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第六章 君の一つ一つの言葉が
10 本音
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「湊くんとこれからも演奏したいの」
酒で制御を失ったから、話したいことを話すんだ。
「でも、バイバイしなきゃと思って、お別れ会をしたかったの」
「お別れ会?」
「だって、もう会えないでしょ? 会う理由もないでしょ? それに私は大人で、湊くんは高校生、だから」
私の本音。酒によってダラダラと漏れていく。水が流れていくように、堰き止めるものはなにもない。
「でもね、本当はね、お別れなんかしたくない」
ぎゅっと、また彼のティーシャツを抱きしめる。
「ずっとそばにいたい」
私の願望。
「例え、湊くんの優しさがみんなにも向けられていても……我慢、するから」
本当は独り占めしたい。
でも、それよりも大切にしたい想いがある。
「湊くん、今まで一人で頑張ってきたの、すごく偉いと思う。口では言わないけど、親が家にいなくて寂しかっただろうし、心細かったと思うから」
このティーシャツだって、両親がいない間はずっと彼が洗っていたのだろう。
「私に甘えていいよ」
振り返りたいけど、自分に自信が持てないから振り返れない。
「こんな私じゃあ無理かもしれないけど、年上だから……もっと、もっと頑張るから。湊くんが私に甘えられるまで、そばにいさせてほしい」
すると、頭になにかが乗る——湊くんの顎だった。溜息が落ちてくる。
「これはお酒の力なんですかね」
「んん?」
頭に乗っていた顔はなく、今は彼の吐息を首元で感じる。そして後ろから優しく抱きしめられた。
「俺、どうやって人に甘えたらいいのか、わからないんですよね」
「それは、えっと……自分の欲望に忠実になること、かな?」
首を傾げる。こんな回答で良いのだろうか。
「じゃあ、もう十分しほりさんに甘えてますよ」
その意味を示すように、抱きしめる両手に力が入ったのを感じた。
「だから。しほりさんの話だと俺はもう甘えてるから、一緒にはいられませんね」
「イヤですっ」
そんな言葉は聞きたくない。自分で言っておいて矛盾してることはわかってる。だって君を繋ぎ止める為だけの言葉だったから。
でも実際に、彼の生の声で「一緒にはいられない」と聞くと、悲しくて、身を切り裂かれそうな気持ちになる。
声が震えていることに気づき、下唇を強く噛んで、涙が溢れないように堪える。
「ごめん」
「イヤで——」
強く、更に強く抱きしめられた。苦しくなるくらい。
「意地悪を言って、ごめん」
「……え?」
聞き返すと、彼の笑う吐息が首元にかかる。
「これからもちゃんと一緒にいられますよ」
心臓が鳴る。
高鳴る。
聞きたい。次の言葉を聞きたい。
彼は大きく深呼吸をした。何度も。
「これからも一緒に演奏したいですし」
「うん……」
心臓が煩いくらいに鳴る。そのまま胸を突き抜けて、飛び出すんじゃないかと思うくらいに。
「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」
時間が止まったようだった。
耳をくすぐる彼の優しい声。
温かい腕の中。
ずっとこのままでいさせて。
時間よ、どうか止まって。
世界よ、どうか閉じ込めて。
「湊くん、好きになって……ごめんなさい」
「謝ることじゃないでしょ」
私の突然飛び出た言葉に、彼は苦笑した。
「だって、私は——」
そこまで言いかけた時、急にドアが開く。show先生と梶瑛さんが立っていた。
「お邪魔させてもらうよ~!」
「……失礼します」
show先生は両手に酒の瓶を持ち、「ワーイ!」と楽しそうにする。
一方、梶瑛さんは苛立ったような表情と、殺意に似た雰囲気を醸し出しながら入ってきた。
「早く離れなさいよッ! 変態年増!」
「というか、なんで湊の服を持ってんのよ‼︎」ベリッと剥がされた。
彼女はいつになったら名前で呼んでくれるのかな。
梶瑛さんは私から湊くんのティーシャツを奪い取ると、そのまま彼に渡す。
