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林檎黙示録

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#3

土建労<桃二郎>組

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 土建労・前線整地番は、開拓事業の最前線で、その礎を築くための土地をならす重要労務であるのにもかかわらず、エネルギー源である肝心かなめの虫の補給はなく、代わりに特例として、捕虫労にしか与えられない虫捕りの権利を与えられ、各組、現地調達が通例となっていた。調達といっても、捕虫するヒマも人員もないから、虫といえばもっぱら、虫霧の中に開いた捕虫器による自動補給で吸い込まれる雑甲虫ばかりなので、思うような働きはできず、最前線の整地組はどこも苦戦を強いられている。

 この辺りの平均クラック値は、それでも捕虫圏に比べたらまだ高めだったけれど、この程度で得られるバグモタの運動量では、土建労のノルマは到底追いつかず、そうなると平均クラック値が低い今日のような日には、朝、人員を割いてわざわざ虫捕りをして、そこで収穫がなければ、もうできることはほとんどなくて、削り取った土砂の運搬をしたら、あとはバグモタ重機の整備とか片づけ作業があるだけで、昼にはさっさと労務を切り上げてしまう、そんな日常なのであった。


 その土建労・整地組の前線番・第2組<桃二郎>組の開拓虫屯地ちゅうとんちにカスリはウメコを案内して、事務所ユニット前にバグモタで乗り付けた。

 近づくにつれ、<小梅><市松>の両機のメインモニターに解像度は粗いものの、トランスヴィジョンがピコピコと機能し始め、じきにトラメットの方も反応し始めた。

 虫屯地事務所の横に、トランスネットアンテナが据えてあった。圏内に散らばっているものとは違う特別仕様のアンテナらしく、全高はずっと高く、てっぺんは虫霧の中に消えている。

 敷地内の虫霧濃度チュームノードが薄まっていて、辺りは虫の密度もまばら、ここは十分に目視がきくのだ。

 この囲い地の中だけ、捕虫圏では禁じられている強度の除虫成分の値が検出された。これはほとんど殺虫剤に近い。それで虫密度が薄いのだ。破裂が多いこの辺では、設備保護のための大幅な除虫も許可されているらしい。

 一方事務所ユニットの裏のエリアとなると、虫霧濃度が高いのがはっきりわかる。ここにはベリー級クラックウォーカーの腰殻ようかくが置かれてあり、その中にはバグモーティヴエンジンが入れてあって、虫屯地設備のためにしっかり稼働していた。その捕虫の為に、こちらでは薄っすら誘虫成分さえ検出された。

 主なガレージを見れば、柱に『安全第一、破裂は大事!』と書かれた標語が貼り付けてあって、ろくに屋根らしいものもなく、除虫カーテンの跡形らしいボロが掛けられただけの掘っ建てテントだ。そこにバグモタ重機が何台か置かれ、中にはシートで大事そうにくるまれたものもあった。

 あとは虫ざらしのまま置かれたシード級やベリー級クラックウォーカーにまじって、激しく虫火傷した大型のナット級クラックウォーカーが着座しているのが、これはなかなか拝めないので、強くウメコの目をひいた。

 たえず前進することを義務付けられている土建労・前線番が、移動に不便な大きなバグモタ用ガレージを設置するなどとは、それだけで開拓精神の消極的姿勢を意味する。ゆえに最前線の「地ならし野労やろうたち」は常に虫ざらし・・・・を美徳としていた。

 だからこの<桃二郎>組の環境だけが特別劣悪というわけではなく、ここは平均的な開拓最前線の土建労・前線整地組の虫屯地であった。

 それからバグモタ重機を整備してるらしい人員の姿がチラホラ見えた。そのなかの悪趣味にデコレートされたバグモタに『地ならし野労、圏外御免』だの『クラック野郎』だの『開拓一番虫』だの『御指導無用』だのと、外装に書いたり、プレートにして貼り付けたり、バグパックにのぼりで差してあるのをウメコは目視で読んだ。
 
 ちなみに8区前線捕虫班の<エース・オブ・チェリーズ>がそろいで背負っている幟旗の『破裂上等』は、元は前線整地組が好んで使用したフレーズである。しかし除虫剤や防虫剤の質の向上とともに、なるべく破裂をさけ、虫から自分の身やバグモタを保護(それもしいては開拓の為である)するようになってからは、前線番のあいだでは、あまり見かけなくなった。 
 

「なんや、もう労務切り上げたんかな」カスリはフンフンと<桃二郎>組のバグモタ重機を目で数え、だいたい揃っているのを確認した。「ウメコはん、ちょっと待っててな。バイトできるかも知れへん」

