11人目の戦核者

アメイロ ニシキ

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止まない遭遇 結成

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 大通りから歩くことしばらく、一つ過ちを犯していたことに今更になって気が付いた。
 せっかくダグさんに出会えたのに、どこかに良い宿はないかと聞きそびれてしまった。何と愚かな。

 こういう細かい部分で抜けているのが俺の未熟さを表しているな。しっかりしなければ。

 己の失態を嘆きつつも宿は探し、そしてようやくそれらしき建物を見つけて中に入ってみた……までは良かったのだが。

 「一晩で金貨2枚ですか?」

 「えぇ。何か問題が?」

 「いくら何でも高すぎるのでは。見た限り高級宿って訳でもないでしょう」

 「あら失礼ね。この辺りじゃ安い方よ?」

 (……嘘だな)

 受付に居た店主らしき女性に泊まりたい旨を伝えたところ、どう考えてもおかしい価格を掲示されて愕然とした。というか、女性の後ろに掛けられているボードにはデカデカと一泊銅貨10枚と書かれているではないか。

 嘘を吐いていることは明白。人を馬鹿にしたような表情からも女性が俺に対して何を考えているのかは大体予想できた。

 「後ろに書かれている価格は飾りですか?」

 「あぁ、ごめんなさいね? これ、女性限定なのよ。普段から女性の利用客の方が圧倒的に多いから、男が泊まると色々と女性客が困るでしょう?
 金貨2枚ってのは、宿泊客に対する迷惑料も含まれてるのよ。おわかりかしら?」

 「仮にそれが本当だとしても金貨2枚は納得できません。質の良い武具を一式揃えてもお釣りが来る。何かの間違いでは?」

 「文句があるなら他を当たってくれるかしら? ま、ここより安い場所なんて無いけれど」

 チッ、まず間違いなく男だからとぼったくろうとしているのに、証拠が無い以上は強く出れない。このニヤついた顔を殴り飛ばせないのが本当に悔やまれる。
 師匠せんせいの名に泥を塗る訳にはいかないからな。

 だが鵜呑みにして支払うのも癪だ。師匠せんせいから託された資金を無駄にできるものか。

 「はぁ……分かりました」

 「泊まる?」

 「いえ、他を当たります。生憎と無駄金を使うほど余裕は無いので」

 「あっそ。客じゃないならとっとと出ていきなさい。これだから貧乏人の男は嫌なのよ」

 「……」

 我慢、我慢だレド。街道上ならまだしも街中で事を起こすと処理が面倒になる。俺を送り出してくれた師匠せんせいの為にも、いちいちクズの1人や2人に反応してはいられないだろう。

 宿の扉を開け外に出てから、その場で軽く振り返り建物を見上げる。視線の先には宿の名前が書かれた看板がこれみよがしに掲げられていた。

 安らぎ亭。

 どこがだ。偽りにも程がある。何を以ってして安らぎなどと宣っているんだ。男の懐事情に対しての安らぎが微塵も無いではないか。

 「……店主も店主なら、客も客か」

 見上げていた先にあった窓の向こう側には宿泊客と思われる女性。俺と目が合うと親指を立てて首を切る動作、その後に指を下へ向けていた。

 街道、大通り、そして宿。どこへ行ってもドブネズミの如く湧いて出てくるクズ共。こんな環境でダグさん達は暮らしているのかと思うと胸が締め付けられる思いだ。


 ……いっそのこと全て壊してしまおうか。俺の実力は世界に通用すると師匠せんせいからのお墨付きも得ていることだし、やってやれないことはないと思うが。

 (ダメだ。いちいち反応していられないと思ったばかりだろ。耐えろレド、この程度なら何てことはないのだから)

 無意識に握り締めていた拳を緩ませる。宿に背を向けて歩き出し、小さくため息を吐いた。

 予定変更。あの店主の言葉を信じる訳じゃないが、どこへ行ってもぼったくられると考えるなら宿は後回しだ。
 まずは武具屋へ。その後に宿泊先を決めるとしよう。最悪、また街道に戻って野宿すれば迷惑もかかるまい。

