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#2 ウメコと虫捕り仲間たち

テイルボクシング・1

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 近々開催される捕虫要員バグラーによるバグモタ選手権のセグメント予選に向けて、<テイルボクシング>でエントリーしているウメコは、トミコにスパーリングの相手を頼んでいた。

 トミコは大会の花形競技<バグモタ相撲>の三年連続王者である。ウメコと同じく謹慎中だった去年は出場できなかったため、今年は王者奪還をかけて臨む大会だった。ただセグメント予選を免除できるシード権はもらっていたから、いまはまだ余裕があって、予選が近づいた最近では、8班に限らず他の班のバグモタ乗りからも頼まれて、もっぱら格闘系競技のスパーリング相手を引き受けては、なんらかの報酬やポイント稼ぎにいそしんでいた。

 トミコにしてみたら自分の練習にもなって一石二鳥だった。特にウメコとの場合は、同期同班のよしみと、<テイルボクシング>最高5位入賞の実力があるバグモタ乗りであることから、それこそ練習にもってこいと、特別に安価な配給コーヒーだけで頼まれてやった。


 現地点の虫霧濃度71tuチューム、クラック値48ヴァリュー、虫密度68%。

 バグモタの整備や運転用に広く整地された組合付属の運動場は、トランスヴィジョン上でも虫だけを消したままの殺風景なものだった。いまはまだ、ウメコたちの他には誰もいないけれど、ほどなくしたら、それぞれの競技で大会予選にエントリーしているバグラーたちのバグモタが、虫霧の中、ガシガシと練習に姿を見せるだろう。

 タンク内クラック値は、ウメコの<小梅号>が67v、トミコの<トミー号>が56v。試合なら当然公平な数値に調整されるはずだが、班ガレージを大掃除した賜物で、「アンテナ保全」の点検数を減らしてもらって、とっととノルマを終わらせたウメコは、トミコが「捕虫」を終えて戻ってくるあいだ、前もって組合に大会予選の練習の名目でクラック値の上限補給申請をして許可をとり、折よく発生していた比較的高いクラック虫をちゃっかり入れていた。

 二人ともバグモタの<脳トロンマスコット>はミュートしてある。操縦技術を競うのだから当然だ。よっぽどの非常時でないと目覚めない設定になっている。

「じゃ、用意はいいかい?」小梅のコクピットの中で、ウメコはバイザー越しに言った。「とりあえず3ラウンド、軽くだぞ」

「こっちのセリフだよ!クラック10vも高いくせによ」トミーのコクピットの中で、バイザーをあげたままのトミコが口を尖らせた。「いいよ」

  小梅とトミー、それぞれのお尻・・尻尾頭テイルヘッドには、練習用の150オンスのグローブを装着した。

 そうして後ろ向きに対峙した両機の背中には、普段捕虫ノルマで背負う虫籠バグパックは無論、自動補給の捕虫喇叭のついた通常装備のバックパックの類は一切装着していない。

 テイルボクシングに限らず、バグモーティヴ・クラックウォーカーの(道具を使わない)格闘競技では、空背のまま闘い、燃料の虫はラウンドを終えるごとにコーナーでセコンドから補給されるか、または虫切れで負けて終わるかだ。
 
 また格闘となると、各々の操縦視界の選択の違いが特に顕著になる。ノルマでは時々で使い分けていることが、ここでは固定化され、それぞれの操縦法のこだわりが、バグモタ乗りの興味の対象となって、競技者同志で話題にされたりした。

 コクピット内のディスプレーをにらんでの2Ⅾ操縦、さらにトランスネットからの情報による3Ⅾマップをバイザー内視界にかぶせ、コクピットの中の自分の位置での操縦視界に保つのが通常運転。

 格闘の場合、操縦視界をクラックウォーカーのメインカメラに変える方法、例えばウメコなら<小梅>の目線で見る方が、反応しやすく戦いに有利になるというのが、一般的なセオリーである。


(これはまるで自分自身がクラックウォーカーになったかのように動けるから、慣れれば確かに有効ではある。けれど、この視界になれるのはそれほど簡単でもなかった。この操縦法は、ときとして重度のトラビ酔いや、操縦席から降りた後に、あまりに大きな視界の落差に麻痺したり、深い虚脱感に悩まされたり、また慣れたあとでも、巨視的視線を得ることで覚えた全能感によって自制を失ってしまったり、それによって、精神にさまざまな錯覚を引き起こしたりして、開拓倫理だけでなく、人道からも逸脱してしまう危険性があって、ノルマでの操縦には推奨されなかった)


