きみいろのえのぐ

獅有

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1章

濡羽色

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ブオォォォー

ドライヤーの風で、濡羽色の綺麗な髪が靡く。

大人しく目を瞑って髪をいじられているきみは、寒さと疲労からか、うとうとしているようにも見えた。


(ご飯食べさせたら、とりあえず警察…かなあ)

「よし、乾いた。ご飯にしよう」


「でも…」

再び俯いたきみは、志摩に借りたTシャツの裾を握って何か言いたげにしている。

(このまま帰したり警察行ったら、ご飯食べられない可能性あるし…)

「ご飯食べたら、お家探そう?ね?」

きみはまだ何かもごもごしていたが、ソファーに座らせキッチンに向かった。


「げ。そうだ買ったもの冷蔵庫入れ忘れてた」

幸い溶けるようなものは買っていなかったが、乱暴に扱ったせいで卵が2個割れていた。

殻を丁寧に取って炒り卵と豚肉の野菜炒めを作り、テーブルに並べていると、きみが匂いにつられてやってきた。

「おいしそう…」

「そう?ありがとう。ただ炒めただけだけどねっ」


きみは志摩の顔をちらちら見ながら席につき、次の行動を伺うような視線を向ける。


「いただきます、しよう」

「…いただきます」


恐る恐る、食べていいのか、という顔をして、箸を取らないきみに、できるだけ優しく笑いかけた。

「早く食べないと冷めちゃうよー。お箸、使える?」


「うん」

「お、偉いねえ」

(箸を教わってるってことは、完全に育児放棄してるって訳でもないのか)


「ねえ、お家、遠いところって言ってたけど、なんていうところに住んでたか覚えてる?」

「分からない」

「ここまでどうやって来たの?」

「えっと…船と…車」

「船!?」

予想外の単語が出てきて、志摩は驚愕した。

(もしかして本当にハーフか何か?)

「きみちゃんって、お母さんかお父さん、外国の人?」

きみは首を傾げ、よく分かっていないようである。


「このアパートに住んでるわけじゃないよね?」

「うん」

このアパートは満室で、全員を把握した訳じゃないが、子連れはおらず、単身者ばかりだと入居時に不動産に聞いたはずだ。

きみは余程お腹が空いていたのか、志摩の質問はあまり耳に入っていないようで、最初の遠慮がちな態度とは打って変わって勢いよく食べている。


「どうして階段に座ってたの?」

「公園にいたんだけど、逃げてきたの」

「…誰から?」


「警察」

「……!!」


(どういうこと…?)


「お母さんが、警察には捕まっちゃダメって言ってたの」

「どう…して?」


「…きみも、お母さんも、お父さんも、悪い人なんだって」


箸を止めて、きみはまた俯いた。


「本当はね、誰にも言っちゃダメって言われてたの…だけど、お姉さん、きみのこと…」


箸を置いて、一度志摩の方を向き、また目を逸らした。


「そう…でもね、お姉さんはきみちゃんのこと、悪い人だって思えないな」

テーブルを挟んで向かい合っていたが、きみの横に腰掛けた。



「これからね、本当は警察にお母さんたちのこと探してもらおうと思ってたんだけど、お母さんはダメだって言ってたんだよね?」

きみは明らかに動揺した様子で、勢いよく顔を上げ、首を振った。


「だめ!お願い、警察にきみを連れて行かないで!お母さんも、探しちゃダメなの!」


(探しちゃいけない…ただの虐待じゃない…のかな)

血相を変えて叫ぶ姿に、嘘をついたりしているようには見えなかった。


「大丈夫、警察行かないよ。約束」

志摩はきみを抱きしめて、頭を撫でてやる。


「お母さんと、きみも約束したから…」

「どんな?」

「きみは、お母さんたちと会えなくなっちゃっても、秘密は絶対守るって」

「そっか…」

きみは、それだけ絞り出すと、泣き始めた。

子供なのに、わんわん泣くのではなく、啜り泣くように、押し殺すように泣いていた。





冷めてしまった料理にラップをかけ、泣き疲れて寝てしまったきみの寝顔を確認しながら、志摩は頭を抱えた。




(………どうしよう…これから)



気づけばもう22時。


(やばいもう寝なきゃ、明日も、しご…)

そして気付く。



(……仕事!!!!きみちゃん1人置いて仕事!?)



お先真っ暗だ、そう思いながら、とりあえず主任に仮病の電話をかけた。




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