 「確か武具屋は……東の裏通りだったか」

 以前、師匠せんせいと訪れた武具屋。だいぶ前のことなので詳しい場所までは覚えていない。確かなのは東の裏通りに位置していることと、見た目が古びた外観ということだけ。

 レイムウッドはかなり大きな街だから、一画とは言え裏通り全体を探し回るのはなかなかに骨が折れそうだ。可能な限り聞き込みをしながら探すのがベストだろう。

 (無駄遣いは出来ないから、なるべく安く、且つ丈夫で手に馴染む物。防具等も多くは望まない。必要最低限の機能さえ持ち合わせていれば、あとは自分で改造して──)

 「はーいストップストップお兄さん」

 「ここから先に行きたいなら通行料払って貰わないと~」

 人が今後の予定を組み直しているそこへ、道を塞ぐように現れた若い女2人。武器の類は持っていない。服装も街中に居る一般人のそれだ。
 背後の物陰にも複数人居るな。囲まれている。

 待ち伏せ。随分と手慣れていることから常習的に行っているのは想像に難くない。

 少し大通りを外れただけでこれか。ダグさんが言っていたことは正しかったな。

 村を出てから、不意打ち、言いがかり、怪しげな勧誘、元騎士、冒険者、クズ店主と客、そして一般人。出会す女に碌な奴が居ない。尽く人として終わっている。


 ど う し て こ う な る ん だ 。


 (嗚呼……面倒くさい)




 ──……




 レイムウッド近郊。

 街道から外れた林の中に潜伏する人影が多数。殆どが草の上に腰を下ろす中、唯一石の上に腰掛ける人物……その名をリューネ。

 「己の力のみを信じるな。辺りに意識を向けろ。地形、動植物、建物、天候、仲間、あらゆる手段がそこにはある。
 戦核者も核者も所詮は人。一つの慢心が死に至る。視野を広く持て。柔軟に思考を巡らせろ。見える世界が広がれば、それは自分の生存率と直結する。生きたければ考えることを忘れるな。
 ……あぁ、スゲェ。何度読んでもボスの教え・・・・・は芯に響く。そうだろお前ら?」

 リューネの手には数枚の紙切れが握られており、そこにはビッシリと文字が書き綴られていた。何を隠そう、その文字を書いたのは他でもないレドである。
 リューネがわざわざ声に出して読み上げていたのは、自分の部下達にも素晴らしい教えを説く為。聞かされていた部下達は揃いも揃って目をキラキラとさせており、一見すればかなり怪しげな集団だ。

 そもそもレドではなくリズリアの教えなのだが、知らないリューネ達からすれば敬愛する人物の貴重な教えとしてしか認識できないので、そんな反応を見せるのも必然と言えば必然だろう。

 「はい。桜花騎士団での教えは何だったのだろうと思えてなりません。元々おかしな点も多かったですし、ボスの言葉を聞いて間違いだったのだと確信しましたっ」

 「ふんふんふん……!」

 リューネの問い掛けに長い白髪を揺らしながら興奮気味に応えたのは、かつて桜花第3騎士団で副団長を務めていたスオウだ。
 彼女もまたリューネと同じく、レドの強さ、意思に惹かれた1人。
 その隣に座っていたコロネも同意見だと言いたげに、もげる勢いで首を縦に振っていた。

 「団長、やはりこの教えは本にすべきでは?」

 青髪の女性、アティスが提案する。優しげな雰囲気とは裏腹に、瞳の奥に宿るのは確固たる意思。……もとい、依存の色。
 3日の間にレドを観察、交流し、間近で感じた圧倒的な強者の風格。女性の戦核者しか知らないアティスの目には、レドという存在が酷く眩しく映っていた。

