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#2 ウメコと虫捕り仲間たち
<レモンドロップスiii>の面々 その2
しおりを挟むパセリナ・ガンモドッキはホワイトボードのすぐ手前に置かれたテイルヘッドに姿勢よく腰かけ、手を膝の上に置いて、イーマの書き込む独自予想図を見つめたまま、ウメコの方にはピクリともしなかった。
ウメコとは、しばらくろくに口をきいていない。ウメコが謹慎期間中に会得した古式捕虫術「二天麩羅流」の話を耳にしてからだ。パセリナは古式捕虫術「雁擬キ流」の家元である。
そんなパセリナをみて、当初はみんな、きっと商売がたきになるのをスネているだけだと思って、この仲違いは、じきに修復されると楽観視してたけれど、あまりに長引くパセリナの抗戦に、なにか別に、ウメコが知らずに無礼を働いたのではないかと推測された。
パセリナも元レモネッツだった。子供だった当時、「花形」バグラーだったカノエにあこがれ、レモネッツに志願して入った。カノエと同じ生粋の8区育ちのパセリナは、8区の学労虫捕り大会で好成績をあげ、義務労期間の配置、転属を自由に選択できる権利を得て、カノエにならい8区を出ず、迷わず8班を選んだのだ。
だけど、レモネッツ解体以来の、カノエのどこか気の抜けた佇まいにふれるたび、あの、自分の憧れだったカノエはどこへ行ったのかと、せつなくなった。
そうして、ウメコに対してわだかまりを抱えた自分を省みては、つくづく嫌になる。変わったのはカノエじゃなくて、私の方、自分自身がいじけているから、憧れの存在が曇って見えるだけなんだと。
もの思いは尽きず、考えれば考えるほど、パセリナの中で思考も精神もねじくれていった。まるで自分の左右で結わえた髪のように。
そんなとききまって、流派の3代目家元としての強い自覚と責任感を思い起こし、自らを鼓舞し、身を引き締める。こんなことでは古式捕虫術の精神など、体現できない。心は、常に透明であらねばならない。
するとどうしても、目の前にウメコが浮かんできた。
二天麩羅流は雁擬キ流にとって、因縁の宿敵なのだった。
――いずれ決着をつけなくては――
結局、自分に降りかかるすべての災厄は、自分にあり。それも、この裏鬼門8区に留まったことに尽きる。この区は不適合者たちの吹き溜まりなのだから!
連合の採用した陰陽道からいえば、当然の凶事が降りかかったのだ。だからといって、嘆くわけにはいかない。これは自分で選んだ道であり、8区生まれが背負った宿命であって、逃げずに立ち向かうことに、自らの本懐があると信じていた。自分が逃げては、誰が8区を、良適合セグメントに変えるのか?
そうして、そのためにまずは8班をどうにか立て直さなきゃならないという日々の奮闘も虚しく、昨日のウメコがしでかしたらしい騒動が、さらに8班を不適合要注意班として、当局からますます睨まれると思うと、パセリナの気持ちをさらにネガティブにさせた。
だけど、ひそかに心の中では「おはようございます」と皆に煙たがられている礼式会話並に丁寧すぎる挨拶をした。そうしないと、自分まで、この班に染みついた不適合気質にムシばまれてしまいそうだったから。
やっと権利労となって、騒動後すぐ謹慎となり、減給のほかは処分もなく、階級はそのまま。ハミングバード丙種である。
パセリナは、長く伸ばした髪を左右でそれぞれ束ねた<ツインワーム>と呼ばれる、ミミズのようにして下げた、その片方を手でなでた。そうして、この班はバグラーというよりは、むしろバグモタ乗りの集団だ、と半ばあきらめ気味に息を吐き、その最たる輩のひとりのウメコに、チラと目線をやって、すぐ向き直ると、後ろのワイナが自分に向けて言い放ったからかいを、思わずムキになって訂正した。「家元でございます!」
「なんやピンピンしとるやん!全身打撲で 包帯グルグル巻きちゃうねや!おもろないわ!」3区訛りで、ガセネタだと知っていながら、いかにも残念そうな素振りで嘆くフリをしてみせたのは、やはり<レモネッツ!!!>時代からいる、ワイナ・アオリィカだ。
「映像は流されてへんかったけど、ホンマはヤバいことしてはったんちゃいますの?」
義務労2年のとき、3区から、わざわざ志願して裏鬼門の8区へとやってきた、変わり者だった。当局へ志願理由を述べるときこう言った。「ウチ生まれてこのかた、虫に破裂されたことがないんです、ほんまです、それ虫運悪いですやん、ほんなら裏鬼門8区へ配置されたら、逆に虫運よくなるんとちゃうかって、いや、隣の鬼門2区はあきまへん!そら、学区はおんなじやけど、おもて鬼門区は堪忍して下さい!ウチそこまで不適合やおまへん!」けれど、本当の理由は8区に自由労放送の<チャッターボックス>本社があるからだった。
実は昨夜の自由労放送の「チャットナイトinスカラボウル」に、憂神紅・蒼来人のチャッターネームで、ウメコの包帯芋虫云々のネタを書いて送ったのはワイナだ。
「外労連もドン引きしたって、なにやらかしたんですか?」
労務後にクラブをうろついていたとき、自由労報言の取材を受け、ウメコも絡んだらしい外労連の捕縛騒動をいち早くを聞きつけ、一応、班長へのちょっとした聞き取りで、ウメコが無事らしいのは確認すると、あとは独自のセンスを加えてでっちあげた。
採用されることは、何度かあったが、いつでも読まれたときは興奮したし最高の気分だった。しかもウケればなおさら、昨夜も大ウケだった。朝、班ガレージに来ると、すでにこの話題は始まっていて、自分への取材映像にもまんまとツッコミを入れられ、我が意を得たりと、ほくそ笑み、「Y子ちゃうで!」と 大げさなジェスチャーで否定した。
しかし内心では、さすがに「Y子」の仮名で受けた自由労報言の取材はマズかったと、ヒヤヒヤもしていた。班長にはバレてないらしいけれど、それでもなんらかのお咎めくらいは覚悟している。――どうってことない――笑いのためならば、自分から、あえてバレバレの仮名で「Y子」と名乗ったくらいだ。
笑いのためとなると、弱気な自分も強くなれるから。
昨夜の投稿でも、なんの躊躇もなく、同僚のウメコをネタにデタラメを書き送った。勧笑懲悪。ワイナにとっては笑いこそ正義であり、笑いこそが真実なのだった。
話を粉飾して盛り上げるのが得意なワイナは、いずれ自由労配信の口述パフォーマーか、口述作家、になることを夢み、そのための修行に、チャッターボックスのラジオ波への投稿や、ウィキッドビューグルを笑わせることへのチャレンジを、日々自分に課していた。
笑いには、ノルマ以上に貪欲だった。そのせいか、レモネッツ騒動の処分も謹慎のほかは配給減のみで、降格もなかったにもかかわらず、いまだベルリンガー級である。
久しぶりの痛快な話題に、もっとイジりたいワイナだったが、癇性なウメコを怒らせては事だから、もの足りなさの矛先を、前に置かれたテイルヘッドに端然と座り、仲間のやんやに参加して来ないパセリナに向けた。「なあ網元、あんたもウメコさんくらい派手にやらんと、流派広められへんで」
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