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#2 ウメコと虫捕り仲間たち
グーコちゃんとノンコちゃん・1
しおりを挟むバグモタの「フン落とし」といえば、破裂して燃え残った虫の死骸のほか、破裂も燃焼もしないまま、タンクの中であわれに死んでいった虫の死骸を、バグモーティヴエンジンの各機関やタンクの中から、文字通り落として掃除する作業のことだ。直接落とす作業だから、ガレージの床は「フン」だらけになる。
今朝、<小梅>の修理後、久々にアイドリングさせて、たまったフンを落としたウメコは、そこであらためてガレージの散らかりようと汚れっぷりに閉口した。
掃除するやつがいないのだ。ウメコがアンテナ保全にまわされているせいで、義務労のクロミとケラコが捕虫ノルマを負うことになり、まだ慣れない二人は時間を超過し、いままで奉仕労務にはいっていた清掃作業にまで十分に手が回らないのだった。
そこでウメコは責任を感じて、ほうきを手にサッサと床を掃き始めた。
まだ誰も現れない、朝礼の1時間前だった。ウメコは今日もアンテナ保全を言い渡されていたが、昨日取ってきたばかりの小梅のメンテナンス作業をしたくて、矢も楯もたまらず早起きしてきた。
昨日、直って綺麗になった小梅を受け取って、報告のため、笑われるのを覚悟で組合へ寄ると、駐機場ガレージでたむろしていた捕虫要員仲間から、案の定、好奇の目をひいて、あっという間に囲まれた。けれど、この奇抜なカラーリングがカッコいい!と評判になったのは意外だった。ギター型スピッターの方にではなくだ。
――わからないもんだ、私はつくづく、こういう類のセンスは持ち合わせてないんだな――と改めて思い知らされた。だからといって、さっさと汚して上塗りしてしまう考えに変わりはなかった。今日、日を置いて見てみても、やはり趣味にあわないのだった。そんなことを考えながらウメコは、時折立ち止まっては、照明の下で輝く、新しいツヤツヤのスピッターを見上げては、ニンマリし、箒を振るっていた。
ついで出労してきたクロミ・クロミッツは、先輩のウメコが憑りつかれたように床を掃いている姿を目にするや否や、全身を怖気が走り――自分のせいだ!――ひょっとしたら、奉仕作業をおろそかにしている、あてつけかもしれないと恐れおののき、ウメコの元へ急いで駆けつけて、箒を奪い取った。「すいません、私がやります!」
「はあ?」ウメコは咄嗟のことに茫然としたが、クロミの気遣いからの行き過ぎた行動ということには思い至らず、反射的に自分が手にしているものを無理に横取りされたように感じ、少しカチンときて、すぐに箒を奪い返した。「私がはいてんだよ!」
ウメコの思わぬイラ立ちぶりに、やはり自分に対するあてつけなのだとの思い込みを固めたクロミは、泣きつかんばかりに箒にしがみついた。「私のノルマですから!」
「おまえ、捕虫の準備してろよ!」
「なんだよ朝っぱらから」班長のイーマが、まだどこか気だるげな調子を残して、組合でのブリーフィングを終えてやってきた。今日は朝の全セグメント共同の朝礼があるため、早いのだ。「いじめてんじゃねえだろうな」
「するかよ、そんなこと!私が掃除してんのにこのコが横からしゃしゃり出てきたからさ」
「だって私が全然できてなかったせいで」
「いいんだよ、ウメコにやらせときな、クロミはさっさと自分の支度しとけよ」
「はい、すいません!」
はーあ、とイーマとウメコは離れたところで同時にタメ息をついた。二人とも、クロミの考えすぎる性格には手を焼いていた。気が短く、直情的なタイプの多い捕虫労女子のなかでも、とりわけその傾向が強い前線捕虫要員のなかで、クロミは異質にみえた。網を張って待たずとも虫は入ってくるスカラボウルといえど、狙った虫を捕るには、クロミは消極的すぎるようだった。
学役過程で学術成績優良だったクロミは、義務労役の「学術研究」の選択権利を得ていたのだが、希望していた捕虫労の適正検査では、実技、とりわけバグモタ操縦はからきしの成績だった。けれど思わぬ虫運が訪れて、捕虫成績で高得点をあげることができた。
結果、バグモタ操縦技術以外のすべてで好成績を記録し、捕虫労役権を取得したクロミは、これにより義務労役前期を学術労として、後期を捕虫労として送る分割配置が選択可能となった。
これはクロミが志望する、捕虫労「採虫要員」への順当な配置だった。採虫要員とは捕虫労に属するものの、同じ虫とりでも、エネルギー補給のための虫集めの捕虫要員とは違い、おもに稀少虫の発生、研究のための虫採りであった。
だから必ずしもクラックウォーカーに乗るノルマは課されないが、採虫要員になるには、捕虫要員同様、捕虫圏のあらゆる場所で対応する必要性から、バグモーティヴ操縦技術を要する、捕虫要員としての義務労役を課せられる。つまり採虫要員に義務労役期間はなく、志願労からしか配置されることはないのだ。
――それにしても――ウメコには、クロミが学術労に専念している方が無難だと思わされた。学術労にも、当然虫の研究部門はあるのだから。そこでは現場に出る必要もなく、研究室の中の労務のみで、まずバグモタ操縦技術は問われないはずだ。特に最近、世相の不穏な捕虫圏内においては、バグモタ操縦に不安のあるクロミが、義務労役の2年間といえど、無事に務まるとは思えなかったのだ。しかも義務労期間を終えてしまえば、志願労として、捕虫要員へは配置されないのだから――何も好き好んで前線捕虫要員になんぞ志願しなくったって――
同じ虫捕りでも、補給ノルマのない採虫要員志望と聞いているし、今後の8班のことを考えたら、クロミの義務労受け入れは、なんの利益にもならないのだ。もちろん利得づくのウメコでも、より大きな利益である開拓事業のための奉仕が第一義とされることくらい心得ているし、先輩として、教えられることは、惜しみなく授けてやるつもりはあるのだけど、ウメコは、いまさっきみたいな面倒なやりとりが続くと――クロミを見てると――疲れてくるのだった。
この辺はイーマも同じらしく、そんなタメ息を二人同時についたのだった。
とくにいまみたいな、まどろっこしいやりとりは、粗忽なウメコには煩わしくてならなかった。――班長の考えることは、よくわからない――。札付きの前線捕虫班であるこの班に加入させたことは、クロミ自身のキャリアのためにもならないのではないかと、いつも思う。――班長なりの考えってものがあるんだろうけど――
「ウメコさー」トラビに向かいながら、イーマが呼びかけた。
ウメコは箒を置いて、ざっと集めたフンの山を吸い取るべく、壁に備え付けのダストノズルを引っ張りに歩きだしたところだった。
「はいなんですかー?」離れたところから、ぞんざいに返事をした。
「どうせなら徹底的にやってくれないかなぁ。大掃除」
「は?!」ウメコは話が終わる前から、ムカついて抗議の声をあげかけた。
「そのぶんアンテナの数減らしてやるからさ」
最後まで聞いて、それも悪くない取引だと考えを翻した。あとは交渉次第である。「いくつ?」
「80でどう」
「はぁ?・・・全然だね」ウメコは再びダストノズルを引っ張りにかかった。
「70」
「まだ、だね」
「60!」イーマの、これが最後通告といった強い口調だった。
「ま、いいでしょ」ウメコはしめしめと、手をうった。
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