それを受け取った湊くんは、そのまま着た。その様子は少々苛ついているようだ。
「妙なことで先生と結託するなよ。お酒に溺れさせるなんて、卑怯だろ」と注意した。
湊くんに叱られた彼女は、よろよろとおぼつかない足取りで離れていく。「だから、ちゃんと先生の悪事を教えてあげたのに」と呟いた気がした。その声は泣いているようにも聞こえた。
ソファに座り直し、天井を仰ぐ。
すっかり酒が冷めたなぁ、なんて思いながら。
そこに肩がどさっと重くなる。私の肩に湊くんが腕を回して、抱いていた。
「後で、ちゃんと返事をするから」
耳元でそう言うと微笑み、離れた。show先生を部屋から引きずり出し、どこかへ行ってしまう。
そうだった。
面と向かっていないとはいえ、私は湊くんにハッキリと「好き」と伝えたのだった。改めて高校生の湊くんに告白したんだと実感する。顔から火が出そうだ。
「高校生に告っちゃったなぁ」
告白の返事が「そばにいたい」だと思っていたけど、違うみたい。
そばにいたいとは願望であって返事ではないから、後でちゃんと答えるよという意味なのだろうか。
「それって、まさか返事は願望の反対?」
現実的には、そばにいられないってこと?
そばにいられない理由なんてあるじゃないか。
「年齢差の壁は、高いなぁ」
好きになってごめんなさいと謝った後、私が言いかけた言葉は——「だって、私は大人で、湊くんは高校生だから、世間は許してくれない」
心の奥がモヤモヤする。
どうして私に願望を伝えたのだろう。後で返事をするっていう言い方をしたのだろう。
もし私の予想通りなのだとしたら……でも抱きしめてくれたし、一緒にいるって言ってくれた。
そうだ。
彼は「これからもちゃんと一緒にいる」って言ってくれたじゃないか。なのにどうして「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」て言ったの?
「あ~~~~~~~」
肺に溜まっている空気を吐き出した。
頭の中がゴチャゴチャしてる。もうわからない。考えたくない。
とても疲れた。
少しここで休ませてもらおう。
瞼がゆっくりと落ちた。
酒で制御を失ったから、話したいことを話すんだ。
「でも、バイバイしなきゃと思って、お別れ会をしたかったの」
「お別れ会?」
「だって、もう会えないでしょ? 会う理由もないでしょ? それに私は大人で、湊くんは高校生、だから」
私の本音。酒によってダラダラと漏れていく。水が流れていくように、堰き止めるものはなにもない。
「でもね、本当はね、お別れなんかしたくない」
ぎゅっと、また彼のティーシャツを抱きしめる。
「ずっとそばにいたい」
私の願望。
「例え、湊くんの優しさがみんなにも向けられていても……我慢、するから」
本当は独り占めしたい。
でも、それよりも大切にしたい想いがある。
「湊くん、今まで一人で頑張ってきたの、すごく偉いと思う。口では言わないけど、親が家にいなくて寂しかっただろうし、心細かったと思うから」
このティーシャツだって、両親がいない間はずっと彼が洗っていたのだろう。
「私に甘えていいよ」
振り返りたいけど、自分に自信が持てないから振り返れない。
「こんな私じゃあ無理かもしれないけど、年上だから……もっと、もっと頑張るから。湊くんが私に甘えられるまで、そばにいさせてほしい」
すると、頭になにかが乗る——湊くんの顎だった。溜息が落ちてくる。
「これはお酒の力なんですかね」
「んん?」
頭に乗っていた顔はなく、今は彼の吐息を首元で感じる。そして後ろから優しく抱きしめられた。
「俺、どうやって人に甘えたらいいのか、わからないんですよね」
「それは、えっと……自分の欲望に忠実になること、かな?」
首を傾げる。こんな回答で良いのだろうか。
「じゃあ、もう十分しほりさんに甘えてますよ」
その意味を示すように、抱きしめる両手に力が入ったのを感じた。
「だから。しほりさんの話だと俺はもう甘えてるから、一緒にはいられませんね」
「イヤですっ」
そんな言葉は聞きたくない。自分で言っておいて矛盾してることはわかってる。だって君を繋ぎ止める為だけの言葉だったから。
