上 下
3 / 10

恋愛感情

しおりを挟む
「桐原先生、これどこに置けば良いですか?」

「おや、葵さんですか。机の上にでも置いていただければ幸いです」

 振り向いた桐原教論は、整えられた眉根を微かに曲げる。そして、白磁色の手首を覗かせ指差した。葵が指示された場所に行こうと足を動かす矢先。上履きが踏んだ床から滑り、前傾姿勢となってしまう。
 重力に見放された身体。葵は、咄嗟に目を瞑ることもできず、ただ息を呑む。床の板模様が視界に入る。顔面が前方に倒れ、段ボールを掴んでいた指先から力が抜けた。
 地面に打ち付ける寸前。落下方向とは反対に押し戻す力が、肩元と段ボールに加わった。
 駆け寄った桐原教論の荒い息遣いが、葵の鼻筋を掠める。生暖かい感触。
 
「危ないですね。怪我は有りませんか?」

「は、はいっ。桐原先生のおかげで……すみません、ありがとうございます」
 
 段ボールを握る手元に、桐原教論の分厚い手のひらが重なる。覆われた指。頼り甲斐のある太さと暖かさ。それでいて、葵よりも数倍の力。
 不意に、桐原教論の顔に瞳を向けてしまう。キリッと細く凛々しい黒目。
 全身の毛穴が鳥肌状に立ち上がるのを認識。すっと息を呑み、目尻が上下に動く。無重力に浮かされたかのような感情が、胸内に湧き立つ。同時に、珈琲の苦味を含んだ香りが胸部に走った。  

 

■□■□



 あれから一日が経った。放課後の廊下には、二人分の足音が鳴り響く。昨日とはまるでら対照的。葵と肩を並べる舞奈の髪の毛先が、すらりと歩く度に掠める。

「あのね、舞奈。一つ聞いても良い?」

「嫌だって言うはずないでしょ。どうしたの?」

「恋愛感情ってどんな感じなの? 好きってどういう気持ちなのかな」

 小綺麗な桐原教論の顔が、脳裏に張り付いて離れない。忘れようと意識的に考えたとしても、無意識に思い浮かべている。
 夕食を摂ろうとも入浴を済ませようとも、呪縛のように解けない。これは病気なのだろうか。

「また急な質問ね。葵、なにかあったの?」

「ううん、別に。恋愛ってなんだろうって」

舞奈が不自然げな視線を向けた。だが、葵は受け流して瞳を見つめ返す。真剣気に帯びた葵に驚いたのか、舞奈は咳払いを吐く。

「ふとした瞬間、その人のことを思い浮かべてしまうの。一緒にあんなことしたいな、とか」

 葵は、上唇に舌を滑らせると軽く噛む。

「で、でも! 恋愛感情って認識できるものなの? 普通の好きとは違う?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

通学電車の恋~女子高生の私とアラサーのお兄さん~

高崎 恵
恋愛
通学途中で会うサラリーマンに恋をした高校生の千尋。彼に告白するが、未成年であることを理由に断られてしまう。しかし諦めきれない千尋は20歳になる3年後のバレンタインの日に会いたいと伝え、その日が来るのをずっと待っていた。 果たしてサラリーマンのお兄さんは約束の日に、彼女の所に来てくれるのだろうか。 彼女の終電まで残り7分。あと7分で彼が現れなければこの長かった恋にお別れをしなくちゃいけない。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

花とハナ【※2024年11月末 非公開予定】

みなみ抄花
恋愛
東京都にある私立「桜南学園」は、中等部から大学部まで男女共学の一貫校である。 桜南学園の高等部ニ年には双子みたいな「花とハナ」として、一年の頃からなにかとセット扱いをされている男女の生徒がいた。 桜南学園の理事長の娘、「花」こと桜南 花(サクラミナミ ハナ)は、同じクラスメイトの庄堂 ハナ(ショウドウ ハナ)という男子生徒の存在に少し苦手意識を持っていたが、自分が理事長の娘ということもあり、それを表には出さず、担任やクラスメイトからの扱いをそのまま受け入れていた。 クラス替えに期待した二年の春であったが、花の思惑通りとは行かず、ハナとまたもや同じクラスとなってしまう。 淡い期待も虚しく、静かに悲観していた花であったが、そんな時ハナが突然ある秘密を打ち明けることに……

ずぶ濡れで帰ったら置き手紙がありました

宵闇 月
恋愛
雨に降られてずぶ濡れで帰ったら同棲していた彼氏からの置き手紙がありーー 私の何がダメだったの? ずぶ濡れシリーズ第二弾です。 ※ 最後まで書き終えてます。

はじまる季節  ──十七歳、僕は初めて人を愛した 

香月よう子
恋愛
それは、彼の人生に初めて訪れた恋だった── いつも教室の片隅で一人ひっそりと本を読んでいる女の子・橘碧衣(たちばなあおい)。 彼女のことがいつの間にか気になりだしていた佐伯清志郎(さえきせいしろう)、十七歳。 清志郎の視線に気づき、恥ずかしそうに俯く碧衣だったが、やがて清志郎に華のような微笑みを返すようになる。 そしてふたりは十七歳の青春のひとときを、同じ教室という限られた空間で共有し始めた……。 しかし、清志郎は碧衣を大切に思うあまりに、悩み、ある決断をする。 迎えた卒業式、彼は彼女にあることを切り出した。 そしてその後、ふたりを待つ運命とは──……。 多感な十七歳・男子高校生の清志郎の『運命の恋』とその後のお話です。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

処理中です...