 「ああ。ここに書かれてる教えはもっと広く伝わってこそだとオレも思う。やっぱ言い伝え通り、男の戦核者は偉業を成し遂げるもんなんだな。ボスを見てきて実感したぜ。この人は間違いなく後世に名を残すってな」

 「単純な実力だけじゃなく、勘の良さ、器の大きさも桁違い。口調は乱暴だけど、現盗賊のボク達に真摯に向き合ってくれてた。なんだかんだ優しいよね……3日間で痛感した。
 それに狩りを教えてもらいながら何度も不意打ちをかけようとしたけど、全部睨まれて止められたっけ。そんなボクにもお咎め無し。敵わないなぁ」

 「そんなことしてたのかテメェ!?」

 「何と畏れ多いことを!」

 「む、無謀にも程があるよぅ!」

 「不敬ですわねトワ。殺しますわよ?」

 リューネと同じく黒髪の女性、トワが頬を緩ませながら語る。しかしその内容に全員が戦慄、または苦々しい表情を浮かべた。

 レドからの教え、そして狩りのやり方。そんな中で僅かに見せるレドの隙を突き、トワは実力を確かめるように何度も背中から襲いかかろうとした。
 無論全て失敗に終わっている。勘の良さ云々と言うよりも、そもそもレドはリューネ達のことを信じきっているわけではないので、常に警戒態勢で居た。故に不意打ちにも対応出来ただけだ。勘の良さでは決してない。

 器の大きさ云々にしても全てトワの早とちりである。レドからすればリューネ達も厄介事の一つでしかなく、今後のゴタゴタを回避するために色々と教え込んだに過ぎないのだ。

 とは言え完全に裏目に出ていることを肝心の本人は知らない。

 「いやぁ、ボスに睨まれるとこう……なんか気持ちよくて。だからつい」

 「わかるよトワちゃん!!」

 「何故分かるんだコロネ!?」

 垣間見える変態性。問い詰められ睨まれた経験を持つコロネもまたトワと同じ穴の狢。確かな快楽を感じていた2人は何を語るでもなくガッシリと握手を交わした。理解しがたい光景にスオウは絶句である。

 「変態ですわね」

 「いや、正直わからんでもねぇ」

 「団長まで!?」

 「勘違いすんなよスオウ。別にこのアホ共みてぇに気持ちよくとかそんなんじゃねぇから」

 「では、何故……?」

 「オレにもよく分からねぇが、ボスの赤い瞳は他者を惹きつける何かを持ってる。吸い込まれちまったらそれまで。あとはボスに堕ちていく、そんな感覚だ。
 お前達も気付いてるんじゃねぇのか? スオウ、アティス」

 「い、いえ、私はその……」

 「真正面からボスのご尊顔をまじまじと見つめるなど、初心うぶな私達に出来ると思いますか? 団長」

 まるでアンタ達と一緒にするなと言いたげにアティスがズバリと言い返した。が、内容的には、恥ずかしくて見つめ返せませんという何とも情けないもの故に、決してドヤ顔をする程のことではないとだけ明記しておこう。

 「スオウはともかくお前がそれを言うのかよアティス」

 「失礼ですわね。私だってまだ色々と未経験です」

 「少なくとも初心ではねぇよ。恋愛事に関してはこの中じゃお前が一番経験豊富だろうが。騎士団に居た頃、数え切れないほどの奴等に言い寄られてるの見てんだぞオレは」

 「それこそ失礼ですわ! そもそも一方的でしたし言い寄って来てたのは全員女です! 同性の身でありながら私を愛しているなどと気色の悪いことを宣う下郎達とボスを一緒にしないでいただけますか! 男性相手は未経験! 初めてはボスにもがが──!」

