ネムくんと選択肢

アメイロ ニシキ

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少年時代

押せ押せの精神

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 ライと強制的に別行動をさせられてしばらく。運命選択に突き動かされるままに足を運び、やがて俺は1つの建物に辿り着かされていた。

 入り口であろう門の両サイドには巨大な剣を掲げた戦士のレリーフ。どこか近寄り難い雰囲気の建物は、他の物と比べてもかなり異彩を放っていた。
 レリーフの下には何やら文字が刻まれており、その内容が以下である。


 "剣聖 リーゼロッテ・ヴィレの剣術道場はこちら"


 「ホントに居るのかよ剣聖……」


 運命選択とライがテキトーな事ほざいてるだけでありますようにと心の何処かで祈ってたが、それも無駄に終わったな。というか俺自身が場所を知らないのに何で辿り着けちゃうんだよ。マジで意味が分からんぞこの贈り物ギフト

 まぁ、とは言え。
 ここに辿り着いた途端、何と体の自由が戻ったのだ。てっきり問答無用でズカズカと入っていくものとばかり思っていた俺にとって、これは嬉しい誤算である。

 俺の意思で動けるのならば話は早い。剣聖に鍛えてもらう? ざけんな。平穏とは程遠そうなヤベー奴と関わり合いになって俺になんの得があるってんだよ。

 幸いにもここまでのルートは覚えたし、さっさともと来た道を辿ってライと合流するべし。まだ街からは出ていない頃だろうからな。

 「あばよ剣聖。どんな人かまっっったく知らないし、ぜんっっっっぜん興味無いけど、お疲れ……あ?」


 【逃げちゃダメだ】
 【逃げちゃダメだ】
 【逃げちゃダメだ】


 なあぁぁぁぁぁでだよぉぉぉぉもぉぉぉぉぉっ!!!
 ふざけんなよクソがっ! お前選択肢の意味知ってますかー!? せめて選ばせようねー!?


 ⇨【逃げちゃダメだ】
 ⇨【逃げちゃダメだ】
 ⇨【逃げちゃダメだ】


 「やるます。オラがやるます」

 なんでちょっと訛ってんだ……あ~クソ、まぁ頭のどこかでは何となくこうなるんじゃないかと思ってたけどさ、だからと言ってこれからどうしろってんだ。

 こういう道場ってお固いイメージしか無いし、鍛えてください! と言ったところで歓迎されるようなもんかね。いや別に歓迎されたくもねーけど。いっそお払い箱で追い出された方が手っ取り早く帰れるから、むしろそうしてくれ頼む。


 【道場破りっぽく元気にいこう】
 【レリーフを壊して自分の名を刻んでから入ろう】
 【なんかもうテキトーにいこうよ、ダルい】


 テメェこの野郎!!! 人に行動押し付けといて面倒臭そうに選択肢出してくんなよ! 何だテキトーにって!? 詳細が想像できない分これが一番怖いわ! 俺はずっとダルいんじゃい!

 クソがぁぁ……実質2択だなこれ。
 道場破りを選んだ場合、相手側に与える印象としてはかなり悪い感じになるだろう。結果として追い出されて早く帰れる可能性も高いから、捨て難い選択肢なのは確かだ。

 だが、2番目の選択肢もかなり良さげだ。一見トチ狂ったヤベー奴の行動でしかないものの、追い出される確率が高いのは圧倒的にこちらだろう。

 ここはやはり、可能性が高い方を――。


 その時、俺の脳内にライをお姫様抱っこしながら逃走していた過去がぎった!


 「(いや待て! 結果を焦るな俺! これまでの選択肢をよく思い出すんだ!)」

 どれもこれも頭湧いてる選択肢ばかりだったのは間違いない。今回のこれだってクソったれな内容だ。
 ああそうだ、落ち着け。これを選んだとしても、想像通りの行動を俺がするとは限らないだろ。もっとアホな事をしでかす可能性だってある。いや、むしろそっちの方があり得る……!

 それに、そもそもレリーフを壊すのって普通に犯罪レベルではないか。しかも名前まで刻んでしまったら「はーい、犯人は俺なのです★」と公言しているようなもの。馬鹿丸出しだね、分かる。

 下手をすれば追い出されるだけでは済まない。衛兵に突き出されるか、或いはブチ切れた剣聖とやらの手で首チョンパな未来まである……! よくない! これはよくないよ!

 あっっっぶねぇぇぇぇぇぇ!!! 選択肢が馬鹿すぎて俺の判断力まで鈍っちまってた! こんな事で命を捨ててたまるかよ! 俺を陥れるつもりだったのか運命選択くん? ハッ、残念だったな! このネム様を甘く見てもらっちゃあ困る!
 嫁さん貰ってキャッキャウフフしたり、もっとエロい事するまで死ぬ気はねーんだよ! ざまぁねぇなぁっ! はーっはははははは!

 正しい選択肢はズバリ、一番上だ!


