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#2 ウメコと虫捕り仲間たち
ウメコとワイナのコンポジション・6 いちゃもんレモン
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6)いちゃもんレモン
喫茶コーナーで奮発したウメコは、今度の定期輸送便で入荷したばかりの豆で煎られたコーヒーに、固形ミルクを溶かして泡立てたものを注文しながら、壁に埋め込まれたスピーカーから漏れてきた音楽に早くも釣られた。
大好きな前世紀のポップミュージックがくぐもった音で流れていた。
階上にあるチャッターボックス社運営のラジオ波配信局<チャットフリー・スカラボウル>のスタジオの観覧席で、音楽を聴きながらコーヒーを飲むのだ。
捕虫ノルマの普段なら、まだいま時分は<小梅>のコクピットの中で、どちらかというとウメコは、<ラジオフリー・アンダーネッツ>の方を好んで聴いている方が多かったが、ちょうど疲れた神経を音楽で癒しながら、捕虫の成果に一喜一憂の帰り道だろう。
スタジオのある2階まで上がったウメコは、ひとっこ一人いない30席ほどある観覧の最後尾のイスに座って、すでに渋い土俗の民謡みたいな音楽に変わってしまったけれど、ダルなメロディがコーヒーの苦さに絶妙にマッチしているとフウムとうなずき、ベークライトのカップから立ち昇る湯気を嗅ぎながら、眠気を転がすように耳をかたむけ、新入荷のコーヒーをゆっくりと味わった。
ウメコの怒声を期待して、じっと壁に耳をあて、こっそり室内の物音にきき耳を立てていたワイナは、依然として文句の一つも聞こえてこないのにしびれを切らすと、ついにドアを開けて中の様子を盗み見ようという、軽はずみに出た。
自由労の居住設計には、認証システムというセキュリティ概念や選別思想はなかった。ノックさえすれば、誰でも出入りできるのだ。
ドアノブを静かに回して、少しだけ隙間を開け、とりあえず様子をうかがってみようとした。ざっくりした目論見で抜き足差し足でドアに近づいたとき、突然、ドアは向こうから開き、ワイナの額と鼻をしたたか打った。「いたっ!」
「おっ失礼!」ドアを開けた男があわてて言った。「あれ、あんたさっきの、憂神紅か!まだなにか用か?」さっきワイナの台本をメッタメタにダメ出しした、自由労放送のケッタ・シミドフだった。
「い、いた・・・クレーマーや・・・」ワイナは唐突に襲われた痛みに、顔面をおさえながらあたふた言った。
「クレーマー?なんだ文句言いに来たのか!?いくらそっちが連合労民だって、聞けないな。ダメなものはダメなんだよ。大丈夫か、おい」
「いや、ウチとちゃいます、まだ来てはりませんか?」
「誰が来るって?これ以上邪魔しないでもらえるか、まったく。キミが深夜の常連メール労民だから時間とってやったけどね、こっちだって忙しいんだぜ、自由労民をバカにしてもらっちゃ困るよ」
「ムッチャ怒ってはりますよ!」
「はあ!?誰が?なんに怒ってるって!?ウチの放送のクレームかよ!連合労民だからって、こっちは簡単に折れんぞ!どいつだよ!」
「まだ下に・・・」
「まったく、自由労だからって、無軌道じゃないんだ。合法でやってるんだよ、いち連合労民にとやかく言われる覚えはないんだがな・・・なんでもかんでも配給でどうにかできる商売じゃねえんだよ。クレームの権利も配給であるってか?フン、しょうがねえな、さっさと呼んで来いよ」
「はあ、なんやて、そっちこそ連合労民なめとるんか!」
「ほら、これだ、自由労と見るとすぐに上からくる。連合労民だからってえばりくさりやがって。いいから連れて来なよ、聞いてやるから、捕虫労か」
「ここや、ここにおるわ!えばりくさってんのどっちやねん!そっちやろ!そっちやて上からきとるやんけ!ほな自由労は偉いんか!?連合労民の苦労も知らんと好き勝手言いやがってボケ!」
