幻を砕く青

末継結斗

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第一章 「虚構の春」

2話 「俺達の文化祭計画について」

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「おっはよ~!」
 なつと俺は、その声に反応し、教室の入口の方を見た。声の主は鮮やかさのある明るい茶色の長い地毛を揺らし、キラキラとよく輝く瞳をこちらに向け、満面の笑みで俺等に近づいてくる。
「おはよう、ルキ」
「お、来たかねぼすけ」
「ねぼすけ違うし!二人が早いだけだし!」
 教室に入り、俺達以外の人には目もくれず、鞄も降ろさず、今野ルキが話しかけてくるのはいつものルーティンだ。鞄はせめて置けばいいのにと何回か二人で彼女に伝えたこともあるが、そのたびにごねられてしまうため、俺達はすっかり諦めていた。そもそもこれは、仲良くなってからちっとも変わってない彼女のクセである。今年はたまたまクラスが同じだったから良いものの、かつてはクラスが違うというのに、鞄を背負ったまま喋りに来たこともあった。もっともそのときは、二人がかりでルキを彼女のクラスへ運び、鞄を席に置かせてから喋っていたのだけれど。
「ルキ、いつも思ってたんだけど、家ここから近いんだよね?」
「おん、そうだよ! 手前の坂下って、あそこの坂ダッシュすればすぐ!」
 その言葉に俺は思わず苦笑する。
「なんで、30分以上もかかってる俺より遅く来てるんだよ……」
「…………油断かな! まだ出なくても間に合うよね~……とかって考えてダラダラしてるといつの間にかこんな時間に……」
 えへへ~、なんて言いながら彼女は頭を掻く。今度はなつが苦笑いを浮かべた。
「油断かぁ、そっかぁ……」

「そういえば、ルキは文化祭、楽しみか?」
「そりゃあ勿論そうに決まってるでしょ!」
 ふんふんといったような様子で、ルキは言葉を返す。俺となつは目を合わせた。
「ほら、俺の言ったとおりだったでしょ?」
「ああ、そうみたいだね」
「え。何二人。何の話してたの」
「俺達の中で、ルキが一番文化祭を楽しみにしていそうだなって話」
「え~!」
 ルキが声をあげる。ぶんぶんと腕を振り、頬をぷんぷんと膨らませる。
「そんな話してたんだ~。二人で面白そうな話してるじゃんね~。え~!ず~る~い!」
「まあまあ、落ち着いて……」
 なつがルキをなだめる。俺は、ひとつ思いついたことがあった。口角が上がるのを感じる。二人に声を掛ける。
「じゃあ今から楽しい話しようぜ」
「お! なあに?」
 ルキが食いついた。頬が元に戻った代わりに、瞳の中に光をたたえて、キランキランとその目を輝かせている。
「僕も気になるな。何の話?」
「ずばり!」
 俺は右手の人差し指をあげる。
「文化祭、何をやりたいかだ!」
「お~! パチパチぃ!」
「いいね、面白そう」
 話の方向性が纏まった。俺は満足げな気持ちに満たされつつ、話題を二人に降る。
「ルキは何したい?」
「え~、勿論皆で回るのは決まってるけどぉ……」
 ルキは首をひねる。
「もし有ったら、お化け屋敷とか行きたいねぇ」
「うげ」
 なつが何かに潰されたような声を出し、露骨に顔を歪める。そのまま、顔を微笑ませた。一応彼なりの笑顔復旧工事であることは目に見えているけれど、生憎完璧に擬態できていない。微苦笑である。
 それにはたと気がついたように、ルキが声を上げた。
「あ、そっか、なつはビビリだもんね」
「う、うるさいなぁ……」
 その一言でなつの微苦笑は消えて、拗ねたような顔をする。心做しか耳が赤い。そうだ、こいつは昔から怖がりであることを気にしてた。今度はルキがなつをなだめる。
「まま! ま~! ま~! お化け屋敷以外にも色々あるから! 大丈夫だよ! ステージ発表でしょ~、他のクラスの発表や展示でしょ~、あ!キッチンカーも来るんだもんね!それからそれから~……」
 思わず、突っ込まずにはいられない。
「お前全部回る気?」
「流石に、身体が足りないよ……」
「あはは……だよねぇ~」
 ルキが頭をかく。
「なつは、何がやりたい?」
「え、僕? う~ん、あ、部活展示やってるから、見に来て欲しいな」
 なつは少し考え込んだ後、微笑む。
「え! そうなんだ!」
「あ~……何だっけ、なつの部活」
 ルキは部活が分かっているらしかった。ということは絶対に話題に出たことがあることは目に見えている。つまり、俺が忘れている。親友の部活動だっていうのに、思い出せないこと自分に対して少しの苛立ちを覚えながら、なつに尋ねた。
 なつは特段気にした様子もなく答えた。
「美術部。漫研行こうか悩んだけど……」
「あ、言ってたな。思い出したわ」
 そうだ、そんな事を言っていた。
 なつは昔から絵が上手い。ささやかな落書きから、本気を出したものまで、どんな絵だったとしても。
 そもそも俺に絵心だとか芸術鑑賞に対する知識や理解はさっぱりだから、世間一般的に見てなつがどれくらい上手いのかはわからないけれど、それでも相当上手いだろうなと勝手に思っている。彼のこつこととした努力を間近で見続けてきたからというのはあるだろうけど。
「いい場所に展示できるって、先生が言ってたから。一緒に見れたら良いなって」
 なつははにかむ。ルキと俺は目を合わせて頷いた。
「もちもちの勿論!」
「いいよ、一緒に行こうな」
「……うん、ありがとう」

