世界最強の暗殺者にとって、学園無双なんて簡単過ぎる仕事だろう?

座闇 びゃく

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第二章

二十九話 不自然

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 いろいろと相互誤解が解けたその夜。
 春から夏へと変動する芽吹きが、微かに窓から吹き抜ける、温かさを帯びた風によって感じさせられていく。
 前すら視認できない室内に、ベッドからは小さな光を放ち続けている。
 
「明日の個人ランク戦の相手は辞退したか……」

 ベットに身を預けた暗翔は、デバイスをスクロール。
 電気一つ付けていない部屋で画面から反射される光を受け続けるのは、頭では悪いと分かっている。
 あくびが喉から漏れたことで、デバイスの電源を落として枕元に置く。 
 少しずつまぶたを閉じ、思考世界に意識が切り替わった。

「紅舞は、デバイスを探していたんだっけな」

 風呂場の一件は、完全に紅舞のミス。
 いや、俺も社会的に見れば失敗したが……。
 お互い脱衣所のことは水に流す、ということで他言無用の約束を取り付けた。
 なお、パンツはすぐに返してもらったが。
 今頃は夜風を浴びているだろう。

「……」 
 
 意識が遠のいていく。
 深呼吸は無意識に、眠気さが押し寄せる感覚に身を任せたその刹那。
 爆音が、扉越しに響いてきた。
 暗翔は、半分反射的に意識を覚醒させると、廊下に飛び出て、聴覚を頼りに音のする方向へ家内を駆けていく。
 
「ここは……!」

 部屋主の名を呼び、扉を乱暴に叩きつけるごとく開ける。
 まず視界に入り込んだのは、壁の一部が燃え焦げた光景と、紅舞の私有物が散乱した床。
 次いで、酷く煙のようなむせる臭いが鼻を刺激した。

「く、暗翔……ッ!」

 はっ、と紅舞は暗翔の姿に気付くと、走り寄って抱きつく。
 
「一体なにがあったんだ?」

「それは……っ」

「あら、こんな夜中になにごとでして?」

 紅舞が言葉を口にしようとした矢先に、夜雪の眠気さを含む声が先制して響いた。
 損傷した部屋の一部から差し込む月光りは、キラキラと銀色の髪を反射する。
 暗翔は、話を元に戻そうと咳払い一つ。

「それで、これは夢の世界で怖いことでも起こったせいか?」

「……人影が、居たのっ」

「それは確かに、この部屋内で見たということでして?」

 こくり、とそっと頷くのは紅舞。
 夜雪は状況を把握すると、即座に声色を真剣なものに変えた。
 しかし、と暗翔は一度発言してから紡ぐ。

「月の明かりがあるとしても、今夜は暗い。見間違いじゃないんだろうな?」

「もしそうだとしたら、良かったわ」

「ということは、確証に至る根拠が有るようですこと?」

「……光りよ」

 暗翔と夜雪が口を揃えて、同じ言葉を唱える。
 混乱する二人に、紅舞は床を踏みしめながら部屋の奥側へと歩き出す。
 突然しゃがんだと思いきや、銀色に輝くなにかを手に持っていた。

「刃物……それも、短剣でして」

 この暗い中で、夜雪はよく判別できたな。
 暗翔が紅舞の手元を凝視しても、形までは見えてこない。

「その通りよ。これを持って、あたしに襲い掛かっていた人影が居たの」

「防衛反応が反応して、【ギフト】を発動させたですこと」

「ならば、一つ聞くが……襲ってきた人影の姿が見当たらないぞ」

 木製の剥き出した壁片が、黒く火傷した以外に、不自然な点は感じない。
 暗翔が五感を鋭め気配を探るも、サーチには引っかからず。
 紅舞から渡された刃に目を通すと、確かに短剣であることが目視できた。

「逃げられた、が正しいのかしら」

「……不気味ですこと」

 夜雪の言葉に、紅舞が唇を噛む。
 視線を肩へとやると、ほんのわずかに震えているのを目で捉えた。

「紅舞、今日は俺の部屋で寝ろ」

「……えっ?」

「兄様、こんな時にわたくしという存在がありながらも告白ですこと?」

「……あれ?」

 はぁ、と二つのため息が吐かれる音。
 額に腕を当てながら、こちらを向く紅舞の瞳には、冷ややかな感情が宿っている気がしてならない。
 夜雪に至っては、ツンツンと腹部を突いてくるほど。
 数秒の間を置いて、暗翔は自ら発した言葉の意味を理解した。

「……分かっているわよ。いつまた襲われるか、危険性が潜んでいるってことね」

「兄様は、女たらしですこと」

「紅舞の話を聞いていたか?」

「はい、その意図は既に理解していましてよ」

「なら、誤解だと分かっていて変に言葉を付け加えるな」

 パンッ、と暗翔は手拍子をして、まとめに入った。

「今日のことは、表向き紅舞が間違えて【ギフト】を使用したことにしておこうか」

 二人が相槌を打つ。

「そして。紅舞は今後少なくとも一ヶ月、俺か夜雪……の部屋で一緒に寝ること」

「一夜を過ごすこと」

「変に想像をかぎたてる言い方に変えないで欲しいわね……」

 ふっ、と緩んだ力を顔の表情に作る紅舞に。
 暗翔は、心内で安堵あんどを覚えた。
 しかし、と同時に思う。
 紅舞を襲ってきた人影が、再びいつ同じことをするかは不明。
 現段階では、判断材料すらないが……。
 
「気持ち悪い、な」

 微かにつぶやれた言葉。
 なにか、まるで泥の中にただ浸かっていくような。
 言葉にならない恐怖を感じた暗翔の脳内では、警戒の鐘が鳴り響いていた。
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