 「分かったから少し落ち着けアティス。いらんことまで喋ろうとしているぞ」

 依存、崇拝、盲目。この中でも特に入れ込み具合の激しいアティスが勢いそのままにとんでもない事を口走ろうとするのを、横合いからスオウが両手で口を塞ぎ沈黙させた。

 人のことは言えない。アティスもまたトワやコロネと同じく変態である。

 「うーん……しかし教えを広めるにしてもオレ達がこんなじゃなぁ」

 「こんな?」

 「ボスは世界で唯一の存在。300年振りに顕現した11人目の男の戦核者だ。
 対して現状のオレ達を見てみろよ。元騎士とは言え現在は盗賊。あまりにも不釣り合いだろ。この状態で教えを広めたとしても説得力もクソもねぇ。盗賊の戯れ言と切り捨てられるのが関の山だ。
 それだけならまだしも、最悪ボスの名にまで傷を付けることになっちまう。そんなの耐えられるか?」

 「死ねますね」

 「ぼ、ボスの評価が下がるのは、確かに嫌かも」

 「理解できる者だけを選りすぐり、他は抹殺してはどうでしょう?」

 「アティスの思考が恐ろし過ぎるよね。そもそもそんなことしたら教えに反するよ? ボスに見限られてもいいの?」

 「……ぁ」

 「泣いちゃった! アティス泣いちゃったよトワちゃん!?」

 「昔からメンタル強いのか弱いのかハッキリしないよねーアティスって。はははー」

 「やめないかお前達。まったく」

 レドに嫌われる光景を思い浮かべ即座に涙を流すアティス。それを見て慌てるコロネに知らん顔で笑うトワ。
 なかなかの不思議空間。だが彼女達にとっては割と日常茶飯事な光景なので誰も深く突っ込もうとはしなかった。

 レドは彼女達を好きでもなければ嫌いでもない。いや、どちらかと言えば嫌い寄りである。それを知らないままで居る方が、きっと彼女達にとっては幸せなことだろう。

 リューネの話は続く。

 「んんっ。とにかくだ、このままでいい筈がねぇ。オレ達が胸張ってボスの配下を名乗るなら、少なくとも足を洗う必要がある。
 いやもう盗賊のつもりはねぇが、身なりはどう見ても盗賊のそれだからな」

 「でもさ、結局ボク達を追ってるキアラを何とかしない限りは表立っての行動なんて出来ないじゃん?」

 「うむ、その通りだ。悔しいが真っ当な道を行くのは難しいだろう。つまりそれは、堂々とボスの隣を歩くことさえ許されないことと同じ」

 「は、はいっ! キアラはボスが言うところの外道に当たると思うから、闇討ちしても許されると思うよ!」

 「個人的には賛成したいところですが、却下ですわコロネ。キアラのクソ──……下衆についてはボスが対処すると仰っていたでしょう?
 私達が下手に手を出せばボスの邪魔になりかねませんわ」

 「あぅ……そ、そっか」

 騎士とは如何なる困難にも正々堂々と挑むもの。それがこの世界においての一般常識であるのは間違いない。
 にも関わらず、恐ろしいことに元騎士であるコロネの闇討ち発言に誰も異を唱えようとはしなかった。アティスが否と答えたのは、結果的にレドからの評価が下がりかねないと危惧してのことだ。闇討ち自体を否定している訳ではない。

 仮にレドがキアラ・マグネスを片付ける的な発言をしていなければ、彼女達は即座に動いていた筈だ。
 騎士としてではなく、レドの配下として生きることを決めた彼女達に迷いは無いだろう。

 たった3日。その短期間でリューネ達の考え方は大きく変わっていた。これまでの人生を女性優遇の世界で過ごしてきた彼女達にとって、それだけレド(リズリア)からの教えは衝撃的なものだったのだ。
 付け加えるなら、有無を言わさぬレドの眼力も教えを刷り込む要因となっている。

 「……いや、完全に手を出さねぇのもそれはそれで問題だ」

 「と言うと?」

 「ボスも言ってただろ? 誰かに指図されることを是とするのではなく、いつ如何なる時も自分の考えを捨てる真似はするなと。
 騎士団に居た頃のオレ達はまさしくそれだった。桜花騎士団統括、騎士王オフィーリアに言われるがままに任務を遂行。逆らうことは許されない。背けば最悪の場合、斬首刑だ。……何故それをおかしいと思わなかったのか、今では不思議でしょうがねぇよ」