 例の掲示板で募集のあった捕虫依頼の期限は残り30分となっていた。もう依頼の捕虫はとっくにあきらめていた。

「市松、呼んでくれへん?」

『チョット待ッテナ』カスリのバグモタ脳トロンの<市松>が、トラビを通じて通話を求めた。

『気をつけよう!虫破裂、むしろ無心でご挨拶!無神経こそ安全の敵!』待ってるあいだ、いきなり<小梅>のトラビモニターに土建労の安全標語の看板バナーが飛び込んできた。

⋘おう、カスリちゃんかい⋙桃二郎組の応答はすぐに来た。陽気な声の主は、副組長キンキー・キンカーンだ。⋘今日はもう、しまいだよ⋙

「やっぱそうなんや。残念や、せっかく助っ人連れてきたのにな」

「ここんとこ、すっかり虫照りでな。これから親方、先生んとこいくんだよ。虫呼んでもらって、明日は朝から若いもん総出で虫捕りに出ねえと、どうにもならなくてよ。明日来てもらえると助かるんだがな」

「ね、ムシシ先生やろ?ウチもついてっていい?」

⋘ん?いいんじゃねえか。いま親方出てくから聞いてみなよ⋙

「誰なの?どこか行くって?」ウメコが訊いた。

「ムシシ先生。昔の捕虫術の先生らしいわ。虫を呼べる言うてんねん。今日は捕虫は無理そうやな。明日来て欲しい言うとった。土建労に虫補給すると、ポイントくれんねん。少ないけど手堅く稼げるで」

「横流しにならないのかな。補給要請も出てないのに」

「土建労が要請なんか出さへんわ。出したって捕虫労来らへんし。ここらの土建労かて虫捕りの免許あんねんから。それに圏外の虫やで」

「だけど土建労の虫屯地だよ。トラビも使えるし、ここらは捕虫圏に入るでしょ」

「でも近場で虫が捕れへんから、みんな苦労してんのやろ。そない心配せんでもええって、どうせ捕れへん」

「ちょっと、土建の虫捕りと一緒にしないでもらえる」ウメコはムシっとした。「こちとら専門だから」

「どっちにしてもや、この辺りの虫は足が速いんやから、近くで労務しとる土建労にまわすことは連合の利益になるんやない?補給のキの字やろ。もし間違って圏内の虫捕ってもうてもや、あの掲示板の依頼に渡すのはあかんで。せやけど土建に回すぶんには、きっと大目にみてくれはるわ。やのに、いちいち組合に了解とってはったら、せっかくの虫が速烈度テンパーでパーや」

 カスリのいう通りだったけれど、なんだかウメコはまるめ込まれている気がする。

「それにな、これはむしろ開拓奉仕精神に基づいた行動なんやで。謹慎中やのに困ってる土建労のために捕虫するんやから」カスリは説きつける。「どうしたん真面目グーコくさって、ウメコはんらしくないわ。まだ失敗を引きずっとるの?」

「謹慎の意味知ってんの?ただの休みだと思ってない?辞めた人間はいいよ。こっちは公然とポイントなんかもらえないよ」ウメコは言い返した。失敗を引きずってない、といったらウソになるけれど、それは認めたくはなかった。失敗しくじりはしたかもしれないけど、それはあくまで結果だ。間違いはおかしていない、という信念は変わらない。

 けれどウメコは確かに自分らしくないと、カスリの言葉に思い直した。「でも奉仕精神でもいいや、土建の助けになると聞いたらね。困った労民のために虫捕りできるなんて、捕虫要員バグラー冥利に尽きらあね」

「そや。大丈夫やって。その辺はうまく処理してくれはんねん。なんならウチが代わりにもらって、そっから渡せばええんちゃう?」

 そうこうするうち、事務所のユニット建築から、数人の姿が外へ現れた。どちらも典型的な土建労ツナギにトラメット姿だった。

⋘おぅ、カスリちゃん元気かい!助っ人にきてくれたんだってな⋙思ったほどにご機嫌な組長ガスロの声を、カスリはスピーカーから聞いた。

「組長はんも元気そうやな」

⋘いいとき来てくれたなァ。先生もカスリちゃんが来れば喜ぶしのう。こっちの話も早く進むから助かるぜ⋙

「ウチがお役に立てるの?ならついてってええんやね。今日は強力な助っ人もつれてきたんや。こちら、捕虫要員休務中のウメコはんや」

「えっと、初めまして、8区、8ぱ・・いや、捕虫労組合預かり、権利労、浜納豆ウメコ・・・」

「おう、堅苦しい挨拶フォーマルは抜きだ。こないだカスリちゃんと盛大にやらかしちゃった友労トモロダチだろ。頼もしいじゃねえか。こっちは破壊するのが労務だ、あやかりたいもんだぜ、ガハハ」

「ははは」ウメコは苦笑した。随分有名になってしまったものだ。「あの、よろしくお願いします」
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