でも実際に、彼の生の声で「一緒にはいられない」と聞くと、悲しくて、身を切り裂かれそうな気持ちになる。
声が震えていることに気づき、下唇を強く噛んで、涙が溢れないように堪える。
「ごめん」
「イヤで——」
強く、更に強く抱きしめられた。苦しくなるくらい。
「意地悪を言って、ごめん」
「……え?」
聞き返すと、彼の笑う吐息が首元にかかる。
「これからもちゃんと一緒にいられますよ」
心臓が鳴る。
高鳴る。
聞きたい。次の言葉を聞きたい。
彼は大きく深呼吸をした。何度も。
「これからも一緒に演奏したいですし」
「うん……」
心臓が煩いくらいに鳴る。そのまま胸を突き抜けて、飛び出すんじゃないかと思うくらいに。
「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」
時間が止まったようだった。
耳をくすぐる彼の優しい声。
温かい腕の中。
ずっとこのままでいさせて。
時間よ、どうか止まって。
世界よ、どうか閉じ込めて。
「湊くん、好きになって……ごめんなさい」
「謝ることじゃないでしょ」
私の突然飛び出た言葉に、彼は苦笑した。
「だって、私は——」
そこまで言いかけた時、急にドアが開く。show先生と梶瑛さんが立っていた。
「お邪魔させてもらうよ~!」
「……失礼します」
show先生は両手に酒の瓶を持ち、「ワーイ!」と楽しそうにする。
一方、梶瑛さんは苛立ったような表情と、殺意に似た雰囲気を醸し出しながら入ってきた。
「早く離れなさいよッ! 変態年増!」
「というか、なんで湊の服を持ってんのよ‼︎」ベリッと剥がされた。
彼女はいつになったら名前で呼んでくれるのかな。
梶瑛さんは私から湊くんのティーシャツを奪い取ると、そのまま彼に渡す。
それを受け取った湊くんは、そのまま着た。その様子は少々苛ついているようだ。
「妙なことで先生と結託するなよ。お酒に溺れさせるなんて、卑怯だろ」と注意した。
湊くんに叱られた彼女は、よろよろとおぼつかない足取りで離れていく。「だから、ちゃんと先生の悪事を教えてあげたのに」と呟いた気がした。その声は泣いているようにも聞こえた。
ソファに座り直し、天井を仰ぐ。
すっかり酒が冷めたなぁ、なんて思いながら。
そこに肩がどさっと重くなる。私の肩に湊くんが腕を回して、抱いていた。
「後で、ちゃんと返事をするから」
耳元でそう言うと微笑み、離れた。show先生を部屋から引きずり出し、どこかへ行ってしまう。
そうだった。
面と向かっていないとはいえ、私は湊くんにハッキリと「好き」と伝えたのだった。改めて高校生の湊くんに告白したんだと実感する。顔から火が出そうだ。
「高校生に告っちゃったなぁ」
告白の返事が「そばにいたい」だと思っていたけど、違うみたい。
そばにいたいとは願望であって返事ではないから、後でちゃんと答えるよという意味なのだろうか。
「それって、まさか返事は願望の反対?」
現実的には、そばにいられないってこと?
そばにいられない理由なんてあるじゃないか。
「年齢差の壁は、高いなぁ」
好きになってごめんなさいと謝った後、私が言いかけた言葉は——「だって、私は大人で、湊くんは高校生だから、世間は許してくれない」
心の奥がモヤモヤする。
どうして私に願望を伝えたのだろう。後で返事をするっていう言い方をしたのだろう。
もし私の予想通りなのだとしたら……でも抱きしめてくれたし、一緒にいるって言ってくれた。
そうだ。
彼は「これからもちゃんと一緒にいる」って言ってくれたじゃないか。なのにどうして「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」て言ったの?
「あ~~~~~~~」
肺に溜まっている空気を吐き出した。
頭の中がゴチャゴチャしてる。もうわからない。考えたくない。
とても疲れた。
少しここで休ませてもらおう。
瞼がゆっくりと落ちた。
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