「なんだ?このヤロー、捕虫労風情に言われたくねえな。こっちは元技術だよ。オマエなんかより長く権利労やってんだよ」
「クビになったんやろ!」
「辞めたんだ、こっちから!この前線要員が!死ぬまで虫捕りしてろ!」
「なにが自由労の苦労や!連合より楽や思て逃げたんちゃうんか!?」
「楽だと思うなら、来たらいいだろ。自由労になりたいんだろ?来いよ!教えてやるよ、こっちのやりかたをな」
「なんや、やりかたて!?」
「笑いが好きなんだろうが、自由労の笑いだよ!」
「誰が教えんねん!お前なんか笑いのセンスないわ、アホ!」
「だからよ、そっちの配給笑いとこっちの笑いは違うって言っただろ!お前なんかに自由労のセンスはわかんねえだろ。大体な、メールで読まれたくらいで調子乗るな、バカヤロー!」
「自由労のセンスちゃうわ、オマエがセンスないんじゃ、ボケ!ビトーの虫フンのくせに調子に乗っとるのオマエやろ!」
「なんだこのガキ。まあいいよ。じゃあ教えてやるけどな、メール採用にはな、連合枠ってのがあるんだよ。こっちは連合に許可もらってやってるからな、一定数の連合労民の声を紹介してな、連合に対しウチに偏りがないことアピールする必要があるんだ。自由労以外でウチにメール寄こすモノ好きなんか少ないからな、当然あんたのメール採用率はあがるわけだ。特にウチの番組なんかに送ってくる不適合者はあんたくらいだから、つまんなくても大概読まれることになってんだよ。だからこれも連合からの間接的な配給ってワケだ。わかった?お嬢さん」
――連合枠!?なんやそれ!――。ワイナは言葉を失った。
「いいか、なんでもかんでも独占できると思うなよ!覚えとけよ、虫は平等に破裂するけどな、笑いと拍手は平等には破裂しねえんだよ。ましてや配給じゃ頂けないからな、フツーはな。だからこれだけは独占するんだ、自由労がな。配給でとれるもんならとってみやがれ!」
ワイナの眼前でドアは無情な音をたてて閉められた。
喫茶コーナーで奮発したウメコは、今度の定期輸送便で入荷したばかりの豆で煎られたコーヒーに、固形ミルクを溶かして泡立てたものを注文しながら、壁に埋め込まれたスピーカーから漏れてきた音楽に早くも釣られた。
大好きな前世紀のポップミュージックがくぐもった音で流れていた。
階上にあるチャッターボックス社運営のラジオ波配信局<チャットフリー・スカラボウル>のスタジオの観覧席で、音楽を聴きながらコーヒーを飲むのだ。
捕虫ノルマの普段なら、まだいま時分は<小梅>のコクピットの中で、どちらかというとウメコは、<ラジオフリー・アンダーネッツ>の方を好んで聴いている方が多かったが、ちょうど疲れた神経を音楽で癒しながら、捕虫の成果に一喜一憂の帰り道だろう。
スタジオのある2階まで上がったウメコは、ひとっこ一人いない30席ほどある観覧の最後尾のイスに座って、すでに渋い土俗の民謡みたいな音楽に変わってしまったけれど、ダルなメロディがコーヒーの苦さに絶妙にマッチしているとフウムとうなずき、ベークライトのカップから立ち昇る湯気を嗅ぎながら、眠気を転がすように耳をかたむけ、新入荷のコーヒーをゆっくりと味わった。
ウメコの怒声を期待して、じっと壁に耳をあて、こっそり室内の物音にきき耳を立てていたワイナは、依然として文句の一つも聞こえてこないのにしびれを切らすと、ついにドアを開けて中の様子を盗み見ようという、軽はずみに出た。
自由労の居住設計には、認証システムというセキュリティ概念や選別思想はなかった。ノックさえすれば、誰でも出入りできるのだ。
ドアノブを静かに回して、少しだけ隙間を開け、とりあえず様子をうかがってみようとした。ざっくりした目論見で抜き足差し足でドアに近づいたとき、突然、ドアは向こうから開き、ワイナの額と鼻をしたたか打った。「いたっ!」
