上 下
27 / 61
第二章

二十六話 祝い

しおりを挟む
「それでは、兄様との結婚を祝して……乾杯ですことっ」

「おう、乾杯ッ」

「乾杯じゃないわよッ!」

 パチンッ、と二度に渡る紙が弾ける音。
 頭を叩かれた暗翔は、痛みを感じないが、なんとなく髪の毛をさすった。

「冗談だって……ほら、ランク戦初勝利の祝いだろ?」

 天井から照らされる光は、室内全体を灯している。
 ソファーに腰掛けた三人が囲むテーブルには、食欲をそそる料理の皿が。
 彩色溢れるサラダから、肉料理にオレンジ色に仕上げられたスープまでが、一堂に揃っていた。
 暗翔は、手元に持った皿に、目に入ったものを積んでいく。

「これって、全て夜雪の手作りなんだろ?」

「そうでしてよ。兄様の妻となる身ならば、できて当然ですこと」

「んっ……美味しいわ」

「紅舞さんのお口に合って良かったでしてよ」

 クスクスッ、と口元で笑いを鳴らした夜雪は、自らの皿から料理をつまみ。
 暗翔の唇へと、近付けていた。

「……夜雪?」

「新婚夫婦と言えば、食べさせあいですこと。ほら、兄様も遠慮せずに」

 一人自分の世界に浸っている夜雪に、暗翔は微かに苦笑いを作る。
 運ばれる料理を断ろうと、手を伸ばすも。
 首を横に振ると、口元を開き料理を咀嚼そしゃくした。
 夕食を作ってくれたのは夜雪だ。
 流石に、ここで拒否するのは気が引ける。
 

「ちょっ……なにしているのよ!?」

 突然、叫ぶと同時に紅舞が席を立ち上がる。
 暗翔の目には、若干赤らめた頬が映ったが、その意味までは理解できない。
 お酒でも口にしたのだろうか。

「あら、紅舞さんも食べさせて欲しいですこと?」

「ち、違うわよっ」

「ん、そうなのか? 紅舞、このサラダも新鮮味があって香ばしいぞ」

 フォークで乱雑に刺した野菜を、紅舞の皿へと入れようと身体ごと寄せる。
 
「あ、あっ……暗翔がいいなら、あたしもっ……モグッ」

「……はい?」
  
 まぶたをパチクリと、三度点滅。
 次いで、目の前で起こった紅舞の行動に、笑いを浮かべる。
 しかし、当の本人はなにも気付いていない様子だ。  
 なにを勘違いしたのか。
 暗翔が差し出した野菜を、パクリッと皿に移さず、紅舞が食べてしまったのである。

「ハーレムな兄様は、嫌いではありませんこと」

 隣で紅茶を一口運びつぶやいた夜雪の一言は、二人の耳に届く前に空気に薄れ散った。



■□■□



「……ん?」

 場所は変わること、朝日が差し込む外出時。
 とある約束があるため、休日にも関わらず生徒で混雑する街へと足を運んでいたのだが。
 整備された木々に、雑草は一定の長さでカットされている。
 周りはすべり台などの遊具があり、幼い声の喧騒けんそうが響いていた。
 公園のベンチに腰掛けていた暗翔は、とっさに首を背後へとやる。
 だが、視線の先には、ただトイレがあるだけでなにも映らない。

「……勘違い、か」

 どこからか、嫌な視線を感じた気がするが……自意識過剰だったな。
 眉根をひそめ、ふっと肺から息を吐く。
 腕に目落とす。
 時計の針は、九時五十分を指し示していた。 
 
「あれ、待たせたかしら……?」

 右手側から、地面を踏みしめながら近寄る音。
 特徴的な朱色の髪の毛が、いつもよりもつやを光らせているのは気のせいではないだろう。
 暗翔は身を起こすと、目の前に立っていた少女に瞳を向ける。

「おっ……」

「なによ、夜雪さんとは違って、胸のないあたしにガッカリしたの?」

 不機嫌そうに唇を尖らせた紅舞の言葉には、だが暗翔は反応しない。
 否――意識が完全に眼前の少女へと注がれていたため、反応できなかったのだ。
 くるっ、とした愛くるしい目尻に、薄く添えられたのは、真紅に染まった唇。
 普段とは、また違った印象に、思わず暗翔は。

