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#2 ウメコと虫捕り仲間たち
ベロもひるがえる
しおりを挟む昼食後、2時間ほどでこの日のノルマを全て終わらせたウメコは、組合の虫屯地に報告に向かう前に、先に班ガレージに戻った。<小梅>に乗り換えて、そのまま自身の所属企業である、チューンナップメーカーの<ベロ>へ、修理に出しに行くためだ。組合への報告はその帰りにするつもりだった。
早速、<小梅>に乗り込む支度をしようと見上げると、背中に自動捕虫喇叭のついたバックパックが取り付けられていた。見れば、イーマの搭乗機<オフィサー>についていたものだ。<小梅>を修理に出しに行くのを知って班長がつけてくれたらしい。ありがたい。これでいちいち手持ちの捕虫喇叭で補給の手間は省ける。なんだかんだで班長の優しさに、ウメコは心がなごむ。
ウメコは燃料タンクに虫を入れ、乗り込み、キーを差し、起動させた。それから<小梅>にクランクを引かせると、腰の下で、バグモーティヴ・エンジンがドドドと唸りはじめ、コクピット内では、脳トロン・コンピューターの起ち上がる音が、ピコポコピコポコ鳴りながら、すぐに<transtron>と、立て続けに<exclam!!!>のロゴマークが、正面ディスプレイに表示される。
『オハヨウゴザイマス』
「小梅、これから修理に行くぞ」
『ツイデニぱわーあっぷシタイ』
「しばらく、相手できないからね」
『しーど級ノガアルデショ?アレデ我慢スルヨ』
「乗らないよ。どうせ捕虫はできないんだから」
小梅号こと、<hoorah!!>は、かつての所属企業である<エクスクラム!!!>から、ハミングバード級への昇進記念に特別支給された。いまウメコの所属企業であるバグモタチューニングメーカー<ベロ>では、転属が決まってから一度チューンナップしてもらい、各部の配線コードやら上半身駆動モーターの変更やらで、全身の反応速度を向上させ、足のクリーパーホイールを、より不整地に対応できるものに変えてもらった。
それからコクピット内のカスタマイズと、もっとも目につく変更といえば、外装の所々がベロ製のパーツに付け変わっている。特に目立つのが、腰のスプレーラックホルダーと、もともと丸形の膝頭のパーツの片方だけが、メーカー名である<ベロ>の名にちなみ、べろ形になっているところだ。
そこが跡形もなく破損してしまっていた。他にも、ひび割れや、へこみ箇所が散見できたし、どうも足の運びがぎこちないのと、やはり右手の可動域が問題だった。なにせ全体機能値65%なのだ。これじゃさすがに約100体ものバグモタを引き受けている組合の整備要員に追っつく仕事ではないし、任せたところでいつ直るかもわからない。
所属企業へは、月に二度の出向義務があった。捕虫労には、組合とは別に所属先での労務も課せられている。労務といっても、捕虫要員のできることなど、たかがしれてたから、ウメコなど、製品のバグモタ磨きだけで一日終わったりしたし、それでもたまに試運転などを任されると、勉強にもなって喜んで臨んだ。身体は動かすし、配給は低く、顔を出せば、結局こき使われてばかりでも、礼式会話を強いられる事務作業もあった<エクスクラム!!!>に比べ、小さなチューンナップメーカーだからか、ざっくばらんで、よっぽどウメコの性分には合っていた。
放射道路を上り、8区のセンター付近にほど近いミッド地区、配給ショップや、バグモタ関連の店がひしめく街区にあった。
『祝!大活躍!Bello所属、ウメコさん、お帰りなさい!』
<ベロ>の間際まで来た途端、トラビ上で、横断幕が張られ、紙吹雪が舞い上がった。各メーカーの、ベロカスタム仕様のバグモタ・クラックウォーカーたちが、勢ぞろいして、旗を振って<小梅>を出迎えに出て来た。異様な歓迎ぶりだ。
店のガレージへ乗り入れて、ウメコはハッチを開け、とまどいながら縄梯子を降りていった。「なんですか!?これ」
「ご苦労さま!外労連相手にウチのチューンナップで大活躍、しかもバグラー仕様でだろ、私もハナ高々だよ!」社労長自ら、お出迎えに現れた。わざわざ本店からやって来たという。
社労員からも、やけに歓待された。昨日の活躍で、いい宣伝になったと口々に褒められ、ウメコは、いままでとの扱いの違いにかえって居心地が悪くなった。まだどこかで残っていた、虫に呪われた娘という偏見は、いっさい感じない。
なんでも、トランスネットで記録されていた、昼間の報言での映像に右膝頭のロゴ入りのベロ形がキレイに映っていたらしい。
本題の機体の修理は、操縦感覚をざっと説明して、あとは整備にまかせ、外装だけは、細かく注文をつけた。とくに左膝頭は、<レモンドロップスiii>の名の由来にもかかっているから、ベロ形に変更しないでと、念を押してお願いした。ベロ形にすると、涙形の溝が隠れてしまうから。
そのあと応接間で、もてなしを受けて、昨日の顛末を、差しさわりない程度に話した。ウメコも譲歩して、保安に助けられたことを強調した。