 「んー、確かに。騎士王からの命令だーってことで、おかしい点もいつからか深く考えないようになってたっけ」

 「命令されるがまま。そこに私達の意思は無く、あるのは騎士王の絶対的な意思だけ。
 ……ふふっ、これでは人形と変わりませんわね」

 「そうだ。そしてオレ達はもう人形じゃねぇ。追われる身なれど、皮肉にもそのおかげで少しばかりの自由を得た。何よりもボスと出会えた。
 そのボスがこう言ってんだ。お前達は教えを説かれてなお人形のままで居るつもりなのか? と」

 「っ!」

 リューネの言葉を聞いた瞬間、彼女達に衝撃が走った。スオウ、アティス、コロネ、トワ、そしてその他全員が、レドの言葉に隠れた真意に気付き、その身を震わせる。

 目から鱗とはこのことか。誰もが言葉を失い、教えを噛み締めた。我らがボスは自分達にこう言っているのだ。

 お前達は自由だ。故にこの先をどう歩み、切り開くのか、それはお前達次第。もう人形ではないことを示してみろ、と。



 しかし悲しいかなレド本人にそこまでの深い考えは無い。
 何度でも言おう。教えは全て厄介事を避ける為であり、こんな展開をレド自身は望んでなどいないのだ。


 が、止める者が居ない超解釈は進み続け、やがてリューネが意を決したように伏せていた顔を上げた。

 「オレ達に出来るのは自分磨きはもちろんのこと、少しでもキアラを探しやすくする為に陰ながらボスのサポートをする事だ。
 人形ではないと証明しなきゃならねぇ。その為にも、この中から1人選抜してボスの近くに潜伏させようと思う。情報収集担当としてな」

 「ですが団長、仮に変装で正体を隠しボスの補佐を行ったとしても、キアラにバレてしまっては元も子もないのでは?」

 「その通りだ。オレ、スオウ、アティス、コロネ、トワ、この5人は良くも悪くもキアラ達に顔を知られ過ぎてる。全員それなりに功績も積んでたからな、一般人にもオレ達を知ってる奴は多いだろう。当然顔も割れてると考えていい。
 悔しいがオレ達は目立ち過ぎる。だからこそ、この大役を番外騎士に託すんだ」

 そう言ってリューネが見たのは、彼女達の会話を静かに聞いていた他の仲間達。
 彼女達もまた元騎士であると同時に、リューネの元で長年寝食を共にしたかけがえのない存在だ。

 リューネ騎士団長。

 スオウ副団長。

 アティス魔導兵長。

 コロネ特攻隊長。

 トワ隠密隊長。

 それぞれの役職に就く彼女達とは違い、その下で使命に従事する者達。それが彼女達、番外騎士である。

 もっと分かりやすく言うならば、下っ端だ。

 団長達の視線を一身に受ける彼女達は目に見えて狼狽え始めた。当然だ。これまでもリューネ達の指示の元で動くことは何度もあった。
 しかしそれは常に指示を出してくれる人が居たからこそ問題なく遂行できたとも言えるだろう。だが今回は訳が違う。新たな主……しかも男の戦核者のサポートをたった1人に任せようと言うのだ。

 のしかかる重責はこれまでの比ではない。

 「お前らはオレ達と違って目立ち過ぎることもねぇ。出回ってる手配書もオレ達5人分だけだし、まず顔バレはしねぇだろう」

 「なるほど、名案ですね団長!」

 「でも問題は誰を選ぶかだよねー」

 そう、トワの言う通り問題はそこだ。
 ボスであるレドの為に動くのだから、当然半端な者を選出する訳にはいかない。サポートをするのが目的である以上、逆に足を引っ張っては本末転倒だ。

