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獣国編 英雄の受難
貴方の忠臣
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建物の外に出てまず俺を出迎えてくれたのは、木々の間から降り注ぐ太陽光だった。長く意識を失っていたせいだろうか、やたらと光が眩しく感じる。
目を慣らす為にも少しの間だけその場に立ち止まり、大きく息を吸って森の新鮮な空気を取り込んでみる。んー、生きてるって実感できるなぁ。
「獣人の姿は無いか」
ザッと見回してみて分かった事だが、どうやら俺が居た建物は集落から少しばかり離れた位置に建っているらしい。
建物の構造自体も俺が獣人達の集落で見た物と同じ。即ちそれは、此処が集落である事の証明である。たぶんな。
とりあえず一安心だ。意識を取り戻したら、また別の場所でしたはもう勘弁してほしいからな。
綺麗に道も作ってあるし、辿っていけばヴェロニカさん達に会えるだろうか?
「……ま、行けば分かるよな」
「おや、お目覚めで」
「ひぇっ!?」
今まさに足を踏み出そうとした瞬間、すぐ後ろから男の声が聞こえてきた。気配も何も感じなかった。一体誰だとすぐさま振り返ってみるが、そこには建物があるだけで声の主の姿は無い。
どれだけ探しても見つからない事にだんだんと気味の悪さを感じ、俺が一歩後退った、その時。
「警戒しなくても大丈夫ですよ。ここです」
「……?」
どこか安心する優し気な声音だ。発生源は俺が立っている位置よりも上。見張り役の獣人でも話し掛けてきたのだろうかと見上げてみても、やはり見つからない。
「おっと、これは失礼を。姿を消したままでしたね。それでは見つからない筈だ」
姿を消したまま?
言葉の意味を理解する前に、視線の先にそびえ立つ大木に変化が起きる。正確には大木から伸びている枝先の空間が不自然にグニャリと歪み、それが収まったと同時に一羽のカラスが現れた。
しかもただのカラスじゃない。全身真っ白で赤い瞳……何だろう、見た目的な意味で他人の気がしない。
「お初にお目にかかります、誇り高き聖皇竜イヴニア様。私、ヤァム様にお仕えしております魔法生物が一体、ルナーシャと申します」
「へぁ、あ、どうも……ご丁寧に? イヴニアです」
いや、ここは当然のようにカラスが喋ってる事実に驚いて指摘する場面だ。しかし、カラスなのにあまりにも完成された動作でお辞儀をするものだから、そんな無粋なツッコミは引っ込んでしまった。あとアニマってなに?
「こちらこそご丁寧に。おっと、このままではイヴニア様を見下ろしてしまう形となってしまいますね。失礼いたしました」
いや、カラスなんだから別に気にしなくてもいいだろ。見下ろしてなんぼだろ。と、そんな俺の心中など知ってか知らずか、ルナーシャと名乗ったカラスは、俺のすぐ横にある木の手すりまで降りてきた。
「……」
「おや? どうされました? 呆けていらっしゃいますが」
「いやぁ……喋るカラスなんて初めて見たもので、はい」
「ふふふ、イヴニア様はご冗談が上手くていらっしゃる。特別珍しいものではありませんよ」
そうなの!? ひょっとして俺がおかしいの!?
「冗談のつもりは無いんですけど……えーっと、ルナーシャさんでしたっけ?」
「ルナーシャで構いませんよ。もしくはルナとお呼びください。あぁ、もちろん敬語も必要ありません。もっと気楽にどうぞ」
って言われても、ヤァムとはまた違った接し方だから変えにくい。そもそも初対面で気楽にって意外と難しいもんだよ?
でも断ったらそれこそ印象悪いしなー……仕方ない。
「じゃあルナーシャで――」
「ルナとお呼びください」
「えぇ……?」
さっきルナーシャでいいって言ったじゃん。是が非でも愛称で呼ばせようとしてるじゃん。距離感凄いなこのカラス。
「じ、じゃあルナ」
「はいっ、何でございましょうイヴニア様っ」
愛称で呼んだ途端、ズイッと距離を詰めてくるルナ。
お、おう……何でこんなにキラキラした目で見てくるんだろう。妙にわくわくしてるというか、まるでご主人の指示を待ってる犬みたいなんだが。
「ヤァムに仕えてるって事は、察するに此処に留まってたのもヤァムの指示?」
「流石はイヴニア様、聡明でいらっしゃる。その通りでございます。お目覚めになられたイヴニア様をお支えするべく、私ルナーシャが選ばれたのです」
「そうなのか。確かに1人よりずっと心強いけど、それにしたって親切過ぎるよなヤァムって。
俺がドラゴンだって分かってるのに、危険かもしれないとか考えてないのかな。それとも単純にお人好し?」
「いえいえ、あのバカ――こほんっ、ヤァム様はそこまで清い方ではありませんよ。大方イヴニア様に恩を売るつもりでいるのでしょう。まったく嘆かわしい」
今バカって言わなかった?