 そして後ろ向きに尻尾を繰り出して戦うテイルボクシングだから、操縦者は振り向いて操縦するのでなければ、バイザー内の正面視野の定点を後部カメラに変えて、さらにその映像を反転させることによって左右を入れ替え、操縦桿の左右があべこべになるのを解消させる方法があった。

 テイルボクシングでは、この反転操縦法が常道で、ウメコもそうしている。
 
 一方トミコは、反転させるどころか、コクピット位置での通常視界のまま、シートベルトを緩め、半身をひねった恰好で後ろを向きながらの操縦なのだ!しかもクラックウォーカーの尻尾を水平になるようお尻をあげるため、コクピットのある上半身が前傾姿勢になるテイルボクシングでそれをするのである!これだけで、かなりのハンデのようだけれど、自分の出場する<バグモタ相撲>の練習のためであるし、仮にテイルボクシング一本槍でやってきたとしても、この操縦を変えるつもりもなかった。

「あ、トラビ酔いにでもなるんですか?」さっき、オマケでついてきた義務労のケラコがその話を聞いたとき言った。テイルボクシングを無反転視界で戦うなど、とても信じられないのだった。

「なるか!」先輩に向かってトラビ酔いなどと、ケラコの無自覚のからかいと知りつつ、トミコもイラっとした。後部視界を正面にして反転させるなんて、長いバグモタ操縦歴の中でしたことはほとんどないし、なにより自分の目線が操縦しやすい、それだけのことだった。

 ケラコの乗ったカエル型シード級フロッグシードクラックウォーカー、<ケロロク>が二人のセコンドを兼ねた立会人として、あくまで公式試合に則って儀礼的に両機の間に立っていた。ベリー級の二機に比べ、シード級の<ケロロク>は3ⅿほど低い。

 ケラコはバグモタ操縦技術優良生、かつ捕虫技能においても「良」、学術成績は最下級という、前線捕虫要員にはうってつけのタイプだった。まだ義務労1年でシード級しか扱えないが、セグメント予選では<バグモタ相撲>シード級の部にエントリーしているケラコは、ここ毎日ノルマ終わりのトミコの練習やスパーリングについていって、トミコの余力のおこぼれにあずかり、稽古をつけてもらっていた。本当はケラコもテイルボクシングに出場したいのだけれど、起立、着座補助のため尻尾の飛び出すテイルブースター機構のないシード級ではそれは叶わない。

 トミコが、勝負にこのあとのダイナーでの食事を賭けようと提案してきた。ウメコは一も二もなく請け合い、そのあとケラコものっかった。ケラコはトミコに賭けた。ウメコが負ければ二人におごり、勝てば二人からおごられる。この提案をトミコは、クラック値の申告前に持ち出した。クラック値のハンデがわかると、ウメコのオッズは上がり、トミコ勝利の配当が二食分に増えた。
 
 スパーリングを仕切るのは、トランストロン社のテイルボクシング用ゲームシミュレーター<テイルBOXカウンター!>だ。これでトランスヴィジョンの合成景色によるリング、レフリー、ジャッジに、スパーリングを試合ゲームのように盛り上げる観客と歓声、音楽が用意される。

 この<テイルBOXカウンター!>なら、この試合の進行と勝敗の判定をくだすだけでなく、トランスヴィジョンの作り上げた仮想の相手とも対決できるけれど、やはり実戦に勝るものはない。

「じゃ、始めるか。セコンドしっかり頼むよ」ウメコがスタートボタンをONにし「まかせて下さい」とケラコが応え、トミコは「よっしゃ」とバイザーを降ろした。


 二人のトランスヴィジョン景色の中で、立会人のケラコの<ケロロク>は消えた。取って代わったのはレフリー係のウサギだ。すでにもうバイザー内視界と各ディスプレイは、ゲームのオープニングシーンをすっ飛ばした、<テイルBOXカウンター!>のタイトルで占領されていた。

 それが消えると、だだっ広い組合運動場が大競技場に変わり、多くの観客が見守るリングの中に両機は立っている。

『これより、クラックウォーカー、ベリー級ランキングマッチを始めまーす。赤コーナー、テイルBOXカウンター15位、67ヴァリュー、セグメント8区レモンドロップスジム所属ゥ、エクスクラム製ラビットベリー<小梅号>!・・・続きまして青コーナー、テイルBOXカウンター33位、56ヴァリュー、セグメント8区レモンドロップスジム所属ゥ、エクスクラム製ベアベリー<トミー号>!』

 小梅とトミーの両機が、両腕を地面に降ろし、お尻を突き上げ、テイルヘッドを水平になるよう上向かせた。
 
『カーン!』旗が下ろされ、試合開始を告げるゴングが鳴り響いた。
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