非武装連帯!ストロベリー・アーマメンツ!!

林檎黙示録

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#3

アウトサイドは走っちゃダメです!・1

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⋘ちょっとタンマ!⋙カスリの声が<小梅>の操縦席のスピーカーを突いた。⋘あかん、そっちのペースじゃ虫が追いつかんわ⋙

「どうした?」

<市松>のバグモーティヴエンジンへ虫を供給するバックパックの自動捕虫が、エンジンの燃焼に間に合わないらしい。それで<小梅>のクリーピング走行のスピードに<市松>が追いつかなくなって、二機は一旦停止した。

「やっぱりベリー級の方がいいだろ」操縦桿に腕をもたせウメコは言った。

「ほんでも低クラックでよう走んねん。あかんのは捕虫機の方や。ええの買えんかった」

 捕虫ラッパがひとつきりのワンビューグルタイプじゃ、ただでさえ小型のシード級が、ベリー級について来れないのも無理はない。 

 5分ほど<市松>の補給を待ってから再び走り出し、センターから約40Kmの所で捕虫圏を一周する第4円周道を時計周りに登って、二つ先の第6放射線で圏外への進路をとった。5番線をスルーしてわざわざ6番線で折れたのは、その先で知り合いの土建労が地ならしをしてるからという、カスリの案内だった。

『うめこサン、コノ先、とらんすねっと張ラレテマセン。なびげーとデキマセン、ヤッパリ圏外ヘ行クツモリダ』<小梅>が声をあげた。

「なんだよ、優良<脳トロン>のくせに、人間ごときに騙されてるうちは、オマエもまだまだだね」そろそろバラしてもいい頃合いだとウメコは本当のことを言った。「圏外行くから」

『!!!未捕虫圏ニオイテ、当機ニ何ラカノとらぶるガ発生シ、マタ、ソレニヨルとらんすとろんノ損失、機体ヘノ損傷ヲ招キマシテモ、とらんすとろん、えくすくらむハ一切ノ責任ヲ負イマセン!タダシ開拓連合、モシクハ捕虫労組合ノ、労務又ハ、規定ニヨル場合、ソノ・・・』

「はいはい、ガッテン承知の上なの、わかったから全周図のレーダー、出してちょうだい」

 メインモニターの端にスカラボウル全周図が表示されると、さらにセグメント8区の外周から開拓中の未捕虫圏付近をズームさせて中心に映した。それを虫群観測図ムシダスモードにした。<ムシダス>は、スカラボウルのクラック虫を観測し、色分けして地図上に表示させたものだ。これで虫密度、虫のクラック値や、速烈度の大まかな観察ができる。

 ウメコはトラメットのバイザーを下ろし、<ムシダス>を3Dで投影させた。そうしてトラメットの中で、周囲に3D展開された虫群の層を、操縦の邪魔にならないよう頭上に上げて見る。まだ捕虫圏内にいるうちに、トランスヴィジョンのレーダーで、現在の大まかな虫の状態を頭に入れておきたかった。いまスカラボウル全体の虫の流れをつかんでおいて、あとで導き出せるように。肝要なのは現在の虫の配置ではない、時間経過とともに移り変わる虫の「動向・・」である。それこそが虫を読むには必須なのだった。

「フーム・・・」その推移からは、目立った発生の動きを読み取れもしなければ、閃くものも来なかった。けれど、「セトリ曲目はだいたい決まった。1曲目、」

 ステレオから流す音楽のことを言ったんじゃない。
 
 ウメコは捕虫要員ならみな、それぞれ作って持っている<捕虫音符ノート>のコードを、ムシンセサイザーに入力する。これは持ち主の感覚と捕虫経験によって、虫をおびき出す鳴き声を、音声信号にし符号化した、いわば、壊れそうな虫を呼ぶ鋳掛け屋ティンカーの声の増幅システムである。虫の流れを読んだら、次には、それに合わせた呼びかけで虫を誘うというわけだ。

 虫の渦巻く外気へ発するこの音は、人の聴覚では認識できなくて、捕虫者にはトラビによる波形で表したり、幾何学模様で色づけしたり、さらに可聴音を上乗せして変換し、聴きとれるようにしてあった。
 
 ウメコは一定の間隔で変化を繰り返す幾何学模様を見つめながら、虫密度や速裂度、クラック値といったデータに応じ、そのコードをきめていった。基本コードは始めに打ち込んだ。刻々と変化する気象、日々流転する蟲々に、必ずしも定番のパターンが適合するはずはないから、さらに状況に応じてその都度調律チューニングも変える。さらにそれだけでは飽き足らず、ムシンセのコンソールの下にごちゃごちゃに張り付いたエフェクターのツマミもイジリながら。

