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#2 ウメコと虫捕り仲間たち
地下食堂のバグラーども・1
しおりを挟む班事務所のドアを恭しく閉め退出すると、ウメコは地下食堂にいるトミコらのもとへ、一目散にとって返した。
すでに多くの捕虫要員が集まっている中、昨日の事であちこちから、やんやと囃し立てる声は気にも留めず、テーブル席へ移動して夕飯を食べ始めていたトミコをみつけると、有無を言わさず廊下まで引っ張ってきて、さっき見せた切れ間の映像のことを固く口止めした。
ウメコは三食分おごるという条件を出したけれど、トミコは組合の食堂ではなく、自由労のダイナーで、しかも七食分とふっかけてきたが、やむをえない。ボーナスが無事支給されることを考えたら安いものだったから、その条件で手をうった。
それから、まだカウンター席でだべっていた9班のリアコと7班のコマコと、すでに姿がなかった2班のキーワも、駐機場へ続く廊下まで追っかけてつかまえ、同じように口止めした。こっちはダイナーで三食という条件ですんだ。
トミコがウメコに引っ張られて席を立ったとき、隣に座っていたワイナ・アオリィカは好奇と不信と、ある期待に満ちた目で、二人の姿を追いかけた。これはまた、なにかおもろい話のネタになりそうやと、ウメコがトミコにせっつく様子や、他班の連中にまで同じような会話をしているところを遠目に見ながら、大口開けてムシャムシャご飯を頬張り、頭の中では早速、あれこれと作り話をこねくり始めていた。
「おい、浜納豆!」
定食をとって、テーブル席について捕虫要員仲間と食事をしていたウメコにきつく声をかけたのは、8区捕虫労組合、武装化推進勢力の急先鋒、6班<エース・オブ・チェリーズ♩♩>の筆頭、レミコ・クズキリーだった。
6班<エース・オブ・チェリーズ♩♩>と8班<レモンドロップスiii>は表立って敵対していた。ぶっちゃけ、仲が悪かったのである。
同じく6班のソユーコ・ワサビオロッシと、カラン・シシトーに、やはり武装化推進派の5班<ザクロスター>のミーカ・カラシコンブも一緒にいた。三人ともガチガチの武装化推進論者だった。
「たいした活躍したらしいな」レミコはウメコの後ろに寄って来た。「スピッターだけで三機も倒したとかフカしてるようだけどな、アタシはちゃんと知ってんだ、ホントは保安が倒したんだろ?」
「フン、私ひとりでやっつけたなんて誰が言ったよ」ウメコは内心、面倒だなと、げんなりするけれど、おくびにも出さず返した。「プロパガンダに騙されてんじゃないですか、自由労のデマ情報に」
「ムカつかないのか。外労連ごとき、ちゃんと武装してたら余裕で倒せてたろ?」
「いいや、武装しなくてもギリギリ相打ちで倒せてました。途中で保安労のバカが割りこんで来なけりゃね」
切れ間だったから苦戦したんだ!切れ間のことを話せないもどかしさにウメコはムシムシする。けれど、班長にボーナスの受領を確認したあとでよかった、とホッとした。いつもの調子だったら、ここでレミコに切れ間のせいで手こずったんだ!などと盾突いていたに決まっている。そうなったら、きっと大事になってボーナスも消えていただろう。
「ボタン、マヨネーズとって」ウメコは、隣にすわる4班<パンチ・アンド・ハンチス>のボタン・ボータモッチにねだった。おかずは、魚のフライだった。めずらしくサラダまでついていた。「今日の定食は当たりだね」
スカラボウル捕虫圏上では、定期輸送船の荷揚げが始まったばかりだった。その恩恵が早速配給までおりてきた。
「昨日はもっと大当たりだったんだけどね」とボタンは手渡した。
この食堂は、というより配給食には、味に当たりはずれの差が大きかった。
「よく言うよ。バグモタ病院送りにされて、今日はアンテナ保全してたそうじゃないか。どれ」レミコは、ボタンの定食プレートから、フライの一切れをつまんでパクっと食べた。「フム、まあまあだな」
ボタンは声に出ない嘆きの息をもらした。
「先輩こそ悔しいんじゃないの?いまや8班の評価は急上昇、これで確実性の高いノルマも回ってきたら忙しくなる、な?トミコ」ウメコは後ろの席に座るトミコに聞かせるよう上を向いた。
「そだな」トミコが食べながら、ぞんざいに応えた。
「へえ、結構だねぇ。じゃ、あんたにいい話持ってきたんだけど、余計なお世話みたいだな」
「いい話・・・・?」ウメコは怪訝に顔をあげた。
「今度アタシが、班長に就任することになってね、その欠員を埋めるのに、アンタを推薦してやってもいいなと思ってさ」
「え!?」レミコの言葉を耳にした、食事中の全員の動きが止まり、言葉を失った。レミコの6班へ、ウメコを引き抜くという話の方ではない。班長に就任するという話の方にだ。
