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第六章 君の一つ一つの言葉が
5 大人のくせに
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「マスターもコンサートに来てくれたんですよね?」
「ええ、行ったよ。店番をアルバイトさんに頼んでね。うっふっふっ」
大きな花束を持った可愛いアルバイトさんがマスターに手渡す。
「はいヨ、マスターチャン」
「ありがとう、ヒツさん」
「アナタ、すぐ忘れるノ、良くないネ」
「最近、物忘れが激しくて。ヒツさんも忘れてたんだから、これでおあいこだね」
「オアイコ、意味がわかりまセン。どして、フクオカサンが知ってる、花束」
何度か姿は見かけたことはあったが、彼女が話しているのを初めて見た。いや、単純に私が気にしてないだけなのかも。
外国人か。片言だったから、すぐにわかった。ヒツという名前はどこの国だろう。
「日本語、上手ですね」と話しかけると、「ありがとうございマース」と満面の笑みを浮かべてくれた。
人懐っこさと話し方が可愛くて、ほんわかする。
「コンサート、お疲れ様でした」
マスターはそう言って、私に花束を渡してくれた。
丸い花のダリアという花。赤やピンク、オレンジ、白の様々な色に、緑の葉が添える大きな花束だった。
「え、え? え?」
私は突然のことに言葉を失う。
湊くんに「ほら、受け取らないと」と促されて立ち上がり、それを受け取った。抱えきれないような大きな花束に、じんわりと目に涙が溜まる。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「喜んでもらえてなによりだよ」
「俺達からもマスターに渡したいものがあります」
湊くんは、チョコレートが入った青い紙袋を手渡した。
『俺達』という響きが、なんだか良いと思ってしまったことは、口に出すまい。彼の向こうに座る気配が恐ろしい。
「このロゴは駅前にあるお店だね。ありがたく頂戴します」
マスターは嬉しそうに受け取っていた。
「ちょっと待ってよ! 『俺達』ってどういうこと⁉︎ 湊と年増のこと⁉︎」
梶瑛さんが不服そうに口に出した。なにが気に食わないんだよ、あなた。
腕の中にある花束をじっと見つめていると、本当にコンサートが終わったんだと実感する。
心をくすぐる、寂しさ。まだ演奏がしたい。湊くんと一緒に演奏がしたい。あの感覚が忘れられない。心が震えるような、揺さぶられるような、全身に感じた感動を。
でも、もう終わったんだ。
もう湊くんと演奏はできない。
そう思うと、一層暗い影が落ちる。
「しほりさんもチョコどうぞ」
「あーうん、ありがとう」
自分で選んだナッツのチョコレート。心なしか、チョコレートの味がしない。チョコレートの脂肪分の塊を食べているようだ。見た目はこんなに甘そうで、美味しそうなのに。
口に入れてみたものの、なかなかチョコレートが喉を通らない。カフェオレを飲んで流し込んだ。
一枚アンケートを捲ると、書かれた感想に『また二人の演奏を聴きに行きたいです』の文字。ぼちぼちと見かける言葉を読んで、最初は夏希と始めたコンサートだったけど、フルート二重奏というコンサートも悪くないのかなと思う。
だからといって、実現させることが難しい話なのは変わらない。
不満を紛らわせる為になんでも口に入れてしまおうと、次のチョコレートを手に取り、口に付けた瞬間、
「あ」
湊くんの声で、ハッと我に返った。
「ごめん……湊くんのチョコ、食べちゃった」
「いやいや、いいですよ」
苦笑していた。
その後ろでは「グルルルル」と野獣が唸る声がする。もうこの人なに。心の中で涙を浮かべる。
「……そろそろ帰りましょうか」
そう言って彼は立ち上がった。
彼の言葉を聞いて、心臓が握られたような痛みがした。
「あの、湊くん」
「はい」
「本当に助けてくれてありがとう。こうやってコンサートを無事に終わらせることができたのは、君がいてくれたからだよ」
次のアンケートにも『フルートって吹く人によって、全然音色が違うのですね。二人で吹く曲も凄くて、鳥肌が立ちました』と書かれていた。
「この演奏会で最後なのが……凄く勿体無い気がする、けど……」
散らばったアンケートをまとめて、端を揃える。そして、私はただ笑った。
