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1章
灰色
しおりを挟む『12月3日、朝のニュースです。2日昼過ぎ、東京都千代田区のマンションのゴミ置き場から、男の子の遺体が発見された事件でーーーー』
寝起き直後につけたテレビでは、今日も悲惨なニュースが飛び交う。
ケトルがカチッと音を立てたので、志摩はニュースを聞き流しながらキッチンへ向かった。
インスタントコーヒーにお湯を注ぎ、昨日買ったパンをトースターに入れる。
『ーーー警察は、死体遺棄事件として捜査を進めている』
(朝から暗いニュースばっかだなぁ)
玄関のドアにあるポストを確認すると、昨日取り忘れていた郵便物がいくつか入っている。
「お、明るいニュース」
そのうちの一つが、高校の友人の結婚式の招待状だった。
【志摩 燈(しま あかり)様】
癖がある丸文字で書かれたその招待状は、淡いピンク色をベースに、彼女の好きなガーベラが描かれている。
「ついに美琴も結婚かあ」
彼女は8年付き合った彼氏と紆余曲折の末、やっと結婚が決まったと先日電話があった。
痺れを切らして、自分からプロポーズしたらしい。
(美琴が結婚すること知ったら、またお母さんから電話来るんだろうな…)
溜め息をつきながらパンにかぶりつき、チャンネルを変えた。
『クリスタ先生の星座占い!1位は牡羊座!今日は何をするにも上手くいく1日。特に仕事運は最高なので、ーーー』
口を動かしながら、テーブルに鏡を立てる。メイクポーチから化粧下地を取り出し、食べながら塗っていく。
『ーーーそして、今日1番アンラッキーなのは』
眠たくて腫れぼったくなったまぶたにアイラインを引く。
『射手座のあなた~!』
「まじか」
今日は12月3日。志摩の29歳の誕生日である。
すぐに目線をテレビにやったため、アイラインがずれてしまった。
この占いは当たるのかも知れない。
『今までに経験したことがないトラブルに巻き込まれそう。よく考えて行動して!』
テッシュを目尻に押し当てて、片目で見つめる。
『そんなあなたの開運アイテムは傘!ラッキーカラーは灰色です!』
「灰色って…」
数分でメイクを済ませ、スーツを着る。
(今日誕生日なんだから、そういう人は12位にしなくてもいいだろ~。せめて11位)
頭の中でぼやきながら、志摩は律儀に傘を持って、家を出た。
職場では、いつも通り忙しくはあるものの、占いであったほどのトラブルはなく、定時から15分で職場を出ることができた。なんなら早い方である。
(まだ18時半…買い物して帰るか)
近くのスーパーに寄り、2、3日分の食材を買って店を出ると、雪が降っていた。
(ラッキーアイテム傘。さすがクリスタ先生)
両手に抱えた買い物袋が地味に邪魔だったが、首でなんとか支えながら傘をさす。
スーパーから15分ほど歩くと、志摩のアパートがある。
築38年のボロアパートだが、内装は全部リフォーム済みで、外観からは想像ができないほど部屋は綺麗だ。
予算の関係なのか、ドアと外壁、急勾配な階段はリフォームされていないので、ぱっと見は古い市営住宅のようである。
2階建て4世帯のみの小さなアパートだが、志摩は近所付き合いが面倒だったため、ここに即決した。
階段は申し訳程度のトタン屋根が付いている。敷地に入ると、手すりで幅が狭くなっている階段は傘をさしていると危ないと思い、荷物を地面に置き、顔を上げた。
(…女の子?)
階段の1番下の段に、5、6歳の女の子が座っていた。
(え、…この子)
よく見ると、女の子は裸足だった。
しかも、関東とはいえ、12月なのにコートも羽織らず薄着である。
(これってもしかして…)
今日の朝のニュースが頭をよぎる。
『男の子の遺体が発見された事件でーーー』
ついでに、クリスタ先生の占いも。
『今までに経験したことがないトラブルに巻き込まれそう』
「これかーーー!」
思わず出てしまった声に、女の子は肩を震わせて志摩を見た。
灰色の雲と、雪と、裸足の少女。
志摩は『よく考えて行動して』というフレーズが脳内でリフレインする中、女の子の前にしゃがみ込んだ。
「君、名前は?」
「…きみ」
か細い声は、おうむ返ししたかのようだった。
「ん?」
「きみっていうの」
志摩を見上げた女の子は、綺麗なブルーグレーの瞳だった。
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