風のフルーティスト -Canary-

蒼乃悠生

文字の大きさ
上 下
53 / 55
第六章 君の一つ一つの言葉が

10 本音

しおりを挟む
そうくんとこれからも演奏したいの」
 酒で制御を失ったから、話したいことを話すんだ。
「でも、バイバイしなきゃと思って、をしたかったの」
「お別れ会?」
「だって、もう会えないでしょ? 会う理由もないでしょ? それに私は大人で、そうくんは高校生、だから」
 私の本音。酒によってダラダラと漏れていく。水が流れていくように、き止めるものはなにもない。
「でもね、本当はね、お別れなんかしたくない」
 ぎゅっと、また彼のティーシャツを抱きしめる。
「ずっとそばにいたい」
 私の願望。
「例え、そうくんの優しさがみんなにも向けられていても……我慢、するから」
 本当は独り占めしたい。
 でも、それよりも大切にしたい想いがある。
そうくん、今まで一人で頑張ってきたの、すごく偉いと思う。口では言わないけど、親が家にいなくて寂しかっただろうし、心細かったと思うから」
 このティーシャツだって、両親がいない間はずっと彼が洗っていたのだろう。
「私に甘えていいよ」
 振り返りたいけど、自分に自信が持てないから振り返れない。
「こんな私じゃあ無理かもしれないけど、年上だから……もっと、もっと頑張るから。そうくんが私に甘えられるまで、そばにいさせてほしい」
 すると、頭になにかが乗る——そうくんの顎だった。溜息が落ちてくる。
「これはお酒の力なんですかね」
「んん?」
 頭に乗っていた顔はなく、今は彼の吐息を首元で感じる。そして後ろから優しく抱きしめられた。
「俺、どうやって人に甘えたらいいのか、わからないんですよね」
「それは、えっと……自分の欲望に忠実になること、かな?」
 首を傾げる。こんな回答で良いのだろうか。
「じゃあ、もう十分しほりさんに甘えてますよ」
 その意味を示すように、抱きしめる両手に力が入ったのを感じた。
「だから。しほりさんの話だと俺はもう甘えてるから、一緒にはいられませんね」
「イヤですっ」
 そんな言葉は聞きたくない。自分で言っておいて矛盾してることはわかってる。だって君を繋ぎ止める為だけの言葉だったから。
 でも実際に、彼の生の声で「一緒にはいられない」と聞くと、悲しくて、身を切り裂かれそうな気持ちになる。
 声が震えていることに気づき、下唇を強く噛んで、涙が溢れないように堪える。
「ごめん」
「イヤで——」
 強く、更に強く抱きしめられた。苦しくなるくらい。
「意地悪を言って、ごめん」
「……え?」
 聞き返すと、彼の笑う吐息が首元にかかる。
「これからもちゃんと一緒にいられますよ」
 心臓が鳴る。
 高鳴る。
 聞きたい。次の言葉を聞きたい。
 彼は大きく深呼吸をした。何度も。
「これからも一緒に演奏したいですし」
「うん……」
 心臓が煩いくらいに鳴る。そのまま胸を突き抜けて、飛び出すんじゃないかと思うくらいに。

「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」

 時間が止まったようだった。
 耳をくすぐる彼の優しい声。
 温かい腕の中。
 ずっとこのままでいさせて。
 時間よ、どうか止まって。
 世界よ、どうか閉じ込めて。
そうくん、好きになって……ごめんなさい」
「謝ることじゃないでしょ」
 私の突然飛び出た言葉に、彼は苦笑した。
「だって、私は——」
 そこまで言いかけた時、急にドアが開く。show先生と梶瑛かじあきさんが立っていた。
「お邪魔させてもらうよ~!」
「……失礼します」
 show先生は両手に酒の瓶を持ち、「ワーイ!」と楽しそうにする。
 一方、梶瑛かじあきさんは苛立ったような表情と、殺意に似た雰囲気を醸し出しながら入ってきた。
「早く離れなさいよッ! 変態年増!」
「というか、なんでそうの服を持ってんのよ‼︎」ベリッと剥がされた。
 彼女はいつになったら名前で呼んでくれるのかな。
 梶瑛かじあきさんは私からそうくんのティーシャツを奪い取ると、そのまま彼に渡す。
 それを受け取ったそうくんは、そのまま着た。その様子は少々苛ついているようだ。
「妙なことで先生と結託するなよ。お酒に溺れさせるなんて、卑怯だろ」と注意した。
 そうくんに叱られた彼女は、よろよろとおぼつかない足取りで離れていく。「だから、ちゃんと先生の悪事を教えてあげたのに」と呟いた気がした。その声は泣いているようにも聞こえた。
 ソファに座り直し、天井を仰ぐ。
 すっかり酒が冷めたなぁ、なんて思いながら。
 そこに肩がどさっと重くなる。私の肩にそうくんが腕を回して、抱いていた。
「後で、ちゃんと返事をするから」
 耳元でそう言うと微笑み、離れた。show先生を部屋から引きずり出し、どこかへ行ってしまう。
 そうだった。
 面と向かっていないとはいえ、私はそうくんにハッキリと「好き」と伝えたのだった。改めて高校生のそうくんに告白したんだと実感する。顔から火が出そうだ。
「高校生に告っちゃったなぁ」
 告白の返事が「そばにいたい」だと思っていたけど、違うみたい。
 そばにいたいとは願望であって返事ではないから、後でちゃんと答えるよという意味なのだろうか。
「それって、まさか返事は願望の反対?」
 現実的には、そばにいられないってこと?
 そばにいられない理由なんてあるじゃないか。
「年齢差の壁は、高いなぁ」
 好きになってごめんなさいと謝った後、私が言いかけた言葉は——「だって、私は大人で、そうくんは高校生だから、世間は許してくれない」
 心の奥がモヤモヤする。
 どうして私に願望を伝えたのだろう。後で返事をするっていう言い方をしたのだろう。
 もし私の予想通りなのだとしたら……でも抱きしめてくれたし、一緒にいるって言ってくれた。
 そうだ。
 彼は「これからもちゃんと一緒にいる」って言ってくれたじゃないか。なのにどうして「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」て言ったの?
「あ~~~~~~~」
 肺に溜まっている空気を吐き出した。
 頭の中がゴチャゴチャしてる。もうわからない。考えたくない。
 とても疲れた。
 少しここで休ませてもらおう。
 瞼がゆっくりと落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...