 悲しいかな騎士と言えども下っ端は下っ端。自分達と同等に使命を果たせるかどうか、リューネはその辺りの不安が拭えなかった。

 そうして1人悩むリューネに、おずおずと手を上げたのはコロネだ。

 「だ、団長、1人だけじゃなくて複数人はダメなのかな……?」

 「ダメだ。もし1人捕まれば芋づる式に他の奴まで巻き込む恐れがある。こればかりは譲れねぇな」

 「……では、トワの部下達から選んではどうでしょう?」

 「ボクの?」

 「えぇ。元々貴女達は戦闘向きではない隠密や情報収集に特化した部隊ですわ。今回の件にはうってつけでしょう?」

 「んー、確かにそうだけどさぁ」

 理には適っている。しかし肝心のトワは苦々しい表情を浮かべるばかりで首を縦に振ろうとはせず、またアティスも煮え切らない態度を見せるトワをジト目で睨みつけた。

 「ボスの力になるのが嫌だと?」

 「そうは言ってないじゃん。確かに適任かもだけど、アティスの言う通りボク達は情報収集専門で戦闘は不向き。万が一ボスと共闘する事になったら、それこそ足手まといになるんじゃないかな」

 「……まぁ言いてぇことは理解できる。
 トワ達が優秀なのはオレが一番知ってっし、大ポカをやらかすほど未熟でもねぇが、何事も絶対は無ぇからな」

 「ね? ちゃんとボスのことを考えて渋ってるんだよ。だからそんな怖い顔しないでほしいなアティス」

 「ふん、まぁいいですわ。しかし、となるとますます誰を選ぶかですが──」

 「団長。アタシに任せてもらえませんか?」

 このままでは平行線の一途を辿るばかり。どうするべきかと思考の海に潜ろうとするリューネの耳に聞こえてきた突然の一声。

 狼狽えてばかりの番外騎士の中で唯一、強い意思を秘めた瞳を持つ者が1人。周りと比べても明らかに背丈が低い栗色の髪をした少女。背筋を正し、ピンと真っ直ぐ手を掲げる姿は自信の表れか。

 リューネは少女の心強い言葉に気を良くする……のではなく、只管に首を傾げていた。何故なら。

 「……誰だっけ?」

 言葉通り、リューネは少女を知らなかった。

 「あーごめん団長、そういえば紹介してなかったや。この子、ボク達がキアラに貶められる直前くらいに入隊した新人ちゃん。
 不幸なことに入隊早々騎士団から追い出されて、ボク達と盗賊する羽目になった可哀想な子猫ちゃんだね」

 「新人? 聞いてませんわよそんなこと」

 「紹介するタイミングがね~。みんなずっとピリピリしてたし、いつかはって考えてたんだけどさ。
 気付いたら何ヶ月も過ぎてて完全に忘れてたー。ごめんごめん」

 「はぁ……貴女ねぇ」

 「入隊してたのをオレが知らねぇってことは、お前のスカウトか? トワ」

 「うん。ちゃんと正式に雇用したよ。それなりに名のある冒険者をボコボコにしてる所を偶然見かけちゃってさ。問題行動をギルドに報告しない代わりに騎士団に入らない? って勧誘したのさ」

 「それは勧誘ではなく脅しなのでは……」

 「そうとも言う。でも本人も乗り気だったし、何より実力は折り紙付き。戦闘能力も然ることながら、試しに任せた隠密任務もソッコーで終わらせちゃった出来る子だよ。
 間違いなく番外騎士の中では頭一つ以上抜けてるね。だからこそどの部隊に配属させるか迷っちゃってて、未だに下っ端扱いなんだけどさ。あははー」

