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第二章 欺瞞で顔を作って嘘をつく
3 嘘
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落ち着くまで涙を流した。こんなことになってしまい、自責の念にかられて止まらなかった。泣いても仕方がないとはわかっていても。とはいっても、長い時間お邪魔するわけにもいかない。
涙を拭って、兎のような赤い目で職員室のドアを閉める。それを見て、やっと体の力が抜けた。
そのドアから指先を離そうとした時、すぐ隣で気配が——
「眞野さん」
「うああぁぁ!」
声を掛けられるまで全く気づかなかった。私は肩を上下させ、声が裏返る。
反射的に見遣ると、そこには最も会いたくない相手がいた。たった先程まで話の中心にいた人の関係者だから。
私はすぐに泣き顔を隠す為に、そっぽを向いた。
「眞野さん、顔に絆創膏が」
彼はある一点に気づくと、焦るように私の顔を覗き込む。
「あ、ああああ! ちょっと歩いていたら顔をぶつけただけ! 気にしないで、ね、ね」
どうにか誤魔化せないかと思い、ニッコリと笑顔を作ってみせる。
彼は、あからさまな溜息をついた。
「そんなわかりやすい嘘、つかなくていいですよ……母さんが、怪我をさせてすみませんでした」
苦し紛れの嘘はあっさりと見破られる。私は演技力が皆無のようだ。心配をかけさせまいと、わざわざ嘘をついたのに情けない。
福岡くんは表情に翳りを見せる。私の傷は自分の母親が負わせたものだと、気づいているかのように。
だから私はもう嘘をつくのをやめた。たぶん福岡くんは全部わかってる。どうして私がここにいるのかも。
「ううん、大丈夫だよ。痛みよりも、ちょっと驚いただけ。それに大した傷ではないしね」
「ダメです。女性の顔に傷をつけたらダメだ。それに母さん、感情を抑えるのが苦手なんです。みんなが振り返るくらいに結構叫んでたし、いろいろ言葉でも傷つけてしまったと思います」
職員室からあれだけ叫んでいれば、気になって人の足は止まるだろう。
そうなれば自然と福岡くんの耳にも情報が入ってしまう。例え母親が来校することを知らなくても、聴こえてくる声で誰の声かわかる。
「母がご迷惑をかけてすみませんでした」
福岡くんは頭を下げる。その雰囲気は怒っているように感じた。恐らく自分の母親に対してなのだろうが、実の親にそんな感情を抱くのは少し悲しい気がする。
「福岡くん」
名を呼べば、その眼差しは柔らかい。
「この前、折角、連絡先を教えてくれたのにごめんね」
上手く笑えているだろうか。
「一回も連絡しないまま終わりそう」
「どういうことですか? 母さんになにか言われたんですか?」
誤解がないように、私は言わなければならない。
「連絡先を消して。お願い」
「母さんにそう言われたんですか⁉︎」
「ううん、違うよ。でも私達、年が離れすぎてるでしょ? それにお母さんが思ってるような関係じゃないわけだし、これからも誰かに変な誤解をされたら福岡くんが困っちゃう。私はそんなの嫌だから」
「……」
彼は考え込むように黙り込んだ。
周りの人は私と違う価値観なんだ。今日、職員室であなたのお母さんと話をして、よくわかった。
こうやって普通の会話をしているだけでも、周りの目には普通以上の関係に見えてしまうこともある。
「話をするのも、あまりよくないよね。できるだけ話しかけないようにするから。じゃあ、さよなら」
逃げるようにその場から離れた。
このまま学校にいても練習はできない。さっさと家に帰ってのんびりしよう。
でも、本当にこれでよかったのだろうか。心の中がスッキリしない。言いたいことは他にもあったけど、飲み込んだからなのかな。
それとも、福岡くんが連絡先を消すことに同意してくれなかったから?
「ああ、違うなぁ。本当は——」
私の言ったことを否定してほしかったなぁ。
歳の差があっても大丈夫。問題もないし、誤解されたって構わない、て。だから連絡先を消さないよって、言ってほしかった。
自己中心的な私が嫌い。
涙を拭って、兎のような赤い目で職員室のドアを閉める。それを見て、やっと体の力が抜けた。
そのドアから指先を離そうとした時、すぐ隣で気配が——
「眞野さん」
「うああぁぁ!」
声を掛けられるまで全く気づかなかった。私は肩を上下させ、声が裏返る。
反射的に見遣ると、そこには最も会いたくない相手がいた。たった先程まで話の中心にいた人の関係者だから。
私はすぐに泣き顔を隠す為に、そっぽを向いた。
「眞野さん、顔に絆創膏が」
彼はある一点に気づくと、焦るように私の顔を覗き込む。
「あ、ああああ! ちょっと歩いていたら顔をぶつけただけ! 気にしないで、ね、ね」
どうにか誤魔化せないかと思い、ニッコリと笑顔を作ってみせる。
彼は、あからさまな溜息をついた。
「そんなわかりやすい嘘、つかなくていいですよ……母さんが、怪我をさせてすみませんでした」
苦し紛れの嘘はあっさりと見破られる。私は演技力が皆無のようだ。心配をかけさせまいと、わざわざ嘘をついたのに情けない。
福岡くんは表情に翳りを見せる。私の傷は自分の母親が負わせたものだと、気づいているかのように。
だから私はもう嘘をつくのをやめた。たぶん福岡くんは全部わかってる。どうして私がここにいるのかも。
「ううん、大丈夫だよ。痛みよりも、ちょっと驚いただけ。それに大した傷ではないしね」
「ダメです。女性の顔に傷をつけたらダメだ。それに母さん、感情を抑えるのが苦手なんです。みんなが振り返るくらいに結構叫んでたし、いろいろ言葉でも傷つけてしまったと思います」
職員室からあれだけ叫んでいれば、気になって人の足は止まるだろう。
そうなれば自然と福岡くんの耳にも情報が入ってしまう。例え母親が来校することを知らなくても、聴こえてくる声で誰の声かわかる。
「母がご迷惑をかけてすみませんでした」
福岡くんは頭を下げる。その雰囲気は怒っているように感じた。恐らく自分の母親に対してなのだろうが、実の親にそんな感情を抱くのは少し悲しい気がする。
「福岡くん」
名を呼べば、その眼差しは柔らかい。
「この前、折角、連絡先を教えてくれたのにごめんね」
上手く笑えているだろうか。
「一回も連絡しないまま終わりそう」
「どういうことですか? 母さんになにか言われたんですか?」
誤解がないように、私は言わなければならない。
「連絡先を消して。お願い」
「母さんにそう言われたんですか⁉︎」
「ううん、違うよ。でも私達、年が離れすぎてるでしょ? それにお母さんが思ってるような関係じゃないわけだし、これからも誰かに変な誤解をされたら福岡くんが困っちゃう。私はそんなの嫌だから」
「……」
彼は考え込むように黙り込んだ。
周りの人は私と違う価値観なんだ。今日、職員室であなたのお母さんと話をして、よくわかった。
こうやって普通の会話をしているだけでも、周りの目には普通以上の関係に見えてしまうこともある。
「話をするのも、あまりよくないよね。できるだけ話しかけないようにするから。じゃあ、さよなら」
逃げるようにその場から離れた。
このまま学校にいても練習はできない。さっさと家に帰ってのんびりしよう。
でも、本当にこれでよかったのだろうか。心の中がスッキリしない。言いたいことは他にもあったけど、飲み込んだからなのかな。
それとも、福岡くんが連絡先を消すことに同意してくれなかったから?
「ああ、違うなぁ。本当は——」
私の言ったことを否定してほしかったなぁ。
歳の差があっても大丈夫。問題もないし、誤解されたって構わない、て。だから連絡先を消さないよって、言ってほしかった。
自己中心的な私が嫌い。
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