非武装連帯!ストロベリー・アーマメンツ!!

林檎黙示録

文字の大きさ
上 下
21 / 59
#1 ウメコ・ハマーナットの長い一日

底がバカの泥沼

しおりを挟む

 班事務室のある旧規格ユニットエリアから駐機場へ戻る通廊で、ウメコはしょげかえり、そのままへたり込みそうだった。建物間をつなぐ通廊は、配置に融通のきく蛇腹構造の、スカラボウルでは見慣れた様式だったが、この中は薄明るい照明が間隔を置いて灯され、影と組み合って無機質なジグザグ模様作り出し、通るたび気味悪く感じた。普段なら眩暈めまいもよおさせるこの通路を、ウメコはとっとと通り過ぎるところだけれど、いまはこのままこの蛇腹に飲み込まれて、ふさぎの虫ごと溶け込ませてしまいたかった。

 なにも考えたくなかった。いま、昼間の反省などすれば、底なしの深みにはまってしまうだけだから。けれど考えれば考えるほどわからない。こんな理不尽な泥沼に突き落とされて、組合はおろか、班長でさえ、助けの手を差し伸べるつもりはないのだ。

 ウメコは通路の壁のめ殺しの丸窓を覗いた。窓の外はすでに漆黒の闇、虫霧は、窓から洩れた薄い光の手前にしか見れない。けれどその様相は昼間の雑甲虫ザコムシは全盛を退いて、すでに夜甲虫ヤコウムシがとって代わっている。

 つまるところ、自分がバカだったのだ。理不尽な底なし沼でもなんでもない、いまバカなしくじりを認めてしまえば、そこが底だった。――ただ底がバカの泥沼にはまっただけのことなんだ――ウメコは己の浅はかさにあきれ、自嘲の笑みに口をゆがめた。「どうせバングラ―しくじり者さ」


 バグラー仲間は当然、炊事要員さえとうに帰ったあとの明かりのほとんど消えた地下の食堂で、ウメコは残っていた簡易配給弁当をわびしく食べてから、ガレージへとあがる階段で、整備要員の男と鉢合わせてしまった。モリゾ・ヒッツマーブッシュだった。まだ帰らず残っていたモリゾは、ついいま小梅の状態をチェックしたところだった。整備要員の男たちの中で、ウメコが最も出会いたくない部類のやつだ。ウメコは心の中で、いたのかよ!と舌打ちした。

 モリゾは物思いにうつむいていた顔をあげウメコを見ると、ぶしつけに言った。「ったく、ひでえな、ありゃ。どう操縦したらあんなになるんだ、え?あの虫カゴ、もう使い物にならねーぞ」

「フン、それがどうしたよ」ウメコはモリゾが嫌いだった。いまも、さも自分の自信のあるらしい容貌を、どこか意識して気取ったような仕草に、まったく嫌悪感しか覚えなかった。権利労身分として何年先輩だろうとお構いなしなのだ。

「どうもしねえよ、査定するのもこっちの労務なんでな」

「誰が頼んだよ」

「おまえの私物じゃねえんだよ」

「はいはい、虫カゴバグパックのことね。自腹切ればいいんでしょ」ウメコは脇へのいて、とっとと歩きはじめた。「どうせ旧型中の旧型だろ。網の交換面倒だもんな、あれ。整備そっちとしてはよかっただろよ、オシャカにしてやってさ」

「フン、あと機体な、あれはもうメーカー出さなきゃな。こっちじゃ追っつかねえよ」

「だから、お前に頼んでねーよ」ウメコは振り返りもしなかった。

「オマエに頼まれて、整備なんかするか!」

「フン、不適合ノンコ野郎!」

「なんか言ったか!」

「いや、なにも。じゃお先に」

 モリゾの評判はウメコらの周りでは悪かった。以前はエクスクラムの技術労だったモリゾは、出向で捕虫労組合配属となったことで、技術労から捕虫労の整備要員となり、技術労人種としては面白くない配置に、その鬱憤うっぷんをしばしば捕虫要員に向ける、とささやかれていた。

 狭い世界でのそんな噂が自分の耳にも入ってくると、モリゾは優しくするのもしゃくだと、かえって鬱憤うっぷんを遠慮せずに整備査定にかこつけて、捕虫要員にぶつけていた。特にウメコらのような生意気な後輩捕虫労などは、モリゾにとって憂さ晴らしには恰好の的で、ちょっとやそっと強くあたったところで、てんでへこまないから、気づかい無用、モリゾからしてみれば、やり返してくるサンドバッグのようなものだった。

 けれど一方では、モリゾのいっけん乱暴にみえる振る舞いの中に、時折みせる憂いをおびた表情と柔和な笑顔は、セグメント8区の捕虫労女子たちの中の一部の穏健おんけん派から人気があった。それにモリゾが機体をチューニングすると、バグモタの性能が飛躍的に向上するという評価も彼女らの間では聞かれた。しかし過去に何度か小梅もいじられているはずだったが、ウメコにはその実感はまるでなかった。そうして、どうせ対応を変えているのにきまっている、と聞こえよがしに言い合った。

 だから、ウメコの周りのモリゾの評判は、そのような対応の違いにやっかんだ女子たちの、うがった見方も多分に織り込まれていた。

 ただモリゾと関わると虫運が落ちる、などとも噂され、真相はともかく、実際に何人かが、その噂とともに捕虫労をやめていた。

 駐機場に残った居残り捕虫労のバグモタは、もう<小梅>だけだった。

 ウメコは小梅に乗り込む前に、念のためトラメットを被り、小梅のトランストロンと同期させ、燃料計をチェックしてみた。数値は95%強と出た。――なんで?――エンジンを切っていたとはいえ、あれだけの時間放っておいてこの数値であるわけはなかった。だいいちバグパックが壊れ、自動捕虫もできず、手持ちの捕虫喇叭ビューグルでの補給のやり繰りで、こんな満タン近い数値まで、虫は入れなかったし、降着させただけでもあの低クラック値では10%はかかるはずだ。

 虫の補給をするべく天井から降りた補給ノズルが近くに下がっている。さっきはここまで間近になかったはずだ。――モリゾが入れた?――でなければ、他の整備要員しかいないが、周囲に誰も見当たらないところをみると、やはりモリゾが補給したのだろう。ウメコはムシっとした。いまは優しさを受け入れるには、心にその余裕がなかった。優しくされるより、さっきみたいな憎まれ口を叩かれ、叩き返すほうが、心の中の悪いしこりがほぐれそうでずっと楽だった。だから素直にならないウメコは「虫運が落ちる!」とあえて自分に無理強いして思い込み、「こんな虫はさっさと使ってしまわねば!」とコクピットに乗り込み、ガレージを出ると、虫を多く費やすようスピードをなるだけ上げて班の前線ガレージへと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)

あおっち
SF
  脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。  その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。  その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。  そして紛争の火種は地球へ。  その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。  近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。  第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。  ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。  第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。  ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。  彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。  本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。  是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

処理中です...