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#3
鬼門送りの二人・1
しおりを挟むカスリは、以前乗っていたラビットベリーを払い下げ、乗用するバグモタをシード級クラックウォーカーに替えていた。始終虫にさらされるここでは、密閉されたガレージがなくては、中型機種であるベリー級の個人所有は難しいのだ。
来たときに<小梅>を止めたユニットハウスの隣の駐機スペースで、防虫シートに丸ごと包み込まれた機体を、ウメコはすでにトラビ上で見ていたけれど、その姿は補整が効きすぎたのか、まるでマンガのキャラクターみたいにみえた。メーカーの宣伝つきでトラビに映ったそれは、<ケロッククラック>製のFrogseed<Bⅰkkⅰ>という機種だった。
全高7、8mほどの、ベリー級クラックウォーカーに対して、シード級クラックウォーカーは、4、5mほどである。
「ウチの三台目<市松>や」カスリは自慢げに言って、<市松>に被せた防虫シートの裾をめくり素早くもぐり込むと、シートをモゾモゾ動かしながら機体の側面を上り、ハッチを押し上げた。それからまたモゾモゾやってコクピットに乗り込み、起動した<市松>の両腕で防虫シートを器用に取り去ると、あらわになった機体が、ちょうど虫霧も薄れた折から、トラビの補整無しでもよく見えた。
それがトラビで見た姿とたいして変わりもなく、間近で見るとスクーターを二足歩行化したかのような、バグモタにしてはスマートな機体だった。
『ええやろ。新型やで』カスリがバグモタの外部スピーカーを通して言った。『しかも限定モデルやねんて』
「それはいいけどさ、これでホントに圏外対応できんの?」ウメコは怪訝な目をバイザー越しに、トラビによる補整は弱めたまま見上げた。
パステル塗りの薄青緑の、なんかカワイイ機体なのだ。
ウメコも以前はシード級に乗っていた。どんなに速烈度が高いときでも、<エクスクラム!!!>のシード級クラックウォーカーは、ベリー級と変わらない頑丈さと武骨さで乗っていて安心感があった。
こんなバグモタを作った<ケロッククラック>という新規参入企業は、ウメコに限らずスカラボウルでも、まだよく知られていない。
『行けるわ。自由労に人気の機種なんやて』カスリは適当を言った。『みてみ、パンツはいてんねん。お上品やろ』
バグモタクラックウォーカー特有の、腰殻の下からバグモタエンジンが覗いている状態でない、いわゆるスカートの中が丸見えじゃなくて、しっかりまるごと外装で覆われていた。そしてその外装が胴体ごと包んで一体化しているのがこの機種の特徴だった。ウメコはさっきトラビの宣伝で「サロペットアーマー採用!」という文字が見出しで躍り出てきたのを思い出した。トラビ上でも直に見ても、コクピットハッチにはカスリのマークである「#桁に鈴」と、機体のところどころで市松模様があしらわれてあった。
「お上品でも、オナラは出るでしょ。ちゃんと排熱できんの?これ。お通じはよ。虫フンどうすんのよ?」トラビの補正もなしに、こんなカワイイ機体が捕虫圏はおろか、非捕虫圏までを闊歩するなんて、ウメコにはどこか許せない気がする。
「心配せんでも、おもらしなんかせえへんよ。ちゃんと排出口ついてるわ」
見ると、従来のシード級バグモタエンジンに比べ、やや小さいようだった。
「コンパクトなぶん、パワーないんじゃないの?」
「電気が頑張んねん。よう動く。なんやの、ケチばっかつけんといて」ムッとしたあと、ハハンと微笑した。「欲しくなったんちゃう?うらやましいんやろ」
「別に。私は<エクスクラム!!!>しか乗らないよ」ウメコは図星をつかれて強がった。しかもエクスクラムの所属についても保留中の身だから、解雇されたらその忠節もこだわりも揺らぐ。「虫カゴは、持ってるんでしょ?」
『ちゃんとあるから心配いらんわ』カスリの<市松>は、隣りに蹲るように置かれた「網ポッド」をくるむ、<イデムシ>のロゴの入った防虫シートのてっぺんの持ち手をつかんだ。『これや、下の紐ほどいてくれへん?』
網ポッドはカート型の、簡易の捕虫喇叭もついた、自由労メーカーのものだった。しっかりと圏外専用と書いてある。捕虫圏のトランスネット下では、使用できないようになっているのだ。けれど、ちょこっと中をいじれば使えることくらい、また、そのやり方でさえ、前線捕虫要員なら誰だって知っている。
『もひとつ忘れたらあかんな』と、カスリが引っ張り出してきたのは、捕虫要員が義務労から志願労へ昇進した際に授与される、大事な捕虫喇叭だ。これはベリー級クラックウォーカー用で、シード級で使うには、ちょっと大きい。『このラッパはウメコはんが使ってええで』
「要は持ってけってことだろ」
ウメコも<小梅>に乗り込み、カスリの捕虫喇叭をデバイス追加して腰にかけた。二人は捕虫圏外に向かって出発した。ウメコが<小梅>のコクピットのコンソールにラッパのマークが表示されたのを見るのは久しぶりだった。カスリの<市松>が、網ポッドカートをガラガラ引っ張りながら、二機は円弧道路までガシガシと歩いて行って、そこからクリープ走行に切り替え、ようやく走り出した。
