上 下
46 / 59
#2 ウメコと虫捕り仲間たち

グーコちゃんとノンコちゃん・2

しおりを挟む


 8区のこよみは今日<トラーネ>第2の月、11日。捕虫要員は、週に一度の一斉朝礼だった。時間になると、それまでのくだけた調子とはうって変わった厳粛な態度で、8班の面々も揃って班ガレージ内で、旗竿を交差させて掲げた開拓前進旗と捕虫労組合旗の下のトランスヴィジョンモニターの前で整列した。

 捕虫労組合のシンボルマークが映っていた画面に、進行係である組合広報の脳トロンマスコットの姿が現われた。「開拓前進旗に敬礼!」

「『開拓憲章』前文、暗唱!」

「われら、偉大なる先人の、開拓精神の申し子たる、スカラボウル開拓事業連合団は、母なる星から受け継ぎし大いなる自然を託すため、その後継と選ばれしこの星の造成、発展のために、ここに降り立った。

 開拓精神とは、前途多難であるこの事業に気概と忍耐と前向きな心根で臨み、大いなる事業を担った、その誇りを持ち続けることにある。

 開拓はまた、未整地たる自分の精神を広くなだらかに整え、耕さねばならない。いくら土壌豊かな土地といえども、荒れたままでは実りはない。

 そのために、いかなる課題にも好奇心を持って挑み、与えられたノルマに感謝し、その成果に決して驕ることがあってはならない。  

 人類の平和と安寧のみを願い、事業の達成を自らの喜びとし、それらを希望の糧とできる者、その精神の労苦をいとわぬ者だけが、誇り高き開拓労民となる。

 そして地球人類の利益のため、あらゆる労役を惜しまず、尽力し、その共通の目的のため、企業を超えて連帯し協力することで、この事業は完成する。

 われらは次の覚悟をした。

 一、種を蒔くべく来たる、次世代の子供たちのための、われらの両手はツルハシであり熊手である。地に倒れるときがきても、この身は岩を砕き、土となる覚悟をもつ。

 一、実りを刈り入れるべく来たる、次世代の子供たちのための、われらの両手はくわでありすきである。地に倒れるときがきても、この身を肥料として、土となる覚悟をもつ。
 
 一、新天地へ旅をする次世代の子供たちであったわれらを送り出すために、その身を犠牲に燃やした先人たちの両手が、われらの両手である。火が絶えるときが来ようとも、この身を燃やし、灰となる覚悟をもつ。

 われらは、この開拓精神の火を燃やし続け、いかなる障壁が立ちはだかろうとも、たゆまず前進することを、ここに宣誓し、宣言する」
 

「続いて『開拓前進歌』1番、斉唱!」

「神もいない荒野に
 使命を背負い降り立った
 われら誇り高き労民
 羅針盤の針を矢と変えて
 突き進む宿命を喜べ

 フラー!フラー!開拓なくして自由はなし
 フラー!フラー!前進なくして平和は来ない
 勝利と栄光は絶壁の向こうに
 スカラボウルの陽は 切り拓きし大地から昇る」


「続いて『バグモーティヴ賛歌』1番、斉唱!」

「偉大なる力は、プロメテウスの火が燃え尽きたあとに生まれた
 神々の拳よりも熱く
 神々の心臓よりも厚い
 われらに永遠の躍動を約束した
  
 バグモーティヴの轟音こそ、われらが鼓動
 バグモーティヴの振動こそ、われらが歓喜
 バグモーティヴもて迎えよ、その獲得の日を
 道なき道を先導する
 バグモーティヴの残した轍こそ、人類の未来に続く進路」


「続いて、捕虫労組合、アンミッツ組合総長からの訓示」

 濃紺の捕虫労ツナギに身を包み、敬礼し、もう一方の腕の脇でトラメットを抱えた女史の姿が映った。画面からはわからないが、会ったことのある捕虫労民なら知っている、この像は、かなり若く補正してある姿だった。

「みなさん、おはようございます。今日は速裂度が平均的に高いですが、前線捕虫要員たるもの、破裂など怖れてはなりません。常に前進の姿勢を忘れないよう。スカラボウルの開拓はもちろん、われわれの日々の高度な生活操業の1分1秒でさえ、あなた達、捕虫要員の双肩にかかっているという自負を持ち、心してノルマに向かうように。私からは以上です」

「続いて、8区捕虫労組合、タイノアラーニ組合長からの訓示」

 同じく濃紺の捕虫労ツナギの女史の姿に変わった。同じく敬礼し、こちらは書類を手にしていた。画像補正はされていない、捕虫労組合にいれば、よく見る顔であった。

「おはようございます。今日はこのあとトラーネ様からのおはなしがあるそうなので、労務連絡のみで。今週の標語は「虫とりは、下手な手出しは命取り、ただの捕虫じゃ盗みどり、補給してこそ勝ち誇り」になります。各班ごとに唱和お願いします。あとは各班長にも申し渡してありますが、バグモタ用スプレーの使用済み空き缶の放置が多いということ、各所から報告が届いています。捕虫の際中に捨てるなとも、いちいち拾えとも、言っているわけではありません。移動中でも、見つけたらでいいので、できるときは各自回収するよう徹底するように、以上」 

「続いて、各区月当番、ウィキッド・ビューグルによるロームルームです」

「7区8区9区の捕虫要員のみなさんへ、月当番トラーネ様のおでましです」

 トラビには、トランペットに乗った魔女、ウィキッドビューグル<トラーネ>が現われた。

「はい、皆さん、きをつけー。礼。7区、8区、9区の虫捕り友労達トモロダチのみなさ~ん、おはよ~ございまーす!今日もみなさん、グーコちゃんにしてますか~?ノンコちゃんは、いませんね~?昨日は9区、5班がたいへんよく頑張りました。当月いちのグーコ班です!えらいえらい!

 虫霧濃度の高い日が続く最近ですが、それは虫が多いということですから、けして不便などと思わず、成果の出やすい好機だと考えて、みなさん前向きに、行きましょうね。

 義務労1年のオトモロダチも、そろそろ労務に慣れてきた頃でしょう。だからといって、気をゆるめたらいけませんよ。先輩のオトモロダチの忠告によく耳を傾け、一所懸命、励みましょう。志願労や権利労のオトモロダチも、後輩の、よき手助けをして、なおかつ、自分の成果はおろそかにならないよう、がんばりましょうね。

 今日は、おはなしをしましょう。みなさんもだーい好きな「虫さがしの少女」です。

『それは、寒い寒い虫切れの日でした。女の子は虫を捕まえるため、あみを持って毎日探しまわっていました。この土地では、すっかり虫が絶えて、長いあいだ虫切れの日が続いていたので、女の子はいつも苦労して、一匹の虫を捕まえるのが精いっぱいでした。

 その日はとくに虫の見当たらない日で、凍りつくような寒さにふるえながら、女の子は、必死に虫を探して歩き続けていました。
 
 そして、ついに一匹の虫をみつけ捕まえることができました。けれど辺りを見まわしますと、そこはいままで来たことも見たこともない所でした。夢中になって虫を探しているうちに、いつしか女の子は、町からも集落からも遠く離れて来てしまったのです。

 虫さえ届ければ、それでお腹いっぱい食べられますから、つかれも忘れ、女の子は帰り道を急ぎました。けれどあまりに遠く離れてしまったせいか、どこかで道をまちがえて、迷い子になってしまいました。

 女の子は、それでも歩き続けましたが、つかれはて、ついに足は止まってしまいます。なんとか足は休めましたが、今度は空腹と寒さのために、そこを動けなくなってしまいました。

 凍え死にそうになった女の子は、仕方なく捕まえた虫を燃やしました。

 すると女の子はまるで、あたたかい暖炉の前にでもいるような心地になりました。それから次には目の前にあたたかいご馳走が並べられました。そして、大好きだったおばあさんの姿がみえました。

 あたたかい暖炉の火よりも、おいしいご馳走よりも、女の子は大好きだったやさしいおばあさんに会いたい、と願いました。

 すると、おばあさんはラッパに乗って、女の子の目の前にあらわれたのです。そして女の子は、おばあさんと一緒にそのラッパに乗って、天国へと旅立っていきました。

 枯れ果てた荒野では、風が、倒れた女の子を土に変えていきました。やがて春が来て、そこにきれいな花が咲いたということです。おしまい』


 さあ、みなさん、どうですか?いいわねーみなさんの周りには、たーくさん虫がいて。いいですか、虫がいることがどれだけ幸せか、このお話から、よーく考えなければいけませんよ。それから女の子のひたむきな心も忘れてはいけませんよね。今日はそういうおはなし「虫さがしの少女」でした。

 では、各区、各班は、仲良く、虫捕りに励み、もめ事の無いよう、虫のことでケンカなんてしないよう、でも競い合って頑張るように!

 きょうも一日、グーコでいましょう!Be a good conformer!」


――はあぁ、やっと終わった――ウメコによらず、皆、訓示のあとの「ロームルーム」と呼ばれる、ウィキッドビューグルによるこの時間が大の苦手であった。特にきょうのおはなし「虫さがしの少女」は、労児のころから繰り返し聞かされた、すべての捕虫要員にとって強迫観念のようにのしかかった「おはなし」である。

 これなら、怖い組合総長の訓示が長くなる方がまだマシだ。意識せずとも自然に神妙な姿勢になるから。あの「おはなし」で脱力せずに、厳粛な態度で真面目な顔を維持することが、一斉朝礼でもっとも苦痛だった。 


 さっき小梅の腰殻を見上げて眉をしかめていたトミコに、ノルマ後、テイルボクシングのスパーリング相手を頼んだ。バグモタの技を競い合う大会の区の予選が近づいていた。ここで成績を残せば、昇進への近道なのだ。

「というわけでノルマ、今日もこっちはさっさと終わらすよ。あんたもさ、さっさと頼むよ」ほうきを手にウメコは言った。

 トミコは自身の搭乗機であるエクスクラム!!!のベアベリー<テディⅩ>の捕虫労モデル、<トミー>号に乗り込みながら、「余裕だよ」と言ってハッチを閉めた。

 班員のバグモタが出払ってからでないと大掃除ができないウメコは、イーマと共に全員のバグモタが発進していくのを、ほうきを振って見送った。「いってらっしゃい!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...