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林檎黙示録

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#2 ウメコと虫捕り仲間たち

ウメコとワイナのコンポジション・2 チャッターボックスの、あのひと

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 2)チャッターボックスの、あのひと

 ウメコがチャッターボックス社のユニットビルを見上げたとき、その日、非番のワイナ・アオリィカは、そのビルの3階にある、ラジオ波送信の制作室に、自ら作ったコメディ台本を売りこみにいって、メッタメタに酷評され、しょげ返りながら階段を降りてきたところだった。

 制作部門の責任者であるケッタ・シミドフに、自分で書いたコメディ台本や寸劇を見せ、その一部さわりを演じてまでみせたのに、クスリともされなかった。組合の地下食堂でれば、いつも爆笑必至のギャグまでブチ込んだのに、それにもまったく反応されず、しかもその最中、ケッタはコンピューター端末に目を置いたまま、ワイナの方にはほとんど目線をくれなかった。

 ――あないなダメ出しされたら、誰かてへこむわ――

 こんなん言われた。どこか連合労民の余裕が感じられる、だの、狭い空間に向けた演出、だの、独自性が足りない、だの、配給がない生活を知らないからネタがウソくさくなる、だの、そもそもがウソ、だの、自由労になるのに、なんで許可いるの?コメディとはいえ、連合の宣伝入れないで、だの、それが目的じゃないよね?だったらもっと魔女を悪く描かないと、だの、品行方正の笑い、だの、自由労には鼻につく、だの、苦労を知らないからできるネタ、だの、所詮は配給笑い、だの、連合労民に、自由労の求める笑いは無理、だの。勉強のしすぎなんじゃない?開拓事業の、だの、連合の無駄な知識は全部捨てないと、だの。あーだの、こーだの・・・。

 そない言わへんでも、と泣きそうになった。さんざんな評価だった。ケッタの、普段のラジオ波では聞かない厳しい口調にも、ワイナは戸惑いをおぼえた。せやけど、これは本気で向きおて評価してくれはった態度なんやから仕方しゃあないと、そこはなんとか耐えて聞いていた。自信があっただけに、心底悔しかった。

 それは自由労にあこがれる連合労民の、ドタバタ劇だった。

 自由労になるには、ウィキッドビューグルの許可を得なくてはならないと聞いて、その審査には必須となる素敵な音楽を披露しようとするけれど、真面目に楽器を演奏するより、ついついおかしな動作で演奏することに熱心になってしまい、それをウィキッドビューグルが笑うものだから、ますます調子に乗って、演奏そっちのけで面白おかしく動きまわってしまう主人公が、何度も審査を受けては大爆笑をさらうものの、そのつど落とされ、でもウケたから大満足して、むしろ許可されなかったことに、これでまた披露の場があると、ホッと胸をなでおろし、いつしか自由労になるより、笑わすことが目的となってしまった主人公の悲喜劇だった。

 これは前提として、まず主人公の動作やギャグが、客に面白いと笑われなければ、まったく成立しない台本だった。それで最初っからつまづいた。あとはまったくの空回りだった。

 肩を落として制作室を出たとき、廊下のベンチで煙草を吸っていた、あのビトー・ゴマドフに出くわした。

 あこがれの存在だった。ワイナは、チャッターボックスで繰り広げられるビトーの話には毎度のこと笑い転がされていた。子供の頃から大好きで、大人になってからは尊敬の念さえめばえ、まったく心酔しきっていた。実際に、生身の姿を目にすると、おそれ多く、近寄りがたさを感じたけれど、沈み切った気分は破れかぶれに、怖いものも忘れて、思い切って声を掛けることができた。