「まぁそれが本当だとしても、助けられた事には変わりないんだから、何かしらのお礼はあって当然だな」
「なんと……なんとなんと、イヴニア様は本当にお優しい御方なのですね。あのような下賤な輩にまで慈悲を与えるその姿勢! まさしく誇り高きドラゴン然とした器の大きさかと!」
ルナは俺の言葉に踊るように羽をバサバサさせながら褒めてくる。いちいち大仰だな、悪い気はしないが。というかやっぱり聞き間違いじゃないっぽい。確実に今下賤って言ったぞ。
「なぁ、本当にヤァムが主人なのか?」
「……!」
指摘するとルナが瞠目する。実は違うのかなと思ったのは一瞬だ。突然どんよりと頭を下げるルナに慌てて駆け寄った。
「ど、どしたっ?」
「非常に不本意ながら、ヤァム様が主人なのは本当です。嗚呼……何故イヴニア様がご主人様ではなかったのか。己の運命を心より呪うばかりです」
嘘や演技にはとても見えない。これは本心からの言葉だ。心なしかルナが背後に闇を抱えてるようにも見える。人望無さすぎじゃない? ヤァム。
「そんなに?」
「そんなにです。傲慢な態度に無茶苦茶な命令、少し口を開けば口汚い言葉の数々。部屋も満足に掃除しなければ入浴も週に一度、挙げ句の果てには一日中全裸で過ごす始末。
その後始末は全て私が担ってきました。私が生み出されて僅か数ヶ月とは言え、呆れる事ばかりで既に忠誠心など欠片もありはしません。まったくもって何故こうなってしまったのか、もし神などというものが存在するのならば、こんな運命を私に押し付けた事を問い詰めてやりたいものですね」
うわーお、想像以上に闇が深かったみたいだ。それに意外だな、確かにどこか変わってるとは思ったけど、話した感じではダメ人間っぽくもなかったのに、まさかここまで言われるほど私生活が壊滅的だとは。
そういう意味ではルナが愚痴りたくなる気持ちは痛いほどに分かる。俺も前世ではクソ親の身の回りの世話、兵士共の後始末といろいろやらされてきた身だ。そのツラさは経験してきた者にしか分からない。
色合いも似てる上に境遇まで……本当に他人とは思えなくなってきた。
「はっ! 申し訳ありません、イヴニア様の前で口汚く語り過ぎてしまいました。お許しください」
「いや、ルナの本音を知れて良かったと思ってるよ。それに、誰かの後始末をするツラさも理解できる。大変だっただろ?」
「はい、それはもう」
よく見たらルナの目の端にキラリと光る物。これは相当に苦労してきたと見える。
「ですが悪い事ばかりではありません。こうしてイヴニア様をお支えできる大任を任されたのですから。
これだけで今までの苦労が報われるというものです」
「そう言われるのは嬉しいけど、何でそこまで思えるんだ? 俺達初対面だし、ルナが報われるほどの関係性でもないだろ?」
「イヴニア様についてはヤァム様、そして獣人達の王であるヴェロニカ様より聞き及んでおりました。
未だ幼い身ながら、たった1人の少女への恩返しを果たす為に巨悪と対峙し、見事打ち倒してみせたその勇姿! 自らも生死の境を彷徨いながら、それでも尚、少女の命を繋いだ慈悲深き心! そして何よりも、最終的にイヴニア様は奇跡を実現してみせた!
