りが主な労務でもないのに、しかも連合から呼び寄せるのではなく、わざわざ胡散臭いアウトネッツ民の、しかも圏外のこんな僻地にまで出向いて頼みに行くなんて、土建労もよほど切羽詰まっているらしい。ウメコは連合よりも、そんな土建労のための捕虫に、ムシムシと意欲がわいてくるのを感じはじめた。
「だけど親方、カスリちゃんのことすっかり忘れてましたね」キンキーがマイクを戻して通信を切って言った。「もっと早く気づくんだったな。あのときの先生のデレデレしたさま覚えてるでしょう?傑作でしたね、あれは」
「おぅ。ワシもいま考えとったとこよ。カスリちゃんも虫捕りしてくれるとなったら、先生、こっちが頼まなくても喜んで協力してくれるだろうぜ」ガスロは顔をほころばせた。それから改めて礼が言いたくなって、通信機のスイッチを入れて、マイクをとった。通信機は骨董品のものを後付けしたものだ。トラックは操縦席の内装にまでとことんこだわり抜いた「昭和」趣味に彩られていた。
「いや助かるぜカスリちゃん、ありがとうよ。先生の話聞くなら捕虫労の方がよく通じるし、先生の機嫌もよくなるしのう。虫捕りは明日からだから、カスリちゃん、明日も来てくれるんだろ?」
そういうガスロ自身が一番、さっきまでと打って変わってご機嫌だった。キンキーに話を振られるまでもなく、以前カスリを連れて行った「天麩羅参り」のときのことを思い起こしていた。あのときはカスリがムシシのことを「テンパー先生」と呼んでヒヤリとさせられたんだった。カスリがそれを口走ったのには、自分に心当たりがあったからだ。行きの道すがら、いつもの無神経で、カスリが聞いていることなど構わず、ムシシのことをずっと「テンパー」呼ばわりしていたのだ。
だけどカスリが「テンパー先生」などと、無遠慮な間違いを連発しても、ムシシは全く怒りはしなかった。それどころかカスリとのくだけた会話を、まるで喜んでいるかのようにさえみえた。ガスロが発すれば怒りを買い、絶縁されかねない失言も、カスリならあっさり許されてしまう。――フン、偉そうにしとっても、ワシらと変わらん俗物よ――カスリを連れて行く効果は、配給ポイントや手土産の缶詰の比ではない。――ムシシの気持ちはよくわかる。なんといっても、カスリちゃんはカワイイからのう。ワシだって、カスリちゃんの声を聞いただけで、こんなに気分は上がるんじゃ――
「組長はん?ねえ組長はん、聞いとるの?ウチはええねんけどな、ウメコはんはまだ捕虫労やねん。謝礼のことなんやけど」
「心配いらねえよ。裏配給ポイントは認められてるんだ」
⋘謹慎中で、権利失効中やねんけど⋙
「虫なんか、どうせ圏外まで出なきゃ捕れねえよ。それなら権利もクソもねえだろ」
桃二郎組の虫屯地から3㎞ほど過ぎ、整地区域からはとうに外れ、道もだいぶ狭まってきて、<小梅>はトラックからも、先を走るカスリの<市松>からも、だんだん遅れを取り始めた。
「先行ってるで」カスリはディスプレイの地図で、ムシシの家を知らせるアイコンが表示されたのを確認して、離しても問題ないと判断した。
「はいよ」ベリー級ではクリーピング走行に厳しい道幅で、ウメコは<小梅>を仕方なく歩かせた。でも<小梅>のディスプレイ上のさっきもらった土建労マップにも、すでに<ムシシ先生宅>のアイコンがチラつき始めていたから、無理に急ぐこともしなかった。こんなとこでエンジントラブルだけは御免だ。
小梅の外装に虫があたって爆ぜる音が一段と増してきた。最初は<小梅>もいちいち大げさに報告してきてたけれど、やがて脳トロンも慣れたのか、それともあきらめたのか、うるさい報告はやめて、ただの通知にとどまった。
トラビの合成画像はなくなった。土建労マップも、そこまではスキャニングされてないらしい。平面マップは詳細にできていたから特に問題はなく<小梅>のガイド機能も効いていた。慣れてきた目には、もう小梅のレーダーで即時合成された立体線だけで充分だった。
捕虫圏からは、すでに5kmも遠ざかっている。虫と虫霧濃度の中、小梅の腕を伸ばせば届くほどの狭い谷間の壁、ゴツゴツした断崖がそびえている間をすぎた。平地と呼べる土地が、地図上の周囲からめっきり減った。
やがてまた、しっかりした整地路が戻ってきた。けれどベリー級のクリープ走行には細すぎて、ここでもやはり<小梅>を歩かさざるを得なかった。
こんな僻地に前世代のユニットハウスがポツンと忘れられたように置かれていた。周囲にあるもの、見えるものといえば、こちらも旧式のバグモタカートだろう、一台、隣に虫ざらしに止まっているだけだった。
ユニットハウスの手前で、土建労のバグモタトラックと、カスリの<市松>が止まっていた。
ウメコもやっと遅れて到着した。カスリらは、まだバグモタから降りてないようだ。しばらく途絶えていた通信がウメコの耳にも、やっと入ってきた
⋘・・・ほな先生、ウチらもお邪魔してええんやな⋙
⋘もちろん大歓迎じゃ⋙
「ウメコはんも着いたな、先生おるで」小梅に気づいてカスリが言った。
「あの、はじめまして、浜納豆ウメコと申します」自由労だから、フォーマル挨拶はしなかったけれど、昔の人なのでフォーマル呼びで名乗った。
⋘ウム、カスリちゃんの友労か⋙
「ウメコはんに言うたね?<テンパー流>のお師匠さんやで」
⋘二天麩羅流じゃ!⋙
「おかしいな、ニは付かへんのとちゃうかった?せやんな組長はん。ウチ失礼やから気をつけて覚えたんやけど」
「名前の方はそうじゃ。ニは付かん。それにテンパーじゃない、テンプラーじゃ」
そんなやりとりのさなかに、土建労の二人は車から降りて、トラックの荷台から降ろした箱を抱えて、ムシシの家のドアの前まで歩いて行った。
「ウメコはん、防虫いつもとちゃうで、スプレー気ぃつけて吹かなあかんよ」カスリは言いながらハッチを開け、<市松>から降りた。
「そうだ」ウメコはハッチを開けようとした手で、シート裏のラックから除虫剤のスプレー缶を取り出し、念を入れて身体に吹き付けた。普段なら、朝吹いたら、それっきりなことが多かった。
それから、小梅のハッチ開閉時にコクピット内の虫侵入を防ぐ、噴出装置の設定をいつもと変えた。成分のアンチインセンティクト値を低めにし、もろもろのことも手動で変えた。残念ながら<小梅>というか<脳トロン>にまかせるのは、いまいち信用できなかった。間違えるし、げんにいまも忠告してこなかったくらいだから。そうして、バグレぺ噴出装置の目盛りを「強マックス」にしてから、ハッチを開け、シューッっといつも以上の噴射のカーテンを抜けて<小梅>から降りると、そそくさとカスリのあとを追った。
まったくの圏外、虫の速裂地帯といっていい、こんな初めて来るような僻地だけれど、虫密度の感触は、ウメコには圏内と、そう変わりはないように感じた。
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