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第一部 無駄な魔力と使い捨て魔法使い

「ソイルを助けて下さい!」

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嵐。
数年に一度あるかどうかの暴風雨だ。


普通ならこんな日は家にこもって嵐が通り過ぎるのを待つだろう。

現に誰も外には出ていない。出ていたとしても気が付かないほど雨脚は強いが。

そんな朝か夜かもわからないほど暗く雲が垂れこめ、雨が降りしきるタカサ村で唯一、一人の少年が今まさにこの雨の中飛び出していた。


その背には大切な妹が背負われ、雨が当たらないようにしっかりとマントで覆われている。

もちろんそれは妹を守るために使われており、濡れないように丁寧に包まれている。

しかし少年は一歩踏み出すごとに着実に雨を体にまとわせていた。

いくら水たまりに足を取られようが、視界を雨脚に隠されようが少年は止まらない。

雷も少年を脅かすようにその轟音を絶え間なく発生させていた。

それでも少年がこの嵐の中突き進むのは、妹の身体から熱が奪われ、浅くなる呼吸を背中越しに感じ取っていたからだった。


昔から身体が弱かった妹を救うため、少年は必死に唯一の治療者である村長のもとへと向かっている。


タカサ村の村長は質素で堅実な良い村長だった。

村長といえば村の中心で一番の家を構えていることが多いが、この村では端っこの小さな家でこじんまりと過ごしていた。

富や名誉は若者へ、老人は必要なときに使われればいいと自ら移り住んだ変わり者だ。

そんな村長が村の人々も、少年も大好きだったが、横殴りになる雨の中進んでいる今日にかぎっては、少しばかりそのことに悪態をつきたくなる。

それでもようやく悪い視界の中、かすかに窓から見える明かりを見つけた少年はさらに足を早める。

「村長!じぃちゃん!あけてくれ、ソイルが大変なんだ!」

着くなり扉を壊さんばかりの勢いでノックする。

妹の名を叫びながらしばらくすると叩かれ軋んでいた木の扉が開かれ、少年は倒れ込むように村長の部屋へとなだれ込んだ。

「じぃちゃん!たすけて!」

確かに顔から倒れた少年はそれを気にする様子もなく訴える。

見上げる先には細長い顔をさらに引き伸ばすかのような錯覚にさせる白いひげを撫でる、少し腰の曲がった老人がいた。

「ロット、嵐の中ご苦労じゃった。とにかく中へお入り」

優しいしわがれ声だ。

その言葉に少し落ち着きを取り戻したロットは、そっと立ち上がりマントを解く。

背負われた少女、ソイルの長い銀髪が現れ、間から覗いている顔は雨に打たれていないもののぐったりとしている。

その額からは汗が垂れ、呼吸も苦しそうにしていた。

村長はそっと抱きかかえると案内されたベッドに寝かせる。

ロットはよほど心配なのか
「大丈夫、大丈夫だぞ、大丈夫だからな」
とソイルに、はたまた自分自身に言い聞かせるようにつぶやき続けていた。


不安そうなロットの隣で村長は険しい表情でソイルを見ていた。

手をかざし魔力を治癒に変換させる。
微かに見て取れる優しい光がソイルをそっと包み込むと、いくぶんかは楽そうになっているのがわかった。

「っげほっ、ごほっ、げほっ!」

ただしそれも数秒しか持たない。
さらに苦しさは増したのか、ソイルは大きくむせるとそのまま血を吐く。

「じ、じいちゃん!なにやってんだよ!!!」

取り乱すロットに気を留めず、再度手をかざし治癒をかける。

「なんじゃと?」

何度か試すがやはり表情が和らぐのは一瞬で、気休め程度にしかならなかった。

治療者として村や時々町からやってくる患者を毎日治癒する村長であっても、回復の兆しを見つけることはできないまま時間が過ぎていく。

決して魔法が失敗しているわけではない証拠に村長の疲労はみるみる目に見えてくる。

ロットは叫び取り乱すものの、村長が治癒できないのであれば、この村や町周辺ではできる者はまず、いないことも理解していた。

だからこそ
「村長であっても治癒ができないかもしれない」
という考えを受け入れられない。

早まる鼓動がロット自身の呼吸さえ締め付けていくことも自覚しつつも、何もできず、ただその苦しみが自分自身に移ることを願いながらソイルの小さい手を握りしめる他ならなかった。

「だめだ、ソイル生きるんだ!お兄ちゃんそばにいるからなぁ!」

その行動に意味は殆どないと自覚しつつも、力が抜けていくソイルの手を持つ力はこもるばかりだ。
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