「凄く楽しかった」
カウンターに置いたシャイニーケース。その中にある、彼から借りたフルートともお別れをしなければならない。
勇気を振り絞って、言いたいことを言おう。
大丈夫。湊くんならきちんと耳を傾けてくれる筈だから。
「もし、湊くんがよければ、なんだけど……」
きょとんとする彼に上目遣いで、
「社会人のお疲れ様会には、二次会というものがございまして~……」
悪戯っぽく、彼の顔色を伺う。
「show先生のお家で、二次会しない?」
「はあああ⁉︎ なんで年増が先生のこと、知ってんの?」
今度は身を乗り出して、梶瑛さんが叫ぶ。非常に不愉快だと言わんばかりに。この子、どうして私に攻撃的なのかなー。
「昨日、先生ん家に泊まったから知ってるよ」
「湊! なに勝手に泊めてんのよ⁉︎」
「いや、本人の承諾済みだし」
「ま、まさか、二人っきりでお泊まりしたわけ⁉︎」
「まあね」
「不純交際禁止!」
「あの先生の教え子がそんなことを言っていいのか」
「それはそれ、これはこれ。もしかして、そこの年増、あたしの部屋で寝たんじゃないでしょーねえ⁉︎」
「いい加減、年増って言うなよ」湊くんは注意してくれたが、彼女はあまり聴く耳を持たない。
「梶瑛の部屋を貸したんだけど、結局、俺の部屋で寝たんだよ」
「つか、お前の部屋じゃないよな」と言うが、やはり聞く耳持たず。階段を駆け上がっていくように、彼女はヒートアップしていく。
「はあああああああ⁉︎ 一緒に寝た⁉︎ 年増と⁉︎」
「俺は楽譜の書き換えをしていたから、一緒には寝てないって」
「だから年増って言うなって」そう言ってくれる湊くん。
もう気持ちだけで十分だよ。だって、梶瑛は本当に聞いてくれないもんね。と思っていたら、不意に視界がぐらりと揺らぐ。彼女が胸ぐらを掴まれていた。
「アンタ、年上年増のくせに、湊に徹夜までやらせたわけ⁉︎ 信じられない……!」
殴ってきそうな表情だった。でも、もし本当に殴ってきても、私は黙ってそれを受け止めようと思っていた。
やっぱり、そう思うよね。いい歳した大人が、高校生にいろんなことをやらせてしまった。その人を大事に思っている人程、私のことは許せないだろう。
「不甲斐ない私の責任です」
「こんのクソッ——」
右手を振り上げられ、私はギュッと瞳を閉じた。
「ええ、行ったよ。店番をアルバイトさんに頼んでね。うっふっふっ」
大きな花束を持った可愛いアルバイトさんがマスターに手渡す。
「はいヨ、マスターチャン」
「ありがとう、ヒツさん」
「アナタ、すぐ忘れるノ、良くないネ」
「最近、物忘れが激しくて。ヒツさんも忘れてたんだから、これでおあいこだね」
「オアイコ、意味がわかりまセン。どして、フクオカサンが知ってる、花束」
何度か姿は見かけたことはあったが、彼女が話しているのを初めて見た。いや、単純に私が気にしてないだけなのかも。
外国人か。片言だったから、すぐにわかった。ヒツという名前はどこの国だろう。
「日本語、上手ですね」と話しかけると、「ありがとうございマース」と満面の笑みを浮かべてくれた。
人懐っこさと話し方が可愛くて、ほんわかする。
「コンサート、お疲れ様でした」
マスターはそう言って、私に花束を渡してくれた。
丸い花のダリアという花。赤やピンク、オレンジ、白の様々な色に、緑の葉が添える大きな花束だった。
「え、え? え?」
私は突然のことに言葉を失う。
湊くんに「ほら、受け取らないと」と促されて立ち上がり、それを受け取った。抱えきれないような大きな花束に、じんわりと目に涙が溜まる。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「喜んでもらえてなによりだよ」
「俺達からもマスターに渡したいものがあります」
湊くんは、チョコレートが入った青い紙袋を手渡した。
『俺達』という響きが、なんだか良いと思ってしまったことは、口に出すまい。彼の向こうに座る気配が恐ろしい。
「このロゴは駅前にあるお店だね。ありがたく頂戴します」
マスターは嬉しそうに受け取っていた。
「ちょっと待ってよ! 『俺達』ってどういうこと⁉︎ 湊と年増のこと⁉︎」
梶瑛さんが不服そうに口に出した。なにが気に食わないんだよ、あなた。
腕の中にある花束をじっと見つめていると、本当にコンサートが終わったんだと実感する。