まさしく……まさしくイヴニア様こそ! 私が恋い焦がれるご主人様に相応しき御方! あんなダメダメ自堕落娘ではなく、貴方こそが! イヴニア様が望むならば、私はどんな事でも致しましょう! さぁご命令を!」
「分かった分かった! 分かったから少し落ち着いてくれ! 圧が凄い!」
グイグイ迫ってくるルナを両手で押し留めて数歩後退る。俺を慕ってくれる理由は理解したが、これほどとは……いや、慕うというより心酔してるようにも見える。しれっと俺を主人にすげ替えようとしてるし。
勘弁してくれ。俺そこまで凄い存在じゃないよ? 母親は間違いなく凄いけども。
それにしてもヤァム、酷い言われようだな。ここまで言われると普段どんな生活を送ってるのか逆に気になってきた。
「はぁ……ルナが俺を慕ってくれる理由は理解した。でもあんまり本当の主人の事を悪く言わないでやってほしい。
少なくともヤァムは俺を救ってくれた恩人だ。恩人には報いたい、それが俺の考え方だからな」
「あのような者――いえ、ヤァム様に慈悲など勿体無いとは思いますが、それがイヴニア様の意志ならば、私はそれに従いましょう」
「ありがとな」
「いえ、当然の事です。……ですが一つだけ忠告を」
忙しなく動いていたルナが一変、何やら神妙な面持ちで姿勢を正し、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「ヤァム様を信用し過ぎないでください。あの方は良くも悪くも自分中心で物事を測ります。
今後ヤァム様から接触があったとしても、必ず裏がある事を念頭に置いて接してください。悔しいですが、ヤァム様に仕えている身である以上、あの方の前で私は大きく動く事はできませんので」
「いざという時に自分は動けないから、俺1人で何とか出来るようにヤァムには警戒を怠るなって事でいいのか?」
「はい、その認識で構いません」
まぁ確かに、ヤァムと話してる時に少しばかり違和感のようなものを感じたのは事実だ。コアちゃんやヴェロニカさんとは違い、見えない何かがヤァムの後ろにはある気がする。
それにしても大丈夫なのかな。ヤァムの内情ダダ漏れてるけど……采配ミスじゃない? 俺としてはかなり有益ではあるが、ヤァムからしたらいろいろマズイのでは?
……いや、待てよ?
「なるほどね。でもさ、気を悪くしないでほしいんだけど、ルナの言っている事が正しいとも限らない訳だろ?
たとえば他ならぬヤァムの指示で、俺にはこう話せと言われてる可能性もある訳だ」
「ええ、もちろんその可能性もあるでしょう。ですので、私の言葉が真実であると証明するためにも、これから私はイヴニア様と信頼関係を築いていこうと思っています。
最終的な判断は全てイヴニア様に委ねます。私を信用できないと切り捨てるのならば、私自身の努力が足らなかったとして甘んじて受け入れましょう」
なんか、微妙に良心が痛む言い方をされてる気がする。俺だって叶うなら信用したいけどさ、如何せんいろいろな事が起き過ぎてて何が何やらな状態なんだ。
本当に信用すべき相手くらい慎重に考えて当然だと俺は思う。それは普段だって当たり前の事だけど、現状だと更に厳しく判断して然るべきだろう。
「分かった。今後どうなるかは全然見えてないけど、とりあえずよろしく頼むよ、ルナ」
「はいっ、末永く!」
いや末永くて……信用できないって言っても無理やりについて来そうだね君。そんなにヤァムが嫌か。
「では手始めに、これから如何なさいますか?」
「ひとまずヴェロニカさん達に会っておきたい。目覚めた事の報告と、コアちゃんの安否、それと個人的に聞いておきたい事もあるからな」
「承知しました。この辺りの地理は頭に叩き込んでありますので、道案内はお任せください。きっと驚かれますよ?」
「驚く? ……まぁいいや、じゃ頼むよルナ」
「記念すべき初任務ですねっ。必ず果たして見せましょう!」
ただの道案内だってのに、やたらと気合の入ったルナが飛び立つ。
カラスを追い掛けるとなると、それなりに速く走らないといけないなという思いとは裏腹に、ルナは飛んでは枝に止まり飛んでは枝に止まりを繰り返し、俺のペースに合わせてくれる。
面倒くさくないのかな。
「ふふん、ふんふ~ん♪」
あ、そんな事なさそう。むしろめちゃくちゃ嬉しそうに俺を待っててくれてる。今にも踊りだしそうだ。
案外、病み上がりなのを気に掛けてくれているのかもな。嘘か誠か、こんなにもできたカラスを呆れさせるヤァムって……ホント勿体無いなぁ。
目を慣らす為にも少しの間だけその場に立ち止まり、大きく息を吸って森の新鮮な空気を取り込んでみる。んー、生きてるって実感できるなぁ。
「獣人の姿は無いか」
ザッと見回してみて分かった事だが、どうやら俺が居た建物は集落から少しばかり離れた位置に建っているらしい。
建物の構造自体も俺が獣人達の集落で見た物と同じ。即ちそれは、此処が集落である事の証明である。たぶんな。
とりあえず一安心だ。意識を取り戻したら、また別の場所でしたはもう勘弁してほしいからな。
綺麗に道も作ってあるし、辿っていけばヴェロニカさん達に会えるだろうか?