 ⇨【道場破りっぽく元気にいこう】


 「フッ、剣聖リーゼロッテ・ヴィレ……貴様の実力がどれ程のものか試させてもらおうじゃないか。
 貴様を葬り去れば我が宿願は成就する。そう、俺こそが最凶に最狂の最強となるのだぁ」

 おい勝手に人の願い捻じ曲げんな、んなもん興味ねーよ。なんだよ最凶に最狂の最強って、うるせーわ。痛々しいんじゃボケ。そんなん要らねーから最愛の妻よこせ。

 「んたのもぉぉぉぉぉぉぉぉうっ!!!」

 どんどん勝手な設定が積み上げられていく中、相変わらず勝手に動く体が道場の門を蹴破った。
 パッと見ても相当に重そうな門だったのに、めちゃくちゃ勢い良く開いたな。やっぱり何かがおかしい。運命選択が発動してる時って異常に身体能力向上してません? やだこわーい。

 「「「「…………」」」」

 突然現れた俺に対して、至る所から刺さる視線視線視線! かなりの人数が中に居た。この人達、全員門下生的な人達だろうか?

 よしよし、皆から注がれてる視線に好意的なものは見受けられないな。これなら早々に追い出されるという俺のプランも期待できそうだ。さぁ、早く俺をつまみ出すがいい! 部外者を撃退するのだ!

 「だ、誰だ貴様! いきなりこんな事をしてタダで済むと思っているのか!? 此処を何処だと思っている!」

 近くに居た兄ちゃんが目くじら立てて詰め寄ってきた。お、いいねぇ話の分かる人だ。これ以上バカな真似をする前に、早いとこ俺を蹴り出しておくれよ。


 【礼儀のなってない野郎だ。目玉えぐり出して食ってやる】
 【礼儀のなってない野郎だ。キ○タマちぎって食ってやる】
 【礼儀のなってない野郎だ。しつこく殺気で黙らせてやる。しつこくな】


 礼儀なってないのお前だからぁぁぁぁぁぁぁ!!! どっちの玉も食いたくねーわ! お腹壊したらどうしてくれる!


 ⇨【礼儀のなってない野郎だ。しつこく殺気で黙らせてやる。しつこくな】


 「あぁ?」

 「ひぃっ……!」

 「(……! ほう、あの若さで何という濃密な殺気だ。瞳に宿る光は歴戦の猛者のそれと同じかそれ以上。いや、下手をすれば私すらも越えるか。面白い奴が来たものだ)」

 上の2択が論外過ぎて必然的に一番下を選んだら、突っかかってきた兄ちゃんが情けない声を上げながら尻餅をついた。

 え? もしかして本当に殺気出してんの俺? 無自覚だよ? 心の中は平常心、とってもクールなのに?
 あとなんか奥に座ってる鎧姿の年上な女性だけ興味深そうに俺を見てきてる。その視線の意味は分からんが、やたらと胸を強調してる鎧を着てるなあの人。とりあえず素敵なおっぱいですね、あとで揉ませたまえ。

 「あぁぁ?」

 「ひぃぃぃ……!」

 「あぁぁぁぁんっ!?」

 「ひえぇぇぇぇっ……!」

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!?」

 「あわわわわわわ……!」

 もういいだろ! いつまで追い打ちかけてんだ馬鹿! イキリ兄ちゃん恐怖で顔クッシャクシャになってんぞ! やめたれチンピラ! ホントにしつこい! しつこい奴は嫌われるんだぞ!

 ……あ、今回は別に嫌われてもいいのか。早く帰るのが目的だし。

 「その辺りにしておいてやってくれ。失禁されでもしたら道場が汚れる」

 お、さっきの女性が止めに入って来た。自らおっぱいを差し出そうとは殊勝な心がけだ、褒めて遣わす。揉ませろ。

 「せ、先生……!」

 「君は退いていろ。私が彼女・・の相手をする」

 言われるまま、尻餅をついた兄ちゃんはそそくさと奥に逃げていった。情けない奴め、女に庇われて逃げるとは男の風上にも置けないな! 羨ましい!

 というかこの女性、さり気なく俺を彼女と呼びやがったな。許せん、夜の激しいお仕置きをご所望と見える。俺がバリバリの男であると証明してやろうじゃないか、良い声で鳴くがいい。

 「この道場を経営している、リーゼロッテ・ヴィレだ」

 なに!? じゃあこの黒髪の美人さんが剣聖!?
 ほえ~、人は見かけによらないとは言うが意外すぎる。もっとゴリゴリのオッサンかライ並みの美青年を想像してたんだけどな。


 【可愛らしく自己紹介しよう】
 【普通に自己紹介しよう】
 【男らしく自己紹介しよう】


 お? おお? ここに来てマトモな選択肢が出てきた。なんだよ、ちゃんとしたものも出せるんじゃないか。こういうのでいいんだよこういうので。

 変に奇をてらう必要も無し。真ん中一択だ。


 ⇨【普通に自己紹介しよう】


 「なるほど、アンタが剣聖か。ネムリア・クワイエだ。悪いがアンタが胡座をかいて座ってる最強の座、頂戴する」

 普通とは……。
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