24 / 59
#1 ウメコ・ハマーナットの長い一日
空回りは止まらない
しおりを挟む班の前線ガレージから、東に1kmほど先に、ウメコら班員の住む集落があった。ウメコら大抵の班員はそこをスクーターで行き来している。スクーターも当然バグモーティヴエンジン搭載のものだ。ラッパは正面に口を開けて、走りながら虫を吸い込んでいった。
虫密度が高い今日みたいな日は、フロントライトの誘虫光は切っている。
トラメットバイザー内の合成景色の、集落までの帰り道の風景は、地球のⅩ大陸開拓期を思わせる、見渡す限りの草原を描いて広がり、遠くで数頭の馬まで走っていた。時間的にはもうとっくに暗いけれど、ちょっと設定をいじって、昼間のように明るくしていた。そうしないと、ただでさえ沈んだ気分が、いっそう暗く落ち込みそうだったから。寄り添ってくれるウィキッドビューグルは現れなかった。
ウメコの居住ユニットは遠目で見たら、二つのトンガリ屋根がウサ耳のように立った、見れば誰でもそうとわかる、エクスクラム系開拓捕虫労民女子の典型的なカワイイ外観だった。けれどこのユニットを直に見たなら、ホントはのっぺりとしたプラスティックのただの四角と丸い、積み木を重ねたような正体なのだけど、虫霧の濃い今日みたいな日には、それは近づいたところでわからない。ここの近くに集まって住む班員でなくとも、他企業系の若い捕虫圏女子の居住ユニットも似たり寄ったり大体こんな感じだ。
ウメコの帰宅を探知すると、ほとんど静止していた、屋上と側面の壁に取り付けられた発電用のバグモーティヴ畜電器の捕虫喇叭の、ブンブンと虫を吸い込む音が急に作動し始めた。
ウメコは家の前でスクーター降りると、自動でロック解除されたドアの足許の開閉ペダルを踏んで開けて、中へ押して入り、同時にまわり始めた換気扇の音が唸るその除虫用玄関で停めた。ここは4J半ほどのスペースで、除虫のほかに、スクーター置き場と労務のための支度部屋のようなものとなっていた。除虫電波が走り、スクーターや自分に引っ付いてきた虫はここで残らず追い出してしまう。
ウメコは帰り道、走りながら虫が余計に破裂してくるのを感じていた。単発での破裂も続けばバカにできないのだ。そうして朝、スクーターの屋根の上に乗せた防虫線香の効果を表す目印が、期限切れを告げる赤に変わり始めたのに気づき、ノルマを終えたあとガレージで交換して帰ろうと決めていたことを思い出した。いろいろあったのだから忘れるのも無理はない、とウメコはタメ息をついた。明日は朝のうちに交換してしまおうと決めた。――どうせ雑務なんだ、小梅の整備の必要もないしな――
そして脱いだトラメットを棚に置いて、着ている捕虫要員仕様の耐虫効果の高く、クラックウォーカー乗降の安全対策のための肩当てや肘当てのついた労民ツナギを、バサバサと上から下まで念入りに手ではたいて、くっついていないか虫を追いやり、工具及び装備品棚の隣に置いたイスに座って、よいしょとブーツを脱ぎにかかった。次にベルト類を外し、ツナギのチャックを下ろしながら立ち上がって、その場で来ているものを全部脱ぎ捨て、裸で居住空間に入り、そのままシャワー室に飛び込んだ。少しはしたないけれど、これはいつものウメコの帰宅ルーティンだった。
――まったく、絶頂からどん底に突き落とされた一日だった――
暖かいシャワーの温水を浴びて、身体じゅう洗い流されていく心地よさのなかで、ウメコから労務の疲労や残余感はいっさい拭われ、やっと開放され、気分もいくらか持ち直ってきた。
じっと目をつむっていると、つまらないことは汗臭さと一緒に水に流れてしまう。そうしてみんな昨日のことのように思えた。
身体のざわめきの音が聴こえる。すると落ち込み沈んでいたのは頭の中だけだったことに気づく。身体の中はずっと燃え続けていた。
感覚を研ぎ澄ませ、腕を振るってバグモタを思い切り動かした記憶は、つい昼間のことだ。昨日の出来事のように感じる頭とは違い身体は、ついいまさっきの記憶を鮮明に刻み込んでいた。神経はアイドリングしたままのように振るえ、いまならまだ、外労バグモタを倒したあの瞬間の高揚と感覚に、すぐにも戻れそうだった。
身体の奥で聴こえてくる歓喜の声は、<小梅>に禁じられた高クラック虫を補給したように、自分自身の怒りや闘争意欲の許されざる上限を解き放てと、いまだ要求してくる。昼間、この声に従って存分に動き、感覚を振るったことによる快感は、強烈だった。この声に耳を傾けすぎるのは怖い。きつく戒めるべきだけど、落ち込んだ気分に戻るよりは、健康的な気がした。
身体の健康と心の平穏さは嚙み合わないのかも知れない。
眠るしかない。しかし興奮はちっとも覚めていない。かと言って、誰かに今日の出来事を話す気にもならない。すぐにも眠りたかったけれど、このざわめきに耳をすませていたら、とても眠れそうになかった。それでも、沈んだ気分におちいるよりはずっとマシだった。