社労長から、いっそハッチのハート形もベロ仕様に変えないか?としつこく提案された。デザインを見たら、ハート形からアッカンベーのベロが出ていて、これではまるで不適合を宣言してるようなものだ。開拓労民のバグモタにそんなデザインは、組合から怒られるだろう。さすがのウメコもそれだけは、固持して受け入れなかった。
「無理ですよ、こんなの、勘弁してください。それに<小梅>のダウンワードハッチじゃ無理でしょ」
それからコマーシャルやら、トラビの企業紹介映像への出演依頼だとか、次々と話が来たけれど、ウメコはまったく気乗りがせず、適当に聞き流した。組合のこともあるし、また改めて検討します、とだけ言っておいた。そうして、まだノルマの報告も終えてないからと、早々にお暇した。
手土産に、トラメット、ブーツ、労民ツナギの新作一式 ――いままで、てんで支給してくれなかったのに!――それから、ベロ印の特性オイル缶などをどっさり持たされた。
ときどきで、落とされたり持ち上げられたり、ウメコは、どういう心持ちでいたらいいのか、よくわからなくなった。このあと班長から、昨日の処分も聞かされるだろう。今朝の話では、謹慎はないらしいと聞いたけれど、ホッとしたところで、また落とされてはたまらない。いまはまったく、浮かれてはいられない心境なのだった。
<ベロ>で修理に出した<小梅>の足代わりに、古いバグモタ軽三輪車の、でんでん虫型三輪<デンデンクラート>を借りて、ウメコは、セグ8捕虫労組合虫屯地へと向かった。これが、最近のスクーターと比べると、図体ばかり大きい割にたいしてスピードが出ないのには、イライラした。
着くとすぐに組合の班事務所へ、ノルマ完了の報告に行ったけれど、イーマはいなかった。あの鈍い乗り物でチンタラ戻ってきたにもかかわらず、まだ時間が早すぎた。仕方なくウメコは地下の食堂へと降りて時間をつぶすことにした。
捕虫要員は一人もいない。これから忙しくなる虫の輸送要員が、いつもの隅の席でイスを贅沢にならべて居眠りしていたり、モリゾら整備員どもが、台座に乗せられたトランスビジョンディスプレイを囲んだ、いつもの場所で、それぞれがソファを独り占めして、技術労の落ちこぼれノンコ組らしく、だらしのない恰好で、昨日の「開拓報言録」を観ていた。
自動抽出器からコーヒーをとって、ウメコはまだ誰もいない捕虫要員の、たまり場の席についた。
「バグラーにもクラック弾を!」「武装化連帯せよ!ストロングベリー・アーマメンツ!」「クラック制限撤廃!」
向かい側の壁の、昔からずっと消されずに残っている落書きをチラと見て、一口啜り、深く息をして腰を落ち着け、ベロで聞いた、今日の報言映像をチェックしてみた。
元の所属先となってしまったが、エクスクラム系労民であることに変わりはないウメコは、真っ先に<エクスクラム!!!>提供の報言を観た。
それはトランスネット・アンテナから転送された映像だった。昨日の切れ間の中での格闘が、映像で構成されていた。
『エクスクラム!!!のラビットベリーが大活躍!アンチネッツ撃退!・・・セグメント8区の捕虫労権利労民、浜納豆ウメコの操る、当社エクスクラム製のバグモーティヴ・クラックウォーカー、<フラーイ―!!>が、非連合民によるバグモーティヴ無登録所持、非合法操縦、それに伴う、クラック虫違法悪用、無権利侵入、威力労務妨害、捕虫権侵害、等による開拓損失を防ぎました。
捕虫労民、浜納豆権利労の乗る当社のラビットベリーは、非合法バグモタ3機を相手に、権利守護権を行使、権利侵害者たちの度重なるクラック銃の攻撃による被弾に耐え、持ち前の機体耐久性能の高さで、アウトネッツにつけ入る隙を見せず、これを撃退、遅れて駆けつけた保安労と協力し2名を捕縛、被害はわずかな損傷のみに留まったということです』
ウメコは啞然となった。自分の活躍を過大に伝える内容にではなくて、そんなことは<ベロ>でも聞いていたし、エクスクラムが流しているのだから当然察しはつくけれど、驚いたのは、<小梅>と外労連のバグモタの機体の周囲を包む虫霧だった。
このての映像は、虫霧濃度のなか、トランスヴィジョンの合成景色に変換されて流されるから、普通は虫霧など、映りようはないのだ。しかも昨日の切れ間の中の出来事なのだから、わざわざ加工する必要もなく、そのまま流せるはずだ。なのに、虫霧どころか虫一匹いない切れ間の景色に、わざわざ虫霧を加えるとは、一体どういった了見なのか、ウメコにはその意図がまったく不可解だった。
――見せたくないのか?切れ間を――
なぜ隠す必要があるのか?昨日捕まったやつの、捕虫労が大量殺虫をしていた、などという妄言も、結局、どこにも報告はない。確かに班長は公にできないと言っていたけれど、これではホントに、こちらの無法を連合が虫霧で隠蔽しているようだ。
――本当に私がやったみたいじゃないか――
外労連どものバカげた妄言を、まっとうな捕虫圏居住民なら鵜呑みにするはずない。ちゃんと流すべきだ。切れ間も!
ウメコは腹の虫がザワザワ騒ぎ出すのをこらえようもなく、テーブルの下で足を揺すり、上では指をコツコツと叩いていた。
「なにイラついてんだよ」
声を掛けたのは、トミコ・サカッカスだった。その声でウメコはハッとして、考えごとから覚めた。
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