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第四章 ドアの鍵は君が持っている
1 誰か助けてください
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夏希の両親は、娘が眠っている病室に戻った。
夜空の下、私は病院の外にあるベンチに座っていた。
街路灯の限られた明かりをもとに、代わりのピアノ伴奏者がいないか探した。手当たり次第に電話をかけたし、メールも送った。でも反応がなかったり、無理だと断られてしまった。
握りしめていたスマートフォンを、静かに横に置く。
「諦めないって誓ったばかりだけど、もう挫けそう……」
元々、音楽関係の知り合いが多い方ではないので、残念な結果が出るのも早かった。
気落ちするように視線が徐々に下がっていき、最後は溜息が漏れる。
「いかんいかん。弱気になってる」
すぅーっと鼻から空気を吸う。背筋が微かに反って、風船のように腹を大きく膨らませる。上から下まで、夏の夜の空気で満ちた。
ぎゅっと目を瞑り、
「えいっえいっ、おー」
声に合わせて両頬を叩き、意味のない掛け声。そんなに下を向きたくなるなら、いっその事上を向いてやれと天を仰いだ。
頭上には夜の濃藍が広がっていた。
薄い雲が、白い月を隠す。
その雲の合間には光る星達。しかしそれは、目を凝らすと漸く見える儚い光で、か弱く見えた。まるで現状を打破する為に足掻く私のようにも思えた。
「ピアノ伴奏者、どこかにいないかなぁ」
一際目立つ、青い光と赤い光。
点滅するその光は、夜空のキャンバスに線を引く筆のように、左から右へと横断していく。雲の中に入っては消え、抜けては光る。
「あの光、なんだっけ」
最近、誰かに教えてもらった気がする。
「あ、福岡くんだ」
彼と飛行機を見たんだ。
七夕の日、彼が校門で待っててくれて、一緒に夜空を眺めながら帰ったんだっけ。
そういえば音楽室で練習している時、一回、部活ノートを取りに福岡くんが来たことがあった。夏希からそれを受け取ったということは、福岡くんは吹奏楽部の部員である可能性が高い。
そして吹奏楽部に所属する部員はピアノ経験者が多かったりする。もしかしたらピアノを弾けるかもしれない。
見えてきた希望。でも——
「福岡くんに連絡先を消してって、自分から言っちゃったもんな」
こんなことになるくらいなら言わなければよかった。本当に過去の自分を殴ってやりたい。もうちょっと考えて話をしようよ、自分。迷惑だよな。
ぼーっと、褐色の空を眺める。
肌を撫でる、ほんのり冷たい風。
「はぁー」
気が重い。健康診断の結果を聞く前のような重さだ。体に悪いところがあったら嫌だなぁ、みたいな。
「んー、嫌だなぁ。怖いなぁ」
電話をかけるのが怖い。
自分が困って、都合が良い時に連絡をすることで、身勝手だと怒らせたくない。既に関わる価値のない人間だと思われて、無視されたくない。
スマートフォンに登録した、数少ない知人に断られ続け、どん底に落ちた。その上、福岡くんまで電話に出てもらえなかったら……断られたら……その時はもう希望の欠片もない。
だからなかなか勇気が出ない。でも、このままではダメだ。
気分を変えようと、トートバッグからペットボトルを取り出した。それを一口飲む。
「……味がしない」
一体なにを買ったのだろうとラベルを見た。
外灯の光に照らされて見える文字は、正午の紅茶。甘いミルクティーのはずなのに、甘さを感じず、水を飲んでいるようだった。
それから半分ほど飲んでから、福岡くんの連絡先を画面に出す。
「はあぁぁぁぁ」
淀んだ空気を吐くように、溜息を吐きながら首を垂らした。
頭では痛い程理解している。なにかをしないと変わらない。このままコンサートを中止にできない。その為には、不確定なことでも掴みにいかなければならない。
ドクンドクンドクン
緊張感が高まり、心臓が高鳴る。
人の繋がりが打開策に繋がればいい。そう思って、目をギュッと瞑り、深呼吸を繰り返す。
ただでさえない勇気を振り絞る。
ドクンドクンドクン
鼓動に合わせるように震える指先が、液晶をタッチした。
電話の呼び出し音が鳴る。
「ひゃっ」
その音で驚き、声が漏れた。
本当に電話が掛かると思っていなかった。着信拒否をされているのではないかと、内心では考えていたから。
電話の呼び出し音は続く。
緊張で思わず口呼吸になる。ヒューヒューと空気の出入りする音がした。落ち着かせようと、その呼吸をできるだけ長くする。
「……出ない」
電話に出ないかな。やっぱり。
そろそろ諦めよう。そう思って、スマートフォンを耳から離した時だった。
『…………眞野さん?』
今も変わらず優しい声色に、時が止まったような錯覚がした。
嬉しい。ありがとう。でも、どうして。
慌ててスマートフォンを耳に当てた。
夜空の下、私は病院の外にあるベンチに座っていた。
街路灯の限られた明かりをもとに、代わりのピアノ伴奏者がいないか探した。手当たり次第に電話をかけたし、メールも送った。でも反応がなかったり、無理だと断られてしまった。
握りしめていたスマートフォンを、静かに横に置く。
「諦めないって誓ったばかりだけど、もう挫けそう……」
元々、音楽関係の知り合いが多い方ではないので、残念な結果が出るのも早かった。
気落ちするように視線が徐々に下がっていき、最後は溜息が漏れる。
「いかんいかん。弱気になってる」
すぅーっと鼻から空気を吸う。背筋が微かに反って、風船のように腹を大きく膨らませる。上から下まで、夏の夜の空気で満ちた。
ぎゅっと目を瞑り、
「えいっえいっ、おー」
声に合わせて両頬を叩き、意味のない掛け声。そんなに下を向きたくなるなら、いっその事上を向いてやれと天を仰いだ。
頭上には夜の濃藍が広がっていた。
薄い雲が、白い月を隠す。
その雲の合間には光る星達。しかしそれは、目を凝らすと漸く見える儚い光で、か弱く見えた。まるで現状を打破する為に足掻く私のようにも思えた。
「ピアノ伴奏者、どこかにいないかなぁ」
一際目立つ、青い光と赤い光。
点滅するその光は、夜空のキャンバスに線を引く筆のように、左から右へと横断していく。雲の中に入っては消え、抜けては光る。
「あの光、なんだっけ」
最近、誰かに教えてもらった気がする。
「あ、福岡くんだ」
彼と飛行機を見たんだ。
七夕の日、彼が校門で待っててくれて、一緒に夜空を眺めながら帰ったんだっけ。
そういえば音楽室で練習している時、一回、部活ノートを取りに福岡くんが来たことがあった。夏希からそれを受け取ったということは、福岡くんは吹奏楽部の部員である可能性が高い。
そして吹奏楽部に所属する部員はピアノ経験者が多かったりする。もしかしたらピアノを弾けるかもしれない。
見えてきた希望。でも——
「福岡くんに連絡先を消してって、自分から言っちゃったもんな」
こんなことになるくらいなら言わなければよかった。本当に過去の自分を殴ってやりたい。もうちょっと考えて話をしようよ、自分。迷惑だよな。
ぼーっと、褐色の空を眺める。
肌を撫でる、ほんのり冷たい風。
「はぁー」
気が重い。健康診断の結果を聞く前のような重さだ。体に悪いところがあったら嫌だなぁ、みたいな。
「んー、嫌だなぁ。怖いなぁ」
電話をかけるのが怖い。
自分が困って、都合が良い時に連絡をすることで、身勝手だと怒らせたくない。既に関わる価値のない人間だと思われて、無視されたくない。
スマートフォンに登録した、数少ない知人に断られ続け、どん底に落ちた。その上、福岡くんまで電話に出てもらえなかったら……断られたら……その時はもう希望の欠片もない。
だからなかなか勇気が出ない。でも、このままではダメだ。
気分を変えようと、トートバッグからペットボトルを取り出した。それを一口飲む。
「……味がしない」
一体なにを買ったのだろうとラベルを見た。
外灯の光に照らされて見える文字は、正午の紅茶。甘いミルクティーのはずなのに、甘さを感じず、水を飲んでいるようだった。
それから半分ほど飲んでから、福岡くんの連絡先を画面に出す。
「はあぁぁぁぁ」
淀んだ空気を吐くように、溜息を吐きながら首を垂らした。
頭では痛い程理解している。なにかをしないと変わらない。このままコンサートを中止にできない。その為には、不確定なことでも掴みにいかなければならない。
ドクンドクンドクン
緊張感が高まり、心臓が高鳴る。
人の繋がりが打開策に繋がればいい。そう思って、目をギュッと瞑り、深呼吸を繰り返す。
ただでさえない勇気を振り絞る。
ドクンドクンドクン
鼓動に合わせるように震える指先が、液晶をタッチした。
電話の呼び出し音が鳴る。
「ひゃっ」
その音で驚き、声が漏れた。
本当に電話が掛かると思っていなかった。着信拒否をされているのではないかと、内心では考えていたから。
電話の呼び出し音は続く。
緊張で思わず口呼吸になる。ヒューヒューと空気の出入りする音がした。落ち着かせようと、その呼吸をできるだけ長くする。
「……出ない」
電話に出ないかな。やっぱり。
そろそろ諦めよう。そう思って、スマートフォンを耳から離した時だった。
『…………眞野さん?』
今も変わらず優しい声色に、時が止まったような錯覚がした。
嬉しい。ありがとう。でも、どうして。
慌ててスマートフォンを耳に当てた。
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