「チャナスカ、いつも聴いてます!ウチ、チャッターネーム<憂神紅ユーシンク蒼来人ソーライト>なんです!」

 いつかビトーさんみたいな自由労になって、チャッターボックスでしゃべりたいんです、と言って、握手をしてもらった。よっぽどビトーに、書いてきた台本を読んでもらいたかったけれど、あえてそのことは言わなかった。それがビトーの担当でないことは知っていたし、チャッターネームを告げた以上、常連であることを知るはずのビトーが、自身の信望者であるワイナに厳しい評価を下すのは、きっと心苦しいはずや、とおもんばかると、とてもできなかった。

「自由労になりたいっていつも書いてる子?そうか姉ちゃんがあの捕虫労の子か。あれな、やめといたほうがいいぜ。若いうちは開拓労民でいたほうがいいって。ここだけの話だけどよ、自由労なんて生易しいモンじゃねーんだから。夢だとか希望だとかな、自由労だけの特権だなんて思ってちゃダメだぜ。虫捕りしながらでも見る夢の方が、案外いい夢見れると思うよ。クラック虫だってな、知ってるか?あれ、夢見るんだぜ、でなきゃ破裂なんてできるわけないんだから。あの瞬間はさ、生きてるときより最高に夢心地な状態になってだな、喜んで破裂していくらしいよ。神様から破裂と引き換えに与えられたんだってさ。夢見ることをさ。でも破裂しなきゃ夢も見れないからな。そのために姉ちゃんたちは捕まえてやってる、くらいに考えなきゃ、やってられないだろ」

 ビトーは言って、タバコを灰皿の上にもみ消し立ち上がった。「じゃ、またな。頑張りな、姉ちゃん」

 ありがとうございます!と言って、組合のお偉方にさえしたことのないような深いお辞儀して、顔をあげたときには、ビトーはドアの向こうへ消え、一瞬見えた、影の落ちた背中の印象と、あとにはタバコの匂いが辺りに薄っすら残っているだけだった。ワイナは感激のあまり、ボーッと立ちつくしていた。自分より小柄だったことを以外に思ったのは、しばらくたってからだ。


 夢から覚めたように、大きく息をついたら、一気に脱力感におそわれた。ビトーに会ったことの緊張感は、さっきの落ちた気分をも、まるごと呑みこんでしまった。ワイナは極度に疲れを感じたけれど、気持ちは軽くなっていた。
 
 恥ずかしさもかなぐり捨て、やるだけはやった、チャレンジした自分への満足感だけは、いま確実にあった。大体あんな張り詰めた空気の中での寸劇コント披露など、オモロいモンもオモロなくなるっちゅーねん、と状況にたいする不満も噴き出てきた。けどしゃあないな。
 
 しかしなによりビトーにも会えたことが、ワイナにとっては、最大の成果だった。――声かけてもろただけでも、ジャンクハーバーまで出て来た甲斐あったわ――

 あとは次の発想へと向かうために、前向きになることや、とトラメットを被ってドアを開け、除虫スペースでバイザーを下ろすと、気分を変えて外へ出たワイナの視野のトランスヴィジョンの、目も眩むようなこの街の景色の中に、背景を透かして、見慣れたツナギ服に身を包んだ、先輩のウメコ・ハマーナットの後ろ姿が目に入った。補正された姿ではなかったが、すぐにそれとわかった。

 ワイナの気分は、たちまちのうちに、ついいままでの興奮や落ち込みなど吹っ飛ばして、いたずらな好奇心でいっぱいになってしまった。

――こんなとこで、なにしてはるんや・・・ノルマ終わったんやろか・・・サボってるんとちゃうか・・・・?――

 これはまたウメコをネタに話を作れるかもしれへん。それに、数日前の組合の食堂でのトミコらとのやり取り、それとなくトミコやリアコに聞き出そうとしたけれど、どちらからもはぐらかされていた。あれもまだ、ワイナの中で未消化の話のネタとして、ジッとひねり出されるのを待って、便秘のような居心地の悪さで頭に残っていた。

 あれと合わせて、なにかオモロいネタができるかもしれへん、とワイナはこっそりウメコのあとを尾行つけていった。

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