11人目の戦核者

アメイロ ニシキ

文字の大きさ
上 下
5 / 18

彼の意思

しおりを挟む
 目の前は真っ暗で何も見えない。
 呼吸もしづらい上に両腕は鉛のように重い。何より両目に焼けるような痛みが走り続けている。

 鍛錬がどれくらいの時間続いていたのかも分からなかった。只管に斧を振るい、思考は迫り来る丸太にばかり向けられ、それ以外の事に意識を向ける余裕はなかった。

 迫る丸太の速度はふざけるなと声を大にして叫びたい程に速く、1本1本を叩き切る度に全身が軋んだ。

 やがて真っ暗だった視界が開け、太陽の光が差し込む。同時に師匠せんせいの顔がそこにあった。

 「どんなだ?」

 聞かれた質問に直ぐには答えられなかった。
 喋ろうとすると息が詰まる。それだけハードな鍛錬だったのだ。少なくともこうして仰向けに寝転がって何も出来なくなるくらいには。

 「最悪ですよ」

 「見えてるか? 視力の低下は?」

 「痛みはありますけど、視力に支障はありません。正直、今は目よりも満足に両腕を動かせない方がツラいですかね」

 「あははっ、それは何より」

 また視界が暗くなる。
 両目を冷やす用に師匠せんせいが持ってきてくれた水に浸した布。それを再び目の上にかけられたのだろう。

 「全力使用時間はざっと10分といったところか。うん、しっかり成長している。暴走の兆候も無しだ」

 10分だって? 最低でも30分くらいは鍛錬していたと思うが……使い過ぎで感覚がおかしくなってるのか。

 「たった10分……」

 「全力で使用して10分だぞ。大きな進歩だろう」

 ああ、そう言われれば確かに。
 昔の事を思えば相当に進歩したな。

 「……ところで」

 「ん?」

 「確認って言ってましたけど、結局今回の鍛錬で何を確認したんですか? 身体能力を見極めるとかなら、まぁ納得ですが」

 「それもある。実際レドの身体能力は申し分ない。
 目はもちろん、超重量の斧を十全に振り回せるフィジカルの強さ。私が投げた丸太に即対応できる瞬発力と反射神経。
 うん、既にレドは戦士として完成している。この私が太鼓判を押そうじゃないか」

 「……」

 まさかそこまでの高評価を貰えるとは思っておらず、何処かむず痒さを感じた。ニヤついていないだろうか? 目元が隠れていてよかった。

 師匠せんせいが太鼓判を押す、つまり 俺は認められたという事に他ならない。
 世界にその名を轟かすリズリア・ヴァレンタインその人から、お前は完成したと言われたのだ。

 感情の起伏が乏しいとよく言われる俺でも、流石に込み上げてくるものがあった。

 「うん、うん。これなら大丈夫か」

 ふと師匠せんせいが独り言のように呟く。
 未だ重い右腕を動かして目の上に乗せられた布を取り、師匠せんせいの顔を窺う。

 その表情はどこまでも真剣で、瞳は虚空を捉えて離さない。やがてその目が俺に向けられると、何の脈絡もなく師匠せんせいはこう言った。

 「レド、冒険者になりなさい」

 「…………はぁ?」

 言われた言葉の意味がわからず、しばらく停止してから失礼極まりない一言を発してしまった。
 それだけの衝撃。いつもなら他愛もない話をした後は、それぞれの仕事に戻って1日を過ごすのに、今日に限っていつもと違った。

 冗談の類ではない。俺を見つめる師匠せんせいの目は本気だ。

 「その強さがあれば世界でも通用する。やはりレドは完成しているよ。
 だが、それはあくまでも身体的な意味ではだ。中身は未だ未熟」

 「それ、もしかして女嫌いが関係してます?」

 「ははっ! 聡いな!」

 まぁそうだろう。それは俺自身が、叶うなら何とかしないとと思っている事でもあるからな。
 それ以外では特に思い当たる節は無い。自分で言う事ではないかもしれないけれど、それでも俺は同年代の他人に比べればかなり悟っている方だと思う。