「……ま、行けば分かるよな」
「おや、お目覚めで」
「ひぇっ!?」
今まさに足を踏み出そうとした瞬間、すぐ後ろから男の声が聞こえてきた。気配も何も感じなかった。一体誰だとすぐさま振り返ってみるが、そこには建物があるだけで声の主の姿は無い。
どれだけ探しても見つからない事にだんだんと気味の悪さを感じ、俺が一歩後退った、その時。
「警戒しなくても大丈夫ですよ。ここです」
「……?」
どこか安心する優し気な声音だ。発生源は俺が立っている位置よりも上。見張り役の獣人でも話し掛けてきたのだろうかと見上げてみても、やはり見つからない。
「おっと、これは失礼を。姿を消したままでしたね。それでは見つからない筈だ」
姿を消したまま?
言葉の意味を理解する前に、視線の先にそびえ立つ大木に変化が起きる。正確には大木から伸びている枝先の空間が不自然にグニャリと歪み、それが収まったと同時に一羽のカラスが現れた。
しかもただのカラスじゃない。全身真っ白で赤い瞳……何だろう、見た目的な意味で他人の気がしない。
「お初にお目にかかります、誇り高き聖皇竜イヴニア様。私、ヤァム様にお仕えしております魔法生物が一体、ルナーシャと申します」
「へぁ、あ、どうも……ご丁寧に? イヴニアです」
いや、ここは当然のようにカラスが喋ってる事実に驚いて指摘する場面だ。しかし、カラスなのにあまりにも完成された動作でお辞儀をするものだから、そんな無粋なツッコミは引っ込んでしまった。あとアニマってなに?
「こちらこそご丁寧に。おっと、このままではイヴニア様を見下ろしてしまう形となってしまいますね。失礼いたしました」
いや、カラスなんだから別に気にしなくてもいいだろ。見下ろしてなんぼだろ。と、そんな俺の心中など知ってか知らずか、ルナーシャと名乗ったカラスは、俺のすぐ横にある木の手すりまで降りてきた。
「……」
「おや? どうされました? 呆けていらっしゃいますが」
「いやぁ……喋るカラスなんて初めて見たもので、はい」
「ふふふ、イヴニア様はご冗談が上手くていらっしゃる。特別珍しいものではありませんよ」
そうなの!? ひょっとして俺がおかしいの!?
「冗談のつもりは無いんですけど……えーっと、ルナーシャさんでしたっけ?」
「ルナーシャで構いませんよ。もしくはルナとお呼びください。あぁ、もちろん敬語も必要ありません。もっと気楽にどうぞ」
って言われても、ヤァムとはまた違った接し方だから変えにくい。そもそも初対面で気楽にって意外と難しいもんだよ?
でも断ったらそれこそ印象悪いしなー……仕方ない。
「じゃあルナーシャで――」
「ルナとお呼びください」
「えぇ……?」
さっきルナーシャでいいって言ったじゃん。是が非でも愛称で呼ばせようとしてるじゃん。距離感凄いなこのカラス。
「じ、じゃあルナ」
「はいっ、何でございましょうイヴニア様っ」
愛称で呼んだ途端、ズイッと距離を詰めてくるルナ。
お、おう……何でこんなにキラキラした目で見てくるんだろう。妙にわくわくしてるというか、まるでご主人の指示を待ってる犬みたいなんだが。
「ヤァムに仕えてるって事は、察するに此処に留まってたのもヤァムの指示?」
「流石はイヴニア様、聡明でいらっしゃる。その通りでございます。お目覚めになられたイヴニア様をお支えするべく、私ルナーシャが選ばれたのです」
「そうなのか。確かに1人よりずっと心強いけど、それにしたって親切過ぎるよなヤァムって。
俺がドラゴンだって分かってるのに、危険かもしれないとか考えてないのかな。それとも単純にお人好し?」
「いえいえ、あのバカ――こほんっ、ヤァム様はそこまで清い方ではありませんよ。大方イヴニア様に恩を売るつもりでいるのでしょう。まったく嘆かわしい」
今バカって言わなかった?