シャワーを浴びてハミガキをしてから、義務労時代に支給されてずっと着ているジャージ姿になって、ウメコの持ち物で小梅の次に高価なトラビ付きのリクライニングシートにぐったりと身を横たえた。ベッドユニットとは別のもう一つの部屋に、骨董品のステレオコンポをいじりやすい配置にして置いていた。こういうときはベッドでしっかり寝てしまおうとすると、かえって転々としてまんじりともできずにいることがあるから、今日届いたもろもろの伝言や、トラビでも見ながらボーッとしてるうちに、ふいをつく寝むけにまかせた方がいい。
床に置いたキノコ形のランプシェードからの柔らかい光が、具合よく神経を和ませ、今日も眠りに導いてくれそうだ。
しかし眠りこむ前に、開拓労民の就寝前の義務である『開拓日報』聞かなければならなかったが、ウメコはそのまえにまず、連合の広報と自由労の流している報言をそれぞれ知っておきたかった。
『トラーネ第2の月12日、スカラボウル主な出来事・・・。セグメント8区の特別捕虫区域で今日、捕虫労のクラックウォーカーを狙った、非合法クラックウォーカー3機が現れ、駆けつけた保安労によって2名の非合法労民が、バグモタ不法運転、不法侵入、クラック銃不法所持使用などの罪で逮捕拘束されました。一人は以前逃走中です・・・』
ウメコはイーマに説教されるまでもなく、自分の手柄が広報されない可能性の予想はつけていた。強奪未遂、器物損壊という実害を<小梅>は被っているのにだ!けど捕虫妨害での嫌疑くらいあげてくれてもいいはずだと思ったが、まったくのだんまりで、一言もないのにはおおいに不満だった。
大体この罪の方が、無登録、不法侵入などより重い違反なのだ。クラック銃所持はあげておいて、それの被害者であるウメコ自身に対する、肝心の暴撃行為と捕虫妨害が抜けているのだ。厳密にいえば、確かにあのとき捕虫はしていなかったけれど、捕獲した虫資源の移送中に暴撃されたのだから、捕虫妨害だけでなく、開拓資源の毀損にもあたる。
捕虫妨害は開拓推進事業のみならず、捕虫圏居住民の生存権に関わる大問題だ。広報の筆頭事項に挙げられて然るべきはずだ。
捕虫要員は連合の重要な歯車ではないのか?欠けても開拓推進事業は前進できると考えているのか?ウメコは不平の息で身を横向きに返した。
だいたい外労連が捕虫区域にいるだけでウチらは脅かされているのに、これは開拓労民の力の源たるエネルギーを収穫しているウチら捕虫労への軽視もはなはだしい!しかも切れ間のことには一切触れていない。これだから連合の広報はあてにならない。
――あーあ、だんまり連合のいつものおとぼけ広報、出ましたよー!――
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。
転生した先は俺がやっていたゲームの世界。
前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。
だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……!
そんなとき、街が魔獣に襲撃される。
迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。
だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。


「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)
あおっち
SF
脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。
その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。
その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。
そして紛争の火種は地球へ。
その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。
近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。
第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。
ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。
第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。
ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。
彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。
本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。
是非、ご覧あれ。
※加筆や修正が予告なしにあります。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる