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少年時代
剣聖がなんぼのもんじゃい
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「ほう?」
「(ひえぇ! お、怒っていらっしゃる!)」
剣聖の目付きがとんでもなく鋭くなった! そりゃそうだよね! いきなりテメェの座いただくとか言われりゃ誰だってカチンと来るよね!
悪印象を抱かせてとっとと追い出されたいのは変わらんが、だからと言ってボコボコにされるのは嫌なんだわ! このバカ選択肢!
「ここを開いてしばらく経つが、君のように血気盛んな者は初めてだ。私個人としては非常に好ましく思う」
あら? 悪印象どころか好印象くさい? い、いやぁそれはそれで困るんですけど……「出て行け!」て言ってくれればそれでいいので、変に興味持たないでください。
「しかしながら、最強の座を奪う事がどういう事か……それが分からないわけではあるまい?」
意味深な言葉を発したかと思えば、剣聖からとんでもない威圧が飛んできた。そっち方面は完全に素人でも、それくらいは分かる。めっちゃ怖い。
【ぴやぁぁぁ、おしっこちびるぅぅぅ】
【ふっ、こそばゆい】
両極端!!! 結果はともかくさっきみたいにマトモな選択肢出せやボケぇ!! 下じゃあ!
⇨【ふっ、こそばゆい】
「威圧程度でこの俺が怯むとでも? 安く見られたものだな。どうやら剣聖様の目は随分と節穴らしい」
「いいや、節穴ではないさ。最初から君の事は買っている。その実力含めてな」
節穴じゃねーか! 今アンタの目の前に居る奴は口だけイキリ野郎でしかないからね!?
「それにしても……フッ、今のをただの威圧と受け取るか。普通であれば卒倒してもおかしくはないのだがな」
「夜泣きする子供を寝かしつけるにはちょうどいいかもな。だが生憎と、俺は赤子じゃあない」
「ふふ、ふはは……いいぞ。久しく忘れていた感覚が蘇ってくる」
うわー、剣聖の目付きが大変な事になってる。この人普通にヤベー人なんじゃないの? 人殺しの目だよこれ。そのニチャアって笑い方やめて怖い。
内心ビビりまくってる俺の事なんぞ知らず、剣聖が手に持っていた木剣を投げ渡してきた。そして自らも床に転がっていた木剣を拾い上げ、切っ先を俺に向けてくる。
「会話ばかりでは埒が明かないだろう? 私の座を奪いたくば剣で語れ。小細工なしの真っ向勝負だ。本気で来い。私も君を殺すつもりで行こう」
あ゙あぁぁぁぁぁ!! なんでそうなるの!! 分かってたよ流れ的にさ、ボコボコにされるのは確定だなって! でも殺すのは違うと思います! 犯罪だよー!
【剣なぞ要らぬ!!! 素手で十分だ! (木剣バキー)】
【僕強過ぎて武器壊しちゃうんですよね(木剣バキー)】
【殺す? 木剣でどう殺すつもりだ? ナメているのか剣聖(真剣カモン)】
おまぁえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!! クソ馬鹿なんかド阿呆!! なんで自分の首を絞めるような事すんだよ!! どれ選んでも死ぬだろうがっ!
やるしかないってんなら武器は絶対いるだろ! なに素手でやらせようとしてんの!? 一番下に関しては殺意に満ち満ちてるよね! 俺木剣で相手真剣? ざけんなカス! 死ぬわっ!!
どれ選べばいいんだよこれぇ……素手でやりたくもないし、かと言って真剣相手にやり合うとか頭イカれてるし、誰か助けて。
……いや、待てよ? そもそもの話、選択肢ってこれだけしかないのだろうか? 俺はてっきり、このクソみたいな選択肢から選ばなければならないと思い込んで今まで選んできたけど、このまま選ばずに待っていたらどうなる?
ワンチャン、俺の意思で行動できたりとかしないだろうか?