「まぁそれが本当だとしても、助けられた事には変わりないんだから、何かしらのお礼はあって当然だな」
「なんと……なんとなんと、イヴニア様は本当にお優しい御方なのですね。あのような下賤な輩にまで慈悲を与えるその姿勢! まさしく誇り高きドラゴン然とした器の大きさかと!」
ルナは俺の言葉に踊るように羽をバサバサさせながら褒めてくる。いちいち大仰だな、悪い気はしないが。というかやっぱり聞き間違いじゃないっぽい。確実に今下賤って言ったぞ。
「なぁ、本当にヤァムが主人なのか?」
「……!」
指摘するとルナが瞠目する。実は違うのかなと思ったのは一瞬だ。突然どんよりと頭を下げるルナに慌てて駆け寄った。
「ど、どしたっ?」
「非常に不本意ながら、ヤァム様が主人なのは本当です。嗚呼……何故イヴニア様がご主人様ではなかったのか。己の運命を心より呪うばかりです」
嘘や演技にはとても見えない。これは本心からの言葉だ。心なしかルナが背後に闇を抱えてるようにも見える。人望無さすぎじゃない? ヤァム。
「そんなに?」
「そんなにです。傲慢な態度に無茶苦茶な命令、少し口を開けば口汚い言葉の数々。部屋も満足に掃除しなければ入浴も週に一度、挙げ句の果てには一日中全裸で過ごす始末。
その後始末は全て私が担ってきました。私が生み出されて僅か数ヶ月とは言え、呆れる事ばかりで既に忠誠心など欠片もありはしません。まったくもって何故こうなってしまったのか、もし神などというものが存在するのならば、こんな運命を私に押し付けた事を問い詰めてやりたいものですね」
うわーお、想像以上に闇が深かったみたいだ。それに意外だな、確かにどこか変わってるとは思ったけど、話した感じではダメ人間っぽくもなかったのに、まさかここまで言われるほど私生活が壊滅的だとは。
そういう意味ではルナが愚痴りたくなる気持ちは痛いほどに分かる。俺も前世ではクソ親の身の回りの世話、兵士共の後始末といろいろやらされてきた身だ。そのツラさは経験してきた者にしか分からない。
色合いも似てる上に境遇まで……本当に他人とは思えなくなってきた。
「はっ! 申し訳ありません、イヴニア様の前で口汚く語り過ぎてしまいました。お許しください」
「いや、ルナの本音を知れて良かったと思ってるよ。それに、誰かの後始末をするツラさも理解できる。大変だっただろ?」
「はい、それはもう」
よく見たらルナの目の端にキラリと光る物。これは相当に苦労してきたと見える。
「ですが悪い事ばかりではありません。こうしてイヴニア様をお支えできる大任を任されたのですから。
これだけで今までの苦労が報われるというものです」
「そう言われるのは嬉しいけど、何でそこまで思えるんだ? 俺達初対面だし、ルナが報われるほどの関係性でもないだろ?」
「イヴニア様についてはヤァム様、そして獣人達の王であるヴェロニカ様より聞き及んでおりました。
未だ幼い身ながら、たった1人の少女への恩返しを果たす為に巨悪と対峙し、見事打ち倒してみせたその勇姿! 自らも生死の境を彷徨いながら、それでも尚、少女の命を繋いだ慈悲深き心! そして何よりも、最終的にイヴニア様は奇跡を実現してみせた!