心をくすぐる、寂しさ。まだ演奏がしたい。湊くんと一緒に演奏がしたい。あの感覚が忘れられない。心が震えるような、揺さぶられるような、全身に感じた感動を。
でも、もう終わったんだ。
もう湊くんと演奏はできない。
そう思うと、一層暗い影が落ちる。
「しほりさんもチョコどうぞ」
「あーうん、ありがとう」
自分で選んだナッツのチョコレート。心なしか、チョコレートの味がしない。チョコレートの脂肪分の塊を食べているようだ。見た目はこんなに甘そうで、美味しそうなのに。
口に入れてみたものの、なかなかチョコレートが喉を通らない。カフェオレを飲んで流し込んだ。
一枚アンケートを捲ると、書かれた感想に『また二人の演奏を聴きに行きたいです』の文字。ぼちぼちと見かける言葉を読んで、最初は夏希と始めたコンサートだったけど、フルート二重奏というコンサートも悪くないのかなと思う。
だからといって、実現させることが難しい話なのは変わらない。
不満を紛らわせる為になんでも口に入れてしまおうと、次のチョコレートを手に取り、口に付けた瞬間、
「あ」
湊くんの声で、ハッと我に返った。
「ごめん……湊くんのチョコ、食べちゃった」
「いやいや、いいですよ」
苦笑していた。
その後ろでは「グルルルル」と野獣が唸る声がする。もうこの人なに。心の中で涙を浮かべる。
「……そろそろ帰りましょうか」
そう言って彼は立ち上がった。
彼の言葉を聞いて、心臓が握られたような痛みがした。
「あの、湊くん」
「はい」
「本当に助けてくれてありがとう。こうやってコンサートを無事に終わらせることができたのは、君がいてくれたからだよ」
次のアンケートにも『フルートって吹く人によって、全然音色が違うのですね。二人で吹く曲も凄くて、鳥肌が立ちました』と書かれていた。
「この演奏会で最後なのが……凄く勿体無い気がする、けど……」
散らばったアンケートをまとめて、端を揃える。そして、私はただ笑った。
「凄く楽しかった」
カウンターに置いたシャイニーケース。その中にある、彼から借りたフルートともお別れをしなければならない。
勇気を振り絞って、言いたいことを言おう。
大丈夫。湊くんならきちんと耳を傾けてくれる筈だから。
「もし、湊くんがよければ、なんだけど……」
きょとんとする彼に上目遣いで、
「社会人のお疲れ様会には、二次会というものがございまして~……」
悪戯っぽく、彼の顔色を伺う。
「show先生のお家で、二次会しない?」
「はあああ⁉︎ なんで年増が先生のこと、知ってんの?」
今度は身を乗り出して、梶瑛さんが叫ぶ。非常に不愉快だと言わんばかりに。この子、どうして私に攻撃的なのかなー。
「昨日、先生ん家に泊まったから知ってるよ」
「湊! なに勝手に泊めてんのよ⁉︎」
「いや、本人の承諾済みだし」
「ま、まさか、二人っきりでお泊まりしたわけ⁉︎」
「まあね」
「不純交際禁止!」
「あの先生の教え子がそんなことを言っていいのか」
「それはそれ、これはこれ。もしかして、そこの年増、あたしの部屋で寝たんじゃないでしょーねえ⁉︎」
「いい加減、年増って言うなよ」湊くんは注意してくれたが、彼女はあまり聴く耳を持たない。
「梶瑛の部屋を貸したんだけど、結局、俺の部屋で寝たんだよ」
「つか、お前の部屋じゃないよな」と言うが、やはり聞く耳持たず。階段を駆け上がっていくように、彼女はヒートアップしていく。
「はあああああああ⁉︎ 一緒に寝た⁉︎ 年増と⁉︎」
「俺は楽譜の書き換えをしていたから、一緒には寝てないって」
「だから年増って言うなって」そう言ってくれる湊くん。
もう気持ちだけで十分だよ。だって、梶瑛は本当に聞いてくれないもんね。と思っていたら、不意に視界がぐらりと揺らぐ。彼女が胸ぐらを掴まれていた。
「アンタ、年上年増のくせに、湊に徹夜までやらせたわけ⁉︎ 信じられない……!」
殴ってきそうな表情だった。でも、もし本当に殴ってきても、私は黙ってそれを受け止めようと思っていた。
やっぱり、そう思うよね。いい歳した大人が、高校生にいろんなことをやらせてしまった。その人を大事に思っている人程、私のことは許せないだろう。
「不甲斐ない私の責任です」
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