…………よし、賭けてみよう。
――――……。
はい、あれからたっぷり1時間くらい放置しましたけど何にも変わってませんありがとうございます。うん知ってた。1時間ずっと剣聖に睨まれてる形でホントにちびるとこだったぜ。
はぁ……しゃあない。素手でやるのは本気の本気で嫌だが、真剣でスパッと命刈り取られるよりかは生存確率も高かろう。1発2発わざと受けて「参りました。さようなら」のプランで行こう。痛みは根性で我慢だ!
となればどっちを選ぶかだが、結果は同じだし真ん中でいっか。いちいち過剰にアピールする必要なんてないもんね。
⇨【僕強過ぎて武器壊しちゃうんですよね(木剣バキー)】
「……稽古用の木剣か。まさかこれを使って戦えとでも? 剣聖ともあろう者が玩具遊びとは片腹痛い」
無駄に煽んなバカ!
それに俺としては木剣でやってほしいんだけど、どうせ折るんでしょ? 知ってる。なんて言ってたら予想通り受け取った木剣を半ばから握り潰した。
思ってた折り方と違うわ。てっきり足でも使ってポッキンするのかと思ったのに、まさかの握り潰しですよ、ドン引き。俺そんなに握力強い方じゃないのにマジでどうなってんだよ。
ほら見ろ、周りの人達も絶賛引いてるじゃないか。やめてそんな目で見ないで。
やっぱり運命選択が体支配してる間は驚異的な身体能力を得てる臭い。でも頑丈にはなってないみたいで折れた木剣の破片が手に突き刺さってバカ痛い、ふざけんな。
「脆い。軽く握り込んだ程度でこれでは、満足に振る事すら叶わないぞ」
「末恐ろしいな君は。所詮木製とは言え、使われている素材は最高硬度を誇る木材だ。それを苦も無く握り折った挙句、痛みに顔色一つ変えないなどと……君は一体何者だ?」
何者でもないんだよなー。一般人なんだよなー。
「いや、無粋な問いか。剣で語れと言ったのは私自身だからな。しかし、今のを見せられては君相手に木剣というのも心許ないように思う」
あれ? 剣聖が木剣を投げ捨てた。もしかしてそっちも素手でやってくれるとか!? やったぜ! 木剣でボコられるのに比べれば遥かにマシだ! これなら大怪我は免れ――。
「故に、真剣にてお相手しよう」
……あれー? どうして腰に差している鞘から本物の剣を抜いてるんだろうこの人? 真剣ルート選んでないのに。
「せ、先生! 正気ですか!? もしここで死人でも出そうものなら……!」
「ここからは達人同士の世界だ。素人が口を挟むな、斬るぞ」
「ひっ!」
せっかく止めようとしてくれた門下生Aくんを一睨みで撃沈。それくらいでへこたれるなよ! もっと踏み込んで俺を助けようぜ!?
つーか誰が達人じゃい! 本当に節穴だなオメー! 真剣抜くなよ! こっち向けんな!
【凄い睨みだ。真似してみよう】
【ぴやぁぁぁ、おしっこちびるぅぅぅ】
しつけーな!? 正直チビリそうだけどチビらねーわ! 男の尊厳ナメんなバーカッ!
⇨【凄い睨みだ。真似してみよう】
「……」
「(っっ……!!? 何という圧だ。睨まれただけでこの私が気圧されるとは。フッ、相手を間違えるなということか)」
お? なんか剣聖が後退ったぞ。ははーん? さてはビビってますな。今自分がどんな顔で睨んでるのかは知らんけど、これだけの反応をしてるのだからきっと凄い形相に違いない。
いいぞ、このまま睨み続けてれば案外引き下がってくれるかも。いや、そうであれ! まだ死にたくないもん俺!
【はわわぁ、目が乾いてきちゃった。睨むのやーめた】
【ぴやぁぁぁ、涙で何にも見えないよぅ】
ドライアイかっ!!! あと腹立つからぴやんのやめろ!!
⇨【はわわぁ、目が乾いてきちゃった。睨むのやーめた】
「最初から全力だ。簡単に死んでくれるなよ?」
この人マジで殺す気だ!
体勢を低く、剣聖が独特な構えを取った瞬間、その姿は一瞬にして掻き消えた。寸前までそこに居たのに、剣聖の姿はどこにも見当たらず……あ、これあれだ、気付かないうちに首チョンパのパターンだ。
まさか贈り物に振り回されたまま死ぬなんて。これ以上情けない死に方があるだろうか。グッバイ未来のお嫁さん。
【静かに首を差し出す】
【静かに喉元を晒す】
【勢い良く頭を振り下ろす】
最後くらいマトモな選択肢出せやぁぁぁ……はぁ。もういい疲れた、こんなのどれ選んでもバッサリやられて終わりだ。
でもこれが最後ってんなら多少抗ってみても許されるだろう。唯一可能性がある一番下を選ぶのが王道。もはや我に迷い無し。
⇨【勢い良く頭を振り下ろす】
ほぼ諦めの境地で一番下を選択。時が動き出し、予備動作すらなく体が勝手に動いて頭が振り下ろされた。……さらば。
「がっ!!?」
「(いって……!?)」
しかし、感じたのは首への違和感などではなく額への鈍痛。同時に直ぐ目の前から苦悶の声が響いてきた。
ガシャンと床に落ちたのは剣聖が持っていた剣。
何が起きたのか理解できないまま、自由になった体を動かして前を見てみると、そこには口元を押さえて尻餅をついている剣聖の姿があった。
…………ん???
「先生っ!」
何故か足をプルプルさせるばかりで立ち上がろうとしない剣聖に門下生が次々と駆け寄って行く。その行動も分かるけど誰か説明しろよ、お前ら一部始終見てたんだろ?
「大丈夫ですか!?」
「ぐっ……足が」
「い、今、何をされたのですか? 私には速すぎて見えなかったのですが」
「特別な事は何もされていない。私はただ、頭突きをされた」
頭突き!!? まさかあの選択肢がそんな事に!?
えぇ~……流石に予想外だよ。結果的に首スパーンは免れたけど、無造作に下ろされた頭に自分から突っ込んでくるとか何考えてんのこの人。
「私の最速の一撃を紙一重で躱した挙句、寸分違わず顎先への的確な一撃。見事なカウンターだ。しかも頭でとは……」
「そんな……! それってつまり、この人は!」
「ああ、私より速い。技術力はもちろん、戦闘におけるセンスもズバ抜けている。私の初撃を防いだ者は過去に何人も居たが、こうも簡単にやり返されるのは初めてだ。
それもたった一撃で剣聖である私を一時戦闘不能にする程の威力と鋭さ。魔王相手ですらこんな醜態は晒さなかった」
「嘘だろ……」
「じゃ、じゃあコイツって」
「先生よりも……?」
「で、でも! たった一撃食らっただけじゃないですか! まだ先生は負けてません!」
「いいや、負けだ。私は彼女の反撃に一切反応できなかった。見えなかったのだ……それ程までの神速。
あの一撃が頭突きではなく、真剣によるものであったなら、既に私は死んでいるんだよ」
「っ!?」
…………えーっと。勝手にどんどんハードル上げてくのやめてもらえます? 速くないし狙ってもないし、何ならほぼ死ぬつもりだったし。ひょっとしてこの人達バカなの?
「ふふ、ふははははっ。いやはや、世界は広いな。まさか君ほどの手練れが存在していたとは。いったい今まで何処で何をやっていたのだ?」
「……田舎で畑仕事」
「あくまでも語る気はない、か」
いや本当だし。主に畑仕事と家の手伝いして過ごしてきた単なる一般人なんだってば。勘違い凄いなこの人。
「いいだろう。約束通り最強の座、君にくれてやろうじゃないか」
「……」
「ん? どうした? 欲しかったんだろう?」
そんなキョトンとされてもね。何て返せばいいんだよこれ。貰っても貰わんでも面倒くさい事になる気配プンプンで何も喋りたくないんだけど。ていうか普通にいらねーし。
中途半端に自由にしやがってよぉ! どんなタイミングで俺に投げてんだよバカ贈り物がっ!
「もしや、失望させてしまったか……?」
なっ! この剣聖あれだけ恐ろしかったのに、そんな不安そうな表情も出来るのか! 可愛い! これ結果的に俺が勝ったって事なんだから、勝者の特権でこの人貰っていってもいいんでない?
最強の座より貴女が欲しくなった(キリッ)なんて言えば、今ならアッサリ了承される可能性もある。鎧の上からでも分かるわがままボディをゲットする千載一遇のチャンスではないか!
ふふふ、素晴らしい。クソクソのクソ贈り物を押し付けられた時はどうなる事かと思ったが、こんなにも可愛い年上の嫁さんを貰えるならばお釣りが来る。いいだろう! 我が嫁となるがいいリーゼロッテ・ヴィレ!!!
【お持ち帰りなんてまどろっこしいぜ。門下生が見ているこの場で押し倒す】
【無駄に格好つけて1人で帰る】
知ってたもぉぉぉぉぉんっ!! どうせお前がしゃしゃり出てくるって察してたもぉぉぉぉぉんっ!!
⇨【無駄に格好つけて1人で帰る】
「保留にしておこう」
「なに?」
「アンタは剣聖だ。ならば次はお互いに剣で語ろう」
自分で木剣握り折っといて何言ってんだ俺。
「それまで勝負は預けておく。もちろん期待には応えてくれるんだろう? リーゼロッテ」
「っ」
どさくさに紛れて顎クイからの呼び捨てですよ奥さん。やめてキショイ……それイケメンがやるから格好いいのであって俺の体でそんな事しないで。羞恥で死ねる。
門下生の女子達も何やらキャーキャー言ってるし。それどっちの意味で? 悲鳴だとしたら今すぐやめろ。これ以上俺の精神を追い込んでくれるな。
「……ネムリア、と呼んでも?」
「ネムで構わない。親しい人間はそう呼ぶ」
「そうか。なら私の事もリズと呼べ。特別な相手にしか許さない呼び方だ」
「光栄だな。確かに受け取った」
あともうちょい近付けばキスできる距離。もう既に変態認定されてるだろうから行くとこまで行ってやればいいのに、体は剣聖から離れていく。チッ、そこまでしといてお預けかよ。
愛称呼びを許すって相当だぞ! 押せよバカ!
「また会おうリズ。それまでに研鑽を積んでおけよ」
踵を返して俺の足は道場の出口へ向かっていく。
やった、何はともあれ五体満足でここを出て行ける……! 俺は乗り切ったのだ! 確実にここに居る全員に顔を覚えられただろうが、今後この辺りに近付かなければどうってことはない。
今はそんな事より一刻も早く帰りたい。そろそろ胃が限界だ。
あと少し。あと数歩。
だが無情にも足は出口の前で停止。そのまま肩越しに背後を振り返り、言い放った。
「それと、俺は男だ」
「………………なっ!!!?」ボッ
最後の最後に爆弾を投下して、今度こそ俺は道場を後にした。
真っ赤に染まった剣聖の顔は割と笑えたな。でも美人さんだからそれでも絵になる。
また会おうなんて勝手に言ったけど、もう会うことはない。会う気などない。だって次は剣で斬り合うんでしょ? 死ぬもん。絶対嫌だね。今後しばらくは街自体に近付かないようにしよう。
さて、超絶無駄な時間を過ごしてしまったが、全て終わった。結局何をさせたかったんだ運命選択は。さっさと帰――。
【そうだ、道行く衛兵の膝裏を蹴り逃げしながら帰ろう】
【重圧からの解放。なんて素晴らしいのだ。今なら全裸で帰るのも余裕だぜ】
いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
「(ひえぇ! お、怒っていらっしゃる!)」
剣聖の目付きがとんでもなく鋭くなった! そりゃそうだよね! いきなりテメェの座いただくとか言われりゃ誰だってカチンと来るよね!