まさしく……まさしくイヴニア様こそ! 私が恋い焦がれるご主人様に相応しき御方! あんなダメダメ自堕落娘ではなく、貴方こそが! イヴニア様が望むならば、私はどんな事でも致しましょう! さぁご命令を!」
「分かった分かった! 分かったから少し落ち着いてくれ! 圧が凄い!」
グイグイ迫ってくるルナを両手で押し留めて数歩後退る。俺を慕ってくれる理由は理解したが、これほどとは……いや、慕うというより心酔してるようにも見える。しれっと俺を主人にすげ替えようとしてるし。
勘弁してくれ。俺そこまで凄い存在じゃないよ? 母親は間違いなく凄いけども。
それにしてもヤァム、酷い言われようだな。ここまで言われると普段どんな生活を送ってるのか逆に気になってきた。
「はぁ……ルナが俺を慕ってくれる理由は理解した。でもあんまり本当の主人の事を悪く言わないでやってほしい。
少なくともヤァムは俺を救ってくれた恩人だ。恩人には報いたい、それが俺の考え方だからな」
「あのような者――いえ、ヤァム様に慈悲など勿体無いとは思いますが、それがイヴニア様の意志ならば、私はそれに従いましょう」
「ありがとな」
「いえ、当然の事です。……ですが一つだけ忠告を」
忙しなく動いていたルナが一変、何やら神妙な面持ちで姿勢を正し、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「ヤァム様を信用し過ぎないでください。あの方は良くも悪くも自分中心で物事を測ります。
今後ヤァム様から接触があったとしても、必ず裏がある事を念頭に置いて接してください。悔しいですが、ヤァム様に仕えている身である以上、あの方の前で私は大きく動く事はできませんので」
「いざという時に自分は動けないから、俺1人で何とか出来るようにヤァムには警戒を怠るなって事でいいのか?」
「はい、その認識で構いません」
まぁ確かに、ヤァムと話してる時に少しばかり違和感のようなものを感じたのは事実だ。コアちゃんやヴェロニカさんとは違い、見えない何かがヤァムの後ろにはある気がする。
それにしても大丈夫なのかな。ヤァムの内情ダダ漏れてるけど……采配ミスじゃない? 俺としてはかなり有益ではあるが、ヤァムからしたらいろいろマズイのでは?
……いや、待てよ?
「なるほどね。でもさ、気を悪くしないでほしいんだけど、ルナの言っている事が正しいとも限らない訳だろ?
たとえば他ならぬヤァムの指示で、俺にはこう話せと言われてる可能性もある訳だ」
「ええ、もちろんその可能性もあるでしょう。ですので、私の言葉が真実であると証明するためにも、これから私はイヴニア様と信頼関係を築いていこうと思っています。
最終的な判断は全てイヴニア様に委ねます。私を信用できないと切り捨てるのならば、私自身の努力が足らなかったとして甘んじて受け入れましょう」
なんか、微妙に良心が痛む言い方をされてる気がする。俺だって叶うなら信用したいけどさ、如何せんいろいろな事が起き過ぎてて何が何やらな状態なんだ。
本当に信用すべき相手くらい慎重に考えて当然だと俺は思う。それは普段だって当たり前の事だけど、現状だと更に厳しく判断して然るべきだろう。
「分かった。今後どうなるかは全然見えてないけど、とりあえずよろしく頼むよ、ルナ」
「はいっ、末永く!」
いや末永くて……信用できないって言っても無理やりについて来そうだね君。そんなにヤァムが嫌か。
「では手始めに、これから如何なさいますか?」
「ひとまずヴェロニカさん達に会っておきたい。目覚めた事の報告と、コアちゃんの安否、それと個人的に聞いておきたい事もあるからな」
「承知しました。この辺りの地理は頭に叩き込んでありますので、道案内はお任せください。きっと驚かれますよ?」
「驚く? ……まぁいいや、じゃ頼むよルナ」
「記念すべき初任務ですねっ。必ず果たして見せましょう!」
ただの道案内だってのに、やたらと気合の入ったルナが飛び立つ。
カラスを追い掛けるとなると、それなりに速く走らないといけないなという思いとは裏腹に、ルナは飛んでは枝に止まり飛んでは枝に止まりを繰り返し、俺のペースに合わせてくれる。
面倒くさくないのかな。
「ふふん、ふんふ~ん♪」
あ、そんな事なさそう。むしろめちゃくちゃ嬉しそうに俺を待っててくれてる。今にも踊りだしそうだ。
案外、病み上がりなのを気に掛けてくれているのかもな。嘘か誠か、こんなにもできたカラスを呆れさせるヤァムって……ホント勿体無いなぁ。
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