 なにしろ圏内では、トランスネットアンテナから、始終さまざまな誘虫音が流されているのだ。虫もさるもので、いずれトランストロンの信号音では易々と騙せなくなる。ムシンセサイザーに付属するイコライザーの調整だけでノルマをこなせているうちは、まだ義務労下級である。志願労以上の捕虫要員となれば、追加して取り付けた様々なエフェクター類で、さらにその波長を変えたり、虫が好むような歪みを与えたりして微妙な調整をしていかなければ、ノルマの虫など捕虫はできない。

 虫のこととはいえ、行き当たりばったりというわけにはいかない。ある程度予測をたてて、おびきよせ、さらに発生を促す。それができての「虫運」なのだ。こうして捕虫するのが、ただの虫取りとは違う、捕虫要員というものである。

 さすがのウメコも、圏外での捕虫は滅多になく、義務労はじめの研修以来だった。いまムシンセに打ち込んだのは、そのとき使ったコード配列を見直してみて使えそうだったから、それをもとに経験から導き出された勘で、アレンジを加えてみたのだった。
 
 まだ結果はわからないけれど、ウメコはとりあえず打ち込んだこのコード配列のパターンをベースに、それから展開させてみようと考えた。「これは『圏外アウトサイド大作戦』と名付けよう。まだデモバージョンだけどね。いいかい<小梅>」

『ソノヨウニ記録シマシタ』
  
 捕虫圏において、捕虫労以外の人間が、捕虫網を手に虫を捕ることは禁止されている。謹慎中のウメコもまた然り。ただ、捕虫労が虫を呼ぶ行為に制限はなかった。いまのうちから流しておけば、圏外に入ったときには、いい頃合いのはずだったから。そのとき、

 ≪ゴロロスカ、ゴロロスカッ・・・≫早速、小梅の腰殻の中のバグモーティヴエンジンが不規則な音をたてた。ウメコはシート越しにそれを聞いたが、この程度なら圏内でもよくあること。まだこの辺りは、開発中の圏外との境目だから、トランスネットが行き渡っていないだけの違いで、そうそう速裂度が変わるわけもなかった。メーターを見れば、平均値より2、3度高い程度。

「カスリ」ウメコは呼びかけた。「市松のお腹の具合はどうよ」   

⋘あんまり変わらへん、いまんとこ。そっちは?⋙

「ゴロスカ言い始めてる」

⋘新型はちゃうわ。あ、またちょっとタンマ⋙

「なんだ、やっぱり来たか」

「ちゃうの、このさき一気に抜けへんと面倒やから、補給しとくわ」カスリは<市松>のアクセルを踏む足を浮かせた。「ウィキッドビューグルの出現率高いとこあるの。見つかるとうるさいやろ」

「確かに面倒だな、それは」

「せやからここで満タンにしといたほうがええやろ。あとちょっとで全くの圏外やからな」

『うめこサン速裂度高イ虫ハ、オ腹ニヨクナイヨ!かすりサンニモ伝エテアゲテ!』


 カスリの<市松>の補給が終わると、すぐに二機は進んでいった。やがて進行方向を映すメインモニターのトランスビジョンの合成景色が、進むたびに色を失い、ドットがちょっとずつ剥落し、全体の解像度は粗くなっていった。

 コクピット内の各ディスプレイで、トランストロンによらない<小梅フラーイー>本体のセンサーが「要注意」と警告してきた。捕虫圏外へ徐々に踏み入っていく、実感が湧いてくる。

 それでもまだここらには、パラパラとトランスネットは設置されてある。さらにその先が、いよいよ本格的な「圏外」だった。

「圏外」とは、捕虫圏に対し「非捕虫圏」のこと指す。非捕虫圏とは、開拓初期のころから使われてきた言い方だったけれど、そこは現在開拓中、または開拓予定というのが正確なのだから、最近では開拓精神に則った用語に改められ、「未捕虫圏」という言い方が採用されていた。昔は通った「非捕虫圏」という言葉は、現在では誤用であるので、特にフォーマルな場での失言を避けるために、開拓連合民は「圏外」と呼ぶことが慣わしとなっていた。


 先にはチラホラ、アンテナが立っているのが映る。それはトランスネットのものじゃない。誰でも情報を送受信できる、スカラボウル共有のものだ。連合で規定している捕虫圏は、ここで終わった。

 ウィキッドビューグルは現れなかった。

「もう越えたよ。うるさいの現れなかったな」ウメコは芯からホッとした。小梅のお腹のことより、こちらの方がよっぽど心配だった。

⋘ウメコはんがおるからやない?⋙

「え、むしろカスリだろ」

「ウメコはんやろ」

「だって辞めても引き止められなかったんでしょ?」

⋘そやったかな。どっちかてええわ⋙カスリの気分は目まぐるしい。⋘ほな、手分けして探そか⋙

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