「そういえばセイカは何がしたいの?」
「あ、そういえば聞いてなかったね」
 なつとルキは俺に目を向ける。
「え~、俺?」
「そう。セイカは何がしたい?」
 その言葉に、思わず胸が詰まる。
「あ~、俺は……」
 こぶしを握って頭を回す。唸れ海馬、何かいい言葉を出すんだ。喉が乾いていく。頑張れ、俺。
 そして……俺は答えを思いつき、笑みを浮かべて、こう答えた。
「俺は、二人と一緒にいれればそれでいいよ」
 やりたいことは、特に無い。二人と一緒に居られるのなら、それで十分だ。
 なつとルキは顔を見合わせた。
「それより、ほら……クラス発表は何やりたい?」
 俺は突っ込まれないうちに話題を変える。せっかく同じクラスなのだから、クラスのこともちょっとは話しておきたいよな。うん。
「あ、それはアタシ決まってるよ!」
「僕も。セイカは?」
「勿論俺も決まってる。せっかくだし、せーので言い合おうぜ!」
 俺の提案に、二人の瞳は輝く。
「いいね、やろう!」
「面白そうだね。きっと同じのになるんじゃない?」
 そして三人で目を合わせて、せーの!と一緒に声を出す。
「カジノ!」
「メイドカフェ!」
「フォトスポット」
 ……全員、違う。
「ん?」
「うん?」
「お~ん?」
 三人で揃って首を傾げる。

 それからはもう凄まじいもので、俺達は休み時間になるたびに、クラスの迷惑にならない程度にお互いの発表のプレゼンをしまくっていた。とうとう昼休みには全員で弁当を食いながら、如何に自分がそれをやりたいのか、どれだけメリットがあるのかの語り合いをするという無茶苦茶なことをやっていたのだった。
 今日のホームルームで方向性はかなり決まる。その時間までに決めてしまいたい。ここで譲りたくはない、譲るわけにはいかない。お互いちょっと強情を張りつつ、いやここが良いから! ここが面白いから! と声を出す。
 それが少しというか、結構大変なことに違いはない。けれどその一瞬一瞬が、どうしてか、楽しくて楽しくて仕方がなかった。
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