「可愛い……な」

「えっ、可愛い……っ?」

 驚いたかのように、紅舞は半歩後ろにのけぞる。
 
「いや……ごめん。その、可愛い過ぎてな」

「っ……か、可愛くなんかないわ……ッ。え、えへへ」

 言葉とは裏腹に、頬が緩む。
 暗翔は、歩み寄って紅舞の髪の毛を軽く撫でる。
 続いて、片腕を取って足を前に進ませた。

「今日はデートだろ? さ、早く行って楽しまなきゃな」



■□■□
 
 

 日常では、一人で歩かない道のり。
 行き交う生徒たちのほとんどは、男女のペアである。
 暗翔と紅舞が真っ先に向かった目的地。
 左右に視線を巡らせると、洒落しゃれたカフェから、壁に大きく張り出された洋服の宣伝が目に入る。
 空気感からして、緊張が張り詰めているような感じが。
 
「もちろん、デートコースは決めているのよね?」

「あぁ、まずはゲームセンター。次に、映画館で魔法少女ちゃんを巡って、昼食は――」

「本気で言っているのなら、あたし今すぐ帰ってもいいかしら?」

 暗翔から引かれる手を離し、紅舞は背を向けながら言う。
 
「これのどこが本気なのか教えてくれ」

「最初から冗談ですって言ってすら、くれないの?」

「それだと、面白くないだろ?」

 はぁ、なんでこんなにこの男は捻くれているのだか。 
 胸内でつぶやく紅舞に、暗翔は再び手を握って。

「まずは、軽くファッション選びでもしようか」

 言いながら、連れて来られた店は、校内女子から可愛いと評判の洋服店。
 意外と良いチョイスじゃないの。
 八十点と丸を付けながら、店内を物色していく。
 赤いワンピース、青を色落ちさせたカーディガンから、ひらひらと宙を舞うスカートまで。
 気に入った服を持って、次々と試着した姿を暗翔に披露する。

『おぉ、明るくて紅舞に似合うな』

『その衣装だと、少し色合いが足りてないな』

『うん、大人びている感が紅舞の魅力を引き出していると思うぞ』

 一つ一つに、暗翔は飽きず感想を口にしてくれる。
 これと、これに……あれもかしら。
 暗翔が褒めてくれた洋服を全てカートに押し込め、会計に並ぶ。
 しばらくして、二つの紙袋を持ち運びながら店内を後にすると。

「重そうだな……これ、持つから。紅舞も女の子なんだから、無理するなよ?」

 気の利いた言葉を掛けながら、暗翔が腕がちぎれるほどの荷物を代わりに受け取ってくれた。
 
「き、今日は……普段と違って、優しいじゃないの」

「そうか? 別に意識はしていないんだが……強いて言うならば、楽しいから。とか?」

「楽しいっ……」

「あぁ、紅舞が無邪気にはしゃぐ姿は、やっぱり可愛いし、見ていて楽しいな」

 ほわっ、と顔に熱が籠るのを感じる。
 こ、この感情はなんなのかしら。
 思えば、暗翔が『人殺し』の一件を解決してくれてから――いや、いじめから助けてくれた時からか。
 自分でも分からない、不可思議な感情が宿っていることを実感していた。
 授業中でも、チラリと横顔を追ってしまう。
 なぜだか、夜雪さんを含む女の子といちゃついている所を見ると、怒りが湧いてくる。
 これは、一体――。

「それじゃあ、次の場所に行くとするか」

 暗翔の一言で、脳内から意識が戻る。
 深呼吸を行う。
 しっかりと心を整理させてから、紅舞は口を開いた。

「えぇ、案内をお願いするわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

男がほとんどいない世界に転生したんですけど…………どうすればいいですか?

かえるの歌🐸
恋愛
部活帰りに事故で死んでしまった主人公。 主人公は神様に転生させてもらうことになった。そして転生してみたらなんとそこは男が1度は想像したことがあるだろう圧倒的ハーレムな世界だった。 ここでの男女比は狂っている。 そんなおかしな世界で主人公は部活のやりすぎでしていなかった青春をこの世界でしていこうと決意する。次々に現れるヒロイン達や怪しい人、頭のおかしい人など色んな人達に主人公は振り回させながらも純粋に恋を楽しんだり、学校生活を楽しんでいく。 この話はその転生した世界で主人公がどう生きていくかのお話です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この作品はカクヨムや小説家になろうで連載している物の改訂版です。 投稿は書き終わったらすぐに投稿するので不定期です。 必ず1週間に1回は投稿したいとは思ってはいます。 1話約3000文字以上くらいで書いています。 誤字脱字や表現が子供っぽいことが多々あると思います。それでも良ければ読んでくださるとありがたいです。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...