悪印象を抱かせてとっとと追い出されたいのは変わらんが、だからと言ってボコボコにされるのは嫌なんだわ! このバカ選択肢!
「ここを開いてしばらく経つが、君のように血気盛んな者は初めてだ。私個人としては非常に好ましく思う」
あら? 悪印象どころか好印象くさい? い、いやぁそれはそれで困るんですけど……「出て行け!」て言ってくれればそれでいいので、変に興味持たないでください。
「しかしながら、最強の座を奪う事がどういう事か……それが分からないわけではあるまい?」
意味深な言葉を発したかと思えば、剣聖からとんでもない威圧が飛んできた。そっち方面は完全に素人でも、それくらいは分かる。めっちゃ怖い。
【ぴやぁぁぁ、おしっこちびるぅぅぅ】
【ふっ、こそばゆい】
両極端!!! 結果はともかくさっきみたいにマトモな選択肢出せやボケぇ!! 下じゃあ!
⇨【ふっ、こそばゆい】
「威圧程度でこの俺が怯むとでも? 安く見られたものだな。どうやら剣聖様の目は随分と節穴らしい」
「いいや、節穴ではないさ。最初から君の事は買っている。その実力含めてな」
節穴じゃねーか! 今アンタの目の前に居る奴は口だけイキリ野郎でしかないからね!?
「それにしても……フッ、今のをただの威圧と受け取るか。普通であれば卒倒してもおかしくはないのだがな」
「夜泣きする子供を寝かしつけるにはちょうどいいかもな。だが生憎と、俺は赤子じゃあない」
「ふふ、ふはは……いいぞ。久しく忘れていた感覚が蘇ってくる」
うわー、剣聖の目付きが大変な事になってる。この人普通にヤベー人なんじゃないの? 人殺しの目だよこれ。そのニチャアって笑い方やめて怖い。
内心ビビりまくってる俺の事なんぞ知らず、剣聖が手に持っていた木剣を投げ渡してきた。そして自らも床に転がっていた木剣を拾い上げ、切っ先を俺に向けてくる。
「会話ばかりでは埒が明かないだろう? 私の座を奪いたくば剣で語れ。小細工なしの真っ向勝負だ。本気で来い。私も君を殺すつもりで行こう」
あ゙あぁぁぁぁぁ!! なんでそうなるの!! 分かってたよ流れ的にさ、ボコボコにされるのは確定だなって! でも殺すのは違うと思います! 犯罪だよー!
【剣なぞ要らぬ!!! 素手で十分だ! (木剣バキー)】
【僕強過ぎて武器壊しちゃうんですよね(木剣バキー)】
【殺す? 木剣でどう殺すつもりだ? ナメているのか剣聖(真剣カモン)】
おまぁえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!! クソ馬鹿なんかド阿呆!! なんで自分の首を絞めるような事すんだよ!! どれ選んでも死ぬだろうがっ!
やるしかないってんなら武器は絶対いるだろ! なに素手でやらせようとしてんの!? 一番下に関しては殺意に満ち満ちてるよね! 俺木剣で相手真剣? ざけんなカス! 死ぬわっ!!
どれ選べばいいんだよこれぇ……素手でやりたくもないし、かと言って真剣相手にやり合うとか頭イカれてるし、誰か助けて。
……いや、待てよ? そもそもの話、選択肢ってこれだけしかないのだろうか? 俺はてっきり、このクソみたいな選択肢から選ばなければならないと思い込んで今まで選んできたけど、このまま選ばずに待っていたらどうなる?
ワンチャン、俺の意思で行動できたりとかしないだろうか?
…………よし、賭けてみよう。
――――……。
はい、あれからたっぷり1時間くらい放置しましたけど何にも変わってませんありがとうございます。うん知ってた。1時間ずっと剣聖に睨まれてる形でホントにちびるとこだったぜ。
はぁ……しゃあない。素手でやるのは本気の本気で嫌だが、真剣でスパッと命刈り取られるよりかは生存確率も高かろう。1発2発わざと受けて「参りました。さようなら」のプランで行こう。痛みは根性で我慢だ!
となればどっちを選ぶかだが、結果は同じだし真ん中でいっか。いちいち過剰にアピールする必要なんてないもんね。
⇨【僕強過ぎて武器壊しちゃうんですよね(木剣バキー)】
「……稽古用の木剣か。まさかこれを使って戦えとでも? 剣聖ともあろう者が玩具遊びとは片腹痛い」
無駄に煽んなバカ!
それに俺としては木剣でやってほしいんだけど、どうせ折るんでしょ? 知ってる。なんて言ってたら予想通り受け取った木剣を半ばから握り潰した。
思ってた折り方と違うわ。てっきり足でも使ってポッキンするのかと思ったのに、まさかの握り潰しですよ、ドン引き。俺そんなに握力強い方じゃないのにマジでどうなってんだよ。
ほら見ろ、周りの人達も絶賛引いてるじゃないか。やめてそんな目で見ないで。
やっぱり運命選択が体支配してる間は驚異的な身体能力を得てる臭い。でも頑丈にはなってないみたいで折れた木剣の破片が手に突き刺さってバカ痛い、ふざけんな。
「脆い。軽く握り込んだ程度でこれでは、満足に振る事すら叶わないぞ」
「末恐ろしいな君は。所詮木製とは言え、使われている素材は最高硬度を誇る木材だ。それを苦も無く握り折った挙句、痛みに顔色一つ変えないなどと……君は一体何者だ?」
何者でもないんだよなー。一般人なんだよなー。
「いや、無粋な問いか。剣で語れと言ったのは私自身だからな。しかし、今のを見せられては君相手に木剣というのも心許ないように思う」
あれ? 剣聖が木剣を投げ捨てた。もしかしてそっちも素手でやってくれるとか!? やったぜ! 木剣でボコられるのに比べれば遥かにマシだ! これなら大怪我は免れ――。
「故に、真剣にてお相手しよう」
……あれー? どうして腰に差している鞘から本物の剣を抜いてるんだろうこの人? 真剣ルート選んでないのに。
「せ、先生! 正気ですか!? もしここで死人でも出そうものなら……!」
「ここからは達人同士の世界だ。素人が口を挟むな、斬るぞ」
「ひっ!」
せっかく止めようとしてくれた門下生Aくんを一睨みで撃沈。それくらいでへこたれるなよ! もっと踏み込んで俺を助けようぜ!?
つーか誰が達人じゃい! 本当に節穴だなオメー! 真剣抜くなよ! こっち向けんな!
【凄い睨みだ。真似してみよう】
【ぴやぁぁぁ、おしっこちびるぅぅぅ】
しつけーな!? 正直チビリそうだけどチビらねーわ! 男の尊厳ナメんなバーカッ!
⇨【凄い睨みだ。真似してみよう】
「……」
「(っっ……!!? 何という圧だ。睨まれただけでこの私が気圧されるとは。フッ、相手を間違えるなということか)」
お? なんか剣聖が後退ったぞ。ははーん? さてはビビってますな。今自分がどんな顔で睨んでるのかは知らんけど、これだけの反応をしてるのだからきっと凄い形相に違いない。
いいぞ、このまま睨み続けてれば案外引き下がってくれるかも。いや、そうであれ! まだ死にたくないもん俺!
