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≪本編≫

【本編38】

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「…ここは?」

気が付いたら知らない部屋。

「落ち着け、病院だ」

ベッドサイドに竜也さんがいた。

静かな声にホッとして息を吐き出す。

母さんも少し前まで一緒に居たらしいけど、あまりにも顔色が悪いからと医者の薦めで、別室に寝かされていると聞いた。

「十夜さんは?」

「大丈夫だ。十夜も命に別状は無い。具合はどうだ?頭痛や吐き気とか無いか?」

一瞬混乱したけど、すぐに首を絞められて殺されかけた事を思い出した。

「…大丈夫。頭痛も吐き気も無いです。でも、ちょっと顔と喉が痛いかな?」

そう言いながら起き上がってみる。

「無理するな。殴られて首も絞められたからな」

あの時、朦朧とする意識の中で男の絶叫が聞こえた。

たぶん高千穂さんが男を殴り飛ばしたんじゃないかな。

「お前のお陰で居場所が解った。良く頑張ったな」

そっと頭を撫でられる。

「…早かったですね?」

「ああ。昨日、十夜が通行証を机の上に置いたままだったのを思い出して、高千穂と取りに向かっていたんだ」

なるほど。

俺達が向かわなくても、通行証は手元に届く予定だったんだ。

あの時、木村さんの言葉だけじゃなく、自分でも電話すれば良かったんだ…。

俺は俯いて目を瞑る。

あの男の目を思い出す。

尋常じゃなかった…。

怖かった。

…死ぬかと思った。

何より、十夜さんを守れなかった事が悔しかった。

「お、俺‥十夜さんを…まも、守れなっ‥ふっ…うっ‥ごめ…ごめんなさ…うっ」

十夜さんが身を呈して守ってくれた事に涙が溢れる。

「誰もこんなに早く接触してくると思わなかったし、俺達も油断してお前達2人にしてしまった。悪かった。怖かったな」

竜也さんはそっと抱き締めて頭を撫でてくれた。

俺はそれに甘えて泣くだけ泣いた。

巻き込まれるかもと覚悟はしているつもりだった。 

そう“つもり”だった…。

ただ一緒に居たかっただけで、結局は何の覚悟も無かった自分が恥ずかしい。

泣き止んだタイミングで、竜也さんがお医者さんを呼んでくれた。

お医者さんが来ると、俺はすぐに検診と検査、カウンセリングを受けた。

心の傷は後から出るかもしれないから、何かあったらすぐに知らせるようにと言われたが、今のトコ何ともないので、早ければ1週間で退院出来ると言われた。

全て終わって病室に戻ると、母さんが待っていた。

ホントに顔色が悪い。

「秀臣!ごめんね。母さんが良く調べずにあんな人を雇ったから…」

木村さんは母さんが見付けてきた護衛会社の社員だった。

「2人に‥何て謝ったら…いいのか‥」

いつも明朗快活な母さんが責任を感じて泣き出した。

「俺は大丈夫。十夜さんが守ってくれたから…」

母さんを抱き締めて落ち着かせる。

暫くしてから、事の詳細を聞いた。

逃げていた木村さんは意外とすぐに見つかり、俺という未成年誘拐の罪で逮捕された。

もちろん、あの男も殺人未遂で再逮捕されたという。

今度は刑期が終わるまでは仮釈放はないだろうと。

それから、木村さんはあの男と刑務所仲間だったらしい。

詳しく調べ直すと、木村さんの経歴はめちゃくちゃで名前も偽名、元々詐偽の容疑で捕まった人だった。

あの男は仮釈放されてすぐに木村さんと連絡を取り合っていて、あの日も実は車のトランクに潜んでいたという。

木村さんが部屋の番号をでかい声で繰り返したのも、あの男に聞かせる為だったんだな。

通りで部屋に入ってすぐにチャイムが鳴った訳だ。

木村さんは自分が対応する振りをしてエントランスの自動ドアを開けたんだろう。

後日、事情聴取で訪ねてきた刑事さんにあの日あった事を思い出しながら話した。

ただ、十夜さんのされていた行為の説明に言葉が詰まると、退院後に改めてするからと刑事さんに言われた。

十夜さんは絶対安静を厳命されたと聞いた。

放っておくとベッドを抜け出そうとするので、夜弌さんと高千穂さんが交代で見張っているらしい。

俺は会わせる顔が無くて、深夜の絶対寝てるだろう時間に竜也さんに頼んでこっそり見に連れていってもらった。

そこで夜弌さんに会い、謝罪とどうして十夜さんが襲われたのか説明された。

そして“小夜”が誰なのかようやく解った。

「やっぱり…」

「聞いていたのかい?」

「いえ、あの人が十夜さんの事を“小夜”って言ってたんです。それで誰だろうと思ってました」

「そうか…。小夜はどうしても誕生した命を消したくないと周りの反対を押しきって産む事を決意してな。そうして産まれたのが…」

ああ、解った。

全部繋がった…。

…解りたく無かった。

小夜さん、あなたもまた…。

俺は起きてる十夜さんに会いたかったけど、気付いてしまった事実を隠せる自信が無いから、会わせる顔がないと無理矢理理由を付けて、会う事無く退院した。
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