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第一部 無駄な魔力と使い捨て魔法使い

「二ヒヒ、主役は遅れてくるっす」

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「そ、そんな……」

「無傷だなんて……」

ケイトの魔法の威力には信頼を置いていたため現実に二人は言葉を失う。勝てない。そんな気持ちが支配していく。

現にこのパーティーの中で一番の威力をまともに食らった相手は涼しい顔をしているのだ。倒す算段などつかない。

「どうした、しまいか?もうすこし余の運動に付き合ってもらわねばの。今度はこっちだ。それっ」

指先からはケイトが放った魔法と同じものが放たれて二人を襲った。ロットは咄嗟にケイトを包むように抱きしめ、そしてもろに食らって二人もろとも飛んで行った。

「おお!貴様と同じ魔法を使ったのじゃが、なかなか難しいのお」

幸い、というべきか。魔法自体は同じだったが威力はまだケイトのほうが高かった。しかし無邪気に笑う姿は今しがた極魔法を放ったとは思えない。

見ただけで真似る実力はつまり、数度打てば威力さえも超えることを容易に表しているだろう。

 「ロット、あなた大丈夫?」

「くっ、大丈夫、それより今の……」

ケイトに支えられながらロットが立ち上がる。幸いケイトの魔力妨害により魔王の極魔法はロットに当たる寸前で威力を弱めることに成功していた。しかし完全とはいかず、ロットは満身創痍で、何とか立つ。

 「ええ、極魔法よ、あいつ、見ただけで使ったみたい」

倒す算段などなくなってしまったケイト達に向かって魔王は冷ややかな笑みを浮かべる。そこにどうにか起き上がったナルルが剣を構えて立ちふさがった。

剣は一本。左腕はだらりと下げられあらぬ方向に曲がっている。

魔王はその姿に喜び、魔力で作り出した剣を創造した。そしてナルルが魔王に向けてはなっていたのと同じような剣技で襲いかかる。

「ぐ、ぉおおおおお!」

腕一本になったナルルはかろうじていなす。魔王が使うのが自身の剣技であったためになんとか耐えられていたが、明らかに傷が増えており、長くはもたない。

「ヌハハハハ、いいぞ。もう少し早くしようではないか」

それでも魔王を楽しませるには値したようでケイトとロットから興味はそれた。しかしさらに早くなる剣撃にナルルは後退しつつ粘る。それもまもなく限界を迎えるだろう。

「か、完全に遊んでる」

追い詰められていくナルルを助けに行くことが出来ないロットは悔しさのあまり歯を食いしばる。

「ロット、あいつは目覚めたばかりの赤ん坊みたいなものよ。隙がある今のうちにやるわよ」

ケイトは諦めていなかった。

「でもどうやって? 極魔法も無傷だったじゃないか」

「最極魔法……。里でずっとトレーニングしてきたわ。うまくできるか分からないけど、あれなら極魔法の何倍も威力がある。倒せるかもしれない」

ケイトはそう言ったが実際は自信がなかった。エルフの里で魔力の圧縮やコントロールを磨き、たしかに威力そのものは上げることに成功していたが、肝心の最極魔法については一度も打つことが出来ていなかった。

そもそも里の修練場でおいても初日に極魔法を試しにうち、結界が揺らいで危うく大惨事になるところだったのだ。そこからは威力の低い魔法で修練をつづけた。なので最極魔法に関してはどのような威力が出るのかも、実際に使えるのかもわからない。

「賭けるしかないのか」

 それでもこの状況を打破できるのは最極魔法しかありえなかった。目の前の魔王はそのくらい絶望的な存在である。

「ええ。今から私は集中するから、離れずにいてね。多分ロットの魔力でもほとんど使うと思うから」

「わかった。ナルルさん!少しだけ時間を稼いでくれ!」

「ちっ、無茶言うぜ!今でさえ精いっぱいだ!」

ロットの頼みに答えるナルルは一瞬でも気を抜くとその剣先が自身の体を裂くことを予感した。わずかな勝ち筋をたどるため逃げ出すという選択は今消えた。

「もう良い」

そんな決意をあざ笑うかのように、魔王からは表情がなくなりあっさりとナルルは血しぶきをあげながら吹き飛んだ。

「ぐはぁ」

「少しは楽しめたが、やはり人間だな。すぐに飽きるわ。……ほう、女。えらく複雑な魔法を練っておるな。ちと厄介そうだ。それは完成する前に潰しておこう」

とうとう魔王が冷酷な視線を向ける。
今度は魔法を受けて立つのではなく潰しに来ると発言した。そのことから今度の魔法は成功さえすれば魔王にとっても痛いダメージを与えられることがわかった。

「け、けいとヤバい」

「まだ全然だめよ。ロットも離れないで」

わかったところで時間がない。今まさに魔王の歩みが一歩また一歩と二人に迫る。最極魔法はまだ完成しておらず、かといって今逃げて、ロットかケイトどちらかがやられれば成り立たない呪文なのでこうするほかなかった。

1秒でも長く魔力を練り、玉砕覚悟でロットが飛び出し、数秒でも時間を稼ごう。そして今できる最大限の威力で魔法を放とう。

そんな覚悟が二人に決まったとき、突然、誰もいないはずの場所から弓矢が魔王に向かって放たれた。

「何じゃこの矢は」

それは脅威とはならず、魔王の眼前に迫るもあっさりと掴まれた。

「ひー、キャッチするなんて半端ないっすねー」

気の抜けた声。淡い緑色の髪が乱れている。魔王の目の前に現れたのは、エレナだった。口調とは裏腹に、目の前の絶望を目にして引きつった表情と透き通った青い瞳が魔王をにらみつけていた。

「え、エレナ!?」

突然の登場に名前を呼ぶ声が裏返る。ロットもなぜここへ、どうやって、言いたいことはあるが口を開いては閉じてを繰り返していた。

「ニヒヒ、姐さん来ちゃったっす。ロット君もやっほー。にしてものっけからクライマックスじゃないっすか」

ちょっと散歩にでも来たような軽い発言でロットたちに手を振るエレナだが一瞬たりとも魔王からは目を離さない。

目の前の魔王が自分では天地がひっくり返っても倒せないことがわかりつつも一歩も引かず対峙した。

「貴様か、余に矢を放ったのは」

「そうっすよー。当たればいいなと思ったんですがやっぱり無理でしたねー」

 魔王と言葉を交わすと自身に恐怖から冷や汗が伝っているのを感じていた。本来ならこのような状況、今にも逃げ出したいエレナだったが、なんだかんだロットたちを放ってはおけなかった。 

最初から勇者を疑っていたエレナは途中で追いついたものの、念のため気配を消してここまでつけていた。そして神殿での展開に圧倒されているうちに出るタイミングを失い震えていた。

いまなら自分は逃げ出せる、そんな思いもよぎったが、自身を奮い立たせてロットたちの窮地に何とか駆けつけたのだった。
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