機体間距離の交通ルールを破って、カスリの<市松>が、ウメコの<小梅>のすぐ後ろについてきた。そうすることによって、虫の抵抗を減らすスリップストリーム走行である。小型のシード級が中型のベリー級に接近して走るのは危険な行為だ。けれどこれができるのは、ウメコの操縦に対するカスリの信頼感があってこそだろう。
「カスリ、離れてくれるかな。罰P取られても知らないよ」ウメコは嫌がった。少し前に隣の7区へうっかり侵入して厳重注意を受けたばかりだったから。「そっちが近づいてきたんだからね」
「なんやのウメコはんらしくないやないの。これくらい黙認してくれるやろ」
⋘このまえ違反したばっかなんだよ。とにかく、怒られたらそっちのせい!⋙ウメコのつれない応答が<市松>のスピーカーを突いた。
「ええよ」カスリはちょっと頬をふくらませた。
そろそろ放射道に出る。
それでもここから圏外までバグモタを走らせて、まだ30分はかかる。いまから向かって、やっとこさ辿り着き、それから張り切って虫を探して、さて1、2時間で捕まえるなんてこと、トラビなしにホントにできるのものか?さらにそこから補給しにいかねばならないんだから。――無理だろ――ウメコはほとんど観念して小梅を走らせていた。
――こんなのノルマ以上に難しい、それにこれじゃ確実に他の同業者に先を越される――そらそうさ、この依頼は非合法で捕まえてるやつら向けなのだから、額面通りに圏外で捕まえるやつなんかいるものか。連中なら保安の目をたやすく掻いくぐって、笑いながら、われらの貴重な資源を根こそぎ横取りしてくだろう。悔しいかな、アウトネッツの外労連中の方が、一枚上手なようだから。
「圏外に出るまででやっとじゃない」
⋘放射道まで出たらすぐや。仕方ないの。圏外に住むのって、意外に高くつくねんから⋙ カスリがバグモタの無線で声を寄越した。
「やるならバグモタ乗って、はじめっから圏外にいたらいいのさ」
「<市松>に乗せれる受信機ないねんもん」カスリは素っ気なく言った。
⋘依頼受けてからじゃ遅いな。朝から圏外で虫探ししながらじゃないと、間に合わないだろ⋙ウメコのしつこい指摘は続いた。
「そんなんウチかてわかってるわ!」カスリはムッとして応えた。⋘今日はウメコはんが来たからやろ!⋙その声は<小梅>のスピーカーをわずかに震わせた。
『ナンテ?ウメコサン、圏外ニ行クノ?嘘デショ?』二人の会話に<小梅>が割りこんできた。『とらんすとろんの超速スギル早トチリ、ナラ、イインダケド』
「そーだよ。早とちりだよ。もー」ウメコは焦って、すぐに言いつくろった。「これだから優秀な脳トロンはいけないねぇ。勝手に話しを先回りしすぎるからなぁ」
虫の速裂度が高く、トランスネットの網羅されていない捕虫圏外へ行きたがらないのは、<小梅>に限らず、大抵の脳トロンに備わった自己防衛のデバッグ機能だ。搭乗主が圏外へ踏み込もうとする不具合を、先回りして正そうとするのである。当然ウメコもそれを知っているから、ゴネてうるさくなる脳トロンには、本当の行先は隠しておくつもりだったのに、ついうっかり口をすべらしてしまった。
「カスリが老後に住みたいんだと」ウメコはわざとらしく付け足した。
ウメコ自身もいまになって、カスリのペースに乗せられつきあってしまったことを、ちょっと後悔し始めていた。わざわざ好き好んで、虫火傷の頻度の高くなる圏外へ出向くのを避けたいと思うのは、脳トロンマスコットでなくとも、持ち主であるウメコだってやっぱり同じだ。バグモタエンジンの活性運動にはいいけれど、結局あとの整備が余計面倒になる。手に負えなくなって組合の整備に出さなきゃならなくなるのだけは、いまは御免だった。しくじって謹慎中の捕虫要員のバグモタの整備なんか、ずっと後回しにされて、そうなったら、いつ手元に戻るか知れないのだから。
さっきはカスリに虫運を期待され、おだてられて、ついいい気になってしまった。
これはカスリの無意識に仕掛けたワナなのだ。いつも突拍子もないことを言って周囲の虚をつき、その無意味さに気づいたとき、あるいは自分勝手な虫のよさに呆気にとられたときには、こっちはもう網の中。それが悪意を感じなくて憎めないから困る。無邪気な煙に巻くのである。そうなると除虫線香にあたりすぎた虫のように、こっちはかえって脱力してしまう。きっとこうやって虫も取っているんだろう。カスリに振り回されるとき、いつもウメコは捕まえられる虫の気持ちがわかる気がした。
――そっか――無理だ無理だと、こっちだけがわかって斜め上から見ていたつもりが、そんなこと実はカスリも重々承知していて、無茶するフリして、それを心配する私を利用したってわけだ。虫運までおだてられてさ。まんまと、こっちは保護者みたいに付き添ってきてしまったよ。
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