 それも未熟と言われてしまえばそれまでだが。

 「教会に居た頃と今の生活。極論、レドはたったそれだけの世界しか知らない。
 前にレドを街へ連れて行った時、そこで見た物も世界からしてみればほんのひと握りの光景でしかないんだよ」

 「世界は広い、と?」

 「ああ。この村に居る人達は良い人ばかりだ。私が見定めたのだから間違いは無い。
 だが世界にも彼等彼女等のように良い人達も多い。中には腐ってる輩も居る。しかし全てではない。
 レドが嫌う女の中にだって、私より遥かに優れた人格者も居るだろう」

 「それは無いですね」

 師匠せんせいの言いたい事は分かった。
 理解も出来るし、納得も出来る。全員が全員クズな訳が無いのはわかってる事だ。
 ただ、師匠せんせいより優れた人格者なんて居るものか。そこは否定させてもらおう。

 「私のこと好き過ぎないか?」

 「好きかどうかは問題ではありません。人として師として、師匠せんせいを越える人なんて居ませんよ。いえ、仮に居ても俺が認めません」

 「やれやれ、そういう所も治さないとだな。ただまぁ、そこまで言われるのは師匠せんせい冥利に尽きるが。
 ……レド、ここでは強さは学べても心に抱えるひずみは癒せない。世間から切り離されたこの狭い場所ではな」

 「その狭い場所でも、俺は満足ですが」

 「私が満足しない」

 「……それはズルいでしょ」

 「あははは! 私の為と思えばその重い腰も上がるかと思ってな! 図星か?」

 「当たらずとも遠からず」

 冒険者になって歪みが治るかどうかはともかく、必要だと言うなら否と応える道理は無い。

 それに、師匠せんせいの言う事も分かるのだ。ここに来たばかりの頃は今と比べるのも馬鹿らしい程、俺の心は壊れていた。
 だいぶマシになったとは言え、未だ俺の中に燻り続ける女性に対しての強い憎しみ。

 表面上は普通に話せるようになっても、相手が女性というだけで警戒してしまう。会ったばかりの頃は、師匠せんせいやユナにも酷い対応をしてしまった。

 何をするにも相手が悪かもしれないと前提で考えてしまう。頭では理解していても魂が否定する。

 このままでいいわけが無いのだ。

 「ここを離れて世界を知り、見聞を広めたところで治るでしょうか?」

 「はっ、知らん」

 バッサリと吐いて捨てられた。
 無責任な! そんな一言を言おうとしてグッと堪える。

 「私は全能じゃない。レドが冒険者になってどんな変化を見せるかなんて分かるものか。
私は最強・・なだけで神ではないのだからな。あっははははは!」

 「結局は俺次第じゃないですか」

 「当然だ。レドのこれからを決めるのは私ではなく、レド・ヴァレンタイン自身だ。私の出る幕じゃあない」

 「……俺自身、か」

 思えばこれまで、俺は師匠せんせいを中心にして生きてきた。言われるままに学び、鍛え、今ここに居る。
 それでいいと疑問にも思わなかったけど、こうして師匠せんせいに言われて初めて思う。

 俺の意思はどこにあるのだろう?

 師匠せんせいという存在を無くして、俺は俺のままで歩めるだろうか。俺の意思で立っていられるだろうか。また昔の俺に戻ってしまわないだろうか。

 それだけが酷く恐ろしい。

 「……師匠せんせい

 「ん、何だ愛弟子」

 「冒険者になるには、どうしたらいいですか?」

 俺を見下ろす師匠せんせいの顔を真っ直ぐに見上げながら問う。
 ほんの少しの間だけ意外そうに目を瞬かせた後、師匠せんせいは笑みを深めて俺の髪を優しく撫でてくれる。

 「それでこそ私の家族だ」

 眩しげに師匠せんせいを見上げたまま、俺はこの日、初めて自分の為に行動する事を決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話

まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)   「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」 久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。

【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】

うすい
恋愛
【ストーリー】 幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。 そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。 3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。 さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。 【登場人物】 ・ななか 広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。 ・かつや 不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。 ・よしひこ 飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。 ・しんじ 工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。 【注意】 ※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。 そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。 フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。 ※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。 ※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

処理中です...