 「あの、トワさん。あんまり持ち上げられると流石に恥ずかしいんですけど」

 「こういう謙虚な所もポイント高いよね。そう思わない? 団長」

 「トワさん!」

 「あっははー。ごめんってー」

 トワの言葉に偽りはない。普段から飄々とした態度ではあるものの、これでも隠密、情報収集を主とした部隊の隊長を任されている身だ。人を見る目はこの場に居る誰よりもあるだろう。
 そのトワが太鼓判を押している存在に、リューネは無意識のうちに口角を上げていた。

 5人の中でも人一倍他人に興味を示さない特徴を持つトワが直々にスカウトした人材。興味を持つなという方が無理な話だ。

 「お前、名前は?」

 「ユユノ・エイカです」

 「歳は?」

 「先月で13になりました」

 「13!?」

 「若ぇな。……一つ聞くぞユユノ。お前が任せてほしいと言っているのは、これまでオレ達が扱ってきたどんな任務よりも重要なものだ。
 世界そのものを揺るがしかねない存在である男の戦核者の補佐。失敗は許されねぇ。そこんとこ理解してるか?」

 「重要性は理解しています。結果によってはアタシ達の今後を大きく左右するだろうことも分かっています」

 「それでもやると?」

 「はいっ。……っ!!?」

 しっかりとした口調でユユノが返事をした直後、リューネから凄まじい威圧が放たれた。元とは言え騎士団長が放つそれは、常人であれば腰を抜かす程の迫力がある。

 アッサリとレドに撃退されてはいたが、リューネとて類稀な力を持つ戦核者なのだ。真正面から威圧を受けるユユノの額には、じんわりと汗が浮かび上がっていた。

 これは試練だ。半端な覚悟で望むべきではない任務だからこそ、リューネはユユノを試した。この程度で怖じ気付いていてはとてもレドの補佐など任せられない。
 いくらトワのお墨付きでも、おそらく視線を逸らす程度はするだろうとリューネは考えていた……が。

 「っ……」

 (へぇ?)

 逸らさず。流さず。リューネに対して驚きの表情を見せたのは一瞬だけで、押し潰されそうになる威圧を前にしてもユユノは一切視線を逸らすことはなかった。
 それどころか、ナメるなよと言わんばかりにリューネを睨み返すほどだ。これには逆にリューネが驚かされる。

 どれだけ肉体が優れていようと、精神力が強くなければこんな真似は出来ない。

 やがてリューネは満足そうに頷いて、放っていた威圧も嘘のように消えていった。

 「いいね、気に入った。だがもう一つ、お前をこの任務に推してもいい決定的な何かが欲しい。
 何でも構わねぇ。とにかく他とは違うってことを証明してみせろ」

 無茶なことを言う。自分ですらいきなりそんな事を言われても困るのに、新人相手に酷な真似を……。そんな事を心中で思いユユノに同情するスオウだったが、直ぐにその考えを改めることになる。

 リューネの言葉を聞き届けたユユノが徐に立ち上がり、一歩ずつ近づいて行く。そうしてリューネの目の前まで来たところで「失礼します」と一言断りを入れたかと思えば、そっとリューネの頬に触れた。

 瞬間、リューネが感じたのは明確な共鳴反応。
 レドの時に比べれば天と地ほども差がある感覚ではあるが、それでも確かに自分の中の戦核が脈動し、反応したのだ。この少女が間違いなく自分と同じ存在であると。

 「お前、戦核者なのか?」

 「はい。これで証明にはなりませんか?」

 「いや、十分過ぎる。それにこの共鳴反応……私と大きく差がある訳でもないのか。だとすると潜在能力から見ても団長クラス……おいトワ、お前は知ってたのか?」

 「いやー、それはボクも予想外。ボクが戦核者だったら気付けたかもだけど」

 「そうか。……ククク、いいね。ますます気に入ったぞユユノ」

 「それじゃあ……!」

 「はっ、いいだろう! お前をボスの補佐に任命する! オレ達の、いやボスの期待に応えてみせろよルーキー!」

 「はいっ! 必ず!」

 こうして、本人の預かり知らぬ所で事は勝手に進んで行くのだった。
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