【はわわぁ、目が乾いてきちゃった。睨むのやーめた】
【ぴやぁぁぁ、涙で何にも見えないよぅ】
ドライアイかっ!!! あと腹立つからぴやんのやめろ!!
⇨【はわわぁ、目が乾いてきちゃった。睨むのやーめた】
「最初から全力だ。簡単に死んでくれるなよ?」
この人マジで殺す気だ!
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まさか贈り物に振り回されたまま死ぬなんて。これ以上情けない死に方があるだろうか。グッバイ未来のお嫁さん。
【静かに首を差し出す】
【静かに喉元を晒す】
【勢い良く頭を振り下ろす】
最後くらいマトモな選択肢出せやぁぁぁ……はぁ。もういい疲れた、こんなのどれ選んでもバッサリやられて終わりだ。
でもこれが最後ってんなら多少抗ってみても許されるだろう。唯一可能性がある一番下を選ぶのが王道。もはや我に迷い無し。
⇨【勢い良く頭を振り下ろす】
ほぼ諦めの境地で一番下を選択。時が動き出し、予備動作すらなく体が勝手に動いて頭が振り下ろされた。……さらば。
「がっ!!?」
「(いって……!?)」
しかし、感じたのは首への違和感などではなく額への鈍痛。同時に直ぐ目の前から苦悶の声が響いてきた。
ガシャンと床に落ちたのは剣聖が持っていた剣。
何が起きたのか理解できないまま、自由になった体を動かして前を見てみると、そこには口元を押さえて尻餅をついている剣聖の姿があった。
…………ん???
「先生っ!」
何故か足をプルプルさせるばかりで立ち上がろうとしない剣聖に門下生が次々と駆け寄って行く。その行動も分かるけど誰か説明しろよ、お前ら一部始終見てたんだろ?
「大丈夫ですか!?」
「ぐっ……足が」
「い、今、何をされたのですか? 私には速すぎて見えなかったのですが」
「特別な事は何もされていない。私はただ、頭突きをされた」
頭突き!!? まさかあの選択肢がそんな事に!?
えぇ~……流石に予想外だよ。結果的に首スパーンは免れたけど、無造作に下ろされた頭に自分から突っ込んでくるとか何考えてんのこの人。
「私の最速の一撃を紙一重で躱した挙句、寸分違わず顎先への的確な一撃。見事なカウンターだ。しかも頭でとは……」
「そんな……! それってつまり、この人は!」
「ああ、私より速い。技術力はもちろん、戦闘におけるセンスもズバ抜けている。私の初撃を防いだ者は過去に何人も居たが、こうも簡単にやり返されるのは初めてだ。
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「嘘だろ……」
「じゃ、じゃあコイツって」
「先生よりも……?」
「で、でも! たった一撃食らっただけじゃないですか! まだ先生は負けてません!」
「いいや、負けだ。私は彼女の反撃に一切反応できなかった。見えなかったのだ……それ程までの神速。
あの一撃が頭突きではなく、真剣によるものであったなら、既に私は死んでいるんだよ」
「っ!?」
…………えーっと。勝手にどんどんハードル上げてくのやめてもらえます? 速くないし狙ってもないし、何ならほぼ死ぬつもりだったし。ひょっとしてこの人達バカなの?
「ふふ、ふははははっ。いやはや、世界は広いな。まさか君ほどの手練れが存在していたとは。いったい今まで何処で何をやっていたのだ?」
「……田舎で畑仕事」
「あくまでも語る気はない、か」
いや本当だし。主に畑仕事と家の手伝いして過ごしてきた単なる一般人なんだってば。勘違い凄いなこの人。
「いいだろう。約束通り最強の座、君にくれてやろうじゃないか」
「……」
「ん? どうした? 欲しかったんだろう?」
そんなキョトンとされてもね。何て返せばいいんだよこれ。貰っても貰わんでも面倒くさい事になる気配プンプンで何も喋りたくないんだけど。ていうか普通にいらねーし。
中途半端に自由にしやがってよぉ! どんなタイミングで俺に投げてんだよバカ贈り物がっ!
「もしや、失望させてしまったか……?」
なっ! この剣聖あれだけ恐ろしかったのに、そんな不安そうな表情も出来るのか! 可愛い! これ結果的に俺が勝ったって事なんだから、勝者の特権でこの人貰っていってもいいんでない?
最強の座より貴女が欲しくなった(キリッ)なんて言えば、今ならアッサリ了承される可能性もある。鎧の上からでも分かるわがままボディをゲットする千載一遇のチャンスではないか!
ふふふ、素晴らしい。クソクソのクソ贈り物を押し付けられた時はどうなる事かと思ったが、こんなにも可愛い年上の嫁さんを貰えるならばお釣りが来る。いいだろう! 我が嫁となるがいいリーゼロッテ・ヴィレ!!!
【お持ち帰りなんてまどろっこしいぜ。門下生が見ているこの場で押し倒す】
【無駄に格好つけて1人で帰る】
知ってたもぉぉぉぉぉんっ!! どうせお前がしゃしゃり出てくるって察してたもぉぉぉぉぉんっ!!
⇨【無駄に格好つけて1人で帰る】
「保留にしておこう」
「なに?」
「アンタは剣聖だ。ならば次はお互いに剣で語ろう」
自分で木剣握り折っといて何言ってんだ俺。
「それまで勝負は預けておく。もちろん期待には応えてくれるんだろう? リーゼロッテ」
「っ」
どさくさに紛れて顎クイからの呼び捨てですよ奥さん。やめてキショイ……それイケメンがやるから格好いいのであって俺の体でそんな事しないで。羞恥で死ねる。
門下生の女子達も何やらキャーキャー言ってるし。それどっちの意味で? 悲鳴だとしたら今すぐやめろ。これ以上俺の精神を追い込んでくれるな。
「……ネムリア、と呼んでも?」
「ネムで構わない。親しい人間はそう呼ぶ」
「そうか。なら私の事もリズと呼べ。特別な相手にしか許さない呼び方だ」
「光栄だな。確かに受け取った」
あともうちょい近付けばキスできる距離。もう既に変態認定されてるだろうから行くとこまで行ってやればいいのに、体は剣聖から離れていく。チッ、そこまでしといてお預けかよ。
愛称呼びを許すって相当だぞ! 押せよバカ!
「また会おうリズ。それまでに研鑽を積んでおけよ」
踵を返して俺の足は道場の出口へ向かっていく。
やった、何はともあれ五体満足でここを出て行ける……! 俺は乗り切ったのだ! 確実にここに居る全員に顔を覚えられただろうが、今後この辺りに近付かなければどうってことはない。
今はそんな事より一刻も早く帰りたい。そろそろ胃が限界だ。
あと少し。あと数歩。
だが無情にも足は出口の前で停止。そのまま肩越しに背後を振り返り、言い放った。
「それと、俺は男だ」
「………………なっ!!!?」ボッ
最後の最後に爆弾を投下して、今度こそ俺は道場を後にした。
真っ赤に染まった剣聖の顔は割と笑えたな。でも美人さんだからそれでも絵になる。
また会おうなんて勝手に言ったけど、もう会うことはない。会う気などない。だって次は剣で斬り合うんでしょ? 死ぬもん。絶対嫌だね。今後しばらくは街自体に近付かないようにしよう。
さて、超絶無駄な時間を過ごしてしまったが、全て終わった。結局何をさせたかったんだ運命選択は。さっさと帰――。
【そうだ、道行く衛兵の膝裏を蹴り逃げしながら帰ろう】
【重圧からの解放。なんて素晴らしいのだ。今なら全裸で帰るのも余裕だぜ】
いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
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