「おっ失礼!」ドアを開けた男があわてて言った。「あれ、あんたさっきの、憂神紅か!まだなにか用か?」さっきワイナの台本をメッタメタにダメ出しした、自由労放送のケッタ・シミドフだった。
「い、いた・・・クレーマーや・・・」ワイナは唐突に襲われた痛みに、顔面をおさえながらあたふた言った。
「クレーマー?なんだ文句言いに来たのか!?いくらそっちが連合労民だって、聞けないな。ダメなものはダメなんだよ。大丈夫か、おい」
「いや、ウチとちゃいます、まだ来てはりませんか?」
「誰が来るって?これ以上邪魔しないでもらえるか、まったく。キミが深夜の常連メール労民だから時間とってやったけどね、こっちだって忙しいんだぜ、自由労民をバカにしてもらっちゃ困るよ」
「ムッチャ怒ってはりますよ!」
「はあ!?誰が?なんに怒ってるって!?ウチの放送のクレームかよ!連合労民だからって、こっちは簡単に折れんぞ!どいつだよ!」
「まだ下に・・・」
「まったく、自由労だからって、無軌道じゃないんだ。合法でやってるんだよ、いち連合労民にとやかく言われる覚えはないんだがな・・・なんでもかんでも配給でどうにかできる商売じゃねえんだよ。クレームの権利も配給であるってか?フン、しょうがねえな、さっさと呼んで来いよ」
「はあ、なんやて、そっちこそ連合労民なめとるんか!」
「ほら、これだ、自由労と見るとすぐに上からくる。連合労民だからってえばりくさりやがって。いいから連れて来なよ、聞いてやるから、捕虫労か」
「ここや、ここにおるわ!えばりくさってんのどっちやねん!そっちやろ!そっちやて上からきとるやんけ!ほな自由労は偉いんか!?連合労民の苦労も知らんと好き勝手言いやがってボケ!」
「なんだ?このヤロー、捕虫労風情に言われたくねえな。こっちは元技術だよ。オマエなんかより長く権利労やってんだよ」
「クビになったんやろ!」
「辞めたんだ、こっちから!この前線要員が!死ぬまで虫捕りしてろ!」
「なにが自由労の苦労や!連合より楽や思て逃げたんちゃうんか!?」
「楽だと思うなら、来たらいいだろ。自由労になりたいんだろ?来いよ!教えてやるよ、こっちのやりかたをな」
「なんや、やりかたて!?」
「笑いが好きなんだろうが、自由労の笑いだよ!」
「誰が教えんねん!お前なんか笑いのセンスないわ、アホ!」
「だからよ、そっちの配給笑いとこっちの笑いは違うって言っただろ!お前なんかに自由労のセンスはわかんねえだろ。大体な、メールで読まれたくらいで調子乗るな、バカヤロー!」
「自由労のセンスちゃうわ、オマエがセンスないんじゃ、ボケ!ビトーの虫フンのくせに調子に乗っとるのオマエやろ!」
「なんだこのガキ。まあいいよ。じゃあ教えてやるけどな、メール採用にはな、連合枠ってのがあるんだよ。こっちは連合に許可もらってやってるからな、一定数の連合労民の声を紹介してな、連合に対しウチに偏りがないことアピールする必要があるんだ。自由労以外でウチにメール寄こすモノ好きなんか少ないからな、当然あんたのメール採用率はあがるわけだ。特にウチの番組なんかに送ってくる不適合者はあんたくらいだから、つまんなくても大概読まれることになってんだよ。だからこれも連合からの間接的な配給ってワケだ。わかった?お嬢さん」
――連合枠!?なんやそれ!――。ワイナは言葉を失った。
「いいか、なんでもかんでも独占できると思うなよ!覚えとけよ、虫は平等に破裂するけどな、笑いと拍手は平等には破裂しねえんだよ。ましてや配給じゃ頂けないからな、フツーはな。だからこれだけは独占するんだ、自由労がな。配給でとれるもんならとってみやがれ!」
ワイナの眼前でドアは無情な音をたてて閉められた。
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