6班の序列からしたら順当な配置ではあったけれど、レミコが班長の労務をこなすことなど、この情報を初めて耳にした、その場にいる誰ひとりとして想像できなかった。
レミコは一時下火になった武装化推進勢力を、ここ8区で、わずかだが再燃させた。
まだ志願労の身分だったころのほんの一時期、レミコは自由労のバグラー人気投票でカノエ・カリントと人気を二分し、捕虫労マガジンの表紙も飾ったことがある。けれどその端正なルックスとは裏腹に、その荒っぽい性格が知れ初め、やがて表立って武装化を主張しはじめると、一時のアイドル的人気は失うものの、持って生まれたカリスマ性で求心力を発揮し、賛同者や同調者を続々と増やしていった。それが近頃、8区だけに留まらず、他セグメントにまで波及し始めていた。
「エクスクラムもクビになってんだから、問題ないだろ」レミコが言った。
「クビじゃねーよ、左遷だよ」ウメコは強く否定した。
「ベルリン級だから、あんたは下っ端だけどな」今朝、ウメコをからかったら、トランスヴィジョン内でオナラをふっかけられた、同期のソユーコだ。「けど8班よりましだろ。アンテナ保全なんか免除してやるよ」
「でもオマエより序列は上だろ?」
「は?誰に言ってんだよ。こっちはハミングバードなんだけど」ソユーコは腕のワッペンを見せつけた。「それにな、こっちはオマエが謹慎でのらくらしてた間のキャリアがあるんだからな!同期じゃねーよ!もう先輩だ」
「ほーお、じゃバグモタで稽古つけてもらおうじゃねえか!セ・ン・パ・イ。テイルボクシングか、いやならスピッターバトルでもいいよ。センパイのお得意な方で」
「くっ」ソユーコの顔が苦虫を噛んだ。ソユーコは過去にウメコにテイルボクシングでボコボコにやられた経験がある。
テイルボクシングとは、バグモタ・クラックウォーカーの起立/着座の際に飛び出す尻尾を使って撃ち合う格闘競技のことだ。互いにお尻を向け合うかたちだから、はたから見たら、かなり不格好な、間の抜けた競技である。バグモタの護身や格闘、実戦には、ほとんど役に立たない。大抵のバグモタ乗りから敬遠される、不人気な競技である。
「じゃ、入るのか?」と訊いたレミコは、逆にウメコをボコボコにやっつけた経験があった。「そしたら、いくらでも稽古つけてやるよ」
「誰が入るかよ!稽古にかこつけて逆にボコボコにしてやろうって言ってんだよ・・・・・・ソユーコを」いまでは、かなり腕、ならぬ尻尾をあげたウメコだったけれど、まだレミコに正面切ってケンカを売れるほどの自信はない。
「調子に乗ってんじゃねーよ、しくじり要員が」ソユーコが見下げて言った。
「はぁ!?」ウメコはにらめつけた。
「いいさ」レミコはソユーコを押しとどめた。「じゃ、負けたら武装化推進派に鞍替えしてもらうよ」
「そっちが負けたら、どーすんだよ!こっちに入るってかよ。いらねーよ、ソユーコなんか」
「じゃ、アタシと勝負するか?負けたら一緒に非武装叫んでやるよ。で、お前らと一緒にクラック弾に撃たれて死んでやるさ」レミコは不敵に笑った。
「こっちからお断りだよ!誰が死ぬかって。こっちはスピッタ―で充分やれるわ」ウメコはレミコの物言いに怖気立つけれど、スピッターによる射撃術や護身術への確信は、さんざんな目に合いながらも昨日のことで、より深めていた。
「クラック銃のほうが、よっぽど使えて、しびれる武器だと思わないか?」レミコが陶酔の表情をした。「撃ったら気持ちいいって」
「なにそれ」リアコがたまらず割って入った。「結局なんの考えもないくせにさ、ただクラック銃ブッ放したくて武装化叫んでるだけなんじゃないっすか?」9班<パンチ・アンド・ハンチス>も8班同様、レミコら武装化推進派とは対立関係にあった。
「スピッタ―なんて、ペテンだろ。結局、虫をだましてんだ。バグラー自身もさ」レミコが鼻で笑った。
「利用してるんでしょうよ!バグモタとおんなじ思想。はなから殺すつもりのクラック銃とは違うね」非武装保守派10班<メトロメロン>のザラメ・ワットアーメが異を唱えた。
「捕虫労が武装に虫を使うと宣言しちゃったら、ぜったい虫運失うよ!」リアコが両手でテーブルを叩いた。
「まーだそんな迷信と偏見でしか物事見れないのか!」ミーカがあきれ顔で言った。「いい加減、もう捕虫だけやってる場合じゃねえっつってんだよ!」
レミコら武装化推進派は「捕虫」「補給」の労務の他に、捕虫の安全を積極的に維持し獲得する「捕安」労務の追加を提言していた。
「平和のための破裂」これが武装化推進派の新たな綱領となっていた。じっさい転向するまでの者はまだいなかったけれど、これに共感し同調し始